Eyes5 少しの違和感と榊原先生の休日
2016年9月9日改編完了
5月17日
勝利・敗北から一夜明けた朝、雫と秀一は休息と散策・そして、とある相談を目的に出かけることにした。
昨日、あれだけの大怪我をしたと言うのに本当に大丈夫か?とも思うかもしれないが、これがなんの問題ないというのだから、不思議で仕方がない。
この収監施設における医療技術と外の世界の医療技術との差を、現実のモノとして受け止めるしかない。
さて、一週間の猶予があると言うのに、何故、本調子ではないはずの次の日に、すぐ行動を起こしたかと言うと、ポッドを使用した翌日、身体に全く影響が出ないのかを確認する意味合いもあった。
故に翌日からの即行動となった……それは秀一の思考と行動に他ならない。
話は変わるが、昨夜二人で話し合いを再度設け、共に生活する上でのルールとして、戦闘を行った次の日は、お互いの体調の調整を兼ねて、休みにすることに決めた。
秀一も生活の安定を計る為に一日でも多く戦闘を行いたいのが、本音と言えば本音なのだが、今現状の所持PTですぐにすぐ食いっ逸れる事はないと判断し、今、優先すべき事は身の回りを固めると考えたのだ。
昨日得たPTは、雫が6,000、秀一が4,000で聞いていた通り、3対2の割合で分配されることは確認できた。因みに何も戦っていない状態での初期PTは、お互いに10,000所持していた。二人で30,000近くは所持している計算になる。
多少、家着と戦闘用の服を購入してしまった為、実際は10,000近く少ないが……あれも必要、これも必要と揃えていたら、それでは首が回らない。
つまり、現在の所持PTは20,000と言うことになる。手元に2万円の所持金があると考えてもらえれば、わかりやすいだろう。
日々の生活を贅沢に過ごさなければ、すぐにすぐ困ったことにはならないということだ。
ある意味で運命共同体となった雫と秀一……雫から提案して、PTに関して、共有財産という形にしてもらっていた。
ちょっと図々しいかなと雫も考えてはいたのだが、返ってきた反応は、あまりにも彼らしい返答だった。
『……えっ?僕は、昨日負けてしまっていますが、雫さんこそ……それでいいんですか?』
なんのメリットがあるのかわからないと秀一は首を傾げる。
当然と言えば当然だろう……
PT共有化をしてしまうと自由に使えなくなってしまうため、彼が彼女に対して気を使っているのは、よくわかるのだが、家事の一切を秀一が受け持っているのが現状……
不自由ではあるが、ある意味で自由な生活を送っていけるのは、秀一のおかげなのだから……
雫もただ、おんぶにだっこでは共同生活をしている意味がない、せめてPTを共有する事で秀一に楽をさせたいと考えた。
それに外の世界で金銭面において、なんの不自由もなく生活していた雫では、買いたいという衝動に勝てる自信がなく、それを抑制したい……というのも理由の一つだった。そう、この生活に慣れなければならないのだ。
「ぅ……うん、大丈夫だよ」と出来ているかはわからないが、出来るだけ自然に秀一へと笑顔を向ける。
色々と我慢しなければならないのは、百も承知。ファッションに関しては、PTの余裕が出来るまで、少しの間我慢して、最初のうちは現状の持ち回りで何とかすることにした。
(うぅっ…ホントは可愛い服が欲しい…私も、少しはアピールしたい……でも、その前に秀くんの役に立たなきゃ!)
と決意を新たにする。
だが、そんな決意とは裏腹に今日行き先は、あまり行きたい気分にはなれなかった。
秀一がいろいろと確かめたいことがあると昨日言っていたのを思い出して、心の中でうつむいた。
また、榊原と会わなければいけないらしい……雫は彼女の事があまり得意ではない。
とはいえ、今現状では疑問に思った事を相談して、少しずつ焦らずに解決していく以外に打開策はない。
そういう意味だけで言えば、榊原という存在は非常にありがたいのだろうが……
(また、あの人にあわなきゃならないのか……)
(あの人の秀くんに向ける態度はあからさま過ぎる。初対面のはずなのに初対面じゃない感じがするし、明らかに、あれは好きな男の人(男の子)を見る乙女の目だ。いや、もっと酷いかもしれない……)
彼女も似たような感情を持っているからだろうか、以前は自分を見る他者の視線が怖いと感じるだけで、他者の感情の起伏を意識することはまずなかった。
それが多少なりとも理解しようとしているのは、ただ単に警戒心が増加しただけと見えなくもないが、知ろうともしなかったことを理解しようとしている点で、少なくとも心境の変化が見え始めていた。
(でも、女性らしさはあの人の方が明らかに上……主に、主に胸が!……アプローチをかけるにしても、どうやってやればいいんだろう……女子校だったから仕方無いといえば仕方無いけど、男の子としっかりと話をしたことなんかない……やっぱり、誰かに聞いた方がいいのかな?……でも、誰に?)
(……悔しいけど、先生の方が私よりも秀くんとの距離は近い気がする。秀くん自身にそこまでの自覚も精神的な余裕もまだないんだろうけど、私に対しては、入学して間もない硬い感じがとれない同級生とって雰囲気で、榊原さんは、気の知れたお姉さんって感じだ。彼氏彼女の関係というほど親密ではないんだけど……)
秀一の敬語が柔らかくならないからといって、その態度に不平不満がそれほどあるわけではない。生活を円滑に行うのに対してだけはだ。
秀一を一人の男性として見ている雫としては、正直納得はしていない。一人の女の子として見て欲しい……出来る事ならその距離を縮めたい。
そういった感情はあるけれど、どうしても一歩を踏み出せないのは、秀一の本音の部分がわからないからだ。秀一は恋愛に関する感情を隠蔽する事に慣れているのかもしれない。
(あんなことがあったからかな……昨日から秀くんの事しか考えてない……)
堂々巡りになりかけた心を一旦落ち着ける為、瞳を閉じ、深呼吸する。
秀一がこちらの様子を窺いながら『雫さん……ちょっといいですか?』と近付いてきた。
やはり、いつもよりも距離が近い。けど、なにかが違う……
『買いたい物も多少ありますが、先に用事を済ませて、買い物は帰りにしましょう』
「……ぅん、そうだね。さっさと用事をすませちゃお」
『一番初めの行き先は、GEエリア内のカフェで待ち合わせとなっています。10時集合ですので、09時20分には、ここを出発したいと思います』
「えっ?榊原さんと内緒の話じゃなかったの??」
秀一は苦笑いをしていた。
『いえ、機密事項のはずなのですが、研究所は窮屈だから、たまには息抜きをしたいとあかりさんが言っていました。なんでも『機密は守る方法はいくらでもあるから大丈夫』だそうです』
『……そっか……ん、それなら理解できる』と頷く。
(確かにあんなところにずっと引きこもっていたら、鬱になってしまう。もし私が同じ立場なら、外に出て羽を伸ばしたいに違いない)
出かける前に朝食を摂ることになった。集合時間が中途半端で時刻的には、ブランチになってしまうからだそうだ。カフェでご飯は食べない事に決まった。
ということで朝食の調理に取り掛かる。
カレーは、昨日の夜の時点で在庫切れになっている。カレーは日を開けてからまた作りましょうと秀一が言っていた。
新しく買ってきたものを利用するというわけではなく、住み始めてすぐの貯蔵された在庫を使ってしまおうということだ。冷蔵庫を一旦空にしたいらしい。
ありあわせのもので済ませるとのこと。今後、自分でも何か秀一に作ってあげられるように調理法を勉強する。
『僕の方法は正しくないかもしれません』と言っていたが、何が正しくて、何が間違っているのか、まったく見当がつかないのだから、
「何も問題ないよ」そう言うと、秀一は苦笑いした。
(なんか変なこと言ったかな?)
まずは、冷蔵庫の中身を確認。
中を確認しても何が作れるのか、雫には皆目見当がつかない。
『凝った物は……出来そうにないですね、すいません』
調理を開始して、調理道具の使い方や手順などの確認をしていたのだが……ながら作業は慣れているはずなのにうまくいかない、記憶力だけはいいはずなのに覚え切れない。
昨日の夜にセットして、明け方炊き上がったご飯・時間がなかった為、顆粒だしになってしまっているが、野菜たっぷりの味噌汁・醤油ベースで甘く仕上がった鯖の煮付け・箸休めに、いつ漬けたのだろうか?浅漬けが用意された。
(純和風、ありあわせじゃないからっ!!)
『いただきます』「……いただきます」
ご飯を食べながら、ふと学校で、クラスメイトと話していたことを思い出した。
『なんで、父様と母様は共学に入れてくださらなかったのかしら?』
『それは…小中高一貫なんだから仕方ないのではありませんか?』
『そうなのだとしても、家族以外の男性と話してみたいって皆さんは思いませんか?……何を話せばいいのか見当はつきませんけれど……』
『お見合いして、結婚って流れになっちゃうんだろうな~……許してくれるんなら、普通に恋愛してみたいよね~』
『雫さんは……って聞くまでもありませんでしたわね……』
「……ん、許してくれるわけがない」
『ど、どちらにしても、いずれは何処かに嫁ぐわけですから、炊事、洗濯等の家事全般はやれなきゃどうしようもないですわね!』
暗くなってしまった場を濁す様に長身の少女が声を荒げる。
「家事?一度もやったことないけど?それって必要なの?」
『『『えええええっ!?』』』
『なっ、ならどなたがご自宅の家事をやってますの?』
「全部ヒューマノイド任せだけど、それが普通じゃないの?」
『えっ、えっと……私の家でも任せている所は確かにありますけど、全てではありませんわよ?……ですわよね?』
自分の価値観が間違っていたのかと困惑気味に周囲に確認すると、周りにいた者全てが頷き、彼女に同意した。
『もし、ヒューマノイドがいなくなったらどうなさるおつもりですの?』
「……けど、余計な事は出来ない……」
『……そうなりますわよね』
『なのだとしたら、いい旦那様を見付ける事に全力を注ぐしかないですわね!』
「……旦那様って、私達まだ13だよ?まだはや……」
『雫さん、もう、13の間違いでしょう?』
『そうですよ!その為には、女子力を磨きましょう!家事……が出来ないのであれば、他の面で!』
『それには~~~………………………』
(あの時も良くわからないまま話が終わっちゃったけど、結局、女子力ってなんだろ……化粧するとかいわれてもピンとこない。世間知らずとはいえ、自分が情けなくなる。涙が出そう……)
(秀くんは男の子だけど、家庭的で、実に女の子らしい。本人が聞いたら嫌がるだろうけど……ショックだな……でも、これが現実、これが私のスタートライン……)
朝食を終えて、身支度をしていると『少しお話があります』と秀一が声をかけてきた。
出かける前に話ってなんだろう??確かにまだ時間に余裕はある。
「ん?なに?どうかしたの?」
『雫さん、自主性を尊重したいと思っていたので、色々な追求を避けていましたが、雫さん自身はこれからここでの生活をどういう風にしていこうと考えていますか?』
「……んーー」
首を捻り、思案してみる。
(……お嫁さんになる??ダメダメダメダメ!!このままじゃ、旦那さんに家事すべてを任せる、何も出来ないお嫁さんだ)
(ここに連れて来られたのは、不幸かも知れないけど、そのおかげで秀くんに会うことができた。それだけは感謝しても感謝しきれない。だけど、このままじゃダメ!)
(自分が望むものは一体なんだろう?一緒に生活する上で家事を覚えてもらうと言ってた。もし、私が今のままの状態で外に出されたら、生活がままならないから?)
(……今は、秀くんが家事一切をやってくれている。おんぶにだっこでいいの?いいわけない!!ならどうすればいい?)
(生活の根幹は、衣食住。このベースが安定していれば何の問題もない。現状の私なら、食事は外食で済ませることになってしまう。食費はバカにならない……服は、洗濯の仕方を知らないからコインランドリー?…だったかな?の頼りになってしまう)
(住む場所に関しては、たぶん何とかなると思う。その部分に関しては、一番初めに支給される場所だからだ。住む場所があるからってそこで普通に生活できるわけじゃない。二日間弱を秀くんと一緒に過ごしてみてはじめてわかった)
(普通に生活することが辛いなんて私は知りもしなかった。周りの人が全部やってくれていたからわからなかった。今も秀くんを頼りにしてしまっている、なら……)
「一人でも生きていけるように生活スキルを身につけること、それが第一優先……」
『そうですか……わかりました』と頷いていた。
「正直、私は知らないことが多すぎる。今まではそれでよかったかもしれない。だけど、それじゃあ、自分で何もできない人間になっちゃう」
「これから、色んな意味で秀くんを手伝うよ」
目を瞑った状態だった秀一が目を見開き、何かを決意した眼差しをこちらへ向けながら、少し力強く言った。
『自分も完璧と言うわけではありませんが、手伝ってくれると言うのであれば、本気でやりますので、お願いします。少し小うるさくなるかもしれませんが、そこは許してください』
「……ぅん、気にしないで。秀くんは秀くんの思った通りに行動してほしい」
(少し苦笑いをしている?ちょっといつもの笑顔と違う?)
と思っていたのもつかの間、何時もの笑顔に切り替わった。
(あぁ、私はこの笑顔が見たかった。この笑顔のためなら、私は頑張れる)
『そういってもらえると助かります。怒るとか指導するとかそう言うことになれていませんので……』
(また苦笑い……なんかちょっと違う)
素の表情に戻り『では準備をして出ましょう』と確認を取る
(私の秀くんに向ける笑顔が少しぎこちないのかな?)
あんまり服がないから、1着だけ支給されたブルーのワンピースに身を包む。
以前はドレスのようなもう少しごてごてした服を着ていた。正直、このくらいの方が動きやすい。
(よしっ!…………ここには、もう私を害するものはいない。秀くんと一緒に頑張るんだ!!)
先に待っていた秀一から部屋にいた雫に声が掛かる
『雫さ~ん、行きますよ~』
(ダメ、昔の自分にはもう戻らない……)
何度も気合いを入れ直しカフェへと出発する。
カフェの入口に榊原が見える。膨れっ面を見るとホントに歳上?と思ってしまう。
しかし、彼女の胸はそう語っている……自分自身は大人であると
(……私はまだ13歳、女らしく成長するよ。よし、頑張ろう……秀くんの鼻の下は伸びてない……うん、大丈夫……でも、秀くんはどんな女の子に興味があるんだろ?)
『もう、遅いよ!いつまで待たせるのさ!』
目的地のカフェの外で榊原が待ち惚けを喰らっていた……いや、何故中で待っていなかったのか……気になるところではあるが、まるで怒っているかのように振る舞ってきた。
(あれ?だけど集合時間までは、最低でも10分は余裕があるよね?……っ!!??)
そう思っていた矢先、小走りにこちらへ近付いてきて、唐突に秀一の腕にしがみついた…………ただコレがやりたかっただけらしい。
『しゅういちくん。逢いたかったよ♪』とニコニコと話しかける。
(昨日逢ったばかりじゃない!?ていうか初対面だったんじゃないの。一体この人は何なの!?)
『んー?』と首をかしげて、秀一の顔をマジマジと見つめたあと、何事もなかったかのように身体を離した。
(だけど秀くん、そんなに嫌そうじゃない……あれ?すぐに身体を離した……ううん、むしろそれでいいんだけど、なんだろ?この違和感……)
『まぁ、いっか♪』「おはようございます、せんせ」と言って嫌悪感なく対応している。
(あれ?秀くん、榊原さんの事そんな呼び方してたっけ?……鼻の下は、全然伸ばしてないけど……やっぱり、胸が大きい方がいいのかなぁ?)
と自分の胸元手を添え、見詰めても、膨らんでくれる訳じゃない。
(大丈夫っ!お母様は小さくはなかった!13歳の平均よりは……多分…少しは…大きい…はず……まだ、発展途上なだけ!)
今度は、ニコニコしながら、雫に話し掛ける。
『雫ちゃん、ごめんね。たまには、補給しなきゃだから……あははっ』と照れくさそうに頭をかいている姿に不思議な感覚を覚える。
(んー?何を補給するの??やっぱりこの人の考えている事はよくわからない)
『立ち話も何だから早く中に入ろうよ、ねっ、ねっ?』
(……何だろう?やっぱり、この人の歳が解らない。失礼だと思うけど、一度聞いてみたい……いや、止めとこう、無理に聞いたら、何かの逆鱗に触れる気がする)
でも、榊原さんぐらいのアピールは問題ないのかなぁ?と思案しながら店内へと移動した。
カウンター席は木材を使用しており、カウンター奥の珈琲メーカーは、サイフォン式のものが置かれていた。
周囲の席にはグループごとに仕切りがあり、覗きでもしない限り、隣を確認することは出来ない。
珈琲を煎れたことはないが、サイフォンの原理位は知っている。
この歳にしては、博識に思えるかもしれないが、雫の出自を鑑みれば、それぐらいの知識があっても何ら不思議ではない。
店内は黒と茶系の色を基調とし、決して明るい感じではないが、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
よくよく考えると、特にこのエリアの人間は、全てが明るい人種ではないのだから、こう言った赴きの店の方が重宝されるのかもしれない。
何故かはわからないが、このGEエリアのどんな店にも、緊急用の個室を用意されているらしいが、ここはカウンターを除いた全てが仕切りのある個室だ。
一番の扉が取り付けられた奥の個室へと移動した。この部屋のみ、入室前のカウンター注文のみで対応している。
それ以降のオーダーは、基本的に客の方から、カウンターへ出向かなければならないとガイノイドが教えてくれた。
この部屋の機密性を守るためのモノで、要望があれば他者に聞かれないように完全防音の措置を取ってくれる。
この点に関しては、マスターの信頼度が関わってくるそうで、何とも曖昧だ。何のためにこのシステムが取られているのかは、全くもって不明である。
注文した商品が到着した時点で、定められた客以外は入室禁止となり、完全な個室となる。
侵入者を問答無用で排除する機構が、この部屋自体に付与されているらしい……
(ビームでも出るのかな?)
などと中二病のようなことを考えている雫の趣味もありきたりなモノではないのかもしれない。
いや、ここはミサイルを期待すべきだろう。ガイノイドのどこから出るかはご想像に任せる。
そうこうしているうちに商品が到着した。榊原には、オムライスとショートケーキのセット、コーヒー付き。
『お待たせいたしました。苺のショートケーキと紅茶、コーヒー……ご注文のお品は以上でよろしいでしょうか?』
『はい、ありがとうございます』
「……ん、大丈夫」
『それでは、ごゆっくりどうぞ………榊原所長、数週日はお忙しそうでこちらへは来られませんでしたが、お元気そうでなによりです』
20代前半の綺麗な顔立ちをした店長ガイノイドが親しげに榊原へと話しかけた。
(しょ、所長!?この人偉いの!?やっぱり年齢の確認……それは置いておこう。年齢不詳にしとこう……)
『ごめんね。進めなきゃならない研究もあるし、準備しなきゃならない物も色々とあったからね……』
『そんな風に謝らないでください。私達は、貴女方に付き従うよう創造されたものです』
『キューちゃん、そんな風に畏まらないでよ。昔は、もう少しはっちゃけてくれてたじゃない』
『言い方を変えましょう……榊原博士、例えそうであっても、今は店の者とお客様ですからね』
『博士なんて他人行儀に、恥ずかしい。前みたいにあかりさんでお願いするわ……まぁ、たしかにそうね……でも、一緒に居た頃が懐かしいわ。もしかしたら、またお願いするかもしれないから、その時は宜しくね』
『許可を得たのであれば、誠心誠意務めさせていただきます』
そういうとガイノイドは、榊原に向けて屈託のない笑顔を向ける。雫の中で違和感が警鐘を鳴らしていた。
『挨拶もせずに申し訳ございません。私は、GYH-09、見ての通りガイノイドでございます。この店の店長兼ウェイトレスを務めております』
『えっと、初めまして、雪村ゆ……秀一と言います。宜しくお願いします』
「あ……私は雫、久遠雫。よろしく………」
『あの、すいません。なんと呼べば宜しいですか?店長さん?それとも……』
『そうですね。店長でも構いませんが、榊原博……いえ、あかりさんのお知り合いであれば、キューとお呼び頂いて結構です』
ニコッと屈託のない笑顔を二人に向ける。
『キューさんですね。改めて、宜しくお願いします』
と秀一が座りながら、略式ではあるが一礼をしていた。
『秀一様、雫様、こちらこそ宜しくお願い致します』
綺麗な礼をしてきた。
(なんで、秀くんはヒューマノイドに対して頭を下げているのだろう?って思ったけど、今まで外の世界で見てきたヒューマノイドよりも全然人間らしい……いや、耳の付属品を外したら人間……と言っても過言じゃない。なんだろ?この違和感……)
雫が沈黙していると、榊原の方へガイノイドが向き直った。
『お話があってこちらにいらしたのでしょう?あまり長居しては何なので、そろそろ退出させていただきます』
『あらら、そうだったわ。長々とごめんね』
『また、ご用命の際は何なりと……では、失礼致します』
一礼して個室から出ていった。榊原もしっかりと見送っているところを見ると、ただの研究所所長とヒューマノイドの関係には見えなかった。
(あのガイノイド、キューって呼ばれてるんだ、GYH……なんの略だろ?シリーズ名かな?)
ガイノイドと行動を共にしてた過去があるのだろう。何回か会うなかで榊原が見せていた表情とは違う昔を懐かしむような表情をしていた。
すこしバツの悪い顔をしてから
『えっと、朝ごはんもまだだったから先に頂くね?』
と確認するように少しだけ気まずげに言った。
『どうぞお気にせず、僕らは朝食を済ませてきてますし、気にせず、楽しんでください』
その言葉を聞くと、少しほっとした顔をしていた。秀一に嫌われるのは余程嫌みたいだ。
『そう?じゃあ頂くね。聞きたいことに関して、私が食べている間にでも、二人でまとめておいて……』
『えぇ、分かりました』
秀一が榊原に笑顔を向けた後、こちらへと振り向いた。距離が近かすぎる……赤くなる顔を必死に堪えながら話しかけた。
「…と、ところで秀くん、聞きたいことってなんだったのかな?」
『えぇ、先日見かけた闘技エリアの中央に聳え立つタワーについての事が一点』
「…ぅん、確かに気にはなったよ」
秀くんが頷いて
『そして、もう一点がGEエリアからCEエリアに向かう車から見た広大な土地に関してです』
「あの広い荒野みたいなとこ?確か何もなかったような気がするけど、それが何か?」
少し悩む様な素振りを見せて
『気になるという程度ですよ。僕は、多少他の人より目がいいらしいんで、少し気になるものがあったということです』
う~~ん、何かあったかなぁ?と考えては見るものの、秀一とは違ってそこまであの風景を注意深く見ていたわけではなかった。
正直なところ「そうなんだ」としか返答することが出来なかった。
『ところで、雫さんは何か聞きたいことって言うのはないんですか?』
「少し聞きたいことがあるとすれば、GEとAEについてくらいかな?私の学校では、授業とかでそんなに詳しいことまでは教えてもらってなかったから……」
『他には??』
他に何かあるかなぁと考えてみても、いい案は出てこない……雫は首を横に振る。
少し榊原の方へ目を向けてみると、リスの様な頬をしながら頬張っている微笑ましい姿を確認できる。おそらく、いつもは一人で食べに来ているのだろう。
顔が蕩けている、相当美味しいらしい。
こちらの視線に気が付いたのか、少し視線を外し恥ずかしそうにしていた。一端の恥じらいというものは持っているらしい。
『……そうですか。では、冷めてもしまっても何ですし、そろそろ僕らも戴きましょうか?』
「ぅん……だよね、食べよ」
と皆共通である苺の乗ったシンプルなショートケーキに手を出した。
フォークで生地に手を出す前にホイップクリームの味加減を確認する。
甘すぎずかといって甘さが足りないということは全くない、丁度のバランスのホイップクリームだった。
ホイップの固さに関してもちょうどいい、シンプルだからこそごまかしのきかない商品職人の力量を図るのには十分な商品だろう。
食べやすい…その一言に尽きる。故に好き嫌いがほとんどないであろう作りをしている。万人受けする味というのは逆に難しい。
メイン生地は、ふわっとしているにもかかわらず、下の断層に関しては、ザクザクとしている。食感を楽しむ事も出来る一品だ。後で知ったことだが、一部にロイヤルティーヌと呼ばれているスイーツを使用しているのだそうだ。
何ともホッとする……茶請けとしては最適。ノンシュガーのミルクティーを付けてもらったが、ケーキの甘さが砂糖なしの紅茶にマッチしている。
先程の二人のやり取りと榊原の表情の変化を思い出し、万人受けする作りというよりも、榊原の為だけに作られているのでは、と勘違いをしてしまいそうになる。
隣の秀一も、うんうんと頷きながら、『これは!』などと感嘆の声をあげているところを見ると、彼にとって納得のスイーツであったことは間違いない。
今度、あのガイノイドに作り方を聞こうと心の中で誓った。
そうこうしているうちに、榊原もほとんど食べ終わって、食後のデザートに手を出している。
スイーツを最適な鮮度を維持し続ける特殊な小さな機器に入っていたところを見ると、榊原さんはあの人にとって特別なんだろうなぁ、などと素朴な疑問を持ってしまっていた。
以前のデータと比べ、3200文字強の追加です。
改めてお読みいただければ幸いです。