ワシワシ詐欺
電話が鳴った。
「もしもし」
「お、ワシだワシ」
いきなり親しげに呼びかけられて電話機を見ると、発信番号が非表示である。ついにウチにも来たか、と思いつつ答える。
「どちらさまで」
「ワシだよワシ。わからんのか?」
典型的なオレオレ詐欺の電話のようだが、私の息子や孫にしては口調が横柄だ。声も太い。そもそも、私にはまだ孫もいないし、息子だって小学生である。
話に聞いているオレオレ詐欺とはちょっと違うな、と思って、思わず聞いてみた。
「ひょっとして、親父なの?」
「あ、ああ、そうだ。お前の父親だ。元気にしてたか?」
相手はちょっと慌てたように肯定してくる。これはいよいよ詐欺だ、と思いつつ私は言った。
「元気だけどね。親父はどう?」
休みでちょうど退屈していたところだ。つきあってやろう。
「い、いや、ワシはちょっとな」
電話の声が、急に弱々しくなる。
来たな、と思ってこっちも心配そうな声を作る。
「どうしたんだい? 身体でも悪いとか?」
「実は……いや、体調はいいんだが」
「じゃあ、なに?」
「お前の子供、何ていったかな」
それくらい、先に調べろよと思いつつ、相手に合わせる。
「ミチオがどうしたんだい?」
「久しぶりに顔を見たくてな。あと、お前の奥さんにも一言」
変だぞ、と気づいたのはこの時だった。一向に金の話にならないのはおかしい。しかも、自分が困っているんじゃなくて、私や女房子供のことを聞いてきた。
何が狙いなのだ。
「親父、何が言いたいんだ?」
「……その、久しぶりにな。顔をな」
歯切れが悪い。私は慌てて聞いた。
「もしもし? 本当に親父なのか?」
ブツッと音がして、あとはツーツーという発信音が聞こえるばかり。
向こうから切ったらしい。
私は慌てて実家の番号にかけなおした。しかし、誰も出ない。今時まだ黒電話を使っているせいで、留守電にも切り替わらない。
私は電話を切って、何事かとこっちを見ている女房と息子に言った。
「じいちゃんのところに行くぞ!」
私の実家は急行で3時間程度のところにある。いいかげん田舎だが、そんなに不便というわけでもないので、年に一度は家族で帰省している。もっとも、ゴールデンウィークや年末年始、お盆は混むのでそれ以外の時に行っている。
そもそも、親父がいきなり電話をかけてきてあんなことを言うのはおかしい。久しぶりと言っても、半年前にも帰省したばかりなのだ。
それに、親父は会社を定年退職した後は母と二人で悠々自適、趣味に生きているはずだ。あんな不可解な電話をかけてくるはずがない。
だったらやはり詐欺なのか? しかし詐欺だとしたら、何が目的なのだろう? 私や女房子供を帰省させて、何が得になるのか?
疑問が解けないまま、我々一家は電車を降りてタクシーを捕まえた。実家に着くなり、玄関にかけ込んで怒鳴る。
「とうさん!」
親父がひょいと顔を出した。
「なんだお前か。いきなりどうした」
お袋も後ろから続ける。
「何よ、来るのなら教えなさいよ」
力が抜けた。
どうやら騙されたらしい。
とすれば、犯人は一人しかいない。
女房と息子が親父やお袋と挨拶するのを後目に、私はズカズカと上がり込んだ。
奥の間に踏み込む。
そこに犯人がいた。
「やっぱ、あんただったのか。そんなに孫や曾孫に会いたかったのか。そりゃあ、お盆が混むからって、ずいぶん帰省しなかったのは悪かったけどね。でも、あんな風にいきなり孫に電話してくるってのはどうなんだよ」
犯人は真面目くさった顔でこっちを睨んでいる。もちろん擬態だ。
それにしても、昔からひょうきんでいいかげんな人だったが、こんな詐欺を仕掛けてくるとは。いや、私に対しての詐欺ではないか。その気になれば、世界や神様を相手にしても平気で騙しにかかる性格だったっけ。
まあ、私もそんなじいさんが好きだったんだが。
私はため息をついて言った。
「ただいま、じいちゃん」
仏壇の中の遺影が、笑った。