苔
これは場所小説に投稿する形でつくった作品です。
ぬめっ、とかヌルッ。そこら中がそういう感じ。
それは私の体も例外ではなく、二の腕あたりがなんとなく、ヌルヌルと・・・・・・。それは石のプールサイドに生えている苔のようなもののせいなのか、さっき一瞬だけ入ったプールのみずのせいなのかは分からない。でもプールサイドに座っている私には気持ち悪い苔のほうが鮮明で、そっちのせいだという気がする。
雨天中止という言葉はこの学校ではいつも品切れみたいだ。ネズミ色がかった空は今にも泣き出しそうで、見てるこっちがハラハラする。
上を見上げてハラハラした後は、足の指に絡まった変な苔に背筋を硬くする。
プールサイドで、こんなふうに見学したときはこんな気持ち知らなかった。濡れることはなかったし、苔も見えなかったし。でもこの苔、よく見たら藻のような気もする。水でふやけてフニャフニャになっているから、こんなにヌルヌルしてそうなんだ。
フンッ。そう、鼻が鳴ったんだ。フンッ苔め。名もない苔め。
私はプールに入るのがイヤだったんだ。水着着なきゃいけないから。私はコンプレックスがある。誰だってそうかもしれないけど、今になって浮き彫りになってきたそれはもう、最悪。
手もつけられなくて、前のプールは見学したんだ。先生には二日目です、って言っておいた。
苔め、私と似てるぞちょっと。
庭にあるときはそれなりに上品で、香水になんかにも使われるくせに、水に濡れるとこれだ。そしてそれを悟られないように、タイルの溝に巣くって隠れているのだろうけど、駄目。誰かが絶対見てる、絶対に知っているヤツがいる。おまえが、藻のようにヌルヌルしているということを。
「サチ、なにしとん? はよ入りーよ。鬼ごっこしよ」
絵梨子がプールのなかから呼んできた。楽しそうに体を浮かせてギャハハハ! と豪快に笑っている。その喉元も足も木の枝のように細くてこんがり焼き上がっている。
私は手を振って、ムリ、寒い、のアイズを送る。
でも絵梨子は、何? コマネチ? 命? あ、欧米か!? と見当違いのことを呟いていた。
私はケツで更に後ろへ下がる。そこには苔の大群。ケツでその感触を味わう。
こんなときにプールなんて入っている場合じゃない。雨ちょっと降ってるし、肌はヌルヌルだし、寒いし。
空が泣き出した。涙の粒が顔にペタペタあたる。塩辛い涙はプールの水より冷たいかもしれない。やっぱこんな日にプールなんておかしいんだ。
ため息は悲鳴のような風に連れ去られた。小鼻に当てた両手が強張って震えていた。
扇風機が涼しいと感じるのは、汗などで肌が濡れているときだけらしい。私はそれを扇風機ナシで体感していた。できればもうちょっと夏が深まってから体感したかった。
やっぱ、プールはキライ。
でも海には行きたい。もうすぐ夏休みが始まるから、みんなで行きたい。
そこには海草や、海藻がたくさん居るんだろうな。薄っぺらでヒラヒラでなんの厚みもなくて自由な海藻。ただの藻とは違うのよ、っていいながらフラフラいっぱい居るんだろうな。
日焼けもしたいな。絵梨子みたいにこんがり焼き上げたい。
日焼けした覚えもない肌を見下ろしながら、ぬめヌルを擦ってとろうとした。とれなかった。
あーあ、と腕を投げ出すと手の甲にヌルルとした感触が。
あーあ。こんな苔がないところに行きたい。
はぁ、とわざとらしくため息をすると肩が震えた。