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今夜いますぐに。

作者: 相沢つとむ

 月がキレイだった。満月だ。

「緊張するね」

 ゆうちゃんにそう言うと、へへへ、と少しイタズラっぽく笑って僕を見た。

「緊張するのは、お前だけ」

 布団から身を乗り出してゆうちゃんの顔を覗きこんだ。

 ゆうちゃんは、見てくるなよ、と言って布団を頭から被った。でも、すぐに布団から頭を出した。

「本当に告白するの?」

 僕は、吐息と一緒にうん、と頷いた。

 緊張する。それは、もう、本当に。周りが寝静まっているからだろうか、心臓の音が僕以外の人にも聞こえているのではないのだろうか、と不安になってくるほど大きい。いや、その前に心臓が口から出てしまうのでは、と思ってしまうほど速く鼓動している。

「もう、呼び出してあるんだから逃げられないよ」

 半分はゆうちゃんに教えるため。もう、半分は自分にそう言い聞かすため。

「それにタイミングは今日しかないから」

 これは、自分を奮いたたせるために言った。

 小学六年生の修学旅行。卒業するまで、まだ一年ある。本当ならタイミングはたくさんある。運動会に学芸会、マラソン大会に百人一首大会。学校の行事でいえばまだまだたくさんある。

 でも、修学旅行の最終日ーー京都の旅館に泊まっている今日しかタイミングがないのだ。

「でも、田中だって先生の目を掻い潜ってバレないように抜け出すの難しいと思うけどな」

 もっともだ。それはわかっている。でも、今日しかないのだ。京都の旅館に泊まっている今日しか。

「それに寝てるかもしれないし」

 わかっている。それもわかっている。でも、本当に今日しかないのだ。僕は今日に賭けているのだ。

 布団を頭から被って目をつぶった。

 ーー神様お願いします。告白させてください。

 何度そうお願いしたのだろうか。わからないけど、お願いするたびに胸の奥のほうがギューっと締め付けられて、いてもたってもいられなくなる。

 そんなときは、田中のことを考える。

 田中は、僕と同じ転校生だった。それも同じ京都からこっちの学校に転校してきたのだ。

 地元が一緒っていうことですぐに仲良くなった。田中は僕より頭がいいので、宿題でわからないところがあれば田中に聞いていたし、かわりに僕は、田中が給食を食べれないときは食べてあげていた。

 僕と田中は仲がいいのだ。

 布団から顔を出して時計をチラリと見た。そろそろだな、と思って体を起こした。

「行くのか?」

 ゆうちゃんも体を起こした。

「行く」

 そう自分で言った瞬間、胸がドキン、と高鳴った。その胸のドキドキが波紋のように身体中に広まって体を強ばらせた。

 男子だけが寝泊まりしている大広間を抜け出した。

「案外、先生達って見回りしてないもんだね」

 なんでついてくるんだよ、と心の中でゆうちゃんに突っ込んだ。



 松の木の前に着いた。ここが田中との約束の場所だ。

 まだ五月とはいえ少しだけ肌寒い。もう一枚上に羽織ってきたら良かったな、とそう思った瞬間、足音が聞こえてきた。

 僕の後ろの茂みに隠れているゆうちゃんも息を殺し始めた。

 田中が歩いてきた。寒そうに手を口の前まで持ってきて擦りあわせている。

 ドキドキの波紋はさっきよりも強く、さっきよりも体の隅々にまで行き渡る。

 田中が僕の前にきた。

「やっほー。どうしたのー?」

 田中の声が耳に突き刺さる。田中の声がドキドキの波紋をさらに広げる。

 なにかを話さなくちゃ、と思えば思うほど、声は出ないし、喉に栓がされてしまったようだ。

 田中は笑顔で首傾ける。どうしたの? と甘い声で言う。

 それで喉からなにかの栓がポンっと抜けた。

「す……」

 思いきって言おうとした瞬間怒声が響いた。

「そこでなにしてる!」

 キャッ、と短く悲鳴を上げた田中を見て気付いた。先生に見つかってしまった。

 逃げなくては、そう思って田中の手を取って走り出した。

 逃げている最中視界の隅で満月が見えていた。

「月が綺麗だね」



 月が綺麗ですねーーそれから何年後かに夏目漱石がアイ ラブ ユーの意訳として使っていたと知った。

 僕は、一応告白が成功したことになる。


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