空とファイター
<<神聖なる天使の翼を、彼の者に与えたまえ>>
リクが言葉を唱え終わると同時に足元の地面から光が漏れた。その光はオレの背中を包みこんで翼を形造る。イカロスのように立派な白い翼が生えた。
見習い冒険者の午後。
あと2日もしたら自分たちはこの学校を卒業して王都へと向かう。今は冒険の要とも言える実技授業の手前の昼休み。
オレの腰には、まだ握り慣れないファイター用の剣がささっている。
にしてもこいつ、何でこんなにも魔法が上手いんだよ。
ゲーム中盤から後半にかけては、移動手段としてリクからよくこの魔法をかけてもらってたっけ。でもちょっと待てよっ。この魔法ってランクB級だろ。ゲームプレイ時は画面内だったからスキルを覚えれなかったのもあるけど、ゲーム序盤ではメイジを選んだプレイヤーは詠唱魔法がなかなかに成功せず、挫折する人が多いというのに……。才能あり過ぎだろ。
「空を飛ぶってこんな感覚なんだなー」
手の先を動かすのと同じ感覚で、神経を伝ってブワっと翼をはらう。重力が失った身体は一瞬バランスを崩して公転しかけたが、悪あがきに翼を動かしていると自転車に初めて乗った時のようにコツを覚えた。
調子に乗って校舎の上を飛び回っているうちにオレを見ようと見物人が集まりだした。すごい奴なのに傲慢じゃないリクが相方として誇らしかったりもする。
空を飛ぶのは気持ちよすぎた。風が身体全身を通り過ぎていく感覚。少しだけ引力から解放された時間。この世界に来てよかった。
と、少しして翼に異変を感じた。疲れて手を上に上げるのが苦痛になるのと同じくらいに、翼が動かなくなってきた。体力も少し息が上がってきた気もする。身体が鉛のような重さになって、急に引力を思い出した。
刹那、オレは地面に急降下した。翼は光の粒となって大気に流れていく。これってゲームだよな。オレ死なないよな。落下までの数秒、変な理屈と期待が頭をよぎった。
いや、そんな訳ない。だって朝からずっと頭はガンガンしている。
「……落ちたら痛いだろっ」
痛いどころじゃない。
地面ぎりぎりのところでオレは最後の余った体力を絞りきって剣で風を切った。
小さな竜巻が起きて、オレの身体をやわらかく包んだ。初心者ファイターのスキルの一つ。
周りの観客は息も止まる勢いでオレを見ていた。見ていただけなら助けろよなんて思ったけれど、オレにはもう立つ体力すらなかった。そこに駆け付けた先生によって担架に乗せられた。
意識は、そこで途切れた。