1-5
ふぅ。
風呂上がりの乾いた喉を潤すために台所で麦茶を注いで一気に飲み干した。空になったコップにもう一杯麦茶を注いでそれを居間へと持っていく。暇つぶしがてらテレビでも見てみようかなの思い、リモコンに手を掛け電源のスイッチを入れる。特に何か特定の番組が見たいというわけではなかったので、最初に表示された番組を見ることにした。
やっていたのは夜のニュース番組。どうでもいいことを言うけど、夜のニュース番組っていう響きってなんかいいですよね。そんなことを少しだけ思ってお茶を片手に持ちながら座布団に座り眺める。
前のニュースが一区切りついたのかニュースキャスターの女性が「さて」と言って次の話題に映る。
言っていた内容は、本日の0時過ぎ頃から南の空の方で水瓶座デルタ南流星群が見れるとのことだっだ。
へぇそんなのがあるんだぁ、と思いながらお茶を一口啜る。
今日天体観測が好きだなんて言ったんだしみてみようかな。えぇっと確か12時頃から見え始めてくるんだったよな。それで今の時間は…。
時計に目をやり現在時刻を確認。11時半を丁度過ぎたあたりだった。
あぁ、時間的には全然大丈夫そうだな。じゃあみてみるか。
思い立ったら即行動、といった感じでもう一度麦茶を飲みほして流しに置いておく。出かけるんだし髪くらいは乾かして行こうかなとも少し思ったけれど、誰と会うわけでもないしまぁいいかと、いった感じで湿ったままにする。どうせいずれ乾くんだから、遅いか、早いかの違いだけなんだし。
ガラガラ、という音を立てながら玄関のドアが開く。履いている靴はサンダル、服装は寝巻程度に浸かっている何の飾りけ気もない上下黒の半袖短パン。そういえばこんな時間に外に出るのなんて久しぶりだなと思いだしていた。
外は思っていたよりかは涼しかった。東京都下の方は湿気が凄いらしいがここら辺はそんな事とは無縁でジメっとする湿気はない。その甲斐あってはなくてかはわからないが、8月に入ろうとしているこの時期にも関わらず、我が家はまだ一度も冷房を入れずに過ごしている。実際扇風機一つあれば夏は乗り過ごすことはできるし、去年もそうだった。
このままだと少し肌寒くなるかもしれないから、一度家の中に戻り、薄手の上着を一着持ってくると同時に自転車の鍵も取り出す。
折角のいい天気なんだから、もっと星のよく見える場所まで移動しようじゃないか。移動する先はもう頭の中で定まっていた。なのでそこに向けて移動することにした。
自転車に乗り込む前にもう一度だけ空を見上げてみた。ここでも十分に綺麗に見えたのでもうここでもいいのではないか? と一瞬心が動きかけたけれど、折角チャリの鍵も取ったんだから行くぞ、と自分に言い聞かせる。
自転車をこぎ続けることおよそ20分。目的地の目前に着いた。目の前には自転車で登るには困難な坂があるので、この場に自転車を止めて置くことにする。
視界に広がるのは木々達。その間にここを通ってと言わんばかりに、ぽっかりとそこだけ茂る背の低い草が踏みつぶされている。人間たちによって作られたいわゆるけもの道。その中を数分歩いて森林を抜けた場所が目的地。
小高い丘の上には草原が広がっている。なぜかこの丘の上だけには木が生えておらず、ここら辺では一番高い所にあり、星までの距離も多少ではあるけれど近い。周りには街灯の類のものが一切ないので持っている携帯でライトを点けてその明りを頼りに進んできた。
丘の山頂にたどり着いたのでそこに腰を下ろす。
ライトを消す時に一緒に時間を確認してみたら時刻は12時少し手前。丁度いいくらいの時間に着いたな。携帯をポケットの中に突っ込んで寝そべり、空を眺める。
おぉ、さっき見た時でも十分に綺麗に見えていたけれど、ここの方が見える星の数が若干多いような気がする。街灯の明かりもここまでは届かないからそれでさっきよりよく見えるのかな? それにしてもこんなに星ってあるんだな。
この中で星座の名前を挙げろって言われてもわかるのは北斗七星くらいだな。あれが乙女座だあれが山羊座だって言われてもどれ一つそうには見えないけれど。そんな程度の星の知識しか持ち合わせていないけれど、それでもやっぱり星を見るのは好きだった。
手を伸ばしてみれば届くのではないかと、腕を天に向け伸ばしてみるけれど、水面の月を掬えないのと同じように、いくら手に触れそうに思えても届かなかった。
この空の遥か彼方の上空そこには宇宙が広がっているのか。ここから何億光年も離れた場所から届いた太古の光を今みている。とても幻想的なことで、とても素敵なことだと思う。
感慨に浸っていた間に目もこの場所にだいぶ慣れてきたおかげで今まで以上に更に星が見えるようになってきた。天に掛る天の川、あんなにも数多くの星が集って川に見えるのか。あそこをわたって織姫と彦星が一年に一度だけ再開できる。有名な昔話だけれども僕ならそんなに待つことができるだろうか? 恋愛経験がないからはっきりとは答えることはできないけれど、年一回にしか会えない関係になるなんて絶対に嫌だ。二人とも辛いんだろう、何度も試行錯誤をして必死の思いで渡る方法を模索したのだろう、けれど、どの手も上手くいかなかったから、こうして一年に一度の再開制度に甘んじているのだろう。だから、その年に一度の時は思いっきり楽しんでほしいな、と願おう。永遠の幸せをこの二人へ、などと考えていた。
柄にもないようなことを考えてたな。自嘲気味に自分を笑う。
もう、物思いに更けるのは止めてただぼーっと何も考えず星を眺めることにしよう。
意識が身体から離れてく気がする。広がる満点の星空の中に飲み込まれたという錯覚が生まれてくる。聴こえてくるのは鈴虫の鳴き声や風の吹く音。自分が自然の一部になったように思えた。
ああ、こういうのもいいな、そう思いながらどんどん意識が遠のいて行く、見えている星明かりが、視界がどんどんフェードアウトしていく。
ブラックアウトしていた視界の中に光が戻ってくる。最初に目に入ってきたのは星明かり。瞬く小さな光を見た時に、ああ、寝てしまたんだ、と思い返す。
寝ぼけ眼を擦り、携帯を開いて時刻を確認すると時間は1時59分。
確かテレビでは2時くらいからが流れ星が一番見れる時間になるっていってたっけ。だったら丁度いい時間に起きれたな。よかったよかった。
まだはっきりとしない視野のままで星空を見つめる。すると早速一条の光が流れって行った。
あれが流れ星なんだ、テレビとかではみたことがあったけれど、実物を生でみるのは初めてだった。
呼吸をするのを忘れるくらい、それほど見入っていた。そして思った感想は綺麗だな。
陳腐で使い古された言葉かもしれないが、“綺麗”の二文字でしか表現できなかった。
折角の流れ星だ、何か願い事でも唱えてみようかな、え~と、何にするか。あっ。
願い事を間がいている最中にもう一度、輝く光が素早く流れていった。
願い事を考える時間も、唱える時間もなかった。
いや、これは流星群なんだから、この後何度もチャンスがあるはずだ、慌てず、ゆっくり、冷静になって願い事を決めよう。まずはそこから始めないと。さて、何にしようか。
もう一度考え始めた時に、また光が尾を引いて流れて消えた。願い事をまだ決め切れていなかったため、何も口にすることなく、只黙ってその光が消えるまで目で追っていた。
ああもういいや、こんな無意味なことをしても意味がない。だったらちゃんと星を見ていよう、そのためにここに来たのだから。
願い事を唱えることを早々に諦め、天体観測に専念すると決める。
遮るもののないここでは、見上げた視界の端から端まで、星空しか見当たらない。また空の中に吸い込まれて行くような感覚。見つけた一つの流れ星、その星に向けて手を伸ばしてみる。先ほどやって届かないとわかっているのにそれでもこの手の中で掴めるのではないか、この掌に収まるのではないかと思えてついつい伸ばしてしまう。
また一つの輝き、今度見つけたのは今までの中でも一際強い輝きを放っている。星のシャワーっていうのはこういうののことを言うのかな? と思いながら自分の伸ばしている腕、広げている手の隙間からその輝きを見つめる。
その輝きはまだ消えることなく光り続けている。流れ星にはこんなに長く光続けているのもあるのかと思いながら見つめ続ける。
放つ光は見つけた時よりも光度を上げて明るく輝く、只の点にしか見えていなかった大きさが今ははっきりとした輪郭を持つ小さな円になっている。
なんだこれは夢なのかと不思議に思い自分自身の頬をつねってみたが、はっきりとした痛みがあったからこれは現実だろう。
ということはまさかあれは光のシャワーだなんていう比喩表現じゃなくて、実際に今降ってきているのか? ここに向かって。
だとしたらやばい! ここにいたら直撃する!
頭で考える前に脊髄反射で身体を動かせと命令したのだろうけれど、咄嗟のこの二身体が追いついてくれない、起き上がる上半身、もつれる脚、体の重心が滅茶苦茶になりバランスを崩してその場に倒れこむ全身。
ああやばい、と思いながら横目で星を見た時には、サッカーボールほどのものが、ここに向けて落ちてきている所だった。
もう僕の所に来るまであの速度なら2秒もかからないだろう、と不思議と冷静になれていた。こんな極限の状態になると僕は焦るんじゃなくて冷静になれるんだな、と自分の新たな一面を知ることができた。
物凄い速度で進んでいる光塊が瞬き一つ、呼吸一つする猶予も与えず、地面に直撃した。
そして、爆音を轟かせ、地面にクレーターを穿った。
奇跡的なことに直撃だけは免れた様だった、けれど全身は衝撃による痛みで蝕まれている。このまま意識を保ち続けているのももうそろそろ限界を迎えそうだった。
霞む視界で爆心地を見上げるとそこには、クレーターの中央に切り立つようにしてそびえる一つのオブジェクト。
穢れを知らないような程、何物も寄せ付けない程の白さを放っている、形は滑らかな流線型をしていて、丁度ラグビーボールの様な形をしている。その表面には何らかの規則をもったような溝がいくつも刻まれている。
その溝の隙間から空気が抜けるような音がして、溝がずれていく。そして刳り出されたかのように穴が空いていた。
同じ様に明るく光放つそのオブジェクトの中らな、何かが出てきた。
中からの光で逆行となっており、何かはよくわからなかったけれども、人の形をしているように見えた。
そして身体にずしり、と何かの衝撃を受け、ギリギリの所で保っていた意識が消えた。