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光からの贈り物  作者: 337
第一章 ~来訪者は光と共に~
5/28

1-4

 思い返してみれば十分に楽しんだようにも思えるけれど、今年はこれの比にならないくらいエンジョイしてやろうという密かな野心に燃えています。

 話は戻って、いきなり「海とはいいね!」と言った廉哉に二葉が言葉で殴り殺しに掛るかの如く、致命的であろう言葉をぶつける。

「なに、また、あたしのことをナンパするの?」

 低い声で「うっ」と唸ってからストレートのパンチを顔面にもろ食らったかのようによろける。

 攻撃することしか考えていなかった二葉はもろ刃の剣であることを忘れてその言葉を飛ばしていた。だから必然的に仕返しの言葉が二葉にぶつかる。

「二葉だって俺にナンパされた時、待ってましたと言わんばかりの作った表情していたじゃないかよ」

 今度は二葉が低いうなり声を上げてよろけてた。

 お互いに古傷を開き合っただけとなり、両者ともにこれ以上の反撃を繰り広げる力も残っていないのか、卓袱台にもたれかかって、ぐだぁとしている。

 僕から餞別はなむけとして送ってやる言葉は。

「アホだな、お前ら」

 事実を言われて言い返せないのか、小さい二葉がもっと小さく縮こまり、廉哉も同じく縮こまっている。

 とりあえずこいつらはしばらく使いものにはならなさそうな気がするから、今度は僕が何か案をださないとな。う~んじゃあこれにしよう。

 そう決めて手を挙げる。

「は~い」

「はい、こう君」

 先生に扮した智癒が僕を指名する。別にいちいち挙手しなくちゃいけないとい言う決まりなどはないけれどなんとなくこうしてみた。

「天体観測がいいと思いまーす」

 智癒がこちらを見、ダウンしていた廉哉と二葉も僕を見つめる。

「「「……え!?」」」

 三人そろって今何言ったの? みたいな顔をしている。だからもう一度言う。

「天体観測がいいと思います」

 僕以外の三人が顔を見合って何かを確認しているように見えた。

 つまりこいつらが何を言いたいかと言うと、

「僕が天体観測っていうのがそんなにもおかしいか!」

 三人を見渡しているとゆっくりと首を縦に振った。

「そんなに以外か? 僕は天体観測に限らず、自然の景色を見ているってのは結構好きなんだぞ! 実際縁側でよく星空なんか眺めてたりするんだからな!」

 本当だぞ、とアピールをする。

「あ、ああ、そうだな天体観測いいですね。大変素晴らしいと思います。じゃあこんどは俺が案を出す番だな」

 僕のターンをなかったことにするかのように次の案を出そうと考える廉哉。

 それよりも、そんなに僕の口から天体観測って言葉が出てくるのが以外だったのか? みんなあんなに驚いていたけれど。嘘じゃなくて本当に好きなのにな。なんか悔しいです。

「東京も海もいいとは思うんだよ、けどな」

 天体観測もその中に入れろよ。

「夢を壊すようなことを言って悪いとは思うけど、現実的には難しくないか?」

 みんながみんな一応に困ったような声を漏らす。

「だからさ、折角こんな田舎な訳だし、そこを生かそうとしようよ」

「と、言いますと?」

 適当な相槌で訊いてみる。

「この無駄にある自然…じゃなくてこの豊かな自然を肌で直に感じるためにもバーベキューはどうだ!」

 ドヤッ、といった感じで僕の方を見てくる。まぁ悪くはない、悪くはないけれど。

「なんか普通だな」

 二葉と治癒も同じ様に思ってたようで、うんうんと頷く。

「そんな風に自信満々にいうから、なんかさ、もっと凄いこと言うかと思ったら只のバーベキューってなんか、ねぇ…」

 二葉もがっかりだよといった感じだ。

「で、でも、悪くはないだろ?」

「まぁね」

 渋々といった様子で同意する二葉。

「ちょっと行けば綺麗な川があるんだしさ、そこでやろうぜ。海みたく川で遊べるし、魚釣れば食える訳だし、夜まで残れば天体観測だってできる。よくないか?」

「まあいいんじゃない、ここで言ったので決定な訳じゃないんだし、いろんな意見を出しといた方がよさそうだしな」

 このままこのことについて話し続けていたら、モヤッとしたままズルズル引きづりそうだったので一先ず区切るためにも案を受け入れる。

「さて、一周して出た案は東京旅行、海、天体観測、バーベキューっと」

 いいながら手元にあらかじめ用意しておいた紙に書きならべておく。

「ん、じゃあもう一周いきますか」

 また同じ様にそれぞれがやりたいこと、いきたい場所をつらつらと並べていった。そして2~3周したころには一通り意見が出揃った。

 出た意見は、カラオケ、夏祭り、花火とメジャーな所から、かくれんぼ、鬼ごっこ、缶蹴りなど童心帰るものや、ひたすら自転車で爆走、宇宙人と遭遇、など訳のわからないもの(提案者は僕と廉哉)など色々と出揃った。

 こんな最初に目標にした有意義な会議、という目標を遂げられているかどうかはわからないけれど、多少なりではあるけれど、みんながやりたいこと、みんなでやりたいことが決まったからそれでよしとしよう。

 こんな“会議”だなんて重苦しい名目をつけて集まったけれど結局、今日やりたかったことはいつもと同じ、今という、このひと時をどう楽しむか、この一点に過ぎないから。

 少なくとも楽しい話し合いにはなっていたと自負できる。昔の失敗を思い出して落ち込んだり、過去の楽しかったことを思い出したり、これから先に行うことの予定を建てたり。

 悠久とも思えるこれから先の人生の中で、この高校ニ年の夏がこれほどまでに素晴らしかったと振り返ることができればいい、けれど今はそんな先のことを考える必要もないじゃないか。僕たちは今を生きているんだから、今を全力で謳歌していくことしかできないんだから、愚直にありのままでこれからも進んで行こう。今は今しかないのだから。

 会議がひと段落し、ふと外を見てみると、もう夕焼けが申し訳ない程度に空の端を彩るだけで、小さな輝きをいくつか孕んだ夜空が支配していた。時計を確認してみると時刻は7時を過ぎていた。夏だから日が長くてまだ時間は全然あると錯覚していたようだった。

「お前たちまだ帰らなくっても大丈夫なのか?」

 この辺りは夜になると、とても暗くなるのにも関わらず、夜の闇を照らしてくれる街灯数が少なく、一人になると心もとない気分になってしまう。

「おお、もうこんな時間だったのか」

 廉哉が時計をみて時間の経過の早さに驚いている。二葉と治癒も同様に、もうこんな時間なのかと驚いていた。

「そうだね、じゃあもう帰ろうかな」

 言い放ってから、二葉がコップに残っていた麦茶を一気に呷り飲み干した。

「じゃあ私も、もう帰るね」

 智癒がみんなのコップをお盆の上に戻してから台所へ持っていこうとするので制する。

「あっ、いいよ智癒、僕がやるから」

「そうそう、そんなのこうに任せときゃいいのよ」

 さっさと働けといった感じで僕のことを急かす。

 少し癇に障ったので嫌味を込めた言葉を呟く。

「智癒は二葉と違って気が利いて自分から片付けてくれようとしてくれるのに、二葉ときたら、胡坐掻いて待っているだなんて女子力のカケラも感じられないなぁ」

「何をいうか、あたし程女子力のある人なんて早々いないでしょ」

 どの口がそんなことを言うんだと思ったが肯定しよう。

「ああ、確かにあるな。女子力(物理)がな」

「ん? (物理)ってどういうことよ」

 よくわかっていないようなので説明してやる。

「そのままだ、女の子の腕力のことだ。つまり、馬鹿力ってことだ」

「それって褒めてないよね」

「そんなことないぞ、力持ちって褒めてるんだから」

 ないよりかはあるに越したことはないと思うから褒めていることになる……と思う。

「別にそんなことで褒められても全然嬉しくない!」

「そんなこと言わずに甘んじて受け取っておけ、僕が二葉のことを褒めることなんて滅多にないんだからさ」

 まぁ、実際は褒めているつもりは一切ないわけだが。この本音を漏らしたら、間違いなく褒めてやった女子力により鉄拳制裁を受けるので、口が裂けても言いません。怖いです。一日にニ度も死の淵を歩きたくはありません。

「うん、じゃあそうしとくよ」

 よし、うまい具合に二葉に嫌味を言えた。無傷ですんでホントよかった。こいつが単純で助かった。

「ほら二人ともいつまで話してる、さっさと帰らねぇと外真っ暗になっちまうぞ」

 廉哉が早く帰ろうと促す。

「それと二葉」

「ん? なに?」

 廉哉が何かを言うつもりのようだ。第6感でよくないことが起きそうな気がしたのでこっそりこの場からエスケープ。二葉の死角から居間を出てニ階へと登る階段で待機して聞き耳をたてる。

「どう聴いても光輝はお前のことを馬鹿にしていたぞ」

 馬鹿、おま、余計なことを言いやがって。

廉哉がしてやったりといった感じの表情をしているのが目に浮かぶ。そして身に掛る火の粉がやってくる前に音でばれないように最大限足音を殺しながら、なおかつ素早く階段を登り、自分の部屋ではなく敢えて姉の部屋の押し入れの中に隠れる。

「やっぱり!」

 怒りの炎に燃えているような二葉の大声が下の階から響いてきた。

「そんな気がしていたのよ! コウ! …あれどこに?」

 辺りを見回しているであろう二葉の姿が脳内で浮かぶ。頼むから廉哉これ以上余計なことを言うなよ。そう祈りつつ、聴覚に全集中力を持っていき、下の階の声に耳を澄ます。

「光輝ならニ階に行ったぞ」

 馬鹿お前、僕がどうなってもいいのか! と叫びそうになるのをどうにか必死にこらえて、押し入れの中で縮こまって、最大限に小さくなり、動かないようにする。実際問題小さくなるのは気休め程度にならないけれど、見つかるまいという気持ちが大切だと思う。よく病は気から、という訳だし、隠れきるにも気力は大切だと思います。

「いつの間に!」

 二葉の逃がしてたまるかという肉薄した声が聞こえてきて、恐怖心が煽られる。

 ドタドタと階段を駆け登る足音の一つ一つが僕に向かって迫ってきているように思えた。廊下を踏みならす音がどんどん近いてくる。そして一時停止。多分僕の部屋の前で止まった。そして、止まるや否や襖が開けられたのか、ドンッ、と扉を壊したのではないかというくらいの大音量が聴こえた。

「おら、おらぁ、ここにいるのはわかってんだぞ、さっさと出てこい!!」

 一応女の子なんだしそのしゃべり方はどうかと思うぞ、と心の中で忠告しておく。

 どこぞの取り立て屋の如く僕の部屋に押し入った二葉が、押し入れの襖を先ほど同様ものすごい音をたてながら開けた。けれどそれだけでは終わらなかったようだ。ドンッという轟音の後に色々なものが落とされているのか、ドタン、ガタンという物達の悲鳴が聞こえてきた。

 間違いなく部屋の中が荒らされているな、これは片付けるのが大変になりそうだ、と小さく溜息。

 廊下の軋む音が聞こえたので、部屋を荒らして満足してくれたのだろうか。そう願いたかったけれど、足音は遠ざかることなく近づき大きくなる。

 そして姉さんの部屋の扉が開く音がした。流石にこっちの部屋は僕の部屋じゃないから乱暴に扱う気はないのか普通に襖を開けたようだ。

 トン、トン、トン、畳の上を歩く足音が少しずつ確実に近づいてくる。

足音が止んだ、最後に聴こえた場所はこの薄い襖のすぐ先、手を伸ばせばきっと届くくらいの近さ。

「まさかね」

 二葉の小さな呟き声が聞こえた。

まさかここにはいないだろう、そう思っているなら開けないでくれ!! 必死に願う。目を瞑り手を合わせ祈る。あっち行けと。

 ガタッ、と襖が一瞬動いた、襖を開けようと手を掛けたからだとわかった。もう駄目だ絶対絶命だ。

瞑る瞼の力は強くなり、合わせている手は汗で湿っており、脈打つ鼓動は今にもはじけ飛ぶのではないかと思った。

 ――――グゥ。

 ……なんだ今の音は? 怪獣の鳴き声のような唸るような音は。

「…お腹空いた」

 ニ度目の呟きでそういった。

「どうせここにはいないだろうし、早く帰ってご飯食べたいな」

 そう、ここには僕はいない! だからほら早く回れ右して戻って。

 願いが通じたのか襖は開けられることなく、足音がどんどん遠のいて行く。階段を降りる音が聴こえ、下階から話し声が聴こえたけれど、もうそこに回すだけの集中力も残っておらず、何を話しているかわからないけれど、危険からは逃げ切れた様だった。

 これでこの狭い押し入れの中から離脱することができるようになった。もう外に二葉はいないだろうけれど、念には念を、襖を少しだけスライドさせ、僅かに作った隙間から部屋の中を見渡す。

 右よし、左よし、そしてもう一度右。よし、二葉はいないな。これで安心して出れる。

 押し入れの中から這い出て、ふぅ、と安堵の溜息を小さく一度だけ零す。その時丁度下から玄関のドアが開かれる音がして「おじゃましました~」と3人分の声が聴こえた。

 お見送りくらいしようと立ち上がったが、二葉と面として出会えばその場で、女子力制裁を受けることは目に見えている、なら今回はこうするか。

 向かう先は玄関ではなく自分の部屋、入るなり目をそむけたくなる現実があるが、今は見なかったことにしておいて、窓を開ける。

「じゃーなー」

 下にいるみんなに手を振る。気がついてくれたのか手を振り返してくれた。これでちゃんと別れの挨拶もできたわけだ。

 さて、目をそむけた現実とちゃんと向き合いますか。この散らかった部屋を片付けないとな。

 部屋の中は一見しただけなら、泥棒でも入ったのかというくらいに荒らされていた。押し入れの中のものは無造作に床の上に広げられ、勉強机にある筆立てはひっくりかえされ、無残に散らかっていた。それでもすくいなのがワレモノ類には手がつけられていなかったことだ。ちゃんと理性は残っていたらしく、これは流石にだめだ、と認識していたようだ。

 さぁ、いくら部屋の現状を眺めていても片付いたりしないので、手を動かしましょうか。



 結局荒された部屋を元通りのように綺麗にするには20分くらいかかった。

 食前の丁度いい運動だったの思えばいいのさ、と自分自身を無理矢理納得させておく。

 片した部屋を出て、階段を降り、そのまま台所へと向かう。そしてすぐさま冷蔵庫と睨めっこ。

 結構お腹がすいていたので、これから手の込んだものを作る気力は湧いてこなかったので、パッパっと作れるものを晩御飯にしようと決めた。

 冷蔵庫の中を見回すと幾らか野菜が残っていたのでチャーハンを作ることに決めた。

 早く作れて、美味くて、楽。この三拍子そろったお手軽メニューが今夜の晩御飯です。

 そうと決まったら冷凍庫からご飯を取り出し、電子レンジに突っ込んで解凍。その間に野菜たちをさっさと切り刻む。目を瞑って野菜室の中に手を入れて君に決めた! とランダムに野菜を取り出す。

一つ目、長ネギ。二つ目、タマネギ。三つめ、万能ネギ。見事なまでのネギ一色。自分でもなんでこんなにネギばっか入っているんだ、と驚きながらもうこれでいいや、と半ば投げやりになりつつ、全部を適当なサイズに刻む。

 ネギ達を切り終えた頃に丁度よく電子レンジから解凍が終わったという音楽が知らせてくれた。それから、冷蔵庫から卵を取り出し、割って、混ぜて、フライパン出して、油を引く。油が温まった頃に卵を投入し、すぐさまご飯をぶち込む。慣れた手つきでフライパンを動かし、ご飯たちを舞わせて卵と絡める。適当なとこれでネギ達を入れて、塩コショウ。はいこれで完成ネギチャーハン。

 台所回りを軽く片してから、米とネギどっちが多いかわからないものを居間へと運ぶ。

 そしていざ実食。

 味の感想は……ネギです。ただひたすらにネギです。口に運ぶ前から匂うネギの匂い。食べた後に残るネギの匂い。いくら作るのが面倒だったとはいえ、これはやめとけばよかったと今更になっての後悔。せめて玉ねぎをもっとしっかりと炒めていればよかったのかなぁ、と次回の為に反省(もう作ることはないだろうけれど)。

 ネギで腹を、じゃなくて、チャーハンで腹を満たすことができたので、さてこれから何をしようかなぁ、と暇つぶしがてらにテレビをザッピングしてみるけれども、大して面白そうな番組はやっていなかったので、食器を洗ってその後風呂にでも入ろうと決めた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ふぅ。

 浴槽に浸かって一つ息を漏らしてみた。風呂の中は蒸気で白く全体的に靄がかっている。

 今日も一日楽しかったな。心の中でそう評価してみた。あった出来事は終業式と夏休みに何をするかという話し合いをしただけだったのに、それでも楽しかったなと思えた。

 話し合いを始める前に少しだけ事件もあったな、と思いだしながら、あいつに触れた部分を思い出してみる。温もりが残っているんじゃないかと触ったのは鼻、ではなくて唇。

 コウはあたしの鼻が自分の額にぶつかったと勘違いしていたみたいだけれども、実際は唇。

 顔が間違いなく赤くなっていたと思う。けれどあいつはこのことに気がつかないで、鼻血は出てないかって、気がつかないでくれて助かったのか、そうじゃないのか、どっちなんだろう。

 こんなことを考えるとまた頭の中が熱くなってきた。傍から見たら、のぼせているのではないかという勘違いをされるくらいに、顔が赤らんでいるのではないだろうか。触れた時の感触はあまりにも突然過ぎたために思い出せないのを悔しく思う。

 去年の海のときだってそうだ、あたしの近くに顔をよせて「話を聴け」だなんていうから何を言ってくれるのだろうと期待してみたけれど、言われた言葉は願っていたものとは全然異なっていた。

「期待させんなよ」

 あの時言った言葉。こうには届いていなかった言葉。思い出しながら、なぞるように呟く。

もしあの時「何か言った」と訊き返された時に、これを言い返せていたら何か変わっていたのかな? いいや、こんな曖昧な言葉じゃあいつは気がついいてくれない、ほんと鈍感な奴なんだから。

 昔の感傷が今になってまたぶり返してきてるようだった。そりゃそうだろう、まだ塞がっていない傷なのだから、現在進行形で増え続けている痛みなのだから。

 そんな痛みは今すぐにでも拭い捨てたいとも思っている。思ってはいるけれど、この痛みよりも駄目だった時の恐怖が勝って脚を踏み出すことができないでいる。身体は進もうとしているのに、感情が躊躇ってこれ以上先へと進ませてくれない。

 今のこの近くにいて、なんの気もなく一緒に遊べる関係が変わるのが、崩れるのが怖かったから、だから今も昔も、このぬるま湯みたく、いつまでもなれ合いの関係でいいから、離れてしまうのは、もう懲り懲りだから。

 中学時代に少し疎遠になって初めて気がついたけれど、最初の頃はいつもいる奴がいないから何となく違和感を感じていた、というだけだと思っていたけれど、そうじゃなかった、違ったんだ。その事実に気がついた。だから今こうして懊悩しているんだ。

 けれど、こんなあたしにも赦されるのかな。この気持ちを伝えてこの先へ行く権利は持っているのかな。

 ……。

 気持ちがどんどん暗くなっているのがわかった。このまま思案し続けていてもどんどんネガティブになるだけだ。

 パチンッ、と一発自分の両頬を叩いて気合いをいれて、マイナス思考を払拭する。

 あたしはこんなんじゃない、こんな暗い考えはしない、明るくて陽気で、馬鹿だけどみんなと一緒に楽しみたい。そういうことだけを考えている人間なんだ、そうなんだ。

 自分は悩みなんかとは無縁な人間なんだ、そう言い聞かせ、問題から目を背ける。

 よしっ。

 短い言葉の中に気合いを込めて、ぬるま湯を吹き飛ばすというのと、更に気合いを入れるという意味を込めて、シャワーの温度を上げて、頭から一気に浴びる。

「――――――!!」

 シャワーを浴びた瞬間、声にならない悲鳴を上げた。理由はお湯が想像以上に熱かったというわけではない、むしろ逆だった。想像以上に冷たいというより、ただの冷水だった。給湯温度を上げたつもりでいたけれど実際は下げていたみたいだった。

 死ぬかと思った、本気で。心臓止まりそうだった、マジでビッビった。なんでこんな失敗してるんだろ、あたし。まさかこんな風に心臓が止まるんじゃないかっていう出来事が起こるぞって暗示していたりして。まぁそんなわけないか。ただのミスなわけだし。あぁあ、占いの見過ぎかな。しばらくは控えようかな。

 そんな冗談を考えながら、今度はちゃんと温度を上げて一気に浴びた。

 ぬるま湯なんかで終わらせない、最大のライバルは自分自身のココロだ、覚悟しろ、と気合いを更に入れる。

 この関係が崩れたら、とどんどんマイナス思考に暗くなってく、ちがう私はこんなんじゃないと自分を無理矢理勇気づけ、明るくなる、大丈夫私は大丈夫と自分を励ます。この夏に勝負を掛けてやる、ライバルはいないけれど、これ以上このままぬるま湯見浸かり続けるのは自分が許せない、なあなあなままにはしない。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



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