4-3
電話した時に告げておいた集合場所に着いた。最初に森の中に入って自転車を止めて置いた場所。その場所に二人のシルエットが見える。
「おーい」
両手は塞がっているので、声だけを掛ける。僕の変わりに隣でゆうあが手を振っている。
気がついてか二人の影からも声が帰ってきて手を振ってくる。
「ふーちゃん大丈夫?」
「二葉、大丈夫か?」
駆けよってきた智癒と廉哉が真っ先に二葉に声を掛ける。
「うん、大丈夫、心配させてごめんね」
僕の後ろからそんな声が聞こえる。
「にしてもお前、なんでおぶられてんだ? まさかおんぶしてくれないと歩けなーいってせがんだのか?」
「こいつがそんな可愛らしい奴だっと思っているのか?」
そんな弱そうな奴じゃないだろ、どう見ても。
「なによ、二人して。もういい! 降ろして、ていうか、降ろせ!」
そう言って脚をばたつかせて猛抗議を始める。
「あっ、痛い」
その言葉の後に動きが止まる。
「お前怪我してたのか? どこだよ」
「たぶん脚を少し切った所が、今頃になっていたんできたみたい」
それは少し大変だな、傷口から菌でも入ったら大変だし。
「それじゃあ急いで帰ろう。二葉お前僕の後ろに座れ」
止めていた自転車の荷物置きの所に乗せる。
「いいよ、自転車くらい漕げるからさ」
「駄目だ、お前はここ、で鍵はゆうあに渡してくれ」
「うん、わかった」
珍しく素直にいうことを聴く。
二葉の自転車の鍵がゆうあに渡される。
その時に気がついた。ゆうあは自転車にのれるのか? と。
ゆうあに近づいてこっそり耳打ち。
「自転車、乗れるのか?」
「う~ん、初めて乗るけど、大丈夫だと思うよ」
ならその言葉を信じてみよう。
「んじゃあ行きますか」
「行きます!」
毎度のことながらゆうあだけが復唱してくれる。
すっかり太陽もどこかに消え去り、夕暮れから、夜空へと変化していた。
街灯もない暗い道の中を自転車のライト、という頼りない明かりを頼りにして来た道を戻る。
再び自転車を漕ぐこと一時間、僕の家にまで戻って来ることができた。見事なことに、ゆうあは自転車を難なく乗りこなしてみせた。なので何の問題もなく無事戻ってこられた。
「お尻痛いな、座布団くらい敷いておいてよ」
怪我をしていない方の脚で降りるなり早々文句を言い始める。
「一度はしようと思ったけど、見た目がおかしくなるってことで却下しました」
「見た目より機能重視でしょ、そこは」
「はいはい、そうですね」
普通に元気そうでよかった。
「俺たちは先に帰るな」
「おお、またな」
「じゃあね」
「バイバーイ」
廉哉と智癒が一足早く帰還する。
「さて、お前は今から家に入って沁みる思いをしてもらうか」
「じゃああたしも帰るね。また」
まともに歩けていないわけだからそのまま帰ることもできないのですぐさま確保に成功。
「はい、お譲ちゃん、いい子だからさっさと消毒しましょうね」
「沁みるのヤダ、痛いの嫌い!」
本当に駄々こねているよ。
「お前は子供か」
頭に軽くチョップをお見舞い。
「うん、子供です。ということで消毒はなしで」
「なら、代わりに塩と醤油と山葵をと辛子を同時に刷り込まれるのと、消毒どっちを選ぶ?」
感情を殺した声で冷酷に告げる。
僕の視線の先には明らかに怯えている二葉の姿がある。
「しょ、消毒します」
こっちの方がまだましです、と渋々決めた。
「一名様ご案内~」
「ご案内!」
家の中に上がらせる。
居間の所に座らせておいてお茶を出しておく。その間に救急箱がどこにあるのかを探して何だかんだ捜索してようやく発見。台所のガステーブルの下にある収納スペースの中に入っていた。
なんでこんなところに? という一抹の疑問が浮かび上がったけれど気にしないでおこう。
「二葉、脚出せ」
救急箱と一緒に湿らせたタオルも一緒に持ってきた。
渋ってはいたが怪我している方の脚を差し出す。
まずは脚に着いた汚れをタオルで落として、その後消毒液を垂らす。
「あぁ~うぅ~」
「まだ掛けてないだろ!」
消毒液を見ただけで沁みているのか、もがいている。
「消毒液よりもお前の方が何倍も恐ろしいと思うんだが」
聴こえるか聴こえないかくらいの小さな声で呟く。
「あんた今なんか言った」
聴こえていたようだ、だからなんだ。
「えい」
消毒液を垂らす。
「うぅぅ~あぁあっ~」
苦悶の表情を浮かべてもがいていらっしゃる。
面白いのでもう一度垂らしてみたら、同じ様なリアクションをもう一度とる。
何度見てもこれは面白いな。
更にもう一度垂らそうとした時に、消毒液を掴まれた。
「やめて、もう、本当に、止めて」
なぜだか息も切れ切れとなっている。
もう一回やってやろうかなと思ったけれど、流石にかわいそうに思えてきたので、止めてあげることにする。
一先ず垂らしすぎた分の消毒液はティッシュで拭って、その後に絆創膏を貼っておく。
「よし、完成!」
「どうもありがとうございました!」
お礼を言っているのだけれど、なぜか怒りながらだった。
「ついでだし、晩飯も食っていくか?」
二人も三人も作る手間はそんなに変わらないわけだし。
「うん、じゃあそうするね」
「おう、心配しているだろうからちゃんと親に連絡するんだぞ」
「じゃあ、ちょっと電話してくるね」
そう言って脚を引き攣ったまま我が家の電話の使いに行く。
「携帯持ってきたなかったのか?」
「今日みたいな遊びの時は流石に鞄は邪魔になるから置いてきたの、携帯もその中」
「なるほど」
智癒も手ぶらだったのは同じ理由からだろうか。
「じゃあ電話借りるね」
「はいはーい」
さて、じゃあ僕は晩御飯でも作りますか。
そこでさっきのやり取りをずっと見守っていたゆうあが口を開く。
「みてて、えっちかったよ」
「…さいですかい」
なんて言い返せばいいのかわからなくって、こうとしか言えなかった。
手際良く料理を作り終えて、すべて食べ終えた。
「どうだ二葉、もう歩けそうか?」
「だいぶ良くなったけど、まだ少し痛むかな。ということで今日は泊らせて頂きます」
「はい?」
「ふたばがお泊まり―」
嬉しそうなゆうあとは対照にたにを言ってるんだと困惑する、僕。
「お前、家帰らなくていいのか? 親心配するだろ」
「そこの所は問題ない、大丈夫。さっきの電話で泊ることも了承してもらった」
「手際のよろしいことで」
「へへ、ということでよろしくお願いします」
「はいはいわかりました」
不安な夜の幕開けとなった。
けれどそんな不安は入らぬ心配だったようだ。
二葉はゆうあと一緒に風呂に入ってその後すぐ、二人で仲良く眠っていたそうだ。
おまけに起きた時に落書きも一切されていなかった。
きつめに据えて置いた灸が効いたのだろう。
この日かから一気に時間の流れを早く感じた。
目標にしていた、海、カラオケを制覇しただけでなくプールにまで入った。
時間は過ぎて8月11日土曜日。今日は消化目標であった夏祭りが山の上の方にある神社で模様される。
待ち合わせ場所である、どこまで続いているんだと疑問に思うほど長い階段の下でゆうあと一緒にみんなが来るのを待っていた。
「みんな来るの遅いな」
「…」
あれどうしたんだ、声を掛けたのに返事が返ってこない。
「お~い、ゆうあ~」
目の前で手を振って呼びかける。
「あっ、どうしたの? こうき」
「どうしたのはこっちの台詞だろうが、なんかぼーっとしていたぞ」
「ちょっと考え事をしてただけだよ」
「そうか、なら別にいいんだけど」
「うん、大丈夫だから。心配させてごめんね」
「そんな謝られるほどのことじゃないから気にしなくていいぞ。それにしてもみんな遅いな」
「うん、そうだね」
「遅れてごめーん」
遠くから小走りでやってくる影。
「遅いぞ、二葉」
「ふたばー」
ゆうあが手を振って迎える。
「着付けに思いのほか戸惑ちゃってさ、どう」
見てみてと一回転する。
「似合ってる?」
なんていうか、そうだな。
「孫にもい――」
「なんだった聴こえないからもう一度」
鳩尾に拳を食い込められて強制的に言葉をとぎらせられた。
「とてもお似合いだと思います」
すると今度は急に顔を赤らめて。
「いやだ、そんなこと言われると照れるじゃない」
背中に平手が一発。
褒めても貶してもどの道痛みを伴う結果だったようで。
「ふたばとっても可愛いよ」
「ありがとうゆうあ」
こっちには平手はなく素直に喜んでいる。
一体何なんだろうな、ゆうあと僕のこの待遇の差は。
そんなことを考えている間に、廉哉と智癒が一緒に来た。
「おお、みんな早いな」
「遅れてごめんね」
二人とも浴衣姿でのご登場。これで全員が浴衣を着て揃ったわけだ。
「さて、みんなそろったわけなので、行きますか」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
何段上ったのかもわからないほど長い階段を登り終えお祭りの買い以上である神社の境内に入った。
下から見ていた時でも、溢れている明かりや、零れて聴こえる祭囃子で賑やかに思えたがこうやって直に見ると、下で想像していた以上に華やかだった。
「わぁ凄いね、これがお祭りなんだね」
「ああ、そうだぞ。終わりの方には花火も上がるぞ」
そう、その花火、それこそが一番のタイミングだ。
この日の為に浴衣も買った。
準備は万端今日が最高の日だ。
「こら、走り出すな」
コウがユウアの襟首を掴んで動きを押さえる。
こういう風に興味のままに突き進んでいくユウアの姿は友達として見ている分には可愛くて、ライバルと意識すると、とても強力だと思う。
でも今日のあたしは一味違う、はず。チユの入ってた浴衣補正ってのが働いているはず。
でも、ユウアも浴衣を着ているな、この場合ってどうなるんだろう。
「チユ、ユウアも浴衣着てるけれど、この場合補正ってのはどうなるの?」
凍った笑顔で答えてくる。
「ちーちゃんにはちーちゃんの魅力があるから大丈夫だよ」
「それ慰めてないよねぇ!! 逆に傷をみつけたよね!」
それでもこのことは一先ず置いておいて訊いておきたいことがある。
「やっぱり、最近二人様子変わったよね」
レンにも聴こえる声の大きさで尋ねる。
「「そんなことないって」」
「やたら息もあってるし」
「「それは」」
「ほら」
「「うっ」」
見事なシンクロ率を叩きだしていると思うんだけれどな。
「ほ、ほらお譲ちゃん、五百円あげるから好きなもの買っておいで」
急にレンが指しだしてきた。
「ありがたく貰っていくね、行くよチユ」
手を掴んで歩き始める。
「あ、うん」
もらった五百円で買い物を開始する。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふたばとちゆも行ったんだから行こうよ」
「はいはいそうですね、どうしたんだ廉哉、なんか元気がなさそうだが」
「あ、いや、俺のことは気にしなくていいから先にいってってくれ」
なんか一気に歳を食ったような雰囲気になっているな。
「んじゃあそうさせてもらうか」
掴んでいた襟首を話して解放する。
「こうき、これは何」
「綿菓子だ」
「これは?」
「金魚すくい」
「これは?」
「射的」
こんなやり取りを永遠と繰り返して結局全部の屋台の名前を言わされた。
「で、お気に召した屋台はありましてでしょうか?」
「え~とね、これ!」
「綿菓子だな、了解」
ということで綿菓子一つ購入。
「うん、これ美味しいね。とっても甘くて口の中にいれたら溶けちゃうんだね」
「まぁ、元がザラメだからな」
「こうきも食べてみて、はい、あーん」
一口大に千切った綿菓子を指しでしてくる。
「そんな恥ずかしい食い方、したくないよ」
小さく口ごもってしまったせいか聴こえていなかったようだ。
「はい、あーん」
食べて、と腕を伸ばしてくる。
「わかったよ、あむ」
「どう、おいしい?」
小首を傾げて訊いてくる。
「ああ、美味いよ」
「ふふふ、でしょ」
思っていた以上に美味いものだな、こういうのはたまに食うからいいのかもしれないけれど。
「今度はあれやってみたい」
「射的だな、いいぞ」
的屋のおっちゃんに代金を渡す。
「やり方わかるか?」
「うん、大丈夫」
銃口の先にコルク弾えお詰めて狙いを定めて発射!
「おお、凄い」
シガレットの形をしたお菓子の箱を一発で落とした。
「へへ、凄いでしょ。どんどん落とすよー」
宣言通り全弾を命中させてお菓子をゲットしていく。
そして最後の一発。
「最後はあのクマさんをもらってくよ」
一息吐いてから、標準を合わせて最後のコルク弾が真っ直ぐ飛んでいく。それが見事にクマを額を穿つ。ぽとりとと獲物が落とされた。
的屋のおっちゃんもマジかよと驚いた表情を浮かべている。
「まだまだだね」
決め台詞を吐いてから、銃口の先を吹く。
なんか、とてつもないものを見させてもらいました。
周りが一度しんと静まり返ってから歓声が上がる。
最後の獲物となったクマをおっちゃんが悔しそうな、嬉しそうな表情でゆうあに渡す。
ビニール袋の中に幾つかのお菓子を持って次は何しようかと探す、隣を歩いているゆうあは満足そうにクマに顔を擦りつけている。
「まさか、ゆうあが射的あんな美味いとは思わなかったぞ」
「へへ、あれくらいは朝飯前だよ」
でも、実際はこういう時にしか役に立たないスキルだよなと心中で思う。
「こうき、今度はあれがやりたい」
「なんだ?」
指差していたものは。
「かたぬきか、随分と地味なものを」
「いいの!」
「はいはい」
お金を払って僕はゆうあがやっているのを隣で見守る。
その横顔は思った以上に真剣で、声をかけられそうになかった。
「コウ、ちょっといい?」
後ろから肩をつつかれた。
「ん? ああいまちょっと…」
この様子だったらしばらくかかりそうだし、声を掛けても気がつかなさそうだな。
「大丈夫だぞ」
「じゃあ、ついてきて」
二葉の後を付いて歩いて行く。
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