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第一章 ~来訪者は光と共に~
7月27日金曜日、夏休み直前の最後の登校日となった。ようやく乗り切ることのできた期末テストのことを脳内から追い払い、きたる28日の夏休み初日へと思いを馳せる。
クラスメイト達も同じなのだろうか、教室内には浮かれた空気が漂っている。
「明日から何するよ」「ねぇねぇ、一緒にプールいかない」「あそこに新しい店ができたんだって、行かない」「ああ、早く今日よ、終われ」「この後カラオケいかない」
みんなには今日行われる行事はすでに眼中には存在していなかった。その行事とは終業式。
終業式について思うことはこんなところだろう。「早く話し終わらないかな」「体育館暑い」「眠い」
そして先生方は決まり切ったことを話す。「夏休みだからって羽を伸ばしすぎるな」「事故には気をつけろ」
そんな簡単に予測のできることをするために今日学校に来ている。そして、正誤照会の時間となった、結果は概ね正解。そんな予想の範疇を超えることのない行事は只只長く感じ、退屈なだけだった。
終業式を無事終え、教室に戻り、後は帰りのホームルームを残すだけとなった。
担任が先ほどの式の内容を反復するようなことを話した後、学級委員に号令を掛けるよう促し、ホームルームを終え放課後となった。
さて、帰ろうかなと、机の脇にぶら下げてある鞄を持ち歩きだそうとしたところ誰かが後ろから肩を組んでくる、誰かは想像がついているけれど。
「光輝、早く帰ろうぜ」
「ああ、そうだな」
想像通りの相手、大杉廉哉。小学校、中学校が同じで更に高校まで同じというかなりの腐れ縁な仲だ。
そして、光輝と呼ばれた僕は、藍沢光輝。これから高校2年の夏休みが来るということで、少しばかり気持ちも昂っている。
「コウ、レン早く帰ろうよー」
そこに別の声が加わってくる。発声源は教室の出入り口、そこには二人の女の子が立っている。
「ああ、ちょっと待てって」
呼ぶ声に廉哉が答えてから出入り口へと歩き始める。
「お待たせ」
今度は僕が答えた。
「ううん。私たちのクラスも今終わったばかりだから」
最初に声を掛けてきた子ではなく、もう一人の子が今度は答えた。
最初に声を掛けてくれた彼女は三月二葉、身長は140cmと決して大きいわけではないが、その身長を大きく思わせるくらいに、行動力や活発性を持っている。よく言えばリーダーシップを持っていて、皆を引っ張って行くことができる人だけれど、悪く言うと子供っぽいともいえる、女の子である。
そしてもう一人の子は小舘智癒、二葉とは対局であまり活発ではないけれど、しっかりとしていて落ち着き払った性格で、お母さんの様な雰囲気を持っている。
この二人も廉哉と同様に、小学校、中学校、高校と同じの腐れ縁である。
そしてこんな長い付き合いがあるのに未だに一緒に帰ったりする仲でもある。中学校のころは思春期ということもあったせいか少し疎遠にはなったものの、なんだかんだで、今も昔も仲良くやっている。
おそらく、このみんなとは一生の付き合いになるだろうし、そうなりたいとも思っている。一寸先は闇、未来には何があるかはわからないけれども、どんな出来事であろうともこいつらとなら乗り越えていけると信じている。
少し思いに更けていたけれども、今日もこのいつものメンツで帰宅することとなった。
校門を出て、学校周辺の小さな住宅街を抜け、畑に囲まれた田舎道を歩く。
「なぁ、そういえばさ、テストどうだった?」
何の気なしに廉哉が話題を振る。
「僕はどうにか追試を免れたって感じだったな」
「あたしもそんな感じ、智癒は相変わらずいい点数なんでしょ?」
「ううん。そんなことないけど」
僕や二葉がそんなことない、といったら言葉通りの点数だけれども智癒の場合は違う、それをわかっているので二葉が更に追求していく。
「そんなことないって、智癒のそんなことないは、そんなことあるんだから」
「本当にたいしたことないから」
「そんな謙遜しないで、じゃあ一つだけ質問に答えて」
「うん、いいよ」
二葉がどんな質問をするのかと待っていて、訊いた質問がこれ。
「平均点何点だった?」
全体的な点数を訊くにはこれが一番妥当だろう。
「……91点」
申し訳なさそうに小さな声で答えてくれた。
「「……」」
絶句して言葉も出ない二人。
「まぁそんなところだろうな」
想像通りだといったところの廉哉。
「ちょっと聞きました? 光輝さん」
「ええ聞きましたよ、二葉さん」
井戸端会議を始める僕たち。
「平均91がたいしたことないだなんでどう思います?」
「もう、喧嘩売っているようにしか思えませんね、二葉さんは平均いくつでした?」
「35よ、これが本当のたいしたことない点数でしょ、光輝さんはいくつだったの?」
「37よ、これだと嫌味を聴いているようにしか聞こえないわね、35よりはましだけれど」
「あら、今聞き捨てならないことを言ったわね、実際37もたいしたことないじゃない」
「35よりは全然ましよ」
「そんなことない」
「そんなことある」
「ない」
「ある」
「ない」
「ある」
いつの間にか井戸端会議風のおばちゃん二人の喧嘩に発展してしまった。そこに廉哉が割って入る。
「んな、ドングリの背比べで張り合うな、そんなの見てて只只滑稽なだけだぞ」
「「黙らっしゃい!!」」
「うおぉっ!!」
睨み合っていた視線が同時に廉哉に向けられ、あまりの気迫に驚いていた。
「「そういうお前はなん点だ!!」」
間髪入れず廉哉が答える。
「97だ」
「「へ?」」
同時に呆けた。
「だ・が・ら、平均97点だ、凄いだろ」
現実逃避、完全敗北、頭がいいですねこの野郎。あまりの真実に井戸端おばちゃんタイムも強制終了。負のオーラを発する二人。
そういえば普段一緒に馬鹿なことばっかしていたから忘れていたけれど、こいつ普通に頭が良いんだった。なんで僕たちと同じ高校に来ているんだって思うくらいに頭いいのに、他の高校は遠いから面倒臭いという理由で、僕でも入れた高校に入学したのだった。智癒も元々頭が悪いわけではないけれど、高校に入ってからは成績がどんどん良くなって行ってる、中学頃までは平均60~70と僕たちから見れば普通に良いにも関わらず、今では平均90オーバー。凄いの一言で片づけるにはもったいなすぎます。
絶望的なまでにリアルな現実を突きつけられ項垂れている僕たちに構うことなく優秀なお二人はどんどん先へと進んで行く。まるで人生の距離を表わされているような気がしてならない。
同じことを思っていたのか、二葉も僕と同じ様な絶望を見た目をしていた。絶望を見た二人はすぐさま堅い誓いの握手をする。
「「テストの点がナンボのもんじゃー!!」」
只の現実逃避だということを重々承知の上でこう叫んだ。
「いつまでもバカやってないで早くこーい」
優秀廉哉がデリカシーのカケラもなく現実へと呼び戻す。
その呼びかけの応じて、テクテクと歩いて二人の元へと合流する。
「そんなテストの点数くらい気にすんな」
それは勉強のできるからこそ言える台詞なのだろうな。
「それにな、勉強の知識と生きていく上での知恵ってのはな、全然別のもんなんだよ、で、お前らにはその知恵ってのがあるだろ? 俺みたいな堅物頭と違って柔和な発想ができるじゃねえかよ」
その点については僕も少しは同意できる。確かに廉哉は頭が良い、僕がいくら逆立ちをした所で敵いっこないほどに、だけれどこいつは常識の範疇から出た物事や急にアドリブで何かをするということに関しては滅法弱かったりする。
中学の学園祭の時、クラスで演劇をやった際、クラスメイトの一人が悪ふざけでストーリーに影響のない範囲ではあるものの突然アドリブを入れた時に廉哉は、自分の回りだけ時間が制止したかのように止まって、何もできないでいた。今でもこのことを引きずっているので廉哉をからかう時の最終手段として、今でもたまに使わさせて貰っている。
「だからまぁ、頭がいいだ、悪いだて落ち込むんじゃねよ」
気を使って僕たちを励ますために言っているということくらいはいくら頭が悪かろうがわかる、けれど今こいつには言ってやらなければいけない言葉がある、それは。
「いいこと言って場を収めよとしているけれど、元々の原因はお前だからな!」
「ちっ、バレてたか、二人なら気がつかないと思っていたのに」
結局はどこまでも僕たちを馬鹿にしていたということかこの野郎。
「よし、とりあえず一発殴らせろ、そうしたらこの問題は不問に処す」
「ナイスアイディア、コウ。あたしも混ぜてもらおうじゃん」
復讐の試案が定まったことで、これを実行しようじゃないか。
「ちょっと待って! 暴力はよくない! 日本は民主主義の国だ! 暴力ではなく話し合いで解決しよう!」
「「問答無用!」」
殴りに行こうとしたところに「はい、そこまでー」と割って入ってくる人。今までずっと静観していた智癒だ。
「はい、二人とも、暴力で解決しようとするのはよくない」
そうだそうだ、と智癒の後ろに隠れた廉哉が茶々を入れているがそこはスルーしておこう。
「でも、レンがさー」
「でもじゃない、暴力はよくない、わかった?」
「「はい…」」
智癒には昔からどうしても逆らうことが出来ずに負けてていまう。
「それに、れん君!」
「は、はい!!」
智癒の後ろに隠れていた廉哉が背筋を伸ばす。廉哉も僕ら同様、智癒にはどうしても逆らうことができず、話に耳を傾けるしかできなかった。
「いくら、点がいいからってそれをひけらかすことはよくないと思うよ」
「お、おっしゃる通りで返す言葉もありません」
言葉で返してるじゃないか、と突っ込みを入れたかったけれども、これはひとまず呑み込んで抑える。かわりにシュンとしている廉哉を見て愉しむことにしよう。
智癒に仲裁のおかげでテストの点での言い合いはこれにてお開きとなった。
そして丁度いいタイミングで二手に分かれる道。僕は左でみんなは右に曲がる。なのでここでサヨナラを告げなくてはならなくなる。
「じゃあ、またな」
手を上げ、左に進む。
「おう」「じゃあね」「またね」
それぞれに返してくれる。
この分かれ道はどうしても好きになれそうにないな、家の方向が違うからここで否応なしに引き離されてしまう感じがある。まるで僕一人だけが違う道を進んでみんなとは別の道を進んで行くんだ、なんて寂しいことも考えてしまうくらいに嫌いだった。けれどしょうがないことだから、これ以上感傷に浸るのは止めにしよう。
どうせ夏休みの大半の時間をあいつらと過ごすことになるだろうし。去年がそうだったように今年も同じだろう。きっと。
午後1時、学校から帰宅して時計を確認したらこのくらいの時間だった。
さて、ご飯は何を作ろうか、家には誰もいないので必然的に昼食は自炊しなくてはならい。家に誰もいない理由はいたって簡単。一人暮らしをしているからだ。詳しく言うと一人暮らしになった、だけれども。
去年までは姉も一緒に暮らしていたのだが、大学に受験合格して「やっほ~、こんな田舎さっさと出て行ってやるー!」と言って出ていった。両親は東京の方で働いているのでこっちに帰ってくることはまずない。
なので一人暮らしをエンジョイさせてもらっています。
実際一人暮らしになった最初の頃は自由を堪能していたけれど、4ヵ月くらい経つと自由よりも寂しさを堪能する時間の方が長くなってきている。同じテレビを見ているでも今より昔の方が楽しんで観ていていた気がする。姿は見えなくとも、同じ屋根の下に誰かがいるとそれだけ寂しさが少なかったと思う。
でも今はどうだ?
この、二階建てのただ広い家に一人でいる。僕一人で暮らす上で使っている部屋は、自室とテレビの為の居間、台所、風呂、トイレ、たまに昼寝をする縁側くらいだ。すべての部屋で広さを持て余している入る上に、全部の部屋の半分くらいしか使えていない。
一回、部屋中をぬいぐるみだらけにしてやろうかと本気で考えて、二葉に相談してみたら「なんか怖いし、気持ち悪いからやめときな」と言われて実行せずに済んだ。
まぁこれで僕がどれだけ寂しい思いをしているかってのがわかってもらえたと思う。それじゃあ昼食を作りますか。
用意するもの、やかん、水、カップ麺、以上。
作り方、やかんに適当な量の水をいれて、ピューと鳴いたら火を止めて、カップ麺にお湯を注いで3分待ったら完成。
実際昼ごはんはこんなもんで十分我慢できる。
カップ麺を食べ終えたら本格的にすることがなくなってきてしまった。こんな時間だとどうせ面白いテレビはやっていなさそうなので、リビングから離れ縁側に向かい寝そべる。
暇で何もすることのない日はこうやって昼寝しているのが一番幸福な時間に感じる。
しばらくたった頃、そんな幸せな時間に陰り、ではなく、太陽に雲でもかかったのか、瞼ごしでも暗くなったのがわかった。太陽が出ていないならここで寝なくてもいいやと思い、体を起した時、額に鈍痛。
「「痛っ」」
声が一つだけではなく二つ響いた。
痛みで涙の滲んだ目で見た僕以外の声の主は二葉だった。
二葉は尻もちをついて、鼻と口を覆うようにして顔を抑えている。表情は鼻をぶつけて痛かったのか涙目で顔が少し紅潮している。
「大丈夫か二葉? 鼻血とか出てないか?」
尻もちをついている二葉がいたので手を差し伸べる。
「え、鼻? うん、大丈夫、大丈夫」
左手で鼻を押さえたまま、右手で僕の手を掴む。立ちあがった二葉の恰好は夏らしく涼しそうにデニムのショートパンツに淡い水色のTシャツといった服装で、非常にラフな感じとなっていた。
まぁそれはそれで置いておいて、本題に入るとするか。
「で、なんでここにいるんだ? 用があるなら普通にインターホン鳴らせよ、何のために着いていると思う?」
「あたし達の間をインターホンなんてただ、ボタンを押さなきゃいけないもので隔てることはできないのよ!!」
なにいってるんだ? こいつ。遂に頭にまで焼きが回ったか?
僕がキョトンとしているの感じ取ったか、またすぐさま話しだす。
「今の冗談はさておき、こっちの方が面白そうだから庭の方に回ってきたの、そしたらコウが寝てるから驚かしてやろうかなって思ったのに失敗したじゃない、どうしてくれるの」
「知るか、因果応報ってやつだ」
「まぁ確かに」
「じゃあ次からは普通に入ってこいよ」
「いや、あたしは諦めないよ、失敗は成功の母だ、次はうまくやってみせる」
そんな意気込みはいいから、諦めて玄関から入れよ。これを言い返してやりたかったが、これを言えば無秩序でカオスなだけの言い合いに発展しそうなので止めておこう。
「とりあえず、庭から入って来たことはここまでにして、何の用だ?」
順番的にはこっちを最初に訊くべきだったか? まぁどうせ訊くつもりだったから順番はどうでもいいか。
「それはね、コウが帰った後みんなで夏休みの予定どうするって話になって、それじゃあコウの家で予定建てようということになって、昼ごはんを食べ終えたら各自コウの家に集合って感じになったの、わかった?」
「ああ、わかった。別に僕の家で予定を立てることに関しては一向に構わないけれども、なんで僕のいない所で、ここに集まる予定を立てた! 携帯があるだろ、メールしろよ!」
「あたし、ケータイ持ってないし」
「嘘つけ、持ってんだろうが、この間散々スマホを自慢してきたじゃねかよ」
「ほら、いいでしょ、スマホ」
「うぐぅ」
会話の通り僕の携帯通称ガラケー(ガラパゴスケータイ)、折りたたみのポチポチ押す奴です。
いよいよスマホの波がこの田舎村にも届き始めたのか、クラスの半分近くがスマホへと進化してきている。
悔しがりはしたものの、実際今の携帯でも十分満足はしている。メールと電話さえできれば僕の場合は十分だから。ただスマホにも憧れはある、なんせ色々と面白そうなアプリがたくさんあるみたいだからね、けれどそれだけの為に変える気にはなれなかった。それに何かと不具合が多いみたいだしね、スマホを使っている他の友達が不具合で嘆いているのをちょくちょくみているからね。まぁ結局のところ、どちらがいいのか僕にはわからないけれど。
「ほら、見る?」
「いいって」
でもこうやって目の前で見せびらかされるといいなと思う。
「ほらほら、そんな遠慮しなくっていいからさ、こうやって、画面に触れてスライドさせると動くんだよ」
「知ってるよ」
半ばやけくそになりながら答えた。
「コウのケータイもできるよね、こういう風にさ、て、あっ、ごめんね、できないんだったね、ごめん、ごめん」
ものすごく生き生きとした感じで、僕の背中をバシバシと叩きながらおちょくってくる。
今はもうその嫌味よりも背中にくる物理的ダメージの方がきつかった。なので止めてもらおう。
「あのぉ、痛いんで叩くの止めてくださいませんか」
「ん、いいじゃない減るもんじゃないんだし」
ゲラゲラと楽しそうに叩く行為を続ける。
「いや、減ってるって、きっと、細胞的なものとが、我慢ゲージとかが減っているから」
ということで今すぐ逃走決行。
胡坐をかいていた状態から、クラウチングスタートでもしたかのように、頭から低い姿勢でのロケットスタートに成功した。お陰でもう一発と繰り出され命中するはずだった平手が空を掻く。
「あ、逃げんな!」
すぐさま縁側から室内へと侵入
「逃げるなと言われて逃げない奴がどこにいる! そしてちゃんと靴は脱いだか!」
「大丈夫、問題ない、サンダルだから一瞬で脱げる!」
「それは残念だ」
現在の状況、縁側から客間を挟んで一つ隣にある居間の卓袱台を挟んで睨みあいの硬直状態になっている。卓袱台様がいなければ今頃僕は捕まってマウント取られてフルぼっこ状態だったのではないのでしょうか? ちょっと言いすぎかな?
「コウ、あたしから逃げ切れると思っているの」
「ああ、もちろんだ。地の利は僕にあるからな」
すべての時間が止まったような気がした。真剣勝負というのは、こういうことをいうのか。
次に動いた時に勝負が決する、それが直感として感じ取れた。
どっちから動いてくる? 相手の目を見ながらの読み合いになっていた。右か? 左か? どちらから来る。 わからないニ択問答にすぐ答えがでた。
二葉が取った行動は直進。
僕の頭の中に二つしかなかった選択肢をぶち抜いて、第三の手を講じてきた。二葉だったら普通にこんなことはやってのける。この考えに至らなかった僕の完敗だった。こんな想定外の行動に頭が追いついていないのに、まして体が追いつく訳もなく硬直状態。
その間にも二葉は確実に近づいてきている。両足は地面の畳から離れており、先に出していた右足で卓袱台を文字通り踏み台にして、僕へと直進してくる。勢いを止めることなく、そのままの速さで、僕にぶつかっているにも関わらずまだ進んでくる。進んでくる!? ぶつかっているのにも進んでいるといことはどういうことだ? まさか、止まれないでいるのか?
ギリギリ視界に捉えることのできた二葉の顔は焦っていたように見えた。そうか、そういうことか。止まれないでいる理由は無茶な選択をしたからか、卓袱台が傾いてバランスを崩したからか。
一瞬でこんなことが直感的にわかったが、もう何もできない。重力に逆らう術はない。
二葉が勢いよく僕に正面からぶつかってきた。
衝撃で仰向けに倒れた僕の体の上には、勢いを御しきれずに突っ込んできた二葉の体がぴったりと密着している。
顔の横には息遣いが聞こえるほど近くに二葉の顔が、胸元あたりにはほのかに感じられる柔らかさと、その奥にある鼓動がわかるほどに近い距離。
感覚は働いているのにも身体は動こうとしてくれなかった。これはいわゆる脳震盪ってやつだろうか?
「お、おい」
かろうじて声を絞り出した。
ぶつかってきた時の衝撃は大きかったけれども、今乗っかっている二葉は思っていた以上に軽かった。これが女の子なのかな。
「ああ、うん」
けして元気とは言い難そうだけれども、意識はちゃんとあるようでよかった。
「降りてくれ」
「あっ、うん」
二葉自身もまだはっきりと状況を理解していないのか朧げな反応だった。
降りるために上半身を起こした二葉は意識のはっきりしていない眠たそうな表情で僕の腹の上にいわゆる女の子座りの状態になって止まっていた。いくら軽いといっても流石に一点に、しかも腹に体重を掛けられるとやはり重い。
そんなことを口にしたら怒られるようなことを考えながら二葉の顔を眺めると、どこか一点を見つめていた。その視線の先、客間を抜けて縁側の先の庭、そこに二人の人。
廉哉と智癒。
そして廉哉と視線が合うなりあいつがいきなり「お幸せに!」と言って庭から外へと出ていく。その後、頬を朱に染めた智癒がついて行く。
……。
二人の間に少しの沈黙が訪れ、見つめ合い、今の現状(僕の上に二葉が乗かっている
)を見て気がついた。これは間違いなく何か変な勘違いをされたのだと。
わかった瞬間二人同時に、
「「変な勘違いするな!!」」
と叫んだが時すでに遅し、庭にはもう廉哉も智癒もいなかった。
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