3-4
場所は移動して、バス停近くにある大きめの木の陰。深くかぶった帽子、サングラスを装備して光輝とゆうあさんの様子を窺っている。
それにしても二葉の奴に様子がおかしいと気付かれるとは思ってもみなかった。いつも通りに接していたつもりだったんだけれどな。
なるべく意識はしないようにしていたんだけれど、やっぱり無理だったってことか。そりゃそうだろう。昨日突然告白されたんだ、そしてさっきは手を掴まれた。目と目があった時、ドキっとしてしまった。
一体どうしたらいいのだろうか。俺は二葉のことが好きだ。
今隣で顔を半分ほど木から出して光輝の様子を窺っているこんなアホみたいな姿でさえ可愛いらしく思える。
さっき後ろかか声を掛ける時も内心では大丈夫だろうか、いつも通りにいられるだろか? と心配を抱えた状態で声を掛けた。
タイミング的には丁度入り易かったので助かった。もし智癒一人きりだけだったらどんな反応をしていたのだろうか自分でもわからない。そういう点では二葉がいてくれたことに助かった。
そんな好きな人が他の人を好きだと知っていながら、今はこうして見ていることしかできないもどかしさ。これを智癒が感じていたんだなと今知ってわかる申し訳なさ。
気持ちを知っているから中途半端な感情で答えるのではなく、きちんと整理のでき状態で答えたい。なので今は申し訳ないがこのままの状態を保っていたい、と思っている。
遠くの方から音が聞こえてくる。次第にそれは大きく聴こえてきた。どうやらバスが来たようだ。それが停車し、二人が乗り込む。
「ほら、何ぼさっとしているの? 早く乗るよ」
二葉が走り出して行く。
「おい、待てって」
「待ってよ」
それに続くように俺たちも後について走り出す。
空気の抜けるような音が聞こえてドアが閉まりそうになった所を二葉が「乗りまーす」と声を上げて、ギリギリの所で乗り込むことができた。
サングラス越しに一瞬二人の方に視線をやったら不審者を見るような目をしていたが、俺たちだと気付いた様には見えなかった。
とりあえず立っているよりは座っている方がバレにくいので光輝達とは反対側の前側に座る。俺の後ろに二葉、その隣に智癒が座った。
ドンッ、背もたれを通じて後ろから衝撃が来た。
衝撃を放った人物である二葉の表情は苦虫を噛み潰したような苦悶に満ちた表情をしていた。視線を更に後ろの方に移すと光輝がゆうあさんのことを撫でていた。
これのせいか、それで二葉が俺の座っている座席を殴ったのか。
俺たちのことに気が付いていないとはいえ、普段からこんなことをしているのかと思うと、いらつく感情がこみ上げてくる。無意識のうちに手に力が入ってしまう。
「れん君、落ち着いて」
耳元で小さく智癒が囁いた。
この言葉で揺さぶられていた心が、離れかけていた自分が、どうにか戻ってきてくれた。
「すまない」
聴こえるか聴こえないかそれほどの大きさの声で礼をいう。
言葉では何も答えることはなく、笑顔で返答してくれた。
二葉のことも俺同様に落ち着かせるため、声を掛ける。
何を言っていたのかは、ここまでは聴こえてこない。
けれど、その言葉で二葉の様子が落ち着いた様だ。
申し訳ない程にいつも智癒には迷惑を掛けてる。
気ばかり使わせて、何の得もないようなこと。
いつも通りといえば、いつも通りのことだ。
気持ちを知った今、罪悪感に潰されそう。
もう少し、後少しだけ待ってて欲しい。
この気持ちに決着を付けてやるから。
一晩経ってようやく決めれた決意。
決心の鈍る前に実行しなくては。
鉄は熱いうちに打たなくては。
この気持ちが宿ってる間に。
どうにかして伝えるんだ。
タイミングを作るんだ。
このバスを降りた後。
この後来る時間に。
近い未来に向け。
意気込むんだ。
今度こそは。
今回こそ。
決める。
今日。
訪。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
道路もいつの間にか舗装されたものになったようで、伝わって来ていた振動が少し和らいだ。眺めていた景色からは段々と畑や田んぼが減ってきて、変わりにコンクリートでできた建物が増えてきた。先程までいた場所とは打って変わったかのように自然が見えなくなった、遠くの方を見つめれば連なる山岳地帯が目に入るが、間近にある自然といえば歩道に植えられている街路樹程度と非常に少なくなっている。
ここがこうきの言ってた街なのかな、それにしては随分と建物の高さが低いものだ。
大きいものでも精々十階建程度とこれほどまでに低いビルがまだあるんだと新鮮に感じられる。
それもそうか、私のいた時代から見れば遥か昔なわけだ、それだけの年月が空いていれば、これほどの文明の差も生じるものか。
きっとこの時代の人たちが未来の姿を見たら物凄い驚くのだろうな。
外を歩いている人の数もいつの間にか増えていた。数分前までは数えるのに手間が掛るような人数は見受けられなかったが、今数えろと言われったら億劫になるくらいには数がいる。
きっとこうきに訊いたら「このくらいの人数はいつも通りだよ」とか「そんなに多くはないぞ」言われるのだろうけれどと、私にとっては十分すぎるほどに人がいる。
ようやく一対一の人数になれ、もう少し多いい人数に慣れてきたばかりなのにこれだけ人がいると怖い。
今まで人とはほとんどあったことがなかったから、いろんな話をしてみたい、という気持ちは強いけれど、恐怖というもの大きい。
こうきは本当にいい人だと思う。初めて会った見ず知らずの私を助けてくれて、住む所まで提供してくれた。ちゆ、ふたば、れんやもこうきの友達だけあっていい人そうで安心した。
けれど、全員が全員そんな人たちじゃないってことは外の世界を知らなかった私でも知っている。悪い人は、怖い人はどんな時間の中にだろうといるわけなのだから。
けれど人混みという恐怖を乗り越えられたら私も一つ強くなれるような気がする、だから逃げないでぶつからないといけない、と思う。
こうきがボタンを押してピンポーンという音が車内に鳴り響いた。
「降りるよここで」
「うん」
どうやらこの駅で降りるようだ。
後ろへ流れていた景色が止まり、扉が開く。
「到着~」
「到着!」
新たなる一歩の踏み出し、などと大仰なものじゃないだろうけれど、私にとっては大きな一歩。
「じゃあこっち行くぞ」
「うん」
促されたままに着いて行く。
「先に飯でいいよな」
「うん!」
お腹も空いてきていたので、食べに行きたいと思っていた所でした。
「ファミレスでいいかな」
「いいよ」
家族で行くようなお手軽な飲食店のことだったかな。
案内されるままにファミレスの中に入る。
清潔な雰囲気を漂わせる店内、奥へと伸びるように続いている机と椅子。
これがファミレスって所なんだ、思ったよりも良さそうな場所だな、と思い店員さんに案内されて席に着く。
「適当に好きなもの食っていいからな」
「うん!」
渡されたメニューを見て美味しそうなものを探す。
「ゆうあは決まったよ、こうきは?」
「ああ、僕ももう決めたよ、じゃあ呼び出すな」
そう言ってから手元にあるボタンを押す。店内に呼び出し音が響く。
その後にすぐ店員さんがメニューを訊きにくる。
「オムライスを一つ、、でゆうあは?」
「ラーメン下さい」
メニューを見て一番最初においしそうに見えたのでこれにした。
店員さんがかしこまりました、と言って裏手の方へ消えていく。
「なんでラーメンなんかにしたんだ?」
こうきが怪訝そうな声で訊いてくる。
「だって美味しそうだったんだもん、駄目だった?」
適当に選んでいいよって言われからそうしたんだけど。
「駄目じゃないけどさ、…そうだ! こんど美味いラーメン屋連れて行ってやるよ。本当に美味いラーメンを食わせてやるからさ」
「うん! わかった」
美味しいお店を案内してくれるのは普通に嬉しかった。
「けど、今から食べる前にそういうことはいって欲しくなかったな」
折角楽しみにしていたのになんか気持ちが落ちちゃう。
「ごめん気がつかなかった。けれど、それだけ期待してもらっていいからな」
「うんわかった、約束だよ」
「約束するよ」
テーブルの反対側目掛け小指を指しだす。一体何なんだ? と表情をしてからわかったのかこうきも小指を差し出す。
「「指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます指切った」」
小指と小指で誓いを交わした。
「約束する時の歌みたいだけど、歌詞怖いよね、これ」
約束を違えたなら針、千本飲んで詫びろということだ。実際できないと思うし、したくないし、させたくない。
「まあな、昔話とか動揺とかは案外怖いものが多くあるからな、これもそのパターンだとは思うけどな。まぁ。ちゃんと約束は守るから大丈夫だぞ」
「うん、わかった」
その後も少し雑談をしていたら、注文した料理が届いたので食べ始める。そして20分後にはお互いに食べ終えた。
「じゃあそろそろ買い物に行くか」
グラスに残っていた水を飲みほしてからの一言。
「うん」
「まずはゆうあの身の回りの物を買いに行くか」
「ううん、今あるものを貸してもらえばそれで十分だよ」
そこまで面倒を見てもらっていいものだろうか。
「いいよ、お金のことだったらそんなに心配する必要はないからさ、いつも余るくらいの生活費を送ってもらっているから大丈夫だぞ」
「それでもやっぱり申し訳ないよ」
そこまで欲張りにはなれない。
「いいんだよ、僕が買わせて欲しいんだ。ずっと姉さんの服を着させているのは僕がイヤだからさ、ほらだから買いに行くぞ」
手を引っ張られて無理矢理立たされた。
前を歩いているその顔は今どのような表情をしているのかわからないけれど、暖かい雰囲気を感じ取れる。
会計を済ませてファミレスから出る。
「本当に買ってもらってもいいの?」
「ああ、もちろんだ。むしろ僕が買ってあげたいくらいだから、大船に乗ったつもりで言いなさい」
お言葉に甘えて言わせてもらう。
「下着買いに行ってもいいかな、これ少しきつくて」
ずっと胸元に圧迫感を感じつつけていた。
「お、おう、ドンと来い!」
なぜだか危機迫ったような、物凄い気合いの入った言葉だった。
「どこにあるかわかる?」
この街に来た事どころか一人で買い物もしたことがないので場所の想像もつかない。
「たぶん、ショッピングビルのどこかしらにあると思う。あのビルな」
見える中で一番大きい建物を指差す。
「うん、わかった。じゃあ早く行こう!!」
今度はゆうあがこうきのことを引っ張って小走りで向かう。
「いきなりラスボスすぎるだろー!!」
よくわからないことをこうきが言っていたけれど気にしないで突き進む。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
力任せに殴りつけた右の拳が痛い。痛くて涙が出そうだ。
そうだこれは手が痛いから溜まってきているだけなんだ。そうなんだ。他の理由なんかない。ないんだ。
無理矢理に自分自身のことを落ち着かせよとしているけれど、やっぱり辛い。
二人を見ているとあたしの入っていく隙間が見つからないくらいに、お似合いで、仲良しにしか見えない。
コウは誰にでも優しいからユウアにもあんな風に接していてもおかしくはないけれど、そんな所も好きなんだけれど、嫌いだ、大っ嫌いだ。
他人に優しくするなとは言わない、けれどあたしのことを特別扱いして欲しいよ。
みんなに平等に優しいなんて素敵なことだけれど、とても残酷だよ。
突如現れたライバルの方が仲好くしているように見えるなんて、それじゃあ今までのあたし達の関係は何だったの? って思っちゃう。たった数日で変わって今の様な緩い結びつきだったの?
そんなよくない方向に思考がどんどん加速していってしまう。
「ふーちゃん、大丈夫だから、ね」
横にいるチユが小さく囁くように話す。
「どうしても時間という壁を乗り越えるのには、相応の時間が掛るものなの。その厚い壁を数日で破れると思う?」
励ましてくれ様としてかチユに抱きかかえられる。
「ううん、思わないよ、思わないけど、あの二人を見ているとそんなことが瑣末なことに思えてしまうの」
だから、今とても不安なのだ。
「大丈夫だよ、ふーちゃんとこう君はとてもお似合いだからね。自分じゃ気が付いていないのかも知れないけれど、傍目から見たら二人は付き合っているようにしか見えないもん。だから一昨日れん君が『二人は付き合っていないんだな』って訊いたんだよ。それほどにお似合い何だからさ、自身持ってよ」
そう言えばそんなこともあったな、と思いだした。そうか、そうだよね、身近にいるレン出さえ付き合っているように思えたってことはそれだけお似合いだってことだよね、コウに相応しい人なんだって思ってもいいんだよね。だったら少しだけれど。
「自信、持ってみるよ」
「うん、そうだね」
抱きついていた姿勢から少し距離を取ってあたしの顔を覗き込んでくる。
「もう暗い表情は駄目だよ。ふーちゃんは笑顔が本当に素敵だからさ、もっと笑っていようよ」
「うん、そうだね。暗い顔してちゃだめだよね。笑顔、笑顔。これでどう?」
目を最大限に開いて、頬を自身でつねって口角を上げて見せる。
「そうだね、その方がふーちゃんらしくていいよ」
身近にいるチユにそう言われるなんて自信がついてくる。
チユのお陰で暗い、陰鬱な気持ちがどこかに吹き飛んでくれた。
その後バスに乗り続けること数十分目的の場所で、バスが停車した。
コウ達が降りたのを確認してから気付かれないように、一定の距離を取って後をつける。
どうやらご飯を食べるらしく、近場のファミレスに入って行った。
「後を追うよ」
「うん」
チユだけの返事が返ってきた。
レンの返事はなかったけれど、そんなことは気にしないであたし達もファミレスの中にはいる。
案内されたのはコウ達が座っている所からテーブル二つ分開いた四人掛け席。あたし達とコウ達の間の席には他のお客さんがいないので、二人の姿がよく見える。
ソファーの方の席にあたしとチユが座り、対面にはレンが座っている。
「ご飯もまだだったし、丁度良かったかもね。あたし、ここ来るの久しぶり」
学校からも遠いいし、わざわざこんな所でご飯を食べようとすることは、あまりないので久しぶりとなった。
「私も久しぶりに来たかな」
「そういえばさ、なんであの二人の後をつけているんだ」
話しの流れを無視して訊いてくる。
「あの二人は普段どんな風に過ごしているのかなって気になったからよ。それだけんだからね、他意はないよ!!」
「へ~そうなのか。でもん言い方をするってことをお前――」
あたしの方を向いていた視線が一度チユの方を向いた時に言葉も止まった。
「どうかしたの? レン?」
「いや、どうもしてないぞ。確かに気になるな二人がどうしているか。俺も他意はないぞ」
「そうなの」
「ああそうだ」
「わかった」
なんか違和感を感じたけれど、気にしないでおこう。
「それよりもみんな何頼む? あたしは…ぺペロンチーノにしようっと」
「私はもう決まったよ」
「俺もだ」
「じゃあ呼ぶね」
白いボタンを押す。店の中に呼び出しを知らせる音が鳴り響く。
店員さんがここにまできて、注文を済ませる。
「あれ、何しているんだ?」
レンがコウ達の方を指差して言う。
ユウアがテーブルの上で小指を立てている。同じ様にコウも小指を立てユウアの指と絡める。
指切りをしているのかな。けどなんで。
指切りをしているから何かの約束をしたのだろけれど、一体何なのだろう。気になるけれどここからでは何を言っているのかわからなかった。
何を約束したのだろうと考えていた時に注文したものが届いた。
料理が届いたらそんなことは頭から離れていきご飯を食べ始める。
そして食べ終えた。コウ達の方に目をやると向こう側も食べ終えた頃の様で、もうそろそろ行こうとしている。
コウ達が勘定を済ませてからあたし達もレジに向かって会計を終える。
どこに行ったのか見失わないように、店を出てからすぐに二人の姿を探す。
姿を捉える事が出来たので見つからないようにまた、後をつけていく。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
案内されたビルに入って二つか三つ上に登ったら目的の場所が見えた。
「こうき、見つけたよ」
「あ、うん、そうだな、あったな」
あるね、見つけちゃったよ。
「どうしたの早く行くよ」
僕の手を掴んで店の中に入ろうとする。
「いや、僕はここで待っているからさ、一人で買ってきてよ」
女の子の下着のショップに入るなんてかなり気まずいです。
「ゆうあ一人で買い物したことないから、わからないの。だからついてきて」
「いやでも、ここはちょっと…」
そうなんだとしても、流石にイヤですよ。辛いですよ。
「さっき約束は守るって言ったのに…」
「うっ」
確かにしたけどそれはラーメンのことだった様な気がするんだが。
「買い物に行くって約束したのに」
そういえばしてたな、約束は守るって言った手前だし。
「ああ、もうわかったよ! 僕も行くよ!」
「やったぁ」
本当に嬉しそうな表情をしている。
そこまで喜んでもらえるなら僕も腹を括っていくか。
はぁ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆