2-8
その後何も会話をすることなく智癒の家の前まで行き、別れた。そして今一人で家路を辿っている。
智癒の告白には本当に驚かされた、そして心が動かされていた。
いってた通りだ、俺みたいな方法をするよりも好きな相手がいるって知っていたってそのうえで、正面からぶつかっていけば揺れ動くものはある。それを身をもって教えられた。
智癒はこんなに凄い人だったんだな、俺が恐れてできていなかったことをこうしてやってのけた。振られた時を恐れて何も行動に移せていない俺とは全く違うな。
俺と同じ環境だったのにそれでも告白をした。俺はなんて返事を返したらいいんだ。
二葉が好きだという感情は変わっていはいない、けれど智癒のことも好きなのは事実だ。けれど智癒に対しての好きと二葉に対しての好きというものが、同質のものなのか異質のものなのか、それの判別が付けられなかった。こんな気持ちのままじゃ、どんな結果であれ、智癒に返事を返すなんてことは失礼でとてもできない。
どれだけの想いで紡いだ言葉なのか、たった一言だけれど、込められた気持ちは筆舌にし難いことなんだから。同じかそれ以上に向かっていかなくちゃいけない、そうしなければ、気持ちに報いることはできないから。
智癒に好きでいて貰うため、自分を嫌いにならないようにするために、どんな茨の道だろうと突き進んで正面から気持ちを伝えるんだ、そうしなくっちゃいけないんだ。だからもうさっきの様なことはもうしない、胸を張ってしっかりと前を見て突き進むんだ。
自分自身の為にも。
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詰問などはするつもりはないのでまずはお茶を出す。
「さて、これから質問するけれどいいよね」
卓袱台の反対側にいるゆうあに確認する。
「はい、いいですよ」
にっこりと微笑みかけてくれる。
「それじゃあ君は一体どこからきたんだ?」
あんな見たこともないモノに乗ってきたんだ、思い浮かぶことは一つだけれど、本当にそうなのか確証がない、だからこそちゃんと訊いておかないといけない。
「こことは別の星からきました」
やっぱりそうなのか。
「ということは宇宙人ってこと?」
ゆうあは短く唸りながら考えている様だ。
「たぶんそうなると思う、この星から見たら、宇宙からきたんだから、ゆうあは宇宙人なのかな、それとも異星人?」
こっちが訊いているのに逆に質問されてしまった。
「僕的にはどっちも大差ないと思うんだけどな、それよりもさ」
そんなことよりも大切なことがある。
「なに?」
「本当に宇宙を渡ってきたんだ! 凄いことじゃないか! 僕は今異星人とあっているってことなんでしょ!」
そう思うと胸が熱くなるし、興奮してくる。
人類の夢の様なものを僕は今体験している訳だ。気持ちが昂らない訳がない。
「ゆうあのいた星ってどんなところだったんだよ、宇宙ってどんな感じだったんだ、さっきは聞けなかったけどゆうあのことも教えてくれよ!!」
子供のように好奇心に駆られ尋ねる。
「昔のことは話したくないな」
初めて暗い表情を見せた。そう言えばさっきの昔話大会の時もゆうあは自分のことを話そうとしていなかったじゃないか、何か思い出したくない過去があるのか、無神経に自分の興味のままにそれを掘り返すなんてことはしちゃいけないな。
「私は自分の居場所から逃げてきたんだから」
僕に訊かせる為ではなく自分に言い聞かせるための言葉が聴こえてしまった。
「あのさ、宇宙ってどんな所なんだ? どうやってここまできたんだ?」
過去のことはもう詮索しないでおこう。
「真っ暗で何もない所だったかな、星はいっぱい見えるのにどれも手の届かないくらい遠くにあって寂しい所だったよ」
「ふ~ん、そうなんだ」
やっぱりとてつもなく広いのか。
「ここにきたのはたまたまかな、ワームホールを抜けた時一番近くにあったのがこの星だったから」
「ん? ワームホールってなんなんだ?」
名前だけは訊いたことがあるような気がするけれど。
「簡単に言っちゃえば空間の歪かな、そこを通れば普通に進むよりも短い距離で遠くに行けるようになるの。でも出口がどこに繋がっているかはわからないんだけれどね」
要は近道ってことか、それがたまたま地球の近くに出口があったということか。
「着陸っていつもあんな豪快なのか? あんなんじゃ身体が持たないだろ」
僕も中々酷い目にあったし。
「あれは不時着だったの、ちょっとエンジンにトラブルが起きててそれであんな風になちゃったの、巻き込んでごめんなさい」
「ああいいよ、謝らなくたって大した怪我はしていないから」
謝らせたい為に訊いた訳でもないし。
そういえば怪我といえばゆうあの方が重そうな怪我をしていなかったか。
「もう怪我は大丈夫なのか」
「うん、大丈夫だよ吸魂治癒したから」
「? まあよくわからないけれどいつそんなことしてたんだ?」
「ここにきてからすぐしてたよ」
していたことといえば
「あの空中浮遊か?」
「そうだよ、あの時にねこの部屋にあるものについている魂からエネルギーをもらって、それをもとにして治癒したの」
「つまり、どういうことだってばよ」
さっぱりわからない。
「なんていうのかな、ここの言葉で言うと付喪神っていうのかな、長く使っていたモノに魂が宿っているの、その魂からエネルギーをもらって回復したの」
「なんとなくわかったようなわかんないような感じだな」
あの時見えた反射して見えていた光はもしかしてその魂が光として具現化してみえていたのかな。
「けれどねこれを使うと副作用で、魂を分けてもらったものからは年季っていうか赴きっていうかそういう古臭い感じがなくなっちゃうの、もし、思い出の傷跡とかがあったとしたら消えちゃっているの」
「へぇ、というとこはこの部屋にあるものは全部新品同様ってことか?」
「うん、ごめんね、もしそういうのがあっても、もう直せないから」
「いや別に構わないぞ、よかったら全部の部屋でやってくれってお願いしたいくらいだ」
だから二葉が部屋の中片付けたかって訊いてきたのか。言われてから改めて見直してみると綺麗になっているな。
「へへ、もうできないけれどね」
「そうなのか、じゃあ光が凄かった繋がりで、パソコン使った奴何だったの?」
あんな使い方は知らないし、普通にできるようなことじゃないだろうし。
「あれは言った通りここの情報を集めたの、インターネットの中にあった情報で今こういう風にここの言葉で普通に話せているの」
「んじゃあその前に聴こえていた声はなんなんだ?」
「あれはテレパシーを使って通訳してもらってたの」
「へぇ、すごいな」
驚きの技術力ですこと。
「とりあえず訊きたいことはあらかた訊いたかな」
ここに来た理由、怪我が治った訳、言葉を覚えた方法。こんなものだったと思う、まあ何か忘れていたとしてもその都度に訊けばいいか。
「ゆうあはなんか言っておきたいことあるか?」
「あのね、あしたでいいから、ゆうあが堕ちた所に連れて行って欲しいの」
「そんくらい構わないぞ」
「じゃあお願いね」
「はーい」
これでこの話にひと段落ついたな。
「よしじゃあ飯作るか」
「ゆうあも手伝う!!」
「よし、頼んだぞ」
そしてまた二人でキッチンに立ち料理を作り始めたのだった。
「「ごちそうさま」」
そして食べ終えた。今日も冷蔵庫の中にあったもので適当に作ったチャーハンと芸のないものだったが気にしたらいけない。
もう食材も無くなってきたから明日には買い物もいかないといけないな。
「じゃあ風呂洗ってくるから、待っててくれな」
「うん、わかった」
テレビの前に座って凝視している。
そんな観入るほど面白い番組なんてやっていないのにな。
そして風呂場。
さて、やりますか。
慣れた手つきで浴槽を磨いて後は仕上げで洗い流すだけ。
ガラッ、
突然開けられた扉、そこにいるのはゆうあ。
「一体どうしたんだ?」
「テレビ終わっちゃったから、きたの」
まあそんなとことでしょう。
「これがお風呂洗いなの」
「ああ、そうだぞ、やってみるか?」
もう泡を流すことしかないけれど。
「うん!」
興味津津のご様子で。
なのでシャワーを渡してあげる。
「んじゃあ出すぞ、ほい」
「うわぁ!! お水でた」
出すって言っていたのにこの驚きよう、みてて微笑ましいな。
「ああ、どんどん泡が消えていっちゃう」
そりゃ流してんだから当たり前だけれど。
こんな姿を見せられると少し辛く思ってしまう。昔のことは訊かないでって言ったくらいだ、嫌なこと辛いことが沢山あったんだろう。無邪気にすべてモノに興味を抱くことができるということは、それだけモノを知らないことの裏返しだ。こんな風に笑っているけれど、僕には想像もし難い様な苦難に耐えて今ここにいるんだ、せめてここにいる間だけでも目一杯楽しんでもらいたい。
「とりゃあー」
「おい、振り回すなって、冷たいからさ」
けれど楽しそうにして見えるからいいか。
「えいっ!!」
訂正します、いくら楽しそうだからって顔面に水を掛けられるのは流石に嫌です。
「はい、没収! ゆうあは居間に戻りなさい」
シャワーを取り上げようと掴みに行く。
「渡さない」
強情にも離そうとしない。奈あらこっちも実力行使で取りにいってやる。
「ほら、渡すんだ」
「イヤ」
シャワーのノズルが天井に向く、その水が重量に引かれて花弁のように広がって降り注ぐ。
「つめたっ」
落ちた水がゆうあに降り注ぐ。
「ほらさっさと渡さないからバチが当たったんだぞ」
髪と服というか全身をびっしょりと濡らして恨めしそうな眼で僕のことを見てくる。
奪い取ったシャワーで残っていた泡をすべて洗い流して、温水に変えてからお湯を張り始める。
「そんなんじゃ風邪ひくから先に入れよ、今お湯張ってるからまだ時間かかるけど」
「うん」
「ほらとりあえず拭いとけ」
脱衣場に移動して置いてあるタオルを渡す。僕自身も濡れているからもう一つのタオルで水気を拭う。
「お湯張り終わるまですることないからテレビでも見てきたらどうだ」
「ううん、これ見てる」
蛇口から浴槽の中に流れ落ちるお湯をじーっと見つめている。
「お湯が溜まったら音が鳴るからそしてら止めてくれよ」
「うん、わかった」
こちらを一瞥とすることなく、ひたすらにお湯が溜まっていくのを見ている。
僕も昔はこういうことをしたことがあったなと郷愁の想いに浸っていた。
何が面白いのか今になってはわからないけれど、面白いからあんな風に、どんどん増してく水かさを眺めていたんだろうな。
そんなゆうあの姿に昔の自分を重ね合わせてみていた。
さて、僕も一仕事しますか。
頭にタオルを被ったまま脱衣場を出て、廊下を通り抜け、階段を上がり、姉の部屋の前で立ち止まる。
ゆうあの着替えを調達する必要があるけれどあるとしたらここくらいだ。身長は姉さんとあまり変わらなかったからサイズ的には問題はないと思うけれど。
襖を開けて部屋の中に入る。掃除をするためにこの部屋にはよく入るから、脚を踏み入れること自体には何の抵抗もないのだけれど、服を漁るとなるとたとえ姉弟でも罪悪感を感じるな。押し入れを開けて中にある引き出しの取っ手に手を掛けようとした時に後ろから衝撃。勢い余って収納ボックスに頭をぶつけた。
「何しているの?」
やっぱりゆうあか。それ以外の人だったらもっと驚いていたけど。
「お前の寝巻を探していたんだよ」
左横にある顔に向けて話しかける。
「別に、着替えはなくてもない丈夫だよ」
「着替え持っているのか?」
何か持物を持っている様には見えなかったんだが。ここに運んできた時にゆうあは何も持っていなかったし。
「ううん、ないけどいらないよ」
「服借りるのが申し訳ないとかで遠慮しているんだったら、そんなこと気にしなくっていいぞ」
どうせ貸すのは姉ちゃんの服なんだし、洗濯の手間もそんな変わらない訳だし。
「そういう訳じゃないの、着替える必要がないの、もっといえばお風呂も入らなくっても問題ないの」
「? どういうことだ?」
振り返ってゆうあの目を見る。
「この服ね、光さえ当たっていればどんな汚れでも分解して消してくれるから着替えなくたって身体はいつも綺麗だから」
「へぇ、そんなすごい機能があるんですか、てっきりゆうあはそういう服が好みで着ているのかと思っていたよ」
「ううん、ゆうあはこの服はあまり好きじゃないよ」
無理して笑って見せたような悲しみの籠っている笑顔だった。
「だったら、なおさら着替えよう、どれか適当に選んでくれ」
「うん、選ぶ」
適当にどれが良いかなと漁っている。
「他にないの?」
「寝巻に使うようなのはこれで全部だと思うぞ」
「う~ん、じゃあこうきの見せて」
「はい!?」
なんで僕の!?
「いいから、見せて」
腕を引っ張って無理矢理立たせる。
「ちょっと待て、自分で立てるから」
引き連れられて姉さんの部屋を出た。
「こうきの部屋はどこ?」
「目の前のこの部屋だ」
手を伸ばして扉を開ける。
「別に僕の服を着るのはいいけれど、当然ながら全部男物だぞ」
「うん、いいよ、押し入れの中に入っているの?」
「うん」
返事を聴いてすぐさま開けられて押し入れ、その中に入っている収納ボックスをゆうあが開けて物色を始める。
「あ、これでいいや、なんか面白い」
手に取ったのは普通の薄い青色のTシャツ、前の方にハワイアンな感じの風景がプリントされているどこにでもありそうなものだ。
「そんなのにするなら普通に姉ちゃんの方に可愛らしいのがあるのに」
「今日はこれの気分だったの」
そうですかい。
Tシャツと一緒に、黒色の何の飾り気もない短パンも取られた。
「流石に下着は僕のは無理だから申し訳ないけど姉ちゃんのを使ってくれ」
「はーい」
頷いて姉ちゃんの部屋に行って漁ってから下に行った。
その時に丁度よく湯船の張り終わった音楽が鳴ったので「もう入って大丈夫だぞー」と下にも届く声を出す。「はーい」という元気のいい返事が返ってきたので大丈夫だろう。
ゆうあが漁って多少散らかった収納ボックスの中を整理してから居間に向かう。
「つまんないな」
特に見たい番組もなかったので電源を入れた時に最初についてたのを見ていたが、感想はこの通りだ。何か面白いのはやっていないかなとザッピングしてみたら一つの番組に目がとまった。
「オリンピックもう始まってたんだ」
丁度男子柔道の60kg級がやっていた。柔道なんて興味はなかったけれどそれでも目を止めてしまう程の凄さを感じ取れた。
これが世界レベルなんだな。そんなことを考えながら見ていた。
「こうき」
「ん? なんだ?」
テレビの画面を見たまま答える。
「身体洗うのどれ?」
「そんなのみりゃすぐわかるだろ。うわぁ!!」
一糸まとわぬ姿でゆうあが立っていた。驚きのあまり声を出してしまった。
「ねえどっち?」
もう一度恐る恐る視線を移す、その両手には二つボトルが携えられていた。
「右手に持っている方だ、ていうかせめてタオルくらい巻いてきてくれ!!」
なるべく身体を見ないようにしてそれを告げて視線を反らす。
こんなことされたら僕が持ちません! 本当にびっくりしました。
最初何も考えずに見た時のことが頭の中に蘇ってくる。シャワーで濡れた身体滴り落ちている水滴、白く綺麗な肌。
思い出して急に顔というか全身が熱くなってきた。
頭がぼーとしてきてその場に仰向けに寝転ぶ。
『一本!』
その時丁度テレビからそんな声が聴こえてきた。
はは、僕も丁度一本取られた感じかな、なんて考えていた。
アナウンサーの声を聴いていた限りだと一本取ったのは日本の選手のようだ、これで決勝進出だそうだ。
おめでどう、心の中で呟いておく。
そしてこの後は特に何も起ることなく平和に床に就くことができた。