2-7
「にしても光輝にあんな可愛い従妹がいただなんて驚きだな」
藍色の暗い空の下、コウの家を出てからレンが最初に話しだした。
「うん、そうだね。こう君自身も昨日知ったって言ってたもんね」
その言葉にチユが反応する。
「その割にはやたらと仲、良さそうだったよね」
コウは人見知りしたり、人を嫌ったりしない人だから大抵の人とは仲好くなれるけれど、みていてなぜか苦しい気持ちにさせられていた。
「なんだひがんでんのか?」
「そんなんじゃないから!!」
そんなことは思ってもいないから。
「そんな声を荒らげなくたっていいじゃないか」
「あらられてないから!!」
声が大きくなっていたことくらいは自分でもわかっていたよ。
「ちゃんと言えないし」
「そんなことないから!!」
いちいち上げ足を取られていることにむかついたけれど、むしゃくしゃした感情になっている自分にも腹が立っている。
「はいはい」
頭にぽん、と軽くレンの掌が乗る。
あたしのことの思ってなのか元気を出せよ、とそんな表情でみてくるんだ。
心情が筒抜けになっている感じがしてイヤだし、あたし自身の気持ちの問題なのに巻き込んだ様な気がして更にイヤだ。
「子供扱いするなバカ!」
けれど、乗っかっていた手をはたき落とす。レンなりの優しさだとわかってはいたけれど。
「あー怖い怖い」
自身の両肩を抱くように擦って怖がっているというジェスチャーをしてみせている。
「でも、コウの言うとおり綺麗な人だよね、ユウア」
そんな人と今――
「そんな人と今、光輝は一つ屋根の下にいる訳か」
あたしが思っていたことと同じことを言われて、驚き顔を見上げる。
「でも二人は従妹同士なんだし、何にも起きないでしょ」
「そうだが、昨日今日知った仲みたいだからな」
――!! 見透かされているみたいに不安に思っている所を指摘される。
コウがいってた通りなら昨日知りあったばかりの関係だ。いきなり電話一本であんたの従妹がそっちに行くからよろしく、だなんて言われても、従妹同士だなんて実感はわかないだろうな、と思う。あたしでも親戚というよりは異性としてみてしまう所の方が大きいだろうし。
それに従妹同士なら恋愛しても問題がないから、そういう関係に発展する可能性が皆無じゃない、ということが一番引っかかっている。ユウアはコウに対して良い印象を持っているのはみていて間違いなし、だからなおのこと不安になる。
「コウなら大丈夫だよ」
あたし達に接する時と同じようにユウアと接していたから大丈夫だと思う。
「そうかな、光輝も男だからな」
コウなら大丈夫、大丈夫だ。
無意識のうちに視線が地面に移っていた。
気持ちが下向きだったから、こうして地を見ているんだな、と自嘲的な微笑が出そうだった。
「ひと時の間違いを起こすことだってあるか――」
「れん君!」
続けて話していたレンの話に割るようにチユが珍しく大きな声を上げた。
そんなことない、そんなことないと信じているけれど、ココロがむず痒い、無性にイライラする。
垂れ下がっている両腕の先、掌は堅く握られていて拳となっていた。力一杯握りしめているため、なわなわと小刻みに震えている。顔も絶対に酷いことになっている。
いくらこの二人とはいえ、今の顔だけは見られたくない。誰であろうとみられたくない。ダメだこんな顔するな、自分に言い聞かせ平静を取り戻そうとする。
俯いたまま顔を擦ってみせられる程度にまで表情をほぐす。
「あ、そうだ、あたし見たいテレビあったんだ、こんなゆっくり歩いてたら終わっちゃう、じゃあ先に帰るね、バイバイ」
作り笑いで手を振ってから、振り返り全力で走り始める。
二人が挨拶をしたのかもしれないけれど耳に届いてこなかった。外側に気を向けられるほどの気力すら内側残っていなかったから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「待ってふーちゃん!」
「二葉!」
走っていく背中に声を掛けたけれど脚は止まることなく夜の闇の中へと姿が消えていった。
追いかけることもできずその場に立ち尽くす。
「どういうつもりなのれん君!」
いつも言うちょっとした嫌がらせ程度ではなくて、今のは本当に傷つけるために使った言葉にしかみえななった。
「言いたいことはわかっているよ」
空虚な表情で視線は虚空を彷徨っていた。
「やっぱりふーちゃんの気持ちをわかった上でいっていたんだね」
こう君が気がつかないのが不思議なくらいにわかりやすく、想いを表わしていたふーちゃんだ。そんな姿をみてれん君が気がつかない訳はないと思っていたけれど、やっぱり知ってたんだ。
「なんで俺がこんなことしちまったのか智癒はわかってるのか?」
そんなことずっと前からわかっていたよ。
「ふーちゃんのことが好きなんだよね」
わかっているからこそ私も苦しんでいるんだ。
「はは、やっぱりそうだったか」
乾いた笑いを一瞬だけあげて、右手で両目を隠すように覆って天を仰ぐ。
「正直言ってな、俺は今凄い後悔しているよ、好きな女の気持ちを自分の方に向けよとして、光輝とゆうあさんが仲好さげなことを利用して、二葉に恋を諦めさせようなんて思っちまって、傷つけると頭でも心でも理解していた上でこんなこと言ってさ、ほんと、クソったれだよな、俺。二葉が光輝に対しての恋心を消失してくれりゃきっと、俺が告白する時はオッケーしてくれるって計算していたからだよな」
天を仰いだままその表情は測り見ることができな。
「けれどこんなことでしか告白しようと思えないようなクズの俺じゃあ、告白する以前に恋する資格すらもなかったのかもな、本当に自分がいやらしくて吐き気がするよ」
「もうそれ以上自分を下卑するのは止めてよ」
悔んでいることは十分に伝わったから。
「いいんだよ、これで、最低な人間なんだからさ、俺は」
もうそれ以上自分自身を貶めないで。
「十分に後悔したんでしょ! だったらもうこんな方法とらないで正々堂々正面からぶつかっていこうよ」
「いや、無理だよ、俺じゃあ光輝には勝てないよ」
「……うん、そうだね」
「えっ」
慰めの言葉が来ると思っていたのか驚いたような反応をしていた。
「こんな風にウジウジとしているような人は誰も好きにならないよ」
覆っていた手を離して視線が重なる。
「れん君にはれん君の魅力がちゃんとあるのに、そんなんじゃ絶対に誰も好きになってくれない。壊れるのが怖いからって、そんな理由で自分を貶めて、恋心を利用して、そんなことをすなら、正面からぶつかって砕けた方が何倍も素敵だよ」
「そんなの恋をしていないから言えることなんだよ、もし振られたら今後どう向き合えばいいのかわからないんだよ!」
恋ならしているよ、ずっと前から。
「私だってその気持ちはわかるよ、けれど私はれん君みたいなことは絶対にしない、どんなにライバルがいようと、そんなことは絶対にしない」
弱かった視線には生気が戻ってきており、力ずよいものが感じ取れる。
「あのね、私一つだけれん君に言っておきたいことがあるの」
「なんだ」
どんな言葉でも来い、と表情から伝わってくる。
一回深呼吸をしてから。
「あなたのことが好きです」
燻っていた気持ち、ずっと伝えたいと思い続けていた感情、それを今遂に伝えた。
予想だにしない台詞だったのか言葉を上げることすらなく黙って立ち尽くしている。
「友達としてとか、人としてじゃなくて、ちゃんと異性として、一人の男性として私はれん君のことが好きです。けれど、今のれん君は好きになれない、こんな悲観にばっか浸っているような人はかっこよくないよ、だからねいつも通りに戻ってよ、お願い」
「ほ、本当なのか智癒、俺のことを好きだってこと」
茫然としていてしっかりと言葉を理解できていなかったのか訊き返してくる。
「うん、本当だよ、私はれん君のことが好きです」
「ごめん、ちょっと今頭の中がこんがらがっていてまともな返事が出来そうにない」
「ううん、いいよ、返事はいつでもいいから、それまで待っているから」
藍色の空の下、愛の告白をしてしまった。
この瞬間はニ度と忘れることはできないだろう。
点滅して地面を照らしている街灯の明かりも、通り抜けていった風の匂いですら、そんなどうでもいいことすら記憶に焼きつけられてしまったから。
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