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光からの贈り物  作者: 337
第二章 ~動き出した光・輝きだした時間~
12/28

2-6

 納豆素麺により部屋の奥にまで追い詰められ襖にぶつかった、と思ったのだが触れている感触が明らかにそれではなかった。

 なんだ? と思い見上げてみると、そこには一人の女の子が立っている。

 あれ、どっかで見たことのあるような……、あっ、あっ!! そうだあの子だ。やばっ、すっかり忘れていた。

 そして視線が合う、初めてみた時にも思ったのだがこの子は普通に可愛い。そんな子と今視線が重なっている。

 けれどそんなことは今はどうでもいい、この三人にどう対処したらいい?

「誰なの、その子?」

 智癒が一番最初に口を開いた。

「そうだ、誰なんだ、その美少女は」

 今そこ重要なのか、と突っ込みに逃げかったけれどただ先延ばしにするにすぎない。

 二葉は納豆素麺を持ち上げたままフリーズしている。

 時が動いていることを知らせたのは素麺に絡んでいた納豆の一粒がぽつん、という音を立てて麺つゆの中に沈んで行ったことだ。

 そんな小さな音が聴こえるくらいに部屋の外の音が遠のいて聴こえる。五月蠅いくらいに鳴いているはずの蝉の鳴き声が耳に入ってこない。

 どうすればいい?

 え~とだな、と無意味に呟きながら目の前に迫っている納豆素麺から逃れるためと、僅かではあるけれど時間を稼ぐために立ち上がる。

 するといきなり左の袖を彼女に掴まれた。

 え、何だと振り返ってみると掴んできた彼女の瞳には、怯えたような色が掛っていた。

 みんなに対して怯えているのか、ということは僕は信頼されているんだな、と少しうれしい気持ちになっていた。

 どうしたらいい? これ以上の沈黙は怪しまれるだけだ。もう後のことはどうでもいい適当にごまかしてやる。

「この子は僕の従妹です」

 肩を掴んで前に出す。

 あ~言っちゃった。もうどうにでもなれ。

「ほら自己紹介したら」

 僕もこの子の名前知らないし。

「ゆうあっていいます」

 ん? 朝の時よりスムーズに話せている気がする。

「ゆうあちゃんね、可愛らしい名前ね」

 智癒が立ちあがってゆうあの目の前に行き手を差し伸べる。

 どうしたらいいのかな、と少し悩んだ素振りをしてから手を伸ばして握手に応じる。

「小舘智癒です、よろしくね」

「うん、よろしくお願いします」

「あ、はい三月二葉です。あ、これ置かないと」

 言葉通り、持っていた恐怖の納豆素麺を卓袱台の上に置く。

「よろしくね」

「はい、よろしくです」

 二葉とも握手を交わす。

「え~とゆうあさん」

 まだ状況を把握しきれていない廉哉が戸惑いながらも訊く。

「はい?」

 視線を移動させて廉哉をみる。

「ああ、俺は大杉廉哉っています。あの、苗字はなんていうんですか?」

 どうしたらいいの、というふと見で僕のことを見てくる。設定的には母さんの方の親戚にするから苗字は何でもいいけれど。

瑞葉みずはゆうあっていうんだ。仲好くしてやってくれよ」

 母さんの旧性だったからどうにか出てきた名前だ。

 思いのほかスムーズに紹介ができて、とりあえずひと安心。

 さて、勢いに任せて適当に誤魔化したけれど、これでいいものか。ゆうあは僕に対して何も異議を唱えるような素振りを一度も見せなかったから、これでいいのだろうけれど、この先どうしたものか。

「こう君に従妹っていたんだね」

 智癒からの質問、どう答えたらいいものやら。

「ああ、そうみたいなんだよ、僕も昨日知ってさ」

「「「えっ!?」」」

 みんな驚きますよね、そりゃ。

「昨日の夜にさ、母さんから電話がきて『私の兄さんの子供がそっちに行くみたいだから、よろしくね』と突然の連絡が入ってさ、その後にゆうあがきたんだよ」

 嘘をつき通すためにまた嘘を重ねているという罪悪感に打ちひしがれながらも、この短時間によくこんなアイディアが浮かんだな、よくやったと自分で自分を褒めてやりたいです。

「なるほど」

 ようやく状況に慣れてきたのか廉哉が頷く。

「じゃあ、あの靴はゆうあちゃんのだったんだ」

 僕に訊くというよりは自分の中で整理するための呟きだったが、聴こえてしまった。

「靴なんて置いてあったか?」

 あっ、聴こえたの!? といった表情の後に「玄関に見なれない靴が一足あったよ」と教えてくれた。

 最初ゆうあを上に連れていった時に靴も一緒に持っててればよかったか? と振り返っていたが、こうなっていなかったら若干面倒なことになっていたかもしれないので、これでいいやと思い込んでおく。

「まあとりあえずそういうことだ」

 何がとりあえずそういうことなのか自分でもわかってはいないが、細かいことは気にしない。

「じゃあ、僕は飯の続きを食う。あ、ゆうあも食べるか?」

 まだ何も口にしていないんじゃないのか?

「うん」

 小さく首を動かして頷く。

「んじゃあ、同じものでいいか?」

「うん」

 もう一度首肯。

「今作るから待っててくれ」

 台所に向けて歩き出す。

「ゆうあも手伝う」

「おお、ありがとうな、誰かさんと違って進んで手伝ってくれるなんていいやつだ」

 飯が食いたいのなら手伝え!! と半強制的につき合わさせた誰かさんとは違いますね。

「それって私のことじゃないよね」

「別に僕は誰かさんとしか言っていなし、それなのにまっさきに反応したってことは、そうなんじゃないでしょうか」

 二葉以外に誰がいるんだ、といった問題なのだが。

「あんた、これ、背中に流し込むわよ」

 手に持ったのは、実録! 恐怖の納豆麺つゆ! とテロップが出てもおかしくないような恐怖物体ダークマターを持ち上げてみせる。

「そんな人いませんでしたね、僕の記憶違いでした」

 そそくさと台所に避難。

 第二回コウキッチン。といきたい所だったけれどそんな場合じゃないだろうな。

「あんな誤魔化し方でよかった?」

「うん、大丈夫、気を使ってくれてありがとう」

 なら一先ず安心できる。

「僕は藍沢光輝っていうんだ。よろしくな」

 向こうの部屋には聴こえないくらいの大きさで自己紹介を済ます。

「はい、よろしくです」

「本当は色々と訊きたいことがあるんだけれど、それは後でにしておくか」

「はい」

 嫌がるような様子もなく明るく頷く。

「はい、じゃあ、本日二回目のコウキッチンはじまりまーす。イエーイ」

 ということで開催します!

「…?」

 何をするの? といった感じで頭に疑問符を浮かべている。

「まあいいか、といっても使うものは全部出したまんまだから用意するようなこともないんだよな」

「ゆうあは何をすればいいの?」

「そうだなぁじゃあ素麺を二束取ってくれ」

 どうせ二葉に残りのほとんどを食べられてしまうだろうから、もう一人前多く作っておく。

「じゃあ次はコンロに火を点けてくれ」

「うん」

 どこを押せばいいんだ? と探りながらもコンロに火を付けた。

「点いた点いた」

 こんな普通のことなのに大げさに喜んでいた。

「そうだな」

 コンロに近づいて火力を調節する。

「次は何をすればいいの?」

 無邪気な視線が真っ正面から向けられてくる。

「え~と、沸騰するまで見ててください」

 本当は必要ないけれど、することといえばこれくらいしかない。

「うん」

 真剣な眼差しでフライパンの中の水を見つめる。

 そんな姿がとても可愛らしく見えて、とても愛らしかった。

 だから、放っておいても大丈夫だぞ、と敢えて言わずにそんなゆうあを眺めていよう。

 そしてにやにやとしながら眺めていること数分、水が沸いてきたようだ。ブクブクという音が聴こえてきた。

「ゆうあ、もう沸騰してるよ」

 それなのになぜかまだ見続けている。

「なんか面白い」

 そうですか。

「ずっとそんなことしていたら全部蒸発しちゃうぞ」

「それもいいかも」

「よくないだろ!」

 どんだけはまったんですか。

「ほらいいから、素麺いれるぞ」

 気泡を眺めていようと関係なく素麺を突っ込む。

「あぁ」

 悲観な声を上げた。

「あと少しで完成だ」

 仇を見るかのような恨みの籠ったような涙目が僕に向けられる。

 こんなことで感情が出るだなんて、見た目とは裏腹に性格は結構子供っぽいんだなと微笑ましく思える。

「泡でないの?」

 吹きこぼれのことを言っているのか?

「フライパンでやっているから吹きこぼれる心配はないぞ」

「残念」

 がっくしと肩を落としている。

 そんな姿を愛でている間に素麺も茹であがったようだ。

「ほら、じゃあそれをこん中に移してくれ」

 ざるを流しに置く

「素麺をそん中に入れて冷水で洗うんだ」

「うん」

 フライパンを両手で力一杯込めて持ち上げて、危うい手付きではあるけれどざるの中に移そうとしている。

「大丈夫か? 僕が代わろうか?」

「大丈夫、できる」

 プルプルと震えている手で言われてもなんの説得力もないけれど。

「あぁもう手伝うよ」

 取っ手に掛っているゆうあの手の上に僕の手を添えて手伝う。

 ゆうあの手の温もりが僕の掌に伝わる、なぜか早くなる鼓動。

 どうしたんだろうか一体、まあいいや気にしないでおこう。

 そのまま掴んでいた手を流しへと誘導し、素麺をざるに移す。

「よし、じゃあこれを流水で洗って冷ますんだ」

「うん」

 蛇口を捻ってあげてゆうあが素麺を洗う。

「そんくらいでいいぞ」

 ざるを持ち上げて水気を切ってから用意しておいた器に移す。

「はい、完成! じゃあ持っていって」

「うん」

 料理が完成した喜びからか、綻んだ表情が浮かべられている。

 ゆっくりと歩いていくゆうあの後を追って僕も居間へと向かう。

「はいお待たせ」

「お帰り」

 二葉が箸を振って応じる。

「行儀が悪い」

 脳天に一発チョップを食らわす。

「いてっ」

 これが新しいワニワニパニックか。まあこんなのは無視してご飯を食べますか。

「ほい、これゆうあの分の箸と皿な」

「うん、ありがとう」

 先に作っておいた分の素麺の残量を確認してみると、案の定ほとんど残っていなかった。申し訳ない程度に後、一口か二口分くらいしかそこにはなかった。

「やっぱり僕の分を残すという考えは持ち合わせていなかったか」

「何を言うんだか、ちゃんと残してあげているじゃない」

 どうだ凄いだろ、と張るほどない胸を張っております。

「あんたいん失礼なこと思わなかった?」

「そ、そんなことありませんよ」

 びっくりした、いつからこいつは人の心まで読めるようになったんだ。

「ふ~ん、そうならいいけど」

 素麺を食べをいて満足したのか傍らにあったリモコンを取ってテレビを付ける。さも自宅かの様にくつろいでいる。

 そんな時に立ち尽くしているゆうあの姿が目に入る。

「座る場所がないのか、じゃあ僕の隣に座れば」

 そう言ってから身体をずらして座れるだけのスペースを作ってやる。

「なんでコウの隣に座るのよ!!」

 突然声を荒げる二葉。

「何か問題でもあるのか?」

 特に思い当たる節はないのだが。

「あるでしょ、ユウア自身がまだいいよって言ってないじゃない」

「ああそういえば」

 このままじゃ無理矢理隣に座らせた感が否めないか。

「二葉か智癒の隣に座るか?」

「ううん、こうきの隣に座る」

「でも、そんなの」

「別にいいんじゃないか、二葉」

 突っかかろうとしてきた二葉を廉哉が制する。

 何も言えなかったのか「う~」と低く短い唸り声の様なものを上げてむくれる。

「無理に僕の隣に座らなくてもいいんだからな」

 念のためにもう一度言っておく。

「そんなことないよ」

 言葉通り我慢したような表情は見受けられず笑顔だった。

「んじゃまあ食いますか」

 本日二回目の昼食となります。

「いただきます」「…ます」

 僕の後に続いて小さな声でゆうあも続く。

 まずは前の分の皿に残っていた素麺を一口で一気に食べきってから新しく持ってきた方に箸をつけようとしたが、一度箸を止める。

「どうしたんだゆうあ」

 箸を握ったままの状態で制止している。

「上手く使えない」

 それもそうだろう、握り方が拳の状態で掴んでるもんだから上手く使える訳がない。というか箸使えないのか!?

「ちょっと待ってろ今、フォーク取ってくるから」

「うん」

 しょぼんと落ち込んでいる。

 そして、台所にフォークを取りに行ってから戻ってきた。

「箸が使えないなら最初っからそう言ってくれればいいものの、おい、お前はそこで何をしている」

 最初の方はゆうあに言っていたことだけれど、後半は二葉に向けた言葉。

「だってここの方がテレビ見やすいんだもん」

 台所から戻ってくる間に、僕が座っていた所に二葉が腰をおろしている。

「さいですかい」

 もう相手にするだけで疲れそうです。

「ゆうあ、はい、フォークな」

「ありがとう」

 そんなこんなでようやく普通に昼ご飯を食べることができます。

 で、無事に食べ終えることができました。

 食器を全部流しの中に置きに行ってから再び居間に戻る。

「で、今日は皆様何用でいらしたのでしょうか?」

 そういえばまだ訊いていなかったことだ。

「「「なんとなく」」」

 そうですか。僕もなんとなくそうだろうとは思っていましたよ。

「じゃあまた夏休み中何をするか会議でも開催するか?」

 特にすることもないんだったらこれでいいと思うんだが。

「折角ゆうあちゃんがいるんだから私たちの昔のことでも教えてあげたら」

 それもいいかもな僕たちのことを知ってもらういい機会になると思うし。

「じゃあまず僕からいくな」

 そんなこんなで昔話大会が始まった。

 話していたことは本当にとりとめのないような、どうでもいいようなことばっかりを話していた。去年の海のことや、廉哉の弱点、その他諸々、何度も脱線を繰り返して幾度も二葉によって生命の危機を感じて、そんないつもと同じようなことをしていた。

 いつの間にか太陽の位置が低くなっており、部屋の中に指してくる光は淡いオレンジとなっていた。そんなオレンジが空の彼方に消えかけていた頃、解散しようとの流れになった。

 今日は普通に玄関でみんなを見送って「また明日な」と学校の時の様にいつも通りの挨拶で別れる。

 普段ならもう家の中には僕一人きりとなっている頃だが今日は違った。ゆうあがいる。

 ゆうあには色々と訊いておきたいことがある。昨夜のこと、今朝のこと、そしてこれからどうするのか。

「じゃあ、ゆうあ訊きたいことがあるんだ」

 ふざけることなく真剣に。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



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