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~始まり~

 全日本剣道連盟から天才と呼ばれた高校生剣士が突如消えた

 なぜ消えたのか。それを知る人は剣道に関わっている人の中で、ほんの一握りの人しか知らないだろう

 俺はその真相を詳しく知っているうちの一人だが、あまり公にすることでもない。その天才は剣道連盟から消えただけのことなのだから



 3月。内地の方では桜の開花がそろそろだと言われている頃、俺は両親の故郷である離島にやってきた

 人口はおよそ1000人と小さな集落のような場所だが、とても良い場所だと小さいときから聞かされている

 内地の高校に在籍していた俺なのだが、少しばかり不都合があったので島に一つだけある学校に転校することになった

 まぁ転校することに抵抗は微塵にもなかったので別に良かったのだが

長い間(3、4時間だが)船に揺られていたので、まだ揺られている感覚が残る足で港に上陸する

ただの高校生の身分である俺を出迎えてくれる人はおらず、右も左もわからない俺はこの小さな島を彷徨い歩くことになるだろう。とは言うもの、俺が目指す場所は降り立った港の目の前に陣取っている店なので、彷徨い歩くことなどなかったが

「こんにちは。誰かいませんか?」

 暖簾がでていない店の扉は無用心にも開いていたので、とりあえず声をだして人を呼んでみることにした

 自分ではかなり大きな声を出したつもりなのだが、返事が返ってこない。鍵が開いていたので中に人がいるだろうと判断した俺が間違っているのか

 失礼だが、店の中を探索するしかないだろう。一応、俺は客なのだから

 「誰もいないんですか~?侵入していますよ~」

 「~~~~~~~~~~~~~~」

 店の奥で何かのうめき声が聞こえる。声質からして女性の声だが

 もしかしたら、俺より先に誰かが侵入して、金目の物を盗みに来たところを店の人に見られて、人質にされているのだろうか?

 もし、そうだとしたら犯人も一緒なのだから用心して進む。足音をなるべく立てずに、ゆっくりと一歩ずつ慎重に距離を縮ませる

 細い通路の先でうなり声がまた聞こえた。さっきよりも大きな声だから位置的には近くなった。そして少しだけ音を聞く。人質にされている人がジタバタとしている所為か、他の音が聞こえにくいが、どうやら犯人らしき人の衣擦れの音などは聞こえない。ただ、一人で蠢いているのだろう

 顔だけをだして確認すると、そこには両手を縛られたり、猿轡をはめられた人はおらず、ただ大量の書物の下敷きになっている人がいるだけだった

 「今、助けるんでじっとしていてください!」

 俺の声が聞こえたのか、急に大人しくなり覆いかぶさっている本を近くの本棚にしまうことでき、ようやくその本の下敷きになっていた人が姿を現す

 「やっぱり、新くんは頼りになるね。久しぶり。もう5年ぶりかな?」

 と、ケロっとした顔で俺を出迎えてくれた

 「2週間前です。その前が5年ですからね、麻衣さん。それにしてもなんで本の下敷きになってるんですか?」

 「いやぁ。ちょっといろいろと探し物をしたら本が落っこちちゃったんだよ。ほんと、大変だったんだよ」

 長い黒髪が特徴的な彼女。里山麻衣さんは俺の従姉にあたる人で、このお店『不知火(しらぬい)』の女将だ

 「そうですか。怪我とかはしてないんですか?」

 「大丈夫だよ。変に痛いところはないし、もしあっても新ちゃんがフォローしてくれるって思ってるしね。それと、部屋なんだけど、3階に上がってすぐ左の部屋だから」

 俺は麻衣さんに言われた部屋に荷物を置きに行き、また一階に戻る。荷物を置いただけだったので、部屋の内装などは良く見ていない。後から見ることにしよう

 「もし暇だったら、少しこの島でも散歩してきたら?4月から通う高校の下見も兼ねてさ」

 と、降りてきたところを狙っていたのか小さく折りたたまれたメモ用紙と1000円札を右手に無理やり押し込みながら言う

 お金を渡されたことで、大体のことは把握できたので何も言わない。この無言で承諾したと思ってほしい。こちらに選択権などありやしないので。その無言を正確に理解した彼女はニッコリと笑い、また本棚から何かを探し始めた。今度は下敷きにならないようにと祈る

 店を出た俺はメモ用紙を開く。そこには大きな文字で『牛乳!!』と書いてあった。もう少し書いたほうがいいだろうと思った。容量とかどんな牛乳なのか、とかを

 とりあえず、初めてのおつかいは後回しにして今は学校に向かう

 その学校はこの島の中心部にある山を開拓して出来たらしいので、登校するときは何が何でも筋力を使わざるを得ない。なんでそんな場所に作ったのかと設計者達に聞きたいが、今更言っても変わることなど何一つないので、渋々と登る

 山を登りきった俺はようやく学校の敷地を跨ぐことが出来た。とりあえず、外観は年季が入っているというか、用はこんな校舎がまだ残っているのかと聞きたくなるような木造。面積がけは広いので、校庭は広い。いかにも昭和の学校です。と言いたくなる様な学校だ

 しかし、校舎の隅には真新しい白い壁の建物がちらほらと建っている。部室なのだろか?それにしては数が多い。その建物に興味を持った俺はそこへと駆け出す

 その正体とは小さく分けられた練習場だった。剣道場、柔道場、弓道場。日本の昔ながらの部活をすることに力を入れている学校なのか、設備がちゃんと整っている

「おい!そこのお前。見ない顔だな」

 剣道場を覗いていると、その道場の中から男の声が聞こえた。どうやら覗かれるのが嫌なのか。それとも俺の正体が怪しいのか。どちらにしろ声に怒気が含まれている

 「あぁ。今日こっちに来た者だからね。見ない顔なのは当たり前だ」

 「それで、今日やってきた奴がどうしてここに居るんだ?」

 本当のことなのだが、俺が怪しい所為なのか男は俺を睨み続けている。俺としては穏便に進めたいのだが、相手がそうさせてくれないのはツライ

 「学校の下見だ。それで、なんでお前はそんなに喧嘩腰なんだ?俺は何もしてないはずだが。それともお前は剣道をやっている身でありながら、心が鍛えられていない未熟者だからか?」

 ここでいつまでも話していては埒が明かない状況なので、煽ってみる。すると、男の顔がみるみる赤くなっていくのがわかる。単細胞で馬鹿みたいだ

 「てめぇ。ぶち殺す!!」

 「いい加減にしなさい!」

 と、男が手に持っていた竹刀を振りかぶると、横から女の声が聞こえた。声が聞こえた方を見ると、そこには白袴に白胴衣を着た少女が走りながらこっちに向かってくる

 男は彼女の声が聞こえると、さっきまでの勢いはどうしたと聞きたくなるぐらいに静まり返っていた

 その隙を見て俺はその場から立ち去る。当然男と女は追いかけてくるはずだと思い全力疾走で走るが、後ろからは誰も追いかけては来なかった。大方、尻にひかれている夫婦みたいな状況なのだろう

 走り抜けた先にある建物はどうやら図書室のようだ。特に読みたい本などないが、立ち寄ってみるのも良いだろう

部屋に入ると、本の匂いが鼻腔をくすぐる

普段からあまり本を読まない俺だが、この匂いは嫌いになれない。むしろ好きな部類に入る

まだ、2時だというのに埃も舞っている所為か部屋は薄暗い。それに、カーテンも締め切っているので、なおさら暗い

部屋の隅に設置されている6人ほど使える大きな机が2台あり、その机の隅っこに本を読んでいる少女が居る。部屋に入る際、大きな音を立てて入ってきたので俺がここに居ることはわかっていると思うのだが、俺の存在を無視しているかのように彼女は読書に没頭している

 その集中力を目の当たりにして、邪魔をするのは気が引けるので、俺は部屋を出る。すると、どこかで女性の悲鳴が上がる。さっき大声を出した女の声に似ている

 俺は急いで声が上がった方へ駆けると、そこには3月という暖かい気温なのにも関わらず、ニット帽を深々とかぶっていたりサングラスをしたりと、犯罪者だと自己申告している格好の男が胴衣姿の女の子の首元にナイフを構えている

 彼女の声が大きかった所為か、学校に居た生徒がわらわらと集まりだし、犯人を取り囲んでいる。それにしても春休み中だというのにどうしてこんなにも学生が沢山いるのだろう。と聞きたくなるような人の数だ

 「おい。お前ら。それ以上近づくなよ!もし近づいたらこのガキの命はないと思え!」

 犯罪者はいっそう大きな声で叫ぶがどうも迫力がない。声が震えているからだ。覚悟もないのにただ金がほしいだけなどのつまらない理由でこういう行為に走ったためだろう。学校に金があるはずも無いのに

 「そいつを放せ!そいつの代わりに俺が人質になるからソイツだけは離してくれ」

 俺に喧嘩を売ってきた奴が必死に交渉しようと前に出ながら叫んでいる。俺が犯人だったら絶対に解放はしない。男より強い女なんてそうそう居ない。だから人質を女にしているのに

 「ふざけるな!近づくなよ!近づいたら殺すからな!」

 あの馬鹿な交渉の所為で、男はナイフを首元にもっと近づけた。彼女はもっと怖い目にあっている。可哀想にもほどがある

 「なぁ。誰か助けてくれ。お願いだから」

 と、馬鹿が言っているが、誰も反応しない。それもそうだ。誰がやってもどうせ失敗すると思っているのだから。などと考えていると、不幸なことにその馬鹿と目が合ってしまった

 ソイツは一言も発しなかったが、あのときみたいな態度はとらずに懇願している

 不明な点が多い俺にでもすがりたいのだろう。まぁここまで目で懇願されては仕方ないだろう。

 奴とまた視線を合わせ、救助することを手伝うと合図し、俺は一歩踏み出す。犯人は生徒たちに囲まれている状況。いつどこから攻撃されるかわからないので、ぐるぐると回っているので、奴の死角に入った直後仕掛けることにする

 ちょうど、犯人の死角に入ったので作戦を開始する。作戦といってもそんな大それたものではない。人質になっている女の子の救助と犯人の確保。重要なのは女の子を無傷で救助することだ

 とりあえず、足音を立てずに犯人の死角に入ったまま距離を埋める。相手は本当に馬鹿なのか、俺が近づいても気づかない。そして俺の攻撃が当たる距離まで詰め寄るとようやく気づいたのか女の子の首をナイフで裂こうとする

 だが遅い。俺はそれより先に左手で男の手首を握り、ナイフを落とさせる。ナイフのない犯人はすぐに抵抗しなくなり、ヤジウマたちに持ってこさせたロープで縛り上げた。女の子はいつの間にか俺の後ろに居て、震えながら服の端にしがみついていた


 犯人を連れ去った警察に俺も重要参考人として事情聴衆を受けるために署まで行き、経緯をすべて話し終わったころには日が沈みかけていた

 この島に来て、はじめてのおつかいは失敗に終わった



 「おはよう」

 この前の学校での事件からはや一週間。俺は今日まで麻衣さんの店で少ない小遣いを得るために必死に働いている。今日も朝早くから料理の仕込みをする

 「新くん。新くん。今日でバイトが終わりだと思ってる?」

 「そりゃ、明日から学校なんだから終わりでしょうよ。それに小遣いなら腐るほどあるし」

 腐るほど持っているのだ。お金なんてものは。人が一生をかけて得る金額が2人分くらい

 「腐るほどあるって言わないの。それに、そのお金の管理は私がすることになってるんだから、豪遊なんてさせないからね」

 この島で豪遊といったらどんなものが出てくるのだろう。遊び場もないこの島で

 「って、違う違う。小遣いとかの話じゃなくて、働かざるもの食うべからずって言葉があるでしょ?」

 「大丈夫。金があるから、そこらへんの商店で買って食べるから」

 麻衣さんは言いたいのだろう。『学校が終わってからでもバイトできるよね?』と

 「ぶぅ。なんでそういうこと言うのかなぁ。どうせわかってて言ってるんでしょ?どうせ私は一生独り身ですよ」

 「俺だって色々とやりたいことがあるのさ。それに今まで一人でやってきたんだから大丈夫なんでしょ?」

 「わかったよ。もう新くんには頼まない!」

 彼女は長い髪を左右に揺らしながら厨房の奥へと進んで行ってしまう。体は大人なのだが、心はまだ子供みたいだ

 学校で何があるかわからない状況で、色々と約束事をするのは守りきれない点もあるから保留にしておいてほしかったんだけど、駄目みたいだ。その場で答えなくてはいけなかったのか

 「ちょっと麻衣さん。やればいいんでしょ。学校終わってからここの店の手伝いを」

 「やってくれる気になったの!?」

 背中を向けていた彼女は勢い良く振り返り、俺の手を握る、もとい捕まえる

 あれだけ言われればやらざるを得ないだろう。と考えたがそれはあえて言わない。言ってしまったらまた拗ねるのだから

 「やるけど、部活とかで遅くなるかもしれないけどね。それでもいいならバイトでも何でもやるよ」

 「そうだよねぇ。新くんは剣道部とかに入るんだもんねぇ」

 「剣道部にだけは入らないよ。それと弓道部も。なにか文化系の部活にするよ」

 剣道や、弓道はもうやらない。そう、俺はこの島に来る前に決めていた

 「そう。でも、部活に入らなかったらすぐに帰宅してバイトだからね。それだけは覚えておくこと」

 麻衣さんは俺がどんな目にあってきたのかわかっているので、口を挟まないのだろう。てか、俺の放課後は完全に潰れたのね

 「で、そうだ。新くん。明日から行く学校なんだけど、私服が許されてるって知ってる?学ランとか着なくても良いんだけど、半分以上の生徒は制服着てるんだけどね」

 「一応、学校のパンフは見たよ。私服制なのはわかってるから大丈夫。他にも教科書とかは麻衣さんが言った通りに買い揃えたから大丈夫。他には?」

 俺がそこまで言うと、また麻衣さんは頬を膨らましている。今、この状況でなにか悪いことを言ってしまったのだろうか?いや。言ってない。ただ学校のことを言っただけなのだから

 「新くんなんて嫌い!バイトなんかしなくて良い!どっかに行っちゃえ!」

 今度は厨房の奥からカウンターの方へ行ってしまう。俺に何を求めているのだか?

 少しの間を置き、麻衣さんの様子を見るためにカウンターの方へ向かうとこの前と同じ白い紙と1000円札が置いてあった。その中身を見ると、「牛乳!!2L!!」と油性ペンで書いたと思われる黒い字でそう書いてあった。油性ペンだったので、裏面にも染みている

 内容からしてみれば前回と比べれば進歩は見られるのだが、なんだろう。もう少しちゃんと書いてほしい。れっきとした成人なのだから

 とりあえず、お使いを頼まれたわけなのだから買いに行くしかない。もしここで無視なんてしてみたら酷いことになる。前回買いに行けなかったときは、その翌日中見下された。買い物もろくに出来ない奴というレッテルを貼られたし

 近くの商店に向かい、無調整牛乳を買う。何故かというと、彼女が毎日飲んでいる牛乳が無調整牛乳だからだ。店には残り二つの無調整牛乳があり、俺は右側の牛乳を手に取る。左側の牛乳は誰かが買うだろうが俺には関係ないことだ

 ついでに、食べたかった駄菓子も買ってレジに並ぶ

 「あっ」

 短く出された声に釣られて、財布から紙幣を出そうと下げていた視線が上がる

 そこにいたのは先週助けた女の子がいた。彼女も島民なのだからいるのは当然なのだが忘れていた

 「大丈夫だったか?」

 「はいっ!大丈夫です。どうもありがとうございます」

 先週も散々謝ったというのに、今日も謝りだす。謝罪なんて一回すれば良いのに。それにしても第一印象と180度変わった彼女は可愛い。あの活発だった彼女が今はしおらしくいるのだから、そのギャップが可愛いと感じるのは普通だろう

 「そんなに何回も謝らなくて良いって。怪我とかしなくて良かったよ。俺が突っ込んで怪我をさせたら元も子もないしね」

 「いえ。本当にありがとうとしか言えませんし。あっ、牛乳は180円です」

 ちゃっかりと言うか、商売は商売ということなのか、値引きはしてくれないようだ

 レジ袋に牛乳を入れてもらい、会計を済ませたので『不知火』に帰ろうとするが、店の入り口の両側に黒いコートを着ている人が2人ずつ立っている。ご丁寧にフードも被っているので顔は見えない

 誰かを待っているようだし、俺には目の前にいるような人は知り合いのリストには載っていないので、俺がどこかに連れて行かれるということは起こらないだろう。万が一。万が一、何かが起こったときは、名前も知らないレジの子が誰かを呼んできてくれるだろう。でも、その間に連れて行かれるか

 と、考えながら店から出ると、最悪のパターンに入ってしまった

 「不知火新一だな。買い物途中ですまないが我々に付いてきてくれないか?もし駄目と言うのであれば実力行使で連れて行くことになるがそれでも良いか?」

 俺の名前を知っているあたり、この島の重鎮だと思う。声も年季が入ってるというか

 「とりあえず、この牛乳をどうにかしないと俺が麻衣さんに怒られる。知ってるんだろ?麻衣さんが怒るとどんな怖いか」

 俺がそう言うと、俺に話しかけてきた身長140cmほどの小さな重鎮がビニル袋をひったくるように奪い、レジの子と話す。親族なのだろうか?レジの子は終始笑顔を見せていた。そして牛乳は彼女に手渡り、外にある自転車に跨ってどこかに走っていく。方向は『不知火』の方向だ

 「これでいいだろ。ほかになにか大切なことはないか?」

 これ以上時間稼ぎも出来ない俺は、渋々重鎮達に従いついていくことになった

 歩くこと5分。俺は見慣れた場所にたどり着いた。『不知火』だ。間違いなく不知火だ。店の前に店の名前が入った看板と暖簾がある。何故だろう?何故ここに来るのわかっていたのに牛乳を彼女に運ばせたのだろう?それに彼女が使った自転車も店の脇に止めてあるし。一体何が俺を待ち受けているのだろう?というより、あの牛乳は俺が持っていけば良かったのに。どうしてわざわざ運ばせたりしたんだろう?

 「こっちだ」

 短くそう言うのは俺とさほど変わらない身の丈の男。彼が店に入ると、黒コートの人々はぞろぞろと店に入る。このまま逃げても良いのだろうけど、今逃げても帰る場所はここなのだから無駄だろう。俺も暖簾を潜る

 店に入るが誰もいない。おかしい。何故いないのだろうか?入ったところを確認したし、この店の玄関先に落とし穴などはない。どこに行ったのだろう?

 「新くん。こっちこっち」

 麻衣さんが厨房の奥から顔を覗かせて手招いている。こっちこっちと言うのだから、皆はそっちにいるのか?でもそっちに隠し部屋に通じる場所なんかあったか?

 と、案の定隠し扉があり、地下に続く階段があった。忍者屋敷かなにかだろうかこの店は

 その隠し階段を降りると、ひんやりとした空気が俺の身を包む。この空間へ入るために開いた扉から差し込む光が唯一の光源だったのだがその光源も今は無く、俺は一段。一段。と慎重に降りる。高さがわからないこの状況で足が滑り転落死などという冗談は御免だ

 そして、ついに地面に足がつくと洞窟の奥には上からは確認できなかったが赤い火の玉が浮いている。松明に火が灯っているのだろう。それ以外は考えられないし考えたくも無い

 その松明は俺を洞窟の奥深くへと誘うように設置されている。どれほど歩いただろうか、この状況下で長い距離を歩いたことはないのでわからないが凄く体力を消耗している。視界の悪さで常に気を引き締めてなければいけない状況で歩くというのは多くの体力を奪っていく

 だんだんと松明に火が灯っている間隔が開いて足元が見えにくくなっているが、幸いと言うべきかどうかはわからないが洞窟だというのに小石などは無く何かに躓いて転ぶということは無い

 そして、ついに先にある松明の火が消えた。ということはそろそろ終点なのだろうか?それともまだ先は長いのか。まったく予想が出来ない。だが、先に進まなくてはいけないみたいだ。後ろの松明の火も消えているのだから。誰かが後ろから来ているのだろうか?それにしては俺以外の足音が聞こえない。こうやってじっと動いていないときに何かが動いたら衣擦れや地面の砂を蹴る音などが聞こえるのだがまったく聞こえない。心を切り替えて俺は先に進む。怖いものなど無い。もし誰かが襲ってこようが俺にはそいつを倒せるだけの能力はあると思っている。大丈夫だ。そう、俺は軽い自己暗示を掛け右足を踏み出す

すると、背後から何かが動いた。完璧に集中しきった俺に背後の攻撃はそんなに通用しない。だがこの暗闇の中、相手の動きなどわかるわけではない。この状況は無傷で相手を倒すのではなく、致命傷を受けない程度に傷を負い相手を倒すのだ

 相手が攻撃してくるということは、俺の姿が見えているということ。なので攻撃方法としては接近攻撃か遠距離攻撃だろう。もし遠距離攻撃だとしたらいくら相手の視界が暗闇に支配されていたとしても慎重に攻撃するべきだろう。そうでなければ相手にばれ接近されてしまうから。なので、遠距離攻撃ではない

案の定、相手は俺に攻撃してきて俺の両足を掴み倒しにかかってくる。背後から物音がしたのですぐに背後を向き攻撃に備えていたので不意を取られることは無かったが、やはり攻撃の威力までは抑えきれず仰向けに押し倒される。その拍子に背中を強打し肺に溜まっていた酸素が逃げる。

 逃げた酸素を肺に取り込もうとするが、相手がそれをさせてくれない。口と鼻を塞がれたからだ。マウントを取られた状況で不利な上に呼吸も出来ないという条件が揃い身動きすら取れない。が、このまま窒息死という無様極まりない死に方はいやだしまだ死にたくない

 体を思いっきりくの字に曲げ相手の胴体を足で締め上げ起き上がる。予想していない攻撃だったのか、それとも油断していたのか、簡単に態勢を変え俺が馬乗りになることが出来た。ここでようやく酸素を肺の中に入れることが出来、ようやく反撃が出来る状態になり右腕を振り上げる

 「そこまでだ!」

 白い光が俺と、襲ってきた人を照らす。いきなり視界が明るくなったので光に慣れるまで何も見えなかったが、光に慣れて相手を下にいる人を見ると、そこには見知った人がいた

 「新くん。ごめんね」

 下には麻衣さん。目の前には俺を案内してきた4人組

 「不知火新一。こちらへ来なさい」

 どうやら、今までのことの詳細をすべて教えてくれるみたいだ。その証拠というわけでもないが、4人組がいる方向には松明の明かりが漏れている。先に重要なものがあるのだろうか?

 「麻衣さん。大丈夫だった?最後の最後で頭をぶつけたと思うんだけど」

 態勢を変えたとき頭をぶつけたような音がしたのだ。あの時は相手が誰だか分からなかったし、手加減できるような状況だったので本気を出さざるを得なかった

 「痛かったよ~。そりゃ、いくら砂だとしても頭をぶつけるのは痛いよ」

麻衣さんの手を取り立ち上がらせ、6人で先に進む。先には玉座のようなものがあり、その玉座には黒いマントと白鞘が置いてある

 「不知火真一。あの玉座に座りなさい」

 その命令口調はどうにかならないのかと聞きたくなるぐらい偉そうな口調で言うが、実際偉いのだろう。小さな婆さんの言う通りに玉座に座る。石で出来ているからだろう。ひんやりと冷たいし硬い。座り心地は最悪だ

 「そして、そのマントを羽織、抜刀してみよ」

 たぶん最後の命令だろう。マントを羽織、白鞘に入っている刀を抜刀する。マントは今までちゃんと手入れが施されていたのか着心地良く、刀はどこも刃こぼれしていなかったしさびても居ない。ただ、血の臭いと油で刃が曇っていた

 「いまここに第39代目当主を不知火新一とする。異論がある奴は前に出よ」

 婆さんがそう言い、誰も前に出る人は居ない

 「では当主よ。何か一言を」

 期待が籠められた視線が前方からひしひしと感じる。何を言ったら良いものか

 「えっと。まず、俺にそんな期待しないこと。いくら不知火家の直系だとしても未成年。まして高校生がなにか大きなことをやるとしても、この島にいる大人達の協力がないと何も出来ない。だから当主として期待することはやめろとは言わないから、期待しすぎるな」

 俺はそれだけ言って、玉座を降り下にいる皆のところに行く

 「それで、俺は具体的に何をすればいいんだ?」

 「別に何もしなくていいんだよ。新くんはまだ高校生なんだし、この島を危険から守れって言われても困るだけだしね。とりあえず、皆の雑用かな?」

 そんな軽いノリで大丈夫なのかと聞きたくなるが、皆が何も言わないのであっているのだろう。なんてふざけた当主だ。だったら別に当主じゃなくたって良いじゃないかと言いたくなるが、言ってはいけないのだろう

 「それにしても、すんなりOKしたんですね」

 牛乳を届けにきた彼女もここに居た

 「仕方ないことだから。不知火家の跡取りが俺しかいないんだからさ」

 そう。不知火家は俺しかいない。だから俺が当主になるしかない。それで、この島の人たちが安心するんだったら、当主にぐらいなってやるさ

 「頑張ってね。私、応援してるから」

 あぁ。と答えたら彼女は笑って、140cmほどの人のところに行ってしまった。本当にお祖母ちゃん子なんだろう

 「さて。そろそろ帰るとしよう」

俺と同じぐらいの身長の奴が先陣で歩き出す方向は玉座の裏側。そっちに出口があるのか?だったら、『不知火』から来る意味はあったのか?

 結局、玉座の裏には非常口とドアから逃げる人が描かれた物体があるドアからぞろぞろと脱出した。そしてその脱出した場所は『不知火』の裏口だった。俺の努力は一体なんだったんだろうと、思えるほど脱力しきってその場にへたり込む

 新学期が始まる前日、俺は不知火家の当主となり、白山島の守護神として生きていくことになった


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