姫様にKiss!1
1 追憶
「おにいさん、何してるの?」
正午すぎの近所の野原。
そこは春になるとたくさんの菜の花が咲く、まだ幼かった私のお気に入りの場所だった。声をかけたのには二つの理由があった。一つは黒い帽子、黒いコート、サングラス。菜の花とはあまりにも不釣合いすぎていたからで、もう一つは一人がなんとなく寂しかったからである。
「もうすぐ・・・姫様交代の時期だから。」
おじさんは、ほんのりとピンク色に光る玉をゆっくりと磨き始めた。
「おじょうさんは、何歳ですか?」
「六歳だよ。来年小学校に入るんだ。」
「へぇ。いつもここで遊んでるの?」
なんだか話をはぐらかされた様な気がして不服だったが、あまり聞いてほしくない話なんだなと子供ながらに理解して質問に答えてあげた。
「うん。ここは、メグとエリカのお気に入りの場所だから。」
「君はメグちゃんっていうの?エリカちゃんはお友達?」
「うん。あたしメグ!!!エリカはメグの双子のおねぇちゃん。」
「エリカちゃんは?」
「お父さんと一緒にどこかへ行っちゃった。」
おにいさんはふと自分の手元を見返して何か気づいたような顔をした。
「メグちゃん、エリカちゃんと会いたい?」
私の頬から温かいものが伝った。
いつもエリカの話をされると泣いてしまう。自分自身では酒飲みで人に迷惑ばかりかけている父親が嫌いで嫌いで仕方がなかった。父が出て行ってしまったのはうれしかった。だからといって双子の片割れまで連れて行ってしまった父をさらに恨んでいた。
〔どこに居たってあたしとメグはずーっと一緒だからね。〕
そう言って泣きながらつれられていったエリカ。
今どこにいるんだろう。何を見て、何に触れて、何を感じているんだろう。
"エリカに会いたい"
そんな気持ちでいっぱいだった。
「あわせてくれるの?」
おにいさんはチェック模様のハンカチを私ににこっと笑ってさしだして言った。
「君が望むならあわせてあげるよ。」
「ホント?あわせてくれるの?」
「君は、次の姫様だから願いをかなえてあげなくちゃ。」
姫様・・・?私はおじさんの意図がまったく読めなくて困ってしまった。余計に涙があふれて顔をぐしゃぐしゃにして泣いた。
おにいさんは私が泣き終わるまで待っていてくれた。落ち着いた小さな声で話し始めた。
「見て?この水晶は姫様を選ぶ水晶なんだ。次の姫様にふさわしいものがあらわれれば光り輝きだす。」
おにいさんの持っていた水晶はさっき見たときより綺麗に輝いていた。
「君は、次の姫様なんだ。」
「姫様って・・・何をするの?」
「今はまだ言えない。いや、ここで姫様を見つけるとは思わなかったから準備してこなかったんだ。でも九年後、君が十五になる満月の夜迎えにくる。必ずね。」
早口でまくし立てるように六歳の子に言えば普通伝わらない。でも私にはしっかりとお兄さんの言っている意味がわかっていた。
「姫様に・・・なるから。だからエリカにあわせて!」
「分かった。目をつぶって。1・2・3!」
今まで体験したことがない不思議な感覚。虹色の空間の中を私はふよふよと移動していた。
「どれくらいかかるの?」
「すぐだよ。降りるからつかまって。」
いつの間にか足に地面の感覚があってポツポツと手の平に落ちてくる雨を感じていた。
「メ・・・グ?」
光の差し込まない住宅街に小さな女の子の声を聞いた。
「エリカ!!!」
私たち双子は再会できたのだ。本当に夢みたいだった。
「さびしかったよ・・・。パパ、新しい女の人と毎日遊んでるしかまってくれなくて。」
「メグもさびしかった!!!エリカとまたあの菜の花畑にいきたいって毎日思ってたの。」
「メグちゃん、エリカちゃん、僕の力が持つのは十分。もう帰らなくちゃならない。」
おにいさんが悲しそうにそう言った。私はエリカをもう一度だきしめて言った。
「お手紙だすね。」
「うん。」
私はまた空間を移動して菜の花畑に戻った。
「おにいさん有難う!!!」
「時間短くてごめんね。また次に会えたときつれてくよ。」
「約束だよ?そのときまでにパワーあげといてね。」
おにいさんはうれしそうに笑って歩いていった。
その後、私はエリカに手紙を出した。今日のことを忘れないように未来の自分あてに。
[15さいのめぐへ。たんじょうびのまんまるのつきがでるよるにくろのおとこのひとがくるからひめさまになてあげてね。あとえりかにもあつてきてね。6さいのめぐより。]