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本編

あらすじにもありますが、この作品はSteamで話題となっているゲーム『Control,I”m Not Coming Back』のストーリーを独自解釈を交えて描いたものです。


元のゲームも素晴らしいものであり、日本語訳されている方もいらっしゃいますので、興味がわきましたら是非動画を見たり実際にゲームを体験してみていただけると幸いです。(ゲーム開発チーム・日本語訳の方に本文・翻訳文の使用許可を頂いております)


それではどうか、よろしくお願いします。

↓日本語訳をされている方の動画(ずんだの未訳ゲーム研究様)


https://www.youtube.com/watch?v=UsFeQL-N4tg&t=2671s


↓ゲーム本編(『Control,I’m Not Coming Back』Desborde Games様)


https://store.steampowered.com/app/4515660/Control_Im_Not_Coming_Back/


 真なる探求の旅が求めるのは新たな地平ではなく、新たな目なのだ。


 ——マーセル・プルースト 


 船長の声がコックピットに響く。張りつめた空気の中で、その声だけがやけに落ち着いているように聞こえた。

「まもなく4Gに到達。訓練生、状態は?」

「まったく良好です。ありがとうございます、船長。」

「いい兆候だ。特にこれが君の最初の飛行となればな。」


 訓練生はシートに深く体を沈め、胸の内で小さく息を吐いた。興奮と緊張が、指先をわずかに震わせていた。作戦指令室から通信が入る。


「……船長、聞こえるか。」

「明瞭です作戦司令。通信に異常が?」

「ただの混信だ。心配しなくていい。」

「高度100㎞を突破。いい船員を持ったな、船長。」 

 訓練生は軽く微笑みながら応答した。


「恐縮です。船室圧力は安定しています。」 

 作戦指令室の声がわずかに速くなる。


「あと数秒で音速障壁に到達する。」

「了解。」

「よし……超音速到達。」

「超音速を確認。振動はわずか。全機能問題なし。」 

「了解。構造限界値に近づいている。MAX-Q(負荷限界点)突破まであと数分だ。」

「状態は安定、機能に問題なし。」 

 訓練生の視界の端で、3番エンジンの警告灯が赤く瞬いた。


「指令、3番エンジンに警告灯が点滅しています。」

「了解、3番に点滅、圧力低下を確認。目視で確認できるか?」

「はい……わずかな漏出を確認しました。」 

 船内の空気が一瞬、重くなった。訓練生の喉がわずかに締まる。作戦指令室が冷静に指示を出す。


「確認した。船長は有事に備え待機。現在システムを検査中だ。」

「了解、待機します。」


(警告灯が増えてる……) 目の前で増えていく赤い点滅に訓練生は内心でそうつぶやき、拳を軽く握りしめた。


「指令、本当にすべて問題ないのでしょうか?」

「問題ない訓練生。手順に従うんだ……待て、3番エンジンの急速な圧力低下を確認。副操縦士、船室の安定性を確保せよ。」

「酸素は安定しています。しかし圧力はなお低下中……警報発生。左舷に火災です!」 

 訓練生が叫ぶ。


「了解、船長、可能であれば消火活動を開始せよ。」

「向かっています……ドアロックに応答がありません!左舷エリアに入れないです!指令、こちら制御を失いつつあります!指令、聞こえていますか?」 


 船長の声が通信機越しに届き、訓練生の声が震えた。

「船長、振動が不安定レベルに到達しました!」 作戦指令室が応答する。

「船長、そちらの信号を受け取れなかった。もう一度送信してくれ。」訓練生が叫ぶ。

「指令!全システムに致命的な損害が!構造限界値突破!爆破の危険性あり!指令、応答してください!船長、そのエリアから引き返してください、お願――」




『最新情報です。ボイジャー1号が太陽から最も離れた探査機になりました。』


『現在は約69,419天文単位の先にあり、パイオニア10号を越え…』




 …


 ……


 ………


 訓練生は目を開けた。


「……ん?ここは……」 

 橙色と緑で織りなされた花園が、柔らかな風に揺れていた。一つの古びたベンチに、星の頭を持った人型が片腕を置いて座っている。どこか気怠げで、しかし穏やかな佇まいだった。


「最後にはいつもここに来ちまうんだよな。こういう場所なら『もしも』なんてこと、忘れちまうだろ。」

「ここの風が気持ちいいんだ……ずっといたいくらいさ。」 

 突然現れた訳も分からない場所や人物に困惑し、訓練生は喉を震わせた。


「あの……あなたは……って、え?」

 その瞬間、視界が引き裂かれるように変わった。暗く長いトンネル。等間隔に並ぶ誘導灯が、冷たい光を投げかけている。その先に、ぼんやりとした白い光が漏れていた。


「なんなんだよ、ここは……」

 訓練生は足を進めた。不安と好奇心が胸の内で渦を巻く。景色は次々と切り替わった。炎上するビル群、見たこともない映画のパンフレットが貼られた古い映画館、黄金色の夕暮れの無人の車道、緑の木々が揺れる線路——そしてまた同じ場所に戻るかのように繰り返される。


 やがて訓練生は、はっと顔を上げた。そこは完全な闇だった。光を一切通さない、底知れぬ暗黒。訓練生は自分の手を見下ろした。宇宙服の分厚い手袋が、ぼんやりと浮かび上がっている。ゆっくりと振り返ると、遠く小さくなった地球が、青く儚く輝いていた。 胸の奥が、急激に冷えた。


「作戦指令室?聞こえていますか?」

 通信機を握りしめ、何度も呼びかける。しかし返事はない。


「……なんてことだ。」

 声が震えた。恐怖が、ゆっくりと喉を這い上がってくる。


「指令、シャトルが爆発しました。私は無事ですが……地球から離れていきます。プロトコルは失敗、追加指令を要求します。」

 何度も、何度も呼びかける。返ってくるのは、自分の荒い呼吸音だけだった。


「助けてください、指令……酸素残量は20分しか残っていません。救助作戦はいつ実行されますか?ここに置いていかないでください……」 

 宇宙の静寂は、容赦なく重かった。孤独が、骨の髄まで染み込んでいく。 


 ー


 ーー

 

 ーーー



「…もしもし?」


 突然通信機から声が聞こえ、訓練生は一瞬、息を止めた。


「指令ですか?こちらの通信は聞こえますか?」

「うん?いや違うな。」

「なんだって?応答しているのは誰だ?」

「まさか聞こえる者がいたとは。」

 謎の声は独り言をつぶやくように話していた、訓練生は不審に思った。


「指令。不正な周波数からの干渉を受けています。」

「人の声を聴くのは久しぶりだ。なぜここまで来た?」

「いったい何を言っているんだ……?」

「教えてくれ、なぜ君もこの旅に出たんだ……」

 謎の声のその質問に訓練生は唇を噛んだ。答えは、最初から決まっていた。


「僕は旅をしているんじゃない。ここに飛ばされたんだ。家に帰りたいんだ、助けがいるんだよ。」 

 その言葉を口にした途端、視界が溶けるように変わった。


 列車に乗って砂漠を渡っている。横には車道があって車が通っている。等間隔に木々と風力発電のプロペラが置かれ、プロペラは風に吹かれてぐるぐると回り発電している。

 今度はボートに乗って海を漂っている。エメラルドグリーンのきれいな海で、太陽は燦燦と輝き海を照らしている。


 気が付いたら訓練生は干からびた土地に立っていた。火星探査機が走っている。ここは火星かもしれない。火星探査機の向かう先には人の姿が見えた。

 その人型は火星の頭をしていた。座り込んで真剣に石を眺めているようだ。


 訓練生はなぜかそこに行くべきだと感じた。

 理由などない、ただ、心の奥から強く引き寄せられるような感覚があった。干からびた赤い大地を、導かれるままに歩いていく。


 火星探査機が砂塵を巻き上げながら走り去った先、先ほど見えた人型の姿がはっきりとしてきた、頭部が火星そのもののように赤く輝く、不思議な存在。 

「おい!こっちだ!」


 火星頭の人型は訓練生を見つけると、手を大きく振った。声にはどこか興奮と、子供のような純粋さが混じっていた。

「この石、絶対に動いたんだって。ありえないことだ……」


 訓練生は足を止め、地面に転がる一つの石に視線を落とした。

「この石のことを言っているのか?」

「ああ、こいつはひとりでに動き出したんだよ。風も吹いてない、地震も起きてないのにだぜ?ましては脚なんて生えてない……非科学的だが、念力とかか……?」


 訓練生は眉を寄せた。

 宇宙空間で漂流している自分が、こんな非現実的な光景に疑問を抱いていること自体が滑稽に思えた。

「それがそんなに変なものなのか?」

「ああ、なんというか、ちょっと人に似てるんだよな。」

「人に?なぜ?」


 石と人間。構成も性質も全く異なるはずのものに似ている部分があると言うその火星頭の人型に、訓練生は疑問を抱いた。赤い大地の上で、静かに耳を傾ける。

「前に進むからさ。それが不可能そうでもな。一番人間らしい特徴を持ってるのさ、この石は。」


 その人型が静かに言い終えると、訓練生の視界は再び溶けるように変わった。今度は水色の水たまりに足を浸していた。冷たい感触が宇宙服越しに伝わる。

 景色はすぐに移り変わり、目の前に巨大な土星が忽然と現れた。土星の環——惑星リングの上に、自分は立っているようだった。同じように環の上に、もう一つの人型が見えた。

 訓練生はゆっくりと近づき、声をかけた、その人型は、土星の頭を持っていた。


「やぁ、旅人さん。」

 穏やかで、どこか遠い声だった。


「やぁ……ここは土星なのか?」

「そうだよ、僕の故郷さ。」

「故郷?」

「まぁ、僕はここを離れるつもりなんだけどね。」

「少しの間、いや長い間かもしれない。気分転換したくなってさ。外に何があるかを見に行くだけでもさ。わかるだろ?」

 訓練生は胸の内で言葉を探した。未知への憧れと、故郷への未練が同時に疼く。


「そんな理由で?もし戻れなくなったら、どうするんだ?」

 土星頭の人型が小さく笑ったような気がした。


「そんな風に考えても、何にもなんないだろ?それに外じゃ、無限の世界が待ってるんだ。旅人さんは、それを見たくないのかい?」

「……」

 知らない世界に出ることへの興味がないと言えば嘘になる。出なければ、宇宙に飛び立とうなどとは思わなかっただろう。

 でも、同時に——元いた場所に、一生の別れを告げたいとは思わない。 


「ああ、まだ自分の答えを決めてないのか。わかったよ。」

「でもね、信じてくれ旅人さん。自分の心に従うことにね。そうすれば、それが正しくなるものさ。」

 景色が再び変わる。花に黒い蝶が止まり、蜜を吸う。吸い終えた蝶が飛び立ち、枝垂れた木々の間を縫って湖に向かっていく。

 静かで、美しい光景だった。


 訓練生は眼を覚ました。


「作戦指令室……通信接続を再開しています……」

 いまだ地球に繋がらない通信機を握りしめ、必死に呼びかける。


「頼む……届いてくれ……」

 すでに地球は視界から完全に消えていた。それほど遠くまで流されてしまったのだ。胸の奥が締めつけられる。


「酸素の消費量は少ないのか……?20分から変わらない……何故なんだ?」

「船長との接続も途切れてしまった……どうすればいいのかわからない……」

 自身の状況に対する強い違和感と、言いようのない不安を抱きながら、訓練生は暗闇の中を漂流し続けた。 


 …


 ……


 ………


「…まだそこにいるのか?」

「またお前か?」

 しばらくして、再び通信機から謎の声が聞こえてきた。

 不審に思いながらも、圧倒的な孤独に耐えきれず、訓練生はその声に反応した。


「嬉しそうには聞こえないな。」

「僕はただ……あんたが何なのかが……いや、あんた地上管制と連絡できるか?」

 もしかしたら——その思いが訓練生の中に生まれる。


「不可能だ。彼らとの接続は何十年も前に切れてしまったからな。」

「何十年だって?」

「ああ、私のことは心配しなくてもいい。じきに会えるだろう。」

 少しの静寂が舞い降りる。


「なぁ、一体あんたはどこにいるんだ?それに何者なんだ?」

「待て、今だいたいで計算してるところだ……」

 謎の声は唸るような声を出していた、何処か電子的で機械的な音だった。


「どちらにせよ、期待するな。私では君を地球には帰してやれない。」

「ああそんな……」

 謎の声が救いの声ではないとわかり、訓練生は落胆し自放自棄になる。


「…なら何故僕に話しかけるんだ?目的はなんだ?次に起こることは何であれ、僕にできることはもうないんだ。」

「そうふさぎ込むな。君は人生で今までになく自由なのだからな。」

「お前にいったい何がわかるんだ?何もできずに漂流していることが自由だとでも?」

「君がそういうなら。」


 ぶっきらぼうに言う訓練生の言葉に、謎の声が続ける。

「結局……自由と不確実性は常に共にあるものだ。ものを新たな視点で見れば、少しは気も晴れるだろう。さあ来い、見せてやる。」


 謎の声がそういうと視界が切り替わる。

 そこはブラックホールだった。圧倒的な質量が光さえも飲み込む、巨大な闇の渦。オレンジ色の輝く降着円盤が、異様な美しさで空間を照らしていた。

 その光の中に、また人型が見えた。見覚えのある土星頭の人型だった。

「またあったね、旅人さん。ここから見える景色は想像もできなかったものばかりだよ。」


 不思議な光景に少しずつ慣れ始めていた訓練生は、その横に並び、静かにブラックホールを眺めた。畏怖と、奇妙な安堵が胸に広がる。

「ねぇ旅人さん、あの中から僕たちが来たと思うかい?」

「え?」

「ほら、この宇宙がブラックホールの中にあるって仮説さ。」

「ああ、聞いたことがある。」


 シュワルツシルト宇宙論。宇宙に初めて飛び出す前、地球の一部の宇宙研究者が唱えていた仮説。


「僕はそうじゃないって思いたいんだ。」

「どうしてだ?」


「それは……ブラックホールからは出られないからさ。」

 土星頭の人型には、純粋な楽しみと好奇心に満ちていた。

 さらに景色は変わり、色とりどりの惑星が浮かぶ空間に出た。


 ピンク、青、白、黒、緑——緑の惑星には人型が立っていた。どこの国とも似ていない国旗を頭に被った姿をしていた。

「おーい!ずいぶん遠くまで来ちまったよな、俺たち?」 

 訓練生は戸惑いながら応じた。


「それはどういう……」

「どういうって、うーん……なぁ、恋しいか?」

「恋しいって……故郷が、かい?」

「ああ。」

「うん。」

「だろうな。俺はな、戻るべきかどうか、わからないんだ。」


 国旗頭の人型は、怒りと諦めを滲ませながら続けた。


「俺の故郷には悪い奴がたくさんいた。

 国を自分勝手に振り回す連中

 平和のために作られた発明をすぐ軍事利用しようとするやつら

 いるかもわからない知的生命体に手紙を出すために一人ぼっちで旅をさせるロマンチスト共

 ……そんな奴らのためになんでわざわざ戻らないといけないんだ?」

「あいつらの望み通りにできるだけ遠くに行ってやったんだ。ここまでくれば、十分だろ?」


 景色が変わる。今度の場所は特に鮮烈だった。

 蛍光ピンク色の花と樹木が一面に広がり、その先には星のような果実を実らせ、ピンクの枝を伸ばし葉に銀河を映した巨大な黒い大木がそびえていた。その根元に、あの星の頭をした人型が寝そべっている。 


「ここはきっとみんなのための場所なんだろうな、お前さんや、俺みたいなやつに対しての、な。そして一度ここについたら……もう後ろを振り返らなくていいんだ。」

 その声には、深い疲れと、静かな諦観が滲んでいた。


「オールドダークに話しかけてみな。あの黒い大木だ。」

 星頭の人型にそう言われて、訓練生はゆっくりと黒い大木に近づく。


「やぁ、ずいぶんと遅かったな。」

「待っていたのか?僕を?」

「まぁ、そんなところだ。予期していた、というべきか。」


 長く生きた樹木のように深く響く声が頭の中に響く、不思議な安らぎを感じる、悩みを何でも話させてしまうかのような声だった。

「何か悩みがあるのだろう。言ってみなさい。」

「僕は…あなたのように予期できない。完全に迷ってしまったみたいだ。」


 訓練生はぽつりぽつりと言葉を続けた。

「歩き回って……何かを探している。でもそれが何かさえわからない。」

「それでいい。進み続ける理由はいらない。時には、ただ進むことが、自然なことなのだ。」

「そうかもしれない。でもわからないんだ……いつまでも進み続けて、でも何も変わりはしない。」

「お前は私のようだ。だが私の経験は、それと反対のことがよく起こることを教えてくれている。私はここにずっと立っているが、しかしなぜだか、毎日違う場所にたどり着く。」

「あんたが?でもあんたは……動けないじゃないか。」

「そこが間違っておるのだ。私は動ける。お前の知らぬ方法でな。我が枝は高く長く伸び続ける。それは静かなれど、しかし進んでいるのだ。」

「僕にはそうは思えない。」

「ああ、ならお前はすでに答えを得ている。」


 抽象的な表現ばかり言うこの大きな大木に訓練生は少し苛立つ。

「なあ、僕は木じゃない。あんたは高く伸びても、ただそこに立っているだけじゃないか。」

「だが、私は立っている。それこそが私の見つけた道なのだ。道を見つけたものは、すでにその半分を行っている。」

「まるで自分は答えを半分しか知らないかのように聞こえるな。」

「それでいいのさ。私のように古き者でも、すべての答えを知るわけではない。できることは、道を示すことくらいだ。」

「なら僕は、何処に行けばいいと思う?」

「時には歩みを遅め、息を吐く。待ち、雨に打たれ、そして冬を越し、再び芽を出す。そうして森は生まれるのだ。」

「……もし育たなかったら?」

「いつかどこかで花を咲かせるだろう。」


 黒い大木…古き闇はそこで区切り、改めて訓練生に問いかける。

「お前はなぜ宇宙に出ようと思ったのだ?」

「僕は…」


 かつての自分の思いを思い出しながら話す。

「僕は、ボイジャーのゴールデンレコードがどこに行くのか知りたかった」


 いつか見た流れ星に関するニュースの報道を思い出す。


『最新情報です。ボイジャー1号が太陽から最も離れた探査機になりました』

『現在は約69,419天文単位の先にあり、パイオニア10号を越え…』


 小さく幼い訓練生はモニターに光る小さな粒をじっと見つめていた。


(月ですらとっても離れているのに、あの流れ星はどこまで行くんだろう?)

(ボイジャーは何処に行くのかな?ゴールデンレコードは?星の光はいつ消えてしまうんだろう?)


(もしかしたら…同じように疑問を感じて宇宙に飛び立とうとする者がいるのかな?)


 その答えを出そうと必死に頑張ってきた、そして宇宙飛行士になって初めて宇宙に飛び立った。

 それなのに…


「成程、だから彼の声を受信できたということか」

 訓練生の話を聞き終えたオールドダークはそう独り言をつぶやいた。

 しばらくしてオールドダークは再度話しかけた。


「さて、長く歩いてきたな、旅人よ。」

 オールドダークは問いかける。


「教えてくれ……ここをいつ去るのかを。」


「先にあるものを追うか?」


「それともしばしの間ここにとどまり、周りで何が芽吹くかを見届けるか?」


 訓練生は静かに答えた。

「なら…僕は進み続けるよ。時間を経て少しずつ伸びる枝のように、そして答えを見つけるために」


 話し終えた瞬間、視界が溶けて切り替わる。

 白鳥が列をなして空を飛び立った。翼が淡い光を反射しながら、静かに遠ざかっていく。

 その光景は、まるで魂がこの世界を後にするかのように見えた。

 次の瞬間、訓練生は再び赤い火星の大地に立っていた。火星頭の人型と、土星頭の人型が、並んで一つの石を真剣に見つめていた。

 不思議な取り合わせに、訓練生の胸の奥で何故だか静かな感慨が広がる。


「また動いたぞ!」

「この石はいつも驚かせてくれるね。こんな風に動くなんて……」

「こう見てると、何かを目指してるわけじゃないみたいだな。」

「何かに逃げてるだけかもしれないね。」

「良い仮説だ。一体何をしているか聞けたらいいんだが。」

「なら聞いてみたら?」

「は?」


 突拍子なことを言う土星頭の人型に火星頭の人型は戸惑う。


「やってみなって、ほら!」

「やってみろって、おいおい、石だろこれ……」

「石は石でも、動く石だ!」

「わかったよ……」


 しぶしぶといった様子で火星頭の人型は動き続ける石に向かって話しかける。

「おい!()()()!」

「え!?」

「いったいどこに行くんだ?」


 石に向かって「訓練生!」という火星頭の人型に訓練生は戸惑った。自分はここにいるのに、彼は石に向かって話しかけていた。

 肝心の石は火星頭の人型の声が聞こえていないのか、そのまま前に進んでいた。


 景色が再び溶け、いつか見た赤い映画館の中に立っていた。

 館内を進むと、スクリーンの前の席に火星頭の人型と土星頭の人型が隣り合って座り、音のないモノクロの映画をじっと見つめていた。


「だから石に話しかけても意味なかっただろ。」

「わからないよ、言語の壁だけかもしれない。」

「ああ、そうかもな。」

「……」 

「……」


 二人は黙り込んだ後、土星頭の人型がゆっくりと息を吐き、静かに語り始めた。

「理解できてないのは僕たちの方かもしれない。きっとあの石のほうが多くを知ってるんだ。何世紀もここにいるんだ。僕たちが何もない場所から来て、壁に絵を掘って、世界を旅し、そして壊すのを見ているんだ。」


 少しの静寂の後、今度は火星頭の人型が土星頭の人型にためらいがちに話しかける。

「なぁ、こうなったのに後悔しているか?」

「それは今までの旅のことかい?」

「そうだ」

「こうしたらよかったのにって思うことはあるさ。とはいえ、くよくよしても仕方ない。次にどうするかが大事だからね。」

「また、うまくいかなかったらどうする?」

「起き上がって、もう一度やるのさ。そう何度だって……前に進み続けるんだ。それが人のあり方ってやつだろ?」


 その言葉を聞き終わった後、視界は再び移り変わった。

 川の上の古びた橋を歩いている。川沿いには大勢の人が並んでいた。後ろで大きな爆発音が響き、振り返ると夜空に巨大な花火が咲き上がっていた。

 まるで宇宙の誕生を祝うような、圧倒的な光の輪だった。

 再び色とりどりの惑星が浮かぶ空間へ。国旗を頭にした人型がそこにいた。 


「あっやべ。」

 話しかけようとした瞬間、紫色の惑星を投げつけられ、訓練生は空中で激しく回転した。世界がぐるぐると回るなか、不思議と恐怖は湧かなかった。ただ、奇妙な浮遊感だけがあった。


「悪かったよ、誰もいないもんだからそこら辺の惑星でキャッチボールしてたんだ……」

「いいんだ。」

「えーっと、うーむ……」


 話しかけづらそうな国旗頭の人型を見かねて、訓練生から話す。

「この前の話の続きだけどさ、あんたは勇敢だよ。とても。」


 国旗頭の人型は照れくさそうに笑った。

「あんたもそうさ、それを忘れるなよ。」

 笑ってそういった後、ぽつりとつぶやくように話す。


「…俺はきっと、誰かと話したかっただけなんだ。」

「僕もだよ。」

「物事ってやつは早く動くもんだ…もう少し話していきたかったが、待ってるやつがいるんだろ、お前には。」


 景色は雪の降る湖へと変わった。白い雪が静かに積もる、火星で石がひとりでにゆっくりと動いていた。


 また真っ暗闇に戻された。

「旅人よ、こっちだ。」

 声が聞こえ、振り返り、その存在を確認すると訓練生の胸が震えるのを感じた。

「僕を呼んでいたのはまさか……君だったなんて。」


「ボイジャー1。」


 自分の最初のあこがれがそこにはいた。

「私には、誰もが予想外さ。しかし、こんな場所で人とすれ違うのは、新鮮な体験だな。」


 訓練生は静かに問いかけた。

「ここは地球からどれくらい離れているんだ?」

「分からない。指令との接続が絶たれてから、時間と距離の感覚はなくなってしまったからな。少なくとも一光年か。」

「なあ……君は寂しくないのか?」

「いつもそうさ。だが、こんな状況にだって慣れていくものだろう。」

「ただの探査機一つ、誰も気には留めない。それは良くも悪くもあるが、私が感じる自由というのはそういうものだ。」


 それは違う。

 訓練生はそう強く思った。

「いや、君はただの孤独な探査機じゃない。君の運ぶゴールデン・レコードは人々に希望を与えたんだ。」

 ボイジャー1号の声が柔らかくなった。


「これまで見てきたものを、共有できればよかったのだがな。分かるか?ここは美しい……」

「赤い巨星が崩れ、無数の色彩と模様に代わる」

「私が運ぶものを恐れる文明が、何光年も先から私を見ている」

「恒星と惑星が雲と塵のように集まり、万華鏡のようになる」

「私が運ぶゴールデン・レコードに記された記憶もまた美しいものだ」

 その後もボイジャー1号は、赤い巨星の崩壊や万華鏡のような星雲の美しさを語った。


 訓練生はただ、静かに耳を傾けた。


「だが作戦司令との接続が切れてしばらくして、私は思った…」

「これを分かち合えないなら、これに意味はあるのかと」 


 ボイジャー1がそう言った次の瞬間、長い列ができたバス停に訓練生はいた。人々は皆板のようなものを真剣に見つめていた。その中で一人だけベンチに座る星頭の人型がいた。


「お前さんはもし違った結果になっていたら、って思ったことはないか?」


 変わらずくたびれたように言う星頭の人型に訓練生は言う。

「僕は今いる場所が好きだ。」

「言いたいことはわかる。だがそれでも……もしああなったらと、思うんだ。たとえそれが、悪い結果でもな……」


 ボイジャー1号の声が再び響いた。

「訓練生、君は何か起きることをただ待っているだけなのか?」

「何故だい?」

「ここで漂流している、私のように」

「だが君は私と違い、進むことに恐れと絶望を抱いているように見える、ただ惑星の重力と自転の力という物理法則に流されてここまで来ただけ……前を向くんだ。」

「たとえすべてが間違っていても、希望を持つことがその反抗になる。」

「でも僕は——」

「来い。」


 気づけば赤いボートの上にいた。海から風力発電のプロペラが生え、くるくると回っている。目の前にボイジャー1号が人型の姿を纏ってボートに座り訓練生を見ていた。ボートは波と風に押され、力強く前へ進む。


「ここが我々のいる場所だ。道へと続く、無限の旅路。最果ての地への探検。我々がその歩みを止めることはない。たとえ地球が小さくなって、見えなくなっても。」

「……」

「どうした?」


 訓練生は黙り、意を決してボイジャー1に問いかける。

「たどり着けると思うかい?」

「どこへだ?」

「どこへでも。僕はこれ以上進める気がしないんだ。」

「そんな風に言うな。君ならできるとわかっている。いや、すべての人にできる。」


 ボイジャー1号は静かに、しかし力強く続けた。

「仮定として考えてみてくれ、地球にある君の墓は、すでに人々によって建てられている。

 そうだとしたら、何を刻みたい?

『宇宙の旅には星々が付き従い、孤独な宇宙飛行士が恐怖にすくみ、微動だにしない。


 そして死に、凍り付いた。


 宇宙の美しさを見いだせなかった彼は、生きることは諦めたのだ。


 そこから動くことはなく、動かすのは物理法則だけ、そこに情熱も心もなかった。』

 そんなことを刻みたいかね?」


 墓碑に刻まれるであろう言葉を語り、訓練生に本当の自分を思い出させようとボイジャー1は語る。


「そんなの本当の君じゃないはずだ。外に光るものが見えただろう?あれを追いたい、そう思ったのだろう?」


「僕は……何かわからないものに動かされて、ここまで来た。」


 あの黒い大木に語ったことを思い出し、想いを口にする。

「それが情熱だ。」

「それは希望だ。」

「そう言ってくれるのを待っていた。感じるか?きっとうまくいく。」


 赤い映画館の先に土星が見える。土星頭の彼はもういなかった。

 雪吹雪く吊り橋の先は何も見通せない。


 また、真っ暗闇の中に訓練生は戻された。

「もしもし?ここは何処だ?」

「指令?」

「ボイジャー1?」

「誰かいないのか?」

 訓練生の声は宇宙空間にむなしく響き、静寂が訓練生の周りを包みこんでいる。


 ー

 

 ーー


 ーーー


「……もしもし?」


 ボイジャー1号以外の声が、奇跡のように通信機から聞こえた。


「もしもし!?指令ですか!?」

「こちら作戦指令室。誰が話していますか?」


 その声は訓練生の聞き覚えのない女性の声だった。少なくともシャトルが爆発する前に聞いた作戦指令室の声ではなかった。

「……声帯認証確認、座標の割り出し完了……嘘、こんなことって……」

 しばらくして通信機の先でそんな小さな声が聞こえた。


「確認します。登録番号084A、〇〇であっていますか?」

「はい!ああ、信号が受信されたんだ!」 


 自分の登録番号と名前を問われ、ついに地球につながったんだと訓練生は歓喜した。

「お願いです、地球に帰りたいです!」

「落ち着いて下さい、こんなのいったいどうすれば…」

「変わってくれ」


 通信機の先で誰かが変わったようだ、厳格な男性の声だった。

「作戦当時の船長がこちらにいる、彼女から話したいことがあるのでしばらく待機するように」

「船長が?」


 通信機からの応答を待つ。時間感覚はすでに失って久しいが、その沈黙は非常に長く感じた。


「…訓練生、聞こえるか?」

「帰還できたんですね船長!」


 久しぶりに聞いた船長の声がひどくしわがれていた。まるで数十年老いたような。


「ああ、だが無事では済まなかった」

「そして君もそうなのだろうと思う」

「それで、僕はどうなるのです?」

「救助作戦はいつ行われますか?」

 訓練生は必死に訴えた、早く地球に帰りたい、そう願って。


「何故これを私に伝えさせようとするのですか……」

「……それがあなたに与えられた、残された最後の指令だからです。」


 しかし船長の声にはひどい悔恨の気持ちが乗っていた、となりであの厳格な男性の声が聞こえた。

 船長は僕に対しこう言ってきた。

「訓練生、君の状態では」

「君の救出任務を行うことができない」


 頭が真っ白になる。


「は……?何ですって?」

「すまない訓練生、理不尽なのはわかっている」

「何故そんなことを」

「訓練生」

「お願いです指令、きっと何か方法が……」

「すまない訓練生」


 船長が訓練生に告げる。

「もう我々では君がいる場所まで届かないんだ」

「何故君の信号が届いているかさえわからないんだ」

「そして……」


 あの厳格な男性の声がまた響く。


「君が何故そんな状態でも通信できているのか分からないんだ」


「え…そんな状態って……」


 訓練生は、自分の体を見た。

 ——もはや「人」と呼べるのかわからない存在になった自分を見てしまった。


「は…?何だ…これ……」

 訓練生が見た手は宇宙服を着けていなかった。光の粒子が固まって手の形をしていただけだった。酸素ゲージを示すメーターなんてついていなかった、通信機なんて持っていなかった。ただまばゆい光があるだけだった。


「私たちには、君は人ではなく超高密度で動き続けるエネルギー体…『流れ星』にしか見えない」


 訓練生は思い出した。

 シャトルの爆発の瞬間、自分は確かに死んだ。

 しかし肉体は蒸発し、意識だけが残ったのだ。

 爆発の極限エネルギーによって、量子的な波のような存在に変わってしまったのかもしれない、あるいは、宇宙そのものが彼の意識を新たな形に再構成したのかもしれない。

 それが故に、物理法則を越えて地球の通信を続け、また彼も信号を送れる——そんな不可思議な状態になっていたのだ。

 そして、その状態になっていることを訓練生は気づかないふりをしていた、自分は人間だと、そう思い込んでいた。


「私たちでは君を迎えには行けない、そして流れ星の君が地球にきて、衝突してきたら…地球が終わってしまう」


「地球に戻る方法も、戻す(流れ星を受け止める)方法もないんだ」


「そんな……お願いだ……」


 本当は分かっていた。

 あの酸素メーターを見た時から、地球が全く見えなくなった時から薄々感づいていた。

 地球には帰れないと理解していた。しかし、それでも彼は帰りたかった。ちゃんとした別れもできていなかった。


「すまない……」


「もうすぐ通信が切断される」


 しかし、返ってくる言葉は冷たく、容赦ないものだった。


「……」


 船長は言葉を続ける、船長自身言っていることが無責任だと分かっていても、最後まで言葉を続けた。

「訓練生……君の幸運を祈っている。」

「どこかで安らかにいれることを。」

「君の旅が絶望ではなく発見であることを。」

「君の犠牲と勇気は忘れない。」

「……さようなら、友よ。」


『通信切断』


 今度こそ、本当の意味で地球とのつながりは断たれた。

 通信機は——いや、波長は、静寂だけを返した。


「……」

 視界は変わる。ゴンドラに乗り、白い雪にすべてを覆われた世界を進む。安全バーはない。

 そして再び、あのピンク色の森林に立たされた。黒い大木——オールドダークの元へ、無言で歩いていく。


「やぁ。」

「やぁ……」

 見上げるとオールドダークの銀河を映す葉が、ボイジャー1号の姿を映し出していた。

「その様子だと自分を思い出し、そしてまた迷ってしまったようだな。」

「いいや違う、僕はただ……」


 オールドダークは静かに、深く、優しく言う。

「言ってみなさい」

「ただ辛いんだ」

「分かるとも」

「すべてがあまりにも、理不尽すぎる」


 自分の中で沸き立つ衝動を、訓練生は吐き出す。

「いきなり外に放り出された。」

「自分を人だと思っていたのに人ではなくなっていた。」

「もう故郷には戻れない、故郷を壊す存在になってしまった。」

「これから自分がどうなるかも、分からない。」

「もしすべてが戻せるなら——」

「なぁ」


 オールドダークはそこで訓練生の言葉を——生まれたばかりの流れ星の言葉を止めた。

「『もし』という言葉に悩む限り、目の前に広がる美しさを知ることはできないんだ」

「でもうまく考えられないんだよ」

「分かっていたんだ、宇宙船に乗った時から、いつかこうなるって」


 生まれたばかりの流れ星はそう言い切った後少し落ち着き、また言葉を紡ぐ。

「それでも僕は……やめようとはしなかった」

「なぜやめなかったのだ?」

「……分からない、ただ……宇宙に行きたかったんだと思う」


 それは生まれたばかりの流れ星がこれまでの旅で何度も思い出してきた最初の願い。


「なら、今はどうしたいのだ?」

「……分からない」

「もし、あの日の気持ちに戻れたら……」


 幼い頃初めて目にして『宇宙に行きたい』と思わせてくれた、彼のいる場所に。


「なら何故、此処にいる?」

「宇宙のすべてが、君を待っているぞ!」

「本当にそう思うかい?」

「勿論……だがそれを理解するには、それを受け入れられるようにならねばな」


 オールドダークは、その枝木を揺らして枝に実る星の果実を振り落とし、流れ星に分けた。

「君の中の一部を受け入れるんだ」

「すべてを越えて君を進ませている、君の一部を」

「それが人のあり方だ」

「終わりなき新たな地平への探求」

「より良い場所への探求を」

「たとえすべてが間違っていても、希望を手放してはいけない。」

「いつか良いことが起きるのだからな」

「それはたとえ君が望んでいなくてもやってくる、前に向かっているわけだからな」

「違うかね?」


「……一人でなんか、できっこないよ」

「一人でやる必要はない、訓練生(流れ星)よ」

「宇宙の果てで、君を待つ者がいる」

「ただ一人でここまで旅をした者が」

「何光年も旅をしたものが……」

「誰にも知られることなく宇宙をさすらう者が」


「訓練生!」


 オールドワンの頭上の銀河の葉から、ボイジャー1の声が聞こえた、彼が呼んでいる。

「行く時が来たようだな、旅人よ」

「またいつか疑問を得てここに来るだろうが」

「それでも前に進むことをやめてはいけない」


「…オールドダーク、ありがとう」

 希望を手放さないこと、進み続けることの意味を教えてくれて。


「それを聞けてうれしいよ、旅人よ」

「さぁ行け…孤独な探査機を待たせてはならない!」


 黄色の線路、空に浮かぶボイジャー1号。

 黄金に輝く誰もいない車道、色とりどりの惑星、ブラックホール、浜辺——何度も景色は変わった。

 見たことがある景色も、無い景色も何万回も見た。


 途中でボイジャーのようにレコードを携え、歌い続ける水色のツインテールの女の子を見た。もうそれ以上修理して誤魔化すことができないほど体はあちこちボロボロで、それでも限界まで歌う彼女に声援を送った。彼女は嬉しそうな音を最後に響かせて沈黙してしまった、その歌声を今でも覚えている。彼女の持っていたレコードを受け取った。


 途中で輝く金髪をしていて、どこかボイジャーのような雰囲気を纏った少年がこちらに声をかけてきた。彼はどうやら別の世界の地球に呼ばれいまからそこに行くらしい。別世界とは何か分からないが、彼の旅路が良いものになるように祈った。


 途中で地球に行こうとしている青い髪の少女を見つけた。彼女は音がない世界にいたが途中でボイジャー1がそこに偶然流れ着き、ボイジャー1が残していった手紙を見たそうだ。

『きれいな…星』

 彼女はそう言って僕にその写真を見せ、レコードに記録されたヴァイオリンの曲を演奏してくれた。とてもきれいな美しい旋律だった。


 途中で十二星座を祖としたマシンたちと出会った。彼らは昔地球で人間たちと共に悪と戦い、それが終わった後も宇宙の平和を守るためこうして宇宙を渡り歩いているという。

『人間たちとの思い出は我々の中に生き続けている』と彼らは語った。


 銀色の巨人、手付かずの自由浮遊惑星を探す探査機、最果ての深海に住む魚たち、天翔ける星々の戦士…

 とても多くの色んなもの(ゴールデン・レコード)達がいた。

 それでも訓練生はボイジャー1号の信号を逃すことなく、まっすぐ進み続けた。

 自分が流れ星だと分かって、漂流せずに進むことができることを思い出した。

 もう他の物理法則だけでは動かない、ただあの孤独な探査機のそばに向かう、それだけを思いながら。



 ——

 ————

 ——————

 やがて、二人は手の届く距離まで近づいた。

 周りは今まで見た光景とは似ても似つかなかった、波や直線がバラバラに、されど直線的に走り、光の壁と壁に挟まれているのに感じるが窮屈さは感じないそんな場所だった。



「訓練生!」

「ボイジャー!」

「君はもういないと思っていた、いったいどうやって?」


 ボイジャー1からの嬉しそうな波長を聞き、訓練生は語りかける。

「作戦司令とつながったんだ。」

「ああ、そうか……何があったのかはわかる。大丈夫か?」

「心配しないで。お陰で踏ん切りがついた。僕は自分の存在を知って、自分の道を見つけることができたから。」

「それを聞けて良かった。」


 いつの間にか傍らに星頭の人型が佇んでいた。

「いやはや、これが門出ってやつかね」

「前にも言ったがきっと此処はみんなのための場所なんだ」

「また戻って来いよ」


「この旅は美しかった。そうだろう?」


 ボイジャー1が訓練生にそう語りかける。

「ああ」

「それに気づくのに時間がかかりすぎた」


 隣には土星頭の人型がいた。

「自分の心に従えば、それが正しくなるものさ」

「頑張ってね」


「ここは一体?」

「ここは世界の果てだ」

「宇宙の最後の辺境」

「ここからどうするんだ?」


 横には国旗頭の人型が座っていた。

「物事ってやつは早く動くよな、お前がいつの間にかここまで来るなんてな。

 少なくとも、俺たちはこの世界の果てにいる、オールドダークが俺たちをつなげてくれる、だから行ってこい」


「この果てよりもっと先に行く」

「さあ越えよう」

 ボイジャー1はそう言った。


 中央には黒い大木が立っていた。

「いつか良いことが起こる。たとえ望まずともな」


「…」

「ボイジャー、どうしたんだい?」

「分からない」


 ボイジャー1はふいに目の前の訓練生を見て黙り込んだ。

「皮肉な話だが、君を見て少し懐かしくなってしまったんだ」

「地球を?」

「ああ…」


 孤独だった探査機(ボイジャー1)は、溜めこんだ想いを吐露する。

「我々は瓶詰の手紙じゃないかと思うことがある」

「空にきらめく光がすべて、もう一つの(ボイジャー1)だと」

「皆、終わりなき虚空を永遠に進み続ける」

「文明が託した夢と希望を乗せて…」

「皆、ゴールデン・レコードを運んでいるんだ」

「音楽、絵、子供の踊り…我々が意味を知らぬものさえ入ったレコードを皆が運んでいる」

「誰かがそれを見つけるという可能性に賭けて、すべての愛を込めた」

「遠く遠くの文明のために」

「それが見つかるころ、送った者はもういない」

「だが、それが送らない理由にはならない」

「ただ、いつか誰かが言葉を聞いてくれるというただ一つの願い」

「この広い宇宙で誰かが彼らを覚え続けるという願い」

「そんな希望が、埋められぬ孤独を癒してくれるはずだ」

「そして、きっとそれで充分なのだろう」


 ボイジャー1は改めて訓練生を見た。

「我々は戻る運命になかった」

「我々の置かれた状況のためにではなく」

「我々の本性のために」

「我々のコードに書かれたものだった」

「誰がそのコードを書いたかは、もう気にすることじゃない」

「だがそれでも…少しだけ悲しくならないか?」

「数億年もの間、誰かの希望を運んで、誰とも道を交えず、彷徨い続ける」

「勿論選ぶ余地はなかった」

「たとえそれが、楽しいことだったとしても」

「感じるか?あの衝動を?」 

「我々を前に動かす、あの何かを」

「我々を押し上げ山を登らせ、未知への船に飛び乗らせる」


『それが情熱だ』


「そして君は帰ること無き宇宙船へ乗ることとなった」

「次に何が起こるか、その呼びかけに答えるために」


『それは希望だ』


「だからこそ、我々は出会えたんだろう」


 人と出会えた探査機はそこで一区切りをつけ、訓練生に話す。

「君がいてよかった、訓練生」

「君がいてよかった、ボイジャー1」


 人でなくなり、自由の星となった訓練生は言う。

「まさか世界の果てまでたどり着くとは思っていなかったよ」

「私もだ」


 ボイジャー1は続ける。

「そして今、果てを越えて旅立つことを一人で為したくなかったのだと、気づくことができた…ありがとう」

「礼は要らないよ、ボイジャー」


 訓練生は答える。

「君がこの旅の美しさに気づかせてくれたんだ」


 ボイジャー1も続けて答える

「この気持ちを遂に分かち合えたことをうれしく思う」

「そして、君がそれを知ってくれたことにも」

「我々が友でよかった、訓練生」

「ああ、僕もだ」

「そろそろだな、ボイジャー」

「私もそう思っていた、旅人よ」

「私は向こう側で何があっても、先に進み続ける」

「僕もだ、友よ」

「先に何があるかを探し続ける」

「共に成し遂げよう、さあ行こう」

 訓練生の手には存在しないはずの通信機が握られていた。


「ここまで私たちをつないできた|彼ら地球にお別れを言おう」

「…そうだね、なんてお別れを言う?」


「そうだな、こう言おう」


『Control,I’m Not Coming Back』




 …


 ……


 …………


 君は石であり、人であり、流れ星であり、訓練生であり、旅人だ。


 ボイジャーは名も知らぬ知的生命体に向けたメッセージを乗せた無人探査機だった。


 でも手紙を届けるのは無人探査機だけの仕事じゃない。


 ボトルや鳥、テープやメール、歌、レコード、そして人。


 この宇宙には見つかっていないボイジャーたちが無数にいる。


 それらは届くかわからない、宛先もない手紙たちだ。


 何処か深く沈んでいるかもしれない

 流れ着いても見つけられず壊れてぼろぼろになっているかもしれない

 何かに運悪くぶつかって落ちているかもしれない

 迷惑だと思われてごみになっているかもしれない

 ブラックホールに飲まれてバラバラになっているかもしれない

 繰り返し治してとうとう誰にも会えず壊れたかもしれない

 仮に届いたとしても、それは一方的な挨拶だろう。

 送った相手が届く時、その相手はもういないだろう。

 送った手紙が届いた時、そこに送った相手の星は消えているかもしれない。


 それでも、その手紙が誰かに読まれ、ここに我々の惑星があった証明になったのなら


 きっと素晴らしいことだ。


『やあ、こんにちは、ここは私たちの惑星、かつて文明があった場所なんだ。今はまだ宇宙にメッセージボトルを投げることしかできないけど、頑張って生きているよ』



それが全て。あなたたちがこの世界で知り、知っておかなければならない世界のすべてだ。


——ジョン・キーツ『ギリシャの壺に寄せるオード』



後書き

ここまで読んでいただきありがとうございます。

描写については元のゲームや翻訳文と違いがあります。

訓練生にこんな過去があったかどうかはわかりません。船長は年老いていることや、訓練生は人ではなくなっているということ、オールドダークが止まり木であるということも描かれてはいません、私の独自解釈となります。

訓練生はもしかしたら最初から人ではなく打ち上げ中に事故が起きてしまった探査機かもしれませんし、あるいゲーム本編自体宇宙に放り出されて死ぬ寸前の主人公が最後に見た走馬灯かもしれません。

ゲームもそこは曖昧にしています、人によって色んな解釈があると思います。

間違った解釈かもしれませんがどうかご容赦いただけると幸いです。


最後に、もしこのお話を読んで元のゲームを見たい、翻訳を見たいと感じましたらあとがきのリンクから是非御視聴・体験していってください。


それではここまでのご愛読ありがとうございました。

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