星を灯す少女
夜空から星が落ちてくる。
それだけ聞けば、きっと誰もが美しい光景を思い浮かべるのだと思います。
けれど、この物語に落ちてくる星は、人の願いを叶えるものでも、ロマンを運ぶものでもありません。
冷たく、重く、触れた命を奪っていくもの。
そんな“恐れられるもの”に、そっと手を伸ばす少女がいた…。
ここは夜空から、星が落ちてくる世界だった。
ただしそれは、誰もが願うような美しいものではない。
歩血てきた星は、冷たく重い。
触れた者の“命”を奪う。
だから人々は、星を恐れていた。
ただ一人を除いては…。
「また…落ちてる…」
少女は、夜の暗い丘に立っていた。
名前は、リラ。
村の外れに一人で暮らす、変わり者だ。
星が落ちるたびに、村の者は怯えて家に閉じこもる。
だが、リラは違った。
落ちてきた星のもとへ、誰よりも早く向かう。
そして、ソッと触れる。
「大丈夫よ」
優しく、そう声をかける。
まるでそれが、生きている相手かのように。
そして、翌日。
落ちたはずの星は、消えている。
代わりに丘の草が、ほんの少しだけ青く光っている。
「全く…気味の悪い子だよ」
「星に触れたら死ぬはずなのに」
「どうしてあの子は平気なんだ」
村人は、口々に噂話をする。
誰も気味悪がって近づかない。
誰も気味悪がって関わらない。
それでもリラは、気にしなかった。
夜になれば、丘へ向かう。
いつものこと。
ただそれだけだった。
ある日、村に一人の少年が来た。
名前はレイ。
旅人だった。
「なぁ、あの丘の子…星に触ってたよな?」
宿屋の主人が眉をひそめる。
「近づかない方がいいよ」
「なんで?」
「…そのうち分かるさ」
宿屋の主人の曖昧な答えに、レイは興味を持った。
その夜、レイは丘へ向かった。
月明りの下、リラが居た。
ちょうど、空から星が落ちてきた。
音もなく、静かに星は地面に突き刺さった。
冷気が広がり、空気が歪む。
普通なら、近づくだけでも命が削れる。
だが、リラは星に向かって歩いて行く。
迷いなく。
「触るな!!」
レイは思わず叫んだ。
リラは、ゆっくり声のした方へ振り返る。
少し驚いたような顔で、レイを見た。
「大丈夫だよ」
そう言って、手を伸ばす。
触れた瞬間に、星がわずかに光る。
星はゆらっと、温かく揺れる。
レイは、驚いたように目を見開いた。
「なんで…平気なんだよ」
リラは少し考えて首をかしげた。
「分からない。でも…この子たち…苦しそうだから」
「この子たち?」
「うん」
リラは愛おしそうに、優しく星を見つめる。
「落ちてくるとき、泣いてるの」
レイは、リラの言葉に何も言えなかった。
その日からレイは毎晩、丘に通うようになった。
最初は興味だった。
次第に、それは別のものになる。
リラは、よく笑った。
静かに、柔らかく。
星に触れる時も、星が消えていくときも同じ顔だった。
「怖くないのか?」
ある夜、レイは聞いた。
「怖いよ」
「…じゃあなんで?」
「放っておけないじゃない」
それだけだった。
やがてレイは気づく。
リラの体が、少しずつ透けている。
最初は気のせいかと思った。
だが、違う。
確実に透けている。
「おい…」
レイはリラの腕を、少し乱暴に掴んだ。
「やめろ」
リラは少し驚いた表情をレイに向ける。
「え」
「それ、代償だろ?」
リラは少し黙り、目を逸らした。
「やっぱり…」
レイの声が低くなる。
「なんで言わなかったんだよ?」
「言ったら止めるでしょう?」
「当たり前だ!」
レイの声が荒くなる。
「でもね…」
リラは、困ったように笑う。
「この子たちを、誰も助けない」
「……」
「だったら、私がやらないと…」
その言葉は、あまりにも真っ直ぐだった。
レイは、何も言えなくなる。
代わりにその夜から、リラの隣に立つようになった。
星が落ちるたびに、見守る。
何も出来ないまま、ただ見ている。
それがどれほど苦しいかを知りながら…。
ある夜、ひときわ大きな星が落ちてきた。
空気が裂けて、地面が震える。
近付くだけで、息が詰まる。
「これは…」
レイの声が震える。
リラは、迷わなかった。
星に向かって歩き出す。
「やめろ!!」
レイが叫ぶ。
リラは振り返らない。
「これは無理だ!」
「うん…」
小さく頷く。
「でも…」
足を止めなかった。
「一人じゃないから」
その言葉に、レイの足が止まる。
星の前に立つリラの体は、もう半分ほど透けていた。
手を伸ばす。
その瞬間、レイが後ろから抱きしめていた。
「やめろ…」
声が震えている。
「お前が消えるの、見たくない」
リラの動きが止まる。
初めてリラは迷った。
「でも…」
「いいから」
レイはリラを強く抱きしめる。
「代わりに俺がやる」
リラが目を見開いて驚く。
「だめ」
即答だった。
「なんでだよ!?」
「あなたは…生きて」
その言葉が、レイの胸を打つ。
しばらくの沈黙が流れる。
「お願い…」
やがてリラが、そっと言う。
「でも…」
「見てて」
レイの腕が、少しだけ緩んだ。
リラは、ゆっくりと振り返る。
そして、優しく微笑む。
「大丈夫」
そのリラの言葉は、嘘だと分かる。
それでも、レイは離してしまった。
リラが星に触れる。
星が強い光を放つ。
冷気が弾け、世界が歪む。
「リラ!!」
レイが腹の底から叫ぶ。
光の中、リラの姿が砂のように崩れていく。
「ありがとう」
それでも、リラは笑っていた。
「来てくれて…」
その言葉を最後に、リラは消えた。
翌朝。
丘には何も無かった。
ただ一面に広がる草が、淡く光っていた。
まるで星空に居るみたいに感じる。
レイは、そこに立っていた。
何時間も、動かず。
やがて膝をつく。
「なんでだよ…」
拳を握るレイの手は、震えている。
「一人で…全部やるなよ…」
声が、かすれる。
リラからの返事はない…。
その時…足元の光が、ふわりと揺れた。
レイは顔を上げる。
風が緩やかに流れる。
まるで誰かが、そこに居るように感じる。
「リラ…」
レイは呼ぶが、答えは返ってこない。
でも、どこか温かかった。
その日から星は、落ちなくなった。
そして、夜になると丘の草が静かに光る。
『あれは奇跡だ』と、人々が言う。
だが、レイは知っている。
「違う…」
あれは一人の少女が、命と引き換えに灯した光だ。
レイは丘に立つ。
夜空を見上げる。
「なぁ…」
小さく空に向かって呟いた。
「ちゃんと見てるか?」
風が吹く。
光が揺れる。
「今度は、俺がやる…」
レイは、ゆっくりと歩き出す。
丘の中心へ。
光の中へ。
その背中を、誰かが見ているような気がした。
優しく、だけど少しだけ寂しそうだ。
そして、どこか嬉しそうに…。
END
ここまで読んでくださって、ありがとうございました!
この物語は、最初に「星が落ちてくる世界」というイメージから始まりました。
けれど、それは綺麗なだけの幻想ではなく、誰かの苦しみや痛みが降ってくるような世界にしたいと思って書きました。




