つむぎのカレー
「ーお母さん、今日はあたしが料理を作る!!」
12歳の木村つむぎは、母親の木村翔子に宣言した。今は日曜日の朝。まだ早い時間帯なのだが、もうエプロンを着用している。
「え? つーちゃんが作るの?」
洗濯物を干す手を止め、翔子が驚いたように言う。彼女は30代で、優しくて綺麗な人だった。
「うん!! あたしに任せて!!」
とん、と胸を叩き、つむぎは自慢そうに言う。
「どうしたの、急に?」
「別に。作ってみたくなったの。…駄目かな?」
「いいけど…楽しみだな。お母さんも見ていい?」
「うん!! もちろん!!」
つむぎは手招きすると、翔子は洗濯物干しを中断し、彼女について行く。キッチンはガスコンロであり、冷蔵庫からもう材料は出したようだった。
「何を作るの?」
「あのね…えへへ。カレー」
「カレー!? まあ、美味しそう!!」
翔子が手を合わせ、嬉しそうにすると、つむぎがにこりと笑った。
「でもね、お母さんの作り方と違うの。それでもいい?」
「いいわよ。何、カレー?」
「ヘルシーカレー」
「ヘルシー? 興味あるなあ」
翔子のうきうきした言葉に、つむぎはVサインをする。
「まずは材料を切って…」
つむぎは子ども用の包丁を持ち、まな板に向かう。
「人参は皮をむかずに使って…」
「え? つーちゃん、皮をむかないの?」
「あのね、学校の先生が教えてくれたの。別に切らなくていいって。皮に栄養があるからって」
「そうなの? お母さん、初めて聞いたわ」
「じゃあ、あたしはお母さんにいいことをしたことになるね」
嬉しそうに言い、人参を切っていく。翔子は手を切らないかと心配そうに見ていたが、大丈夫そうだった。綺麗にいちょう切りにし、ボウルへ入れておく。
「次は玉ねぎ。これをスライスして…」
目がしみたが、我慢して切ると、人参と同じボウルに入れておく。
「あとは解凍したコーン」
冷凍庫から出しておいたので、解凍していた。つむぎのうちでは、夏に冷凍保存しておくのだった。
「それからじゃがいも。これは皮を切って…」
「手を切らないようにね」
「うん!! 大丈夫!!」
ちょっと皮が厚く切れたが、何とかじゃがいもを切っていく。
「これでどうするの?」
「あのね…お母さんは炒めるでしょう?」
「うん、そうね。普通は炒めるわね」
「そうじゃなくて、全部入れてゆでるの」
「え!! ゆでるの? …でも、それもありか」
翔子が指をパチンと弾いた。ヘルシーカレー、なるほど、炒める油を使うとその分、カロリーが高くなるが、つむぎは使わないと言う。
「えへへ。楽しみでしょう?」
「うん!!」
「じゃあ鍋に材料を入れて…」
全部入れると、カレーのルーの箱に書いてある水の分量でひたす。火を点けると、つむぎは沸騰しやすいように、鍋に蓋をする。
「つーちゃん、お肉は?」
「あ、そうだ。お肉!!」
用意してあった豚の小間切れを鍋に入れ、再び蓋をする。待つこと5分くらいか、沸騰してきたので、蓋を開ける。
「あくを取らないと!!」
ボウルに水を張り、お玉で茶色いあくをとる。あまり水を取ると、カレーが濃くなってしまうので、ほどほどにしておく。
「これで野菜が柔らかくなったら、終わり。あたし1人でもできるでしょう?」
「そうね。楽しみだわ」
翔子は言うと、外を指す。
「洗濯物、干してきてもいい?」
「いいよ!! あたしが見てるもん」
「じゃあー」
翔子が一旦、その場から姿を消す。つむぎはそれを見送り、鍋に再び目を戻す。
「そうだ!! 目玉焼き!!」
フライパンをガスコンロに置くと、オリーブオイルをひき、カレーのトッピングにするつもりだった。
「半熟がいいわよね」
腰に手を当て、母親になった気分で言う。そろそろいいかなと思い、竹ぐしでカレーの野菜を刺してみる。
「ちょっとまだ固いな。…あ、目玉焼き!!」
フライパンの蓋を開き、中を覗くといい焼き具合だった。ガスの火を消し、置いておくと、翔子が戻ってくる。
「あ、お母さん!!」
「つーちゃん、何? 目玉焼きも作ったの?」
「うん!! そのほうがお腹いっぱいになるし!!」
「そう。…美味しくなれ、美味しくなれ」
翔子がカレーの鍋に向かって、おまじないをしてくれた。つむぎも真似し、竹ぐしをまた使ってみる。どうやら今度は柔らかくなっているようだった。
「…えっと、弱火にして…」
カレールーを人数分入れると、弱火でことこと煮ていく。スパイスの香りが部屋に広まっていく。
「あ! そうだ、隠し味!!」
「隠し味? 何を使うの?」
「あのね…えへへ」
冷凍庫に向かうと、ケチャップを取り出す。
「少しだけ入れるといいって、友達から教わったの」
「そうなの? いい友達ね。仲良くしなさい」
「はーい!!」
ケチャップを大さじ1から2入れ、ぐつぐつと沸騰したところで味見する。
「どう?」
「美味しい!! お母さん、食べるのが楽しみだよ!!」
「そうね。美味しそう」
「もってみるね」
つむぎはそう言うと、皿を取り出し、カレーをもっていく。最後に目玉焼きを乗せ、完成である。
「ーできた!! できたよ、お母さん!!」
「おめでとう!! 食べるのが楽しみ!!」
「今、食べる? それとも少し経ってから…」
「今、食べましょうよ。朝ご飯、まだだし。お父さん!!」
「あたしが呼んでくる。お父さん!! お父さん!! カレーを作ったよ!!」
つむぎは大声を発し、部屋にいる父親の涼を呼びに行ったのだった。




