4束目
「お姉ちゃん、見て! 今日、市場でこの『パスタ』っていうガーベラが安かったの。花びらがくるくるしてて、パスタの麺みたいで可愛くない?」
二葉が朝一番に並べたのは、鮮やかなオレンジ色のガーベラだった。一花はレジの引き出しを整理しながら、鋭い目でバケツを覗き込む。
「安いって言っても、ガーベラは水が下がりやすいんだから、早めに売り切らなきゃダメよ。しかも、今日の予報は雨。客足が鈍るんだから、セット販売にして回転率上げなさい。……ほら、計算機叩いたら、利益出るギリギリのラインはここよ」
開店と同時に降り出した雨は、お昼過ぎにはしっとりと街を濡らしていた。一花の予言通り、客足はまばら。「今日の売上……このままだと電気代にもならないわ」とため息をついたとき、ドアベルが小さく鳴った。
入ってきたのは、合羽を着た小学校低学年くらいの男の子だった。手には、泥はねした千円札を一枚握りしめている。
「あの…お母さんの、おたんじょう日なんです。お花、ください」
二葉はしゃがみ込んで、男の子の目線に合わせた。
「お誕生日! おめでとう。お母さん、何色が好きなのかな?」
「わかんない。でも、元気なのがいい」
一花は裏で「千円か……。一番安いカーネーションとカスミソウで組めば、粗利は出るわね」と瞬時に計算したが、二葉は迷わずあの『パスタ・ガーベラ』を手に取った。
「じゃあ、この『パスタ』にしよう。お母さんがこれを見て、パスタ食べたいねってお腹が空いちゃうくらい、元気なオレンジ色だよ」
二葉は、千円とは思えないほどふんわりと、でも丈夫なワックスペーパーで花束を包む。男の子は「ありがとう!」と、宝物のように花を抱えて雨の中へ駆けていった。
夕方、雨が上がる頃にやってきたのは、疲れた顔をした若い女性の会社員だった。 「……すみません、自宅用に。三本くらいで、適当に選んでもらえますか? なんだか、仕事で失敗しちゃって……部屋に色がないと、寂しくて」
一花は、彼女の顔色を見て、そっと二葉に目配せした。二葉は頷き、今度は淡いピンクのガーベラと、香りのいいユーカリを一枝選んだ。
「お疲れ様です。この子は、明日になればもっと大きく開きます。あなたが寝ている間に、お部屋を明るくしてくれますよ」
女性は、たった数百円の花を丁寧に包んでもらい、少しだけ背筋を伸ばして店を出て行った。
閉店時間。一花はレジを締め、今日の集計を出す。
「……はぁ。やっぱり、雨の日は厳しいわね。あのおつかいの男の子、あんなにサービスしちゃうから、ラッピング代を引いたらほとんど利益ゼロじゃない」
二葉はカウンターを拭きながら、小さく笑った。
「でも、お姉ちゃん。その後のお姉さんの時、お姉ちゃんがこっそり『ユーカリはサービスしてあげて』って、メモで指示したでしょ?」
「それは......まあ、在庫処分よ! 鮮度が落ちる前に出した方が、トータルでは節約になるんだから!」
一花は顔を赤くして、無理やり計算機をパチンと叩いた。
「……今日の報告。売上は目標の八割。でも、あの後の主婦層がガーベラをまとめて買ってくれたおかげで、なんとかトントン……ううん、500円だけ黒字よ。ギリギリの勝利ね!」
一花はエプロンを脱ぎ、雨上がりの冷たい空気を吸い込んだ。
「さあ、二葉。五〇〇円の黒字よ。贅沢はできないけれど……、今日はあのガーベラに敬意を表しましょう」
「えっ、もしかしてパスタ?」
「正解。スーパーで特売の乾麺を買って、家にある玉ねぎとベーコンでナポリタンよ! でも、黒字分で、粉チーズを『一番いいやつ』にするわ。これでもか! ってくらい振りかけてやるんだから!」
「やった! 追いチーズだ!」
「今日の夕飯、何にする?なんて、今日は迷う必要なかったわね。パスタを見て、パスタを食べる。これが一番の幸せよ」
飾らないいつもの夕飯。でも、粉チーズが少しだけリッチな、姉妹の夜が始まった。




