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2束目

「ちょっと二葉! そのスカビオサ、水揚げが甘いわよ。あとで私がやり直すから置いときなさい」

 一花が厳しい声を飛ばす。今日は朝から大口の注文が重なり、店内は戦場のようなピリついた空気が流れていた。

 そこへ、一人の男性が飛び込んできた。顔は真っ青、ネクタイは曲がり、手には今にも壊れそうな高級ブランドの紙袋。

「すみません……! 助けてください、あと三十分で取引先の社長令嬢の結婚披露宴なんです!」

 二葉が「まあ、おめでとうございます!」とのんきに返すが、男性は泣き出しそうな顔で首を振った。

「おめでたくないんです! 用意していた特注の花束を、タクシーの中に忘れてきちゃって……! 今から作り直してもらう時間もないし、でも手ぶらで行ったら僕の首が飛びます!」

 二葉が「じゃあ、私が心を込めて、今のインスピレーションで……」と動き出そうとしたが、一花がその肩をガシッと掴んで制止した。

「二葉、どきなさい。……お客様、披露宴の会場はどこですか? その方のドレスの色、または会場の雰囲気は?」

 一花の声は、驚くほど冷静で事務的だった。

「え、ええと、グランドホテルの『金鶏の間』です。ドレスは確か、淡いシャンパンゴールドだと……」

 一花は即座に頭の中のデータベースを検索した。

「金鶏の間は照明が暖色系で、壁紙が重厚です。シャンパンゴールドのドレスなら、二葉が選ぶようなパステルカラーでは色が飛んでしまいます」

 彼女は迷わず、冷蔵庫から真紅のバラ『サムライ』と、深く艶のあるドラセナの葉、そしてアクセントにゴールドの着色を施したユーカリを掴み取った。

「二葉、ラッピングはボルドーのサテンリボン。三本重ねて、一番太い結び目で。……急いで!」

 一花の手つきは、もはや職人のそれだった。一切の無駄なく、数分で驚くほど立派で、かつ「格式高い会場」に負けないほど重厚に組み上げられた花束を眺め、男性は呆然と呟いた。

「……すごい。さっきの忘れた花束より、ずっと高級に見える……」

「当然です。プロの現場には、感性よりも『正解』が必要な時があるんです。五千円……と言いたいところですが、特急料金込みで八千円。領収書は切りますか?」

「払います! 八千円なんて安すぎます!」

 男性は一万円札を叩きつけるように置き、「お釣りは取っておいてください!」と叫んで嵐のように去っていった。

「……お姉ちゃん、かっこいい。今の、完全に『プロ』だったね」と尊敬の眼差しを送る。

 一花はふぅと息を吐き、乱れた髪を直した。

「……ふん。二千円のチップ、しっかり回収したわよ。あの構成なら、原価を抑えつつ『一万円以上』に見せられる計算だったからね。商売はこうでなくっちゃ」

 二葉は、レジを打つ一花の少しだけ誇らしげな横顔を見て、ニヤリと笑った。

「さあ、あと1時間で閉店よ! 今日は一花店長の『正解』のおかげで大黒字ね。……ねえ、店長。今夜のリクエスト、いい?」

 一花は勝ち誇った顔で頷いた。

「いいわよ。今日は私の腕で稼いだんだから、何でも言いなさい!」

「やった! じゃあ、あのお客さんのネクタイみたいに、長ーいロングパスタの本格カルボナーラがいいな! 奮発して、一番高いブロックのベーコンと、パルミジャーノ・レッジャーノを山盛りかけて!」

「カルボナーラね……。いいわよ。私も今日は、ガツンと濃厚なものが食べたかったの。その代わり、チーズは私が『正解』の分量で削るから、二葉は口出し禁止!」

「あはは、わかったよ! プロにお任せするね!」

 姉妹は、完璧な仕事の余韻と、濃厚なチーズの香りを想像しながら、いつになく足取り軽く、夕闇の街へと繰り出した。

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