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1束目

 二人の店『フロラィ・フラティノイ』の朝は、一花いちかの鋭い声から始まる。

二葉ふたば! また冷蔵庫の設定温度、1度下げたでしょ。電気代の無駄だって言ってるじゃない」

「だってお姉ちゃん、今日のラナンキュラスは少し暑そうにしてたんだもん。機嫌を損ねて萎れちゃったら、そっちの方が損でしょ?」

 姉の一花は、かつて大手生花店で店長を務めていた経歴を持つ「経営の鬼」。対する妹の二葉は、独学で花の色彩を学んだ「感性の人」。この二人が揃うと、店内のバケツは常に「利益」と「美学」の戦場になる。

 そんな二人の店に、一人の常連客がやってきた。近くの大学で教壇に立っているという、少し風変わりな女性教授の阿久津あくつさんだ。

「一花さん、二葉さん。今日は少し、厄介な注文をしてもいいかしら?」

 阿久津さんは、使い古された革の鞄から一冊の古びた洋書を取り出した。

「今度の講義で、この古典作品を扱うの。劇中に登場する姫が抱えていたという『正気を失うほど美しい毒』を、花で表現してほしいのよ。予算は……これくらいで」

 提示された金額は、決して安くはないが、要求される難易度は高い。一花はすぐに頭の中で在庫を計算し、効率的な構成を考え始めた。

「承知しました。紫のトルコキキョウをベースに、黒いカラーを添えて、影を演出しましょう。それなら30分で仕上がります」

 しかし、二葉が横から身を乗り出した。

「ダメだよお姉ちゃん。そんな『まとまった色』じゃ、お姫様の狂気は伝わらない。……阿久津さん、私に任せて。あえて、バラバラな季節の花を混ぜるわ。それが彼女の壊れた心の色だから」

 二葉は店を飛び出し、裏庭に自生しているドクダミの白い花を摘んできた。さらに、売り物にならないほど首の曲がったアネモネや、とげだらけのノイバラを無造作に束ねていく。一花はハラハラしながらそれを見ていた。

「二葉、そんな雑多な束じゃ、商品として成り立たないわよ!」

「いいの。美しすぎるものは、時に人を不安にさせるんだから」

 出来上がったのは、洗練された「花束」とは程遠い、けれどどこか目が離せない、毒々しくも儚い「塊」だった。阿久津さんはそれを見た瞬間、眼鏡の奥の目を大きく見開いた。

「……素晴らしいわ。整っていないことが、これほどまでに雄弁だなんて。ありがとう、二葉さん」

 阿久津さんが満足げに、提示額以上の金額を置いて帰ったあと、一花は深いため息をついた。

「……負けたわね。あんな原価の安いドクダミを混ぜて、これだけの価値を生むなんて。経営的には100点満点よ」

「えっ、お姉ちゃん、そっちの評価!? 私は表現の話をしてるのに!」

 二葉が頬を膨らませると、一花は少しだけ笑って、レジの引き出しを閉めた。

「でもね二葉。あんな危うい花、明日からは売らせないわよ。うちはあくまで、街の平和なお花屋さんなんだから」

「あはは、わかってるよ。明日は、世界で一番『普通で幸せな』ガーベラを売ろうね」

 姉妹の性格は正反対。でも、一花が守る「現実」と、二葉が追う「夢」が重なった時、この店にはどの店にもない、不思議な色が灯るのだった。

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