第六幕:クソッタレな名前
文字も書けたし、読めるように慣れた頃だ。
蜘蛛がオレを呼んでいると執事から言われた。
オレはどこに行けばいいか、執事に聞いた。
執事は何も言わずに、オレについてくるように手で示した。
オレも何も言わずについて行った。
もしかしたら、オレは消されるかもしれないーーそういう不安を感じさせた。
もう真夜中だし、蜘蛛はオレに奉仕させたことがないからだ。
質問せずに黙々と歩いた。
もちろん、びっこをひいてだ。
壊れた足はいう事を聞かない。
それでも、不都合を相手に感じさせない。哀れみなんか起こさせない。
初めて来た時の、あの居間に呼ばれた。
蜘蛛は安楽椅子に深く腰掛けていた。
長い指は相変わらずあやとりをしてた。
「君に名前をやろうと思ってねーー」と彼はオレの方を向かずに言った。
「名前?」
その時になって、オレは自分が名前なんて持たなかった事に気づいた。
愛された記憶なんて一切ない。
そして名前さえも、なかった。
ーーオレは不都合なんてない。
ーー誰も聞かないんだ。
ーー必要はない。
でも名前をくれる、その響きは誇らしく思えた。
「ヨナにしよう。聖書の名だ。
君、知っているかーー」と蜘蛛はニヤニヤした。
「知らないーー。読めと言われたら読みますーー」と話しながら、言葉を改めた。
「別に読まなくてもいいーー教養としては読むべきだがねーーヨナは神の命令を逆らった。そして、君も逆らった。あのクソッタレだーー覚えているね? ヨナーークソッタレだーー」
オレは唾を飲み込んだ。
彼の次の言葉を待った。
しばらくの沈黙が続いた。
蜘蛛は指の動きを止めて、安楽椅子から立ち上がった。
長い腕、長い足、さらに白さを増した肌、突き出た額、尖った鼻、そして白髪が揺れた。
ーー前に見た時よりも、人間からかけ離れていた。
蜘蛛は前みたいに、オレの前に近寄ってきた。身体がこわばる。こわばるんだ。止められない。
オレの視線は彼に向けられて、蜘蛛の目もオレを見ていた。あの落ち窪んだ目で。
彼はオレの肩をゆっくりと長い指で掴んだ。
「君の今の神は私だーーふふふ、もはや逆らうことは許されないーーヨナ。いい名前だろーー」
オレはこんな時、クソッタレから教わった言葉を使う事にしている。
「旦那さま、あなた様はーー神さまですーーどうかお気に召すままーー」
(こうして、第六幕はヨナの名で幕を閉じる。)




