第1話「光の降った日」
――この世界は、光によって壊れた。
ある日、空から降り注いだ“光”が人々に異能を与え、
それは奇跡と呼ばれた。
だが、その裏で、何かが確実に“狂い始めていた”。
異能が力となり、信仰となり、支配の道具となる時代。
「灰街」と呼ばれるこの都市で、ひとりの“無能”が立ち上がる。
――これは、人が神に抗う物語。
『イノウゼロ』
―異能社会で能力が使えない俺が変身ヒーローやっちゃダメですか?―
暁
――人は、あの日を“奇跡”と呼んだ。
空を覆う光が降り注ぎ、
世界は一夜で変わった。
それは祝福か、呪いか。
誰もそんなこと、気にしなかった。
光が過ぎたあと、人々は“異能”を得た。
炎を操る者、重力を歪める者、
街を包むのは、もはや奇跡じゃなく、日常。
異能は社会の血管になり、
政府も企業も、人間関係さえも、それなしでは動かない。
……でも俺には、何もなかった。
光も、力も、希望も。
ただ、世界が変わっていくのを
黙って見ていただけだ。
スマホのアラームが鳴る。寝癖のまま、毛布の中で手を伸ばす男・暁
暁「……うわ、やべ……」
スマホの画面:着信:佐々木課長(配送センター)
(通話ボタンを押す)
暁「もしもし……」
佐々木(怒鳴り声)「おい暁! この時間まで寝てんのか!? 今日のルートもう出発してるぞ!」
暁「す、すみません!今すぐ行きます!」
佐々木「言い訳はいい!走れ!!」
(通話終了音「ピッ」)
【シーン:灰街・配送センター前】
(自転車で滑り込む暁。空にはホバーバイクで飛ぶ配達員たち。)
暁
「異能は社会の血管。
物流も、医療も、愛さえも……全部“能力値”で動いてる。
炎を出せるやつは調理班。
磁力を操るやつは積み込み班。
風を操るやつは配達班。
……で、俺は脚力班。」
同僚A(風系)「おっそ! まだ足で漕いでんの?時代逆行かよ!」
同僚B(念動系)「ねぇねぇ、“浮遊等級F”ってウワサ本当?」
同僚C(スキャン端末を向けて)「異能登録……“未発現”か。マジで白紙の人間だ。」
佐々木「早速仕事だが、6丁目だ。5分以内に届けろ、それがうちの会社のルールだ。」
暁「5分以内…!?」
暁
【″遅い”って言葉は、この街じゃ“無能”と同じ意味だ。】
【配達先・六丁目】
(空中バルコニーで待つ女性客)
暁「すみません…お待たせ致しました。」
(息を切らし)
客「遅いわねぇ。空とか飛べないの? この時代に。」
暁「申し訳ありません……こちら、氷パック増量で――」
客「そういう問題じゃないの。“異能ない人”に頼むのが間違いだったわ。」
暁
「努力すれば届く?
……翼を持たない人間に言う言葉じゃないよな。」
⸻
【配送センター・バックヤード】
佐々木課長「暁、話がある。……クビだ。」
暁「……は?」
佐々木「保険料が高い。事故率も高い。
“非能力者”を雇う余裕は、もうどこにもない。」
暁「でも、俺は……」
佐々木「“何もできないお前”を守る理由はない。」
(制服のタグが外され、金属音が床に響く。)
暁
「“合理”って言葉は、だいたい誰かの痛みに乗ってる。」
暁「またクビか…仕事探すしかないな。」
(夜。雨上がりの路地。ネオン看板がじんわり光る。「炙り屋・焔」と書かれた古びた暖簾。)
暁が傘を閉じ、軽く息を吐いて入店する。カラン、と鈴の音。
店主・炎堂:「お、暁。今日もお疲れさん。
顔、死んでるぞ。クビになったって顔だな?」
暁:「……なんでわかるんですか。」
炎堂:「そりゃ火を吹くより簡単さ。」
(カウンター奥、炎堂が口から炎を吐き出す。火の粉が串を包み、焼き鳥がジューッと音を立てる。)
暁
「この店のマスターは“火吐き(ファイアブレス)”の異能持ち。
でもここの焼き鳥は、この街で一番うまい。」
炎堂:「世の中、異能が無いと生きづらいってのはわかるがな。
……無いからこそ、味が出ることもある。焼き鳥も、人間もな。」
暁:「……フォローになってないですよ。」
(炎堂が笑って皿を出す。)
炎堂:「今日は奢りだ。就職祝いの逆だな。」
暁
「“無能”でも受け入れてくれる場所が、ここだけだった。
だから俺は、この店に来ると少しだけ息ができた。」
(テレビのニュースが流れる。灰街で発生した“異能暴走体”の報道。)
ニュース音声:「――灰街第七区で異能暴走が確認されました。現在、異能庁が対応中――」
(暁が手を止める。炎堂が火を吹くのをやめ、目を細める。)
炎堂:「……また、か。最近多いな。」
暁:「異能庁が何してるんですかね。
“進化”とか言って、こればっかりだ。」
炎堂:「お前も気をつけろよ。無能ってだけで、今の時代じゃそれも異端だからな。」
暁
「“普通”が一番危険な時代。
それでも俺は――変わりたくなかった。」
(暁が立ち上がる。グラスに残った氷がカランと鳴る。)
━━
(狭い階段を上り、古びたドアの前でキーを差し込む。
部屋の明かりが漏れている。)
暁
「この街で“家族”って言葉がまだ残ってるのは、奇跡かもしれない。」
(ガチャ。ドアを開けると、妹・**結菜**が腕を組んで立っている。)
結菜:「遅い、バカ兄貴。」
暁:「……なんだよ、その開口一番。」
結菜:「“おかえり”の前に、言うことあるでしょ?
まさか今日も“仕事が楽しかった”とか言う気?」
(暁が黙る。結菜がため息をついて、ソファにドサッと座る。)
結菜:「課長の佐々木さんに、今日会ったよ。買い物帰り。」
暁:「……お前、また余計なことを……」
結菜:「“いい人だった”よ。
ただ、**“お兄さんにはもう頼めない”**って言ってたけどね。」
(暁、苦笑しながらカバンを置く。)
暁:「……言い方がキツいな。」
結菜:「本当のことを言ってるだけ。
だって、異能が無い兄貴が“配送”やってるって、こっちがハラハラするもん。」
(暁がキッチンに向かい、水を飲む。
結菜がその背中を見ながら、声を落とす。)
結菜:「……でもさ、がんばってるの、知ってるから。」
暁:「お前な……そういうの、最後に言え。」
(結菜、照れ隠しで枕を投げる。命中。)
結菜:「バーカ兄貴!」
(暁が笑って枕を投げ返す。軽く当たって二人とも笑う。
一瞬、家の中にだけ穏やかな空気。)
暁
「異能なんてなくても、
この小さな部屋だけは、“普通”でいられる気がした。」
(テレビがつけっぱなし。報道が続いている。)
ニュース音声:「――灰街第七区、未確認の異能反応を観測――」
(画面がチラつく。結菜が振り向く。)
結菜:「また異能暴走? 最近多すぎじゃない?」
暁:「……ああ。外の光、見えるだろ? あれ、現場だ。」
(テレビの音がフェードアウトしていく。
暁はコップの水を飲み干し、結菜がソファに寝転がってスマホをいじっている。)
結菜:「……あ、そうだ兄貴。明日、ちょっと出かけるから。」
暁:「出かける?どこに?」
結菜:「友達とね。駅前の新しいショッピングモール。
“異能アトラクション”とかいう変なテーマパークができたの。
ほら、異能持ちの人がパフォーマンスするやつ。」
暁:「……ああ、あそこ。最近ニュースでも見た。
人混みすごいって言ってたぞ。」
結菜:「だいじょーぶ。あたしも“異能無し”グループだから。
見るだけ。危ないことしない。」
(軽く笑う結菜。暁は少しだけ眉をひそめる。)
暁:「一応、夜遅くなるなら連絡しろよ。
この街、最近いろいろあるんだから。」
結菜:「はいはい、心配性。
……兄貴こそ、明日も職探しでしょ?寝坊しないようにね。」
(暁が苦笑する。)
暁:「わかってるよ。……ちゃんと帰ってこいよ。」
結菜:「わかってるって。」
(結菜が立ち上がり、部屋の灯りを少し落とす。)
結菜:「じゃ、おやすみ。」
暁:「おやすみ。」
(ドアが閉まる音。静まり返る部屋。
暁はソファに座ったまま、空になったグラスを見つめる。)
暁
「その“また明日”が、
もう二度と来ないなんて、思いもしなかった。」
(街の外れ。人気のない工業地区。
壊れた街灯の下に、漆黒の車が一台停まっている。
ドアが開き、黒いコートの男が降り立つ。)
男:「……“光の観測”は完了した。
明日の儀式に必要な数もそろった。」
(もう一方のドアが開き、仮面をつけた少女が現れる。
白いワンピース。だがその袖口には乾いた血がこびりついている。)
少女(微笑みながら):「ねぇ、“兄さん”。」
男:「……なんだ。」
少女:「明日は、何人壊せると思う?」
(男は一瞬、黙り込む。
街の明かりが二人の仮面に反射し、無機質な笑みを浮かべる。)
男:「……神が望むだけ、だ。」
少女:「つまんない答え。
じゃあ、あたしは十人。ううん――十五人壊したいな。
だって、ほら……“明日”は特別な日だから。」
(少女が口元をなぞり、ゆっくりと笑う。
風が吹き、足元に転がっていた壊れた異能端末がカランと転がる。)
少女:「ねぇ兄さん、“光”ってさ。
どうしてこんなに綺麗で、壊したくなるんだろうね。」
(男が視線を上げる。
遠く、灰街の夜空に白い閃光が一瞬だけ瞬く。
それは――明日の“光災”の前触れ。)
男:「……行くぞ、ルシェル。」
少女(仮面の奥で笑う):「はぁい、“お父様”のために。」
(二人が闇に消えていく。
夜の静寂だけが残り、壊れた端末の表示が一瞬だけ点滅する。)
━━
(朝の光。
食卓に簡単な朝食。トースト、コーヒー、妹の手作りの卵焼き。
テレビではニュースキャスターの穏やかな声が流れている。)
結菜(制服姿で):「いってきまーす!」
暁(ソファに座りながら):「おう、気をつけてな。帰りは暗くなる前に。」
結菜:「はーい! ……って言って、どうせまた心配するんでしょ!」
暁(苦笑しながら):「たまには兄を頼ってもいいんだぞ?」
結菜:「えー、もう! じゃあ、お土産買ってきてあげる!」
(結菜が笑いながら玄関を出て行く。ドアの音。
その後、短い沈黙。)
暁
「いつもの朝。
いつも通りに、笑って、出かけていった。」
(暁がぼんやりとカーテンの隙間から外を見る。
晴れた灰街。ビルの上をホバーバイクが飛び交う。
小さく息を吐く。)
暁:「……ま、たまには一人の時間も悪くないか。」
(コーヒーを飲みながらテレビのチャンネルを変える。
穏やかな音楽番組、街のリポート……
ゆったりと時間が流れる。)
⸻
【数時間後】
(時計の針が12時を指す。
静かな部屋の中、テレビの音が急に切り替わる。)
ニュースキャスター(緊迫した声):「――速報です。
灰街第七区に新設された《異能アトラクション・シティパーク》で、
未確認の異能暴走が発生しました。
現在、現場は大規模な爆発と光の干渉により、通信が途絶しています――」
(暁、手に持っていたカップを落とす。
コーヒーが床に飛び散り、熱い蒸気が上がる。)
暁
「……第七区……?
結菜が行ったのは……第七区の……モール……だろ……?」
(テレビ画面に映る空撮映像。
煙と白光が入り混じったクレーター。
人々が逃げ惑い、空には“異能暴走体(禍身)”のシルエット。)
ニュース音声:「現在、異能庁の鎮圧部隊が出動中。
負傷者・行方不明者の数は――」
(暁がリモコンを握りつぶすように握る。手が震える。)
暁:「……結菜……?」
(画面が一瞬ノイズを走らせる。
白い光の中に、“黒い仮面の少女”の一瞬の影が映る。)
暁
「その時はまだ、信じてた。
ただの事故。
すぐに帰ってくる――
……そう思ってたんだ。」
(外から、連続する爆発音。
カップが落ちたままの部屋で、暁は玄関に飛び出す。)
暁:「結菜……ッ!」
(ドアを開けた瞬間、街全体がざわつく。
煙の匂い、遠くでサイレンが鳴り続ける。
暁は自転車を引きずるように取り出すと、一気にペダルを踏み込む。)
暁
「頼む……! 間に合え……!
どうか……! 無事でいてくれ……!!」
(灰街の高層ビルの隙間を抜けて走る。
風の中に焦げた鉄の匂い。遠くの空が白く閃き、揺らぐ。
避難放送が無人の街に響く。)
【警報音】
「――こちら異能庁。第七区にて暴走反応を確認。
一般市民は直ちに避難を――」
(暁、息を荒げながら坂を上る。
空には火花のような光粒子が舞い落ちてくる。
視界が灰色の煙で覆われる中、巨大なモール跡地に到着。)
【現場:灰街モール跡地】
(そこはまるで、世界が溶けたような光景。
地面には焦げたアスファルトとひび割れたガラス。
電光掲示板が断続的に光り、“避難完了”の文字だけが虚しく点滅している。)
暁
「……誰も……いない……?」
(足元で煙が立ち上る。
と、その瞬間――地面の裂け目から黒い手が飛び出す。)
暁:「っ――!」
(黒い腕が暁の足首を掴む。
土埃の中から這い出してくる影――
皮膚が焼けただれ、光る脈が走る異形の人型。
目だけが赤く輝く。)
暁
「……人間、なのか……?」
(怪物――**禍身**が咆哮を上げる。
地面が割れ、暁が吹き飛ばされる。
背中を打ちつけ、息が詰まる。)
(禍身が跳びかかる――)
ガシュッ!
(甲高い金属音。
暁の目の前で、巨大な銀の鎌が怪物の胴を薙ぎ払う。
火花が散り、禍身が黒い液体を撒き散らして吹き飛ぶ。)
(煙の中から、一人の女性が現れる。
黒いスーツ、戦闘用の外骨格。
肩までの髪が揺れ、目元には戦闘用バイザーが光る。)
女性(低い声で):「……ここは避難区域だぞ。」
(暁、地面に座り込んだまま見上げる。
彼女の背中越しに、風で灰が舞い上がる。)
暁:「あ、あんた……誰……?」
女性:(ちらりと振り向く)「……お前こそ、何をしてる。」
(その瞬間、彼女の背後で禍身が再生を始める。
裂けた肉がうねり、再び立ち上がる。)
女性:(低く構えながら)「――チッ、まだ動くか。」
(彼女が鎌を構える。刃が赤い軌跡を描く。)
暁
「……夢みたいだった。
目の前で、誰かが“怪物”を斬ってる。
それも、俺の知らない……世界の人間みたいに。」
(鎌が一閃。光の残滓を残し、禍身が再び弾け飛ぶ。
風が止み、灰だけが舞う。)
(暁が震える声で尋ねる。)
暁:「あんた……何者なんだ……?」
女性:(鎌を背中に戻しながら)
「……第零機関《ノルド機関》━━異能抑制機関所属、クロエ・ヴァレンタイン。」
(少し間を置いて)
「ここから先は部外者立入禁止だ。生きたければ、すぐに帰れ。」
(背を向けるクロエ。その背後の光が再び揺れる。
暁は立ち上がり、唇を噛み締める。)
暁
「……帰れるわけ、ないだろ。
あの中に――結菜がいるんだ。」
(クロエが振り返る。
彼の目の奥に宿る“光”を見て、一瞬だけ表情を動かす。)
クロエ(小声で):「……まさか……」
(地面が再び震える。
禍身の残骸が光を帯び、何かが蠢き始める――)
【シーン:灰街第七区・モール跡地(続き)】
(地面が再び震える。
さっき斬った禍身が、ドロリとした黒い液体から新たな腕を生やし、再構成を始める。)
クロエ:「再生速度が上がってる……“光導型”か。」
(クロエが鎌を構え直したその瞬間――)
???(通信):「おいおい、クロエ、もう始めてんのか?」
(空から弾丸の雨が降り注ぐ。
ドンッ――ッダダダッ!
炎と煙が吹き上がり、禍身の頭部が一瞬で吹き飛ぶ。)
(煙の向こうから、サングラスをかけた男が笑いながら歩いてくる。
黒いスーツ、胸に赤いエンブレム《0》の紋章。
両手に二丁の大型拳銃をくるくると回す。)
男:「いや~、いい朝だな! 灰街名物・“爆散モーニング”ってやつか!」
クロエ(呆れ気味に):「……ノルド機関の第六席、
“暴風銃手”のレオン・ヴェルナー。
また勝手に出てきたのか。」
レオン(ニヤリ):「お前の声、無線越しでもつまんなくてな。
直に聞きたくなったんだよ、クロエちゃん。」
(禍身が再び這い出してくる。
レオンは銃を回し、舌打ちをしてニヤッと笑う。)
レオン:「ほらほら、また立ち上がったぜ。
まったく、“死にたがり”ってやつはどこの世界にもいる。」
(銃口が青白く光る。
異能発動――弾丸の表面に雷光の紋が走る。)
レオン:「オラオラァァ――ッ!!」
(彼が引き金を連射。
銃口から放たれる弾丸が空気を裂き、弾道が稲妻のように軌跡を描く。
禍身が複数同時に弾け飛ぶ。衝撃波が走り、地面がえぐれる。)
暁
「……人間じゃない。
あれも、異能使い……なのか……?」
(レオンが空になったマガジンを軽く放り投げ、新しい弾倉を回転装填する。)
レオン:「ったく、政府の仕事は骨が折れるぜ。
どうせ明日のニュースじゃ『謎の爆発』で片付けだ。
報われねぇ正義だよなぁ!」
クロエ(淡々と):「任務を忘れるな。
ここは避難区域だ。市民がいる可能性もある。」
レオン:「へいへい、お堅いな。
……で? そっちのガキは?」(暁を見る)
(暁が息を切らして立ち尽くす。
レオンがサングラスの下から目を細める。)
レオン:「おいおい、こんな所に一般人?
お前、命知らずだな。
いいセンスしてんじゃねぇか。」
クロエ:「彼は一般市民だ。保護対象だ。」
レオン:「保護ねぇ……ま、俺の弾の邪魔さえしなきゃ、どうでもいいさ。」
(クロエが鎌を構え、煙の向こうを睨む。)
クロエ:「反応……複数。まだ終わってない。」
(地中から再び禍身が群体化して出現する。
光と血の混ざったような光景。)
レオン(ニヤッと笑う):「おおっと、来やがった!
今日も“退屈”しない日になりそうだなぁ!」
(雷光が銃身を走る。
クロエの鎌が光を放ち、背中合わせに構える二人。)
暁
「――この日、初めて知った。
“異能”ってのは、人を救うものじゃない。
人を壊す力なんだ……。」
(爆音と閃光。クロエとレオンが同時に飛び出す。
銃声と鎌の音が混じり、灰街の空を裂く。)
【シーン:灰街第七区・崩落ビル内部】
(煙と粉塵が立ちこめる。
瓦礫の隙間を縫って、クロエとレオン、そして暁が進んでいく。
瓦礫の上には焦げた異能装置や破損したアトラクションの残骸。)
レオン:「……ったく、地獄だな。異能反応が強すぎてスキャナーが狂ってやがる。」
クロエ:「……奥だ。まだ人の反応がある。」
(懐中ライトの光が割れた壁を照らす。
そこに――倒れた結菜がいる。頭から血を流し、瓦礫の間に挟まっている。)
暁:「……結菜……っ!」
(暁が駆け寄ろうとする。だが、その手をクロエが制する。)
クロエ:「待て。誰かが――ここにいた形跡がある。」
(その瞬間、崩れた階段の影から人影が現れる。
黒いコートに仮面をつけた男女。
女は、あの“ルシェル”――黒の家族の少女。)
(彼女はすでに結菜を抱きかかえていた。
足元には倒れた一般人の遺体がいくつも転がっている。)
暁:「……やめろッ! 妹に触るな!!」
(暁が駆け出す。しかし、風のような衝撃が走り、
ルシェルの手が軽く振られただけで、暁の身体が壁に叩きつけられる。)
ルシェル(微笑みながら):「あーあ、見つかっちゃった。
タイミング悪いなぁ。もう少しで“運び終わる”ところだったのに。」
レオン(構えながら):「黒い仮面……! ノワールファミリアか!」
クロエ(低く):「彼女を離せ。その子は……」
ルシェル(首を傾げて):「“その子”? あぁ、違うよ。
この子はもう、“その子”じゃない。」
(ルシェルが手をかざす。周囲の死体がピクリと動く。
皮膚の下から黒い光が滲み、肉が蠢く。)
暁(叫ぶ):「……やめろ……っ!!」
ルシェル(微笑む):「神は新しい形を求めるの。
壊れた人間から、綺麗な“器”を作るために。」
(ドロッ――。
床の死体が溶けるように融合し、巨大な塊が形を変えていく。
骨が伸び、歪んだ顔がいくつも浮かび上がり、
一体の怪物が生まれる。
“禍身”を超えた存在――造骸獣。)
ルシェル(無邪気に):「ねぇ、可愛いでしょ?」
(造骸獣が咆哮を上げ、空気が震える。)
レオン(銃を抜き):「笑えねぇ趣味だな!」
(雷弾が放たれる。だが弾丸は、造骸獣の体表で弾かれる。)
レオン:「は……?」
(クロエが鎌を振るう。
刃が首筋を裂くが、切断面は瞬時に再生する。)
クロエ:「……再生速度が異常。異能抑制弾が効いていない……!」
(周囲のノルド機関一般隊員が駆け込む。
装備を展開し、光を帯びた銃を構える。)
隊員1:「発砲許可を! 抑制波、展開!」
隊員2:「撃てぇッ!!」
(複数の異能が一斉に発動。
炎・氷・重力・風――四方から攻撃が集中する。
しかし、造骸獣は煙の中からゆっくりと歩き出す。
皮膚に傷ひとつない。)
ルシェル(楽しそうに):「ダメダメ。
“普通の異能”じゃ、神の子は壊せないよ?」
(彼女が結菜を抱えたまま、天井の裂け目から光に包まれて上昇していく。)
暁(叫ぶ):「結菜ぁぁぁッ!!」
クロエ:「レオン、追撃を――!」
レオン:「無理だ、弾が弾かれる!」
(爆風が起こり、瓦礫が崩れ落ちる。
造骸獣の一撃で建物が半壊。
暁は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。)
暁(モノローグ/意識が遠のく)
「――結菜……。
どうして……あの光の中に……。」
(視界が白く染まる。
ルシェルの笑い声が、遠くで響く。)
ルシェル(遠くで):「“彼女”が目を覚ませば――
世界は“神の形”に戻るんだよ。」
【シーン:意識の闇(暁の内面世界)】
(音がない。
色もない。
ただ灰色の空間に、暁の姿がぽつりと浮かんでいる。)
暁
「……ここ、は……どこだ……。」
(足元には鏡のような水面。
自分の姿が映る――が、それはほんの一瞬で歪み、
まるで誰かが中から覗き返してくる。)
???(低い声):「……よく、落ちたな。」
(暁が顔を上げる。
闇の中に“何か”が立っている。
輪郭は人の形だが、体表は黒い装甲のように硬質化し、
肩からは骨のような突起、背には鎖のような影が垂れている。)
(その姿はまるで――外の怪物に似ていた。
だが、どこか違う。
その瞳は、獣ではなく理性と憎悪が混ざった光を放っていた。)
暁:「……お前は……誰だ……?」
存在(笑うように):「俺? そんなの決まってるだろ。
お前の中にずっといた、“お前自身”だよ。」
(暁が息をのむ。
存在は一歩、二歩と近づくたびに、足元の水面が黒く染まっていく。)
存在:「“無能”って言われるたびに、
お前が押し殺してきた怒りと悔しさ。
それが、俺だ。」
(暁の目の前で、存在の顔がわずかに変形する。
皮膚が裂け、歯のような装甲が露出し、声が低く響く。)
存在:「だって、お前――“無能”だもんな。」
(その瞬間、周囲に声が反響する。
たくさんの人の声が重なるように聞こえる。)
「遅いな、お前。」
「使えねぇやつ。」
「異能がない人間に、居場所なんかねぇんだよ。」
「努力しても無駄だよ、暁くん。」
「お前は“何者”にもなれない。」
(フラッシュのように、過去の光景が走る。
中学の教室。体育館。
高校の部活。
会社での上司の怒鳴り声。
「またミスかよ!」
「だから異能無しはダメなんだ!」)
(暁の両手が震える。耳を塞ぐように頭を抱える。)
暁:「やめろ……やめろよ……っ!」
(存在が一歩近づき、暁の頬を掴む。)
存在:「どうした。
否定してるわりに――
お前、ずっと認めてただろ?」
(暁が歯を食いしばる。
涙が一滴、黒い水面に落ちる。)
暁(叫ぶ):「……黙れッ!!」
(その瞬間、水面が波紋を上げ、空間全体にヒビが走る。
黒い光が爆ぜ、存在の身体が裂けるように後退する。)
存在(嗤いながら):「そうだ……それでいい。
その“怒り”を使えよ。
それが――“始まり”なんだから。」
(存在が指先を突き出す。
その胸の中心が淡く光る。
暁の胸にも同じ位置に、黒銀の光が灯る。)
存在(囁く):「――目を覚ませ、“イノウゼロ”。」
(轟音。
視界が砕けるように白く染まり、
外の世界――崩壊した現実へと切り替わる。)
【シーン:崩壊するモール跡地/外】
(瓦礫の中、造骸獣が雄叫びを上げる。
その声は街の空気を震わせ、電線を揺らすほどの衝撃。)
(クロエは息を荒くして立つ。鎌の刃はすでにヒビが入り、装甲も損傷している。)
クロエ(低く呟く):「……想定外だ……抑制弾も、異能封鎖も効かない……」
レオン(肩で息をしながら):「おいクロエ、もう限界だろ! 撤退の判断を――!」
クロエ:「黙れ。……ここで逃げたら、被害は灰街全域に拡がる。」
(彼女が鎌を構え直す。
バイザーが赤く光り、風が渦を巻く。
彼女の異能《重力制御・位相崩し》が発動。)
クロエ(静かに):「――《第零機関・鎮圧戦術コード:セラフブレード》、起動。」
(周囲の瓦礫が浮き上がる。
空間が歪み、重力線が裂け、クロエの身体から黒い風が放たれる。)
レオン(焦りながら):「おい待てクロエ! ここで本気出したら、この一帯が吹き飛ぶ!」
(クロエの目が赤く光る。鎌の刃が黒と白の光を帯びる。)
クロエ:「関係ない。……止めなければ、灰街が終わる。」
(その瞬間、造骸獣が動く。
轟音。
巨大な拳がクロエ目掛けて突き出される。)
レオン:「クロエッ!!」
(クロエが反応するより速く、拳が迫る――
その時。)
ガシィンッ――!!
(轟音が止む。
空気が、一瞬だけ凍りつく。)
(クロエの目の前で、その拳を――誰かが掴んでいた。)
(煙の中から現れたその影。
全身を黒銀の装甲が覆い、胸部には脈動するような紋章の光。
腕には鎖のような模様が浮かび、背中から蒸気のような黒い靄が漏れ出している。)
(その拳を受け止めたまま、装甲の主がゆっくりと顔を上げる。
マスクの奥、赤い瞳が光を放つ。)
暁(低い声で):「……よくも……俺の……妹を……」
(その瞬間、拳を掴んでいた腕が轟音と共に逆方向に弾ける。
怪物の巨体が宙に持ち上がり、地面へ叩きつけられる。)
(衝撃で瓦礫が弾け飛び、クロエとレオンが思わず身を引く。)
レオン(目を見開いて):「……なんだ、あれは……?」
クロエ(呆然と):「……まさか……この異能反応……人間……なのか……?」
(暁――“黒の装甲の男”が、ゆっくりと怪物の前に立つ。
背後では空が割れるように雷鳴が走り、
黒い風が暁の身体を包む。
彼の胸のコアが脈打ち、音が響く。)
(装甲の表面が発光。
肩から灰の粒子が散り、灰街の空気そのものが震える。)
(暁が怪物を見下ろしながら、拳を構える。)
暁(静かに):「……もう……奪わせない。」
(風が吹き抜け、クロエの髪が揺れる。
彼女の目に映るのは、瓦礫の中で立つ新たな“仮面の存在”。)
暁
「この瞬間、俺は――
世界に“異物”として生まれた。」
【シーン:灰街第七区/崩落現場】
(怪物――造骸獣が咆哮を上げる。
だが、暁はその声を無視し、拳を握りしめる。
黒銀の装甲が脈動するように波打ち、蒸気が吹き出す。)
暁(低く):「……黙れ。」
(次の瞬間――暁が地面を蹴る。
足元が砕け、破片が空へ弾ける。
超加速。残像が走る。)
ドガァッ!!
(暁の拳が造骸獣の顔面に直撃。
衝撃波が周囲を貫き、建物のガラスが一斉に砕ける。)
(怪物の巨体が吹き飛び、瓦礫の壁に激突――その衝撃で壁が波打ち、崩落する。)
レオン(驚愕して):「な……なんだあのパワー!? 人間の動きじゃねぇ……!!」
(暁は息を吐くこともなく、再び踏み込む。
壁に叩きつけられた造骸獣の腹部に、重ねるように拳を叩き込む。)
ドガッ! ドガッ! ドガッ!
(殴るたびに黒い血と光が飛び散る。
壁の中へ押し込むように、拳がめり込む。
装甲が軋み、拳の衝撃が空気を裂く。)
暁(叫び):「お前のせいでッ!!」
ドガッ!!
「結菜がッ!!」
ドガァァッ!!
「奪われたんだよッ!!!」
(連撃。
拳が途切れず叩き込まれるたび、装甲の継ぎ目が光を漏らし、
拳の部分から黒い蒸気が立ち上る。)
(怪物が反撃しようと腕を振り上げるが――)
暁(唸るように):「黙ってろッ!!!」
(拳が怪物の腕をへし折り、頭部を再び殴り飛ばす。)
(衝撃で地面が割れ、粉塵の中、暁の姿が浮かび上がる。)
(怪物が再生を始めるが、その動きより早く、暁の膝が腹部に突き刺さる。)
ドシュッ!
(怪物が呻き声を上げ、壁を突き破って外へ吹き飛ぶ。
瓦礫を巻き上げながら地面に叩きつけられる。
暁がゆっくりと歩いて追い詰める。)
クロエ(呆然と):「……あれが……異能じゃない……?
あの力……異能を超えている……」
レオン(小声で):「……まさか……“神代反応”か……?」
(暁の拳の表面が赤く光り始める。
装甲の内部で何かがうねるように動く。
それはまるで“生きている”装甲。
拳を握るたびに、鼓動のような音が響く。)
暁
「痛くない。
でも、確かに感じる――“何か”が俺の中で蠢いてる。
それは怒りでも、悲しみでもない……
もっと深い、“誰かの声”だ。」
(怪物が立ち上がる。だが、その瞬間――)
暁(静かに):「……まだ壊れ足りねぇのか。」
(黒銀の蒸気が爆ぜ、暁が一気に間合いを詰める。
拳を構え――)
ドガァァァッ!!!
(怪物の装甲が割れ、光が爆ぜる。
瓦礫と灰が舞い上がり、爆風の中で暁が拳を下ろす。)
(沈黙。
粉塵の中に残るのは、拳を下ろしたままの暁と、崩れ落ちる怪物の残骸。)
レオン(呆然と):「……怪物を……素手で……?」
クロエ(低く):「……“彼”は……一体……何者……?」
(暁の装甲の光がゆっくりと収まり、蒸気が消える。
その背に、夕日のような光が射し込む。)
暁
「俺は……無能なんかじゃない。
俺の中の“何か”が、そう言ってる……。」
【シーン:灰街第七区・崩壊現場(戦闘直後)】
(粉塵が舞う。
造骸獣の残骸が黒い光を放ちながら崩れ落ち、
やがて灰となって風に溶けていく。)
(静寂――。
風の音と、暁の荒い呼吸だけが残る。)
(暁は拳を下ろしたまま立ち尽くしている。
装甲の隙間から黒銀の光がちらつき、
呼吸と同調するように脈打っている。)
レオン(小声で):「……やった、のか……?」
クロエ(警戒の目で):「……まだ油断するな。」
(クロエが一歩前へ出る。
鎌を構えたまま、暁の背中に視線を向ける。)
クロエ(静かに):「お前……何者だ。」
(暁は答えない。
ゆっくりと振り向くが、マスクの奥の目はもう焦点を結んでいない。
肩で息をして、ふらつく。)
レオン:「おい、クロエ……あいつ……」
(暁の装甲の光が一瞬だけ強く輝き、
次の瞬間、全身の光が一気に消える。
装甲が砕けるように剥がれ、黒い粒子となって風に溶けていく。)
(崩れ落ちる暁。
クロエが素早く駆け寄り、倒れる体を支える。
腕の中で見る暁の顔――血と汗にまみれた、ただの青年。)
クロエ(小声で):「……まだ、少年……?」
レオン:「まさか……さっきのが、こいつの異能……?」
(クロエが無言で見つめる。
暁の胸には、うっすらとコアのような光が灯っている。
まるで“心臓の奥に何かが眠っている”ように。)
(クロエの目が鋭く光る。)
クロエ(短く):「……拘束しろ。」
レオン(驚き):「は? おい、クロエ! こいつ命の恩人だぞ!」
クロエ(冷たく):「関係ない。
あの力は制御不能だ。……今は“危険因子”として扱う。」
(レオンが歯を食いしばる。
ノルド機関の隊員たちが駆け寄り、
金属音を立てながら暁の周囲に拘束装置を展開する。)
(暁の意識は朦朧としながら、
遠くで聞こえるクロエの声をぼんやりと聞いている。)
暁
「……俺は……守ったはずなのに……
なんで……みんな、銃を向けてるんだ……?」
(暁の視界が滲む。
クロエが静かに立ち上がり、冷たい瞳で彼を見下ろす。)
クロエ(無感情に):「……“正体不明の被験者”。
第零機関の管轄に移送する。」
(暁の瞳がゆっくり閉じる。
最後に見たのは、灰色の空と、冷たく光るクロエのバイザー。)
(遠くで、壊れたビルの影から“黒の家族”の少女・ルシェルが見つめている。
その口元がゆっくりと笑みを浮かべる。)
ルシェル(小声で):「見つけたよ……“器”。」
『イノウゼロー ―異能社会で能力が使えない俺が変身ヒーローやっちゃダメですか?―』
【第1話・完】




