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氷の女王  作者: 薬袋丞
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「はぁ……まずいな、このままでは」


 紡星歴千十九年、王都ロンド・ジール。凍り付くような音のない執務室で一人、溜息をつく女が窓の外に揺れる国旗を眺めていた。窓に映る雪化粧の街並みとは対照的に、女の髪には真紅の髪飾りが炎のように光り、揺らめいている。ふいにドアがノックされると、女は部屋の冷たい空気を溶かすように息を吐いて、優しい声で返した。


「鍵は開いている」

「失礼致します……リリアン様、王が私室にてお待ちでございます」


 開かれたドアから老年の男が現れ、深いお辞儀とともに告げる。呼ばれた女は、リリアン・アークトウィン。二十二年前に再配置された、氷の力を操る転生者。類まれなる剣術の才に、若くして強大な力を完全に制御する強い精神力と、その力にも勝る正義感を併せ持っている。


「わかった、参ろう」


 そう言ってリリアンは背筋をまっすぐに伸ばしたまま、軽やかに椅子から立ち上がる。その動きには無駄な力が一切なく、舞い上がる花びらのような軽やかさがあった。指先まで行き届いた所作は、見る者に静かな感嘆を抱かせる。その後ろ姿には、冷たい美しさと揺るぎない覚悟が漂っていた。


 六年前、ヴェリタと隣国との戦争が勃発した時、リリアンは志願兵として名を連ねた。当時の彼女は弱冠十六歳の一兵士に過ぎなかったが、美しくも儚さを感じさせる剣技に、万物を等しく凍てつかせる冷気が合わさった力は強大で、敵兵にとってその姿はまさに戦場に舞い踊る雪の結晶、死を告げる六花(むつのはな)そのものだった。それからも数多の戦場を渡り歩き、功績を挙げ続けたリリアンは何時しか尊敬と畏怖の念を込めて〝氷の女王〟と呼ばれるようになる。そして、その活躍が賢王テオドール・ランカスタの目に留まるまで、そう時間がかからなかったのは言うまでもない。彼女は賢王の一声で戦団長に抜擢されると、そこからは異例の速さで昇進していき、二年前からは王宮の軍事顧問官に収まっていた。


「ご案内致します、こちらへ」


執事はリリアンが部屋から出た事を確認すると、誘導するように彼女の前に立って歩き出す。四大大陸の一つ、世界の北方に位置するセルドネア大陸を統治する大国ヴェリタは、とある賊によってその治安を脅かされつつあった。一年ほど前から、この地を訪れる旅行者が行方をくらます神隠し事件が多発していたのである。彼女は先頭に立ち、率先して悪を断ち切るべく奮闘していたが、未だに目立った成果を挙げられていない。リリアンは自分が呼ばれた理由を理解しているようだった。廊下を歩くその表情には、やや強めの緊張が伺える。


「リリアン・アークトウィン、陛下の命に従い、ただいま参じました」

「……よく来た」


 案内された王室で挨拶を交わすと、テオドールは執事に目配せしドアを閉めさせた。カチャリ、と冷たい金属音が鳴る。続けてリリアンに座るように促すが、彼女は直立したまま動こうとしなかった。削り出しで造られた巨大な木製の机を挟んで、暫しの無言が広がる。テオドールは若干の疲労感を思わせるように鼻で息を抜くと、前置きせずに本題から入った。


「首尾はどうだ」

「正直に申し上げて、芳しくありません。ここ三ヶ月でそれらしい者を数名捕えておりますが……」

「全員が捕えた日のうちに死んでいる、か。やはり力を使う者がいるな」

「はい。自害ではなく、殺されています。転生者とみてまず間違いないでしょう」


 リリアンの手によって捕らえられていた構成員は、全員が牢の中で殺されていた。犯行の時間帯は不明だが、夜明けとともに判明するという流れがここ数ヶ月でお決まりになりつつあった。牢には見張りが四人、交代制で昼夜絶えず目を光らせている。にも拘らず、捕えられた者は例外なく死んでいたのだ。事情を聞かれた見張り兵は、全員が物音ひとつしなかったと口を揃えた。


「勝てそうか」

「相まみえてみなければなんとも言えませんが、無論、負ける気は御座いません」

「私が見るに、お前の力との相性は良く無さそうだが。仮に姿形を認識されずに行動できる力だとすれば、言うなればその力は転生者殺しとでも言おうか……中々に厄介な相手だぞ」


 賢王の見立ては概ね正しいものだった。身体能力が常人の数倍から数十倍にもなる転生者と言えども、身体は人間だ。心の臓を一突きされれば、いとも容易く絶命する。例外があるとすれば、自らの身体を硬質化できる力の持ち主、つまりは〝鋼神〟ダリウス・ヘイルくらいのものだろう。転生者に音もなく背後から忍び寄られ、生きていられる者は少ない。


「リリー、あまり無理はするなよ。分が悪いと思ったらすぐに引け、いいな」

「……心得ております」

「だといいがな。兵長が昨夜に捕えた賊の処理をしている筈だ。屯所へ向かって、少し会話しておいてくれ」

「はっ」


 部屋を出ていくリリアンの後ろ姿を見ながら、憂いの表情を浮かべるのはテオドールだった。彼女はヴェリタが抱える軍事力の、実質の頂点である。失うにはあまりに手痛い存在。セルドネアは険しい山々に囲まれた広大な盆地で、戦略的に見れば守りやすく、代わりに攻め込まれると逃げ場がない。転生者という強大な存在が闊歩するこの世界では、その長所も然程有利には働かないものだ。それでも、世界に誇る軍事国家という立場を揺るぎないものにし、ヴェリタを強国たらしめているのは、事実上たった一人の持つ力が大きいことにあった。リリアン・アークトウィンの名は、存在するだけで残る三大陸に睨みを利かせる抑止力になっていたのである。そんな軍事国家が賊如きに手を焼いてしまっては、威信に関わる。彼女もそれがわかっているからこそ焦っているのだろう。尤も、それを悟られまいと振舞ってはいるが。


「犯人について何かわかったことは?」

「も、申し訳ございません、リリアン様。尋問をしようにも、捕えた者がこの姿では……」


 屯所で後始末をしていた兵長は、難しい顔をしながら突然に訪問してきた女王に驚き、慌てて対応する。賊の遺体は木板に載せられ、目は伏せられていた。布が被せられているが、丁度心臓の位置辺りが血で染まっていて、傷口の大きさを物語っている。最初の内に捕らえた賊には尋問を行っていたが誰も口を割ることはなく、そのまま投獄され続ける予定であったものの、三か月前に一夜にして皆殺しにされる事件が起きた。それからというもの、誰かを捕まえて投獄するたび、その人物は次の朝日を拝むことなく死んでしまうという事態が続いていたのだった。


「今回も凶器は見つかっていない、だったか」

「ええ、斬った刺したというよりは、抉ったという感じで。しかし、もしこれを素手でやったって言うなら、まったく転生者ってのはとんだ化物ですよ……あ」

「事実だ、気にするな」


 リリアンは失言を気にも留めず、賊の胸部を覆っていた布を捲る。やはり心臓を狙った攻撃だったのだろう、肉が大きく抉れ、背中側が見える程の大穴が赤黒い大輪の花を咲かせていた。身体の内側から外に向かって広がるようなその傷口は、背後から強い力を以て貫通させるような、重く鋭い一撃を思わせる。リリアンは無言で布を戻すと、一人気まずそうにしている兵長に向き合った。


「発見したときの状況は」

「いつも通りです、牢屋の中で死んでいるのを定時の見回りで部下が見つけて……鍵を壊された音も聞こえませんでした」

「ふむ、これからは常に誰か立たせておくか」

「そ、それ、は、今の人数では難しいかと」


 リリアンの容赦ない提案に思わずたじろぐ兵長。彼等は今も交代制で一日中働いてはいるものの、さすがに一つの牢に張り付いていられるほど暇ではなかった。日々の雑務をこなしながら牢から目を離さないようにするには、単純に人数が足りていないのだ。


「殺されているのは捕えた賊だけ……。仮に姿を消せるのであれば、何故我々全員を始末しない?」

「そこは本当にわかりません。何かを盗まれたということもありませんし、こちらに被害は全く出ていませんから」

「余裕を見せたいだけかもしれないな」

「余裕……ですか?」

「お前達など何時でも殺せる、というメッセージさ」


 リリアンの言葉に、ごくりと唾を飲んだ兵長の顔は引きつっていた。彼女の台詞にはささやかな自虐が含まれているようにも聞こえたが、兵長にそれを推し量る器量がある筈もなく。その様子を見たリリアンは、怯える兵長を安心させようとしたのか、軽く笑って力強く宣言した。


「心配するな、私がいる。なに、すぐにその憎き殺人犯の顔を拝ませてやるさ……念入りに、氷漬けにしてな」

「あ、はは……さすが、頼りにしております……」


 結果的に兵長は殺人犯からのメッセージ以上に怯えることとなったが、リリアンは励ますために言ったのではなく、自身の決意表明のつもりだったのかもしれない。反応を待たずに屯所を出ると、足早に去っていく。兵長は大きく、長い溜息をつくと、何かを諦めるように首を振って遺体の処理を再開した。


 それからのリリアンは、なりふり構わずといった様子で街中を駆け巡った。宿屋や酒場といった人が集まるところに留まらず、道行く人にも声をかけ、片っ端から話を聞いていく。自らが尻尾を掴むのだという強い意志が感じられるその行為は、軍事顧問官という肩書にはとても似合わぬ地道な行動だった。商業区に軒を連ねる店を巡りながら、十軒目を数えるあたりで一息ついたリリアンは、紙製の容器に注がれたスープを持ちながら壁にもたれていた。


「ふぅ……」


 勢いをつけたところで解決するわけもなく、ここまで聞きまわっても尻尾の先すら見えてこない。リリアンは小さく息を吐くと、観光客向けの雑に味付けされたスープを一口飲んだ。眉間に寄った皺は味によるものなのか、現状を想うが故のものなのか。彼女は往来を行き来する人々を眺めながら、暫くの間佇んでいた。ふと、目の前を通り過ぎた二人組の会話が断片的に聞こえてくる。リリアンは残り少なくなったスープを気にしながら何気なく目で追っていくと、土汚れたコートを纏った青年が、気だるそうに歩くもう一人に向かってしきりに何かを訴えている姿があった。


「本当なんだよ! もう少しで俺も殺されるところだったんだ!」

「へえへえ、そりゃ怖いねぇ。ビビりすぎて頭がおかしくなっちまったのか」

「目の前で音もなく人が死んでいったんだぞ! 俺はたまたま隠れてたから助かったけど……」

「なら、アレか? 透明人間でもいたってのか?」


 会話の内容について何かを考える前に、気が付けばリリアンは動き出していた。鋭くも軽やかな足取りで二人に追いつくと、背後から声をかける。呼び声に反応した二人は振り返り、声の正体に驚いたように目を見開いた。


「え、リリアンさん?」

「ほ……本物、だよな」


 二人組はごく平凡なロンド・ジールの民といった背格好だった。一人はやや薄手の黒いコートを纏い、その所々が汚れているのが確認できる。こいつは先ほど何かを一所懸命に訴えていた青年だ。もう一人は亜麻色のシャツに毛皮製のベストを着こんで、ポケットに手を突っ込んだ格好でリリアンをじろじろと観察していた。その視線には多少の物珍しさもあるように思えたが、それ以上に彼の内心に潜む欲望を映し出す鏡となっているようだった。ヴェリタでリリアンの名を知らない者はいない。それは強大な力という意味でもそうだが、国民にとっては美しさの象徴でもあったからだ。端整な顔立ちに、琥珀色の瞳。腰まで伸びる白い髪にはほんのわずか、氷のような青を忍ばせている。光が当たるたびに青白い輝きがかすかに揺らぎ、まるで月明かりが冬の湖面を照らしたかのような艶を覗かせていた。そんな絶世の美女から声を掛けられたとなれば、男なら誰であっても期待せざるを得ない。


「その話、詳しく聞かせてくれないか」

「え? ど、どの話でしょうか……というか、なんの話してたっけ?」

「あー……さっきのアレだろ、透明人間が襲ってきたみたいな」


 ベストの男は、声を掛けられた理由が期待したものではなかったことに不貞腐れたようだった。リリアンは黒コートの青年を真っ直ぐに見据えると、手間は取らせないと前置きして会話を促す。青年は隣の相棒をちらと見てから、語り始めた。


「オレ、普段は旅行者向けの宿屋で働いてるんですけど、三日前からバナルから来る予定の客を迎えに行ってたんです。で、その人達をグレッセルから馬車で送迎してたんですよ」


 グレッセルはロンド南方にある中規模の町で、馬車で二日ほどの距離だ。馬車以外にも飛行船が発着するターミナル駅にもなっており、主にバナル大陸からやってくる旅行者にとっての玄関口といった役割を担っている。ロンドには飛行船の発着場が無く、訪れるには馬車か徒歩しか選択肢はないが、ヴェリタはよほどの辺境を除いてほぼ全域に渡り道が整備されており、平坦な地形もあって移動は快適で旅行者からの評価は高い。


「途中までは何もなかったんですが、カラ街道の途中で結構暗くなっちまったから、一度休憩を挟んだんです。ちょっと休んで、すぐ出発するつもりだった……けど、その時何かが襲ってきたんです」

「何か、とは?」

「わ、わからない……その時、オレは用を足しに少し離れた森の入り口まで行って、それから、戻ろうと、して……」


 彼は続けるうちに、徐々に顔色を失っていった。その肌は、まるで血の気が引いていくように青白く変わり、僅かな間にも額には細かな汗が滲んでいる。初めはリリアンを見つめていた目が、次第に焦点を失い、何かを追うように空をさまよう。その様子が何よりも恐怖の深さを物語っていた。


「いきなり、馬と従者のく、首が、飛んで――ビビって何もできなくて、オレは近くの背の高い草に紛れてた。でも、何も見えなかったんです。何も。オレ達以外に、誰もいなかった! なのに、血が、そこら中に飛び散って……怖くて、亀みたいに縮こまって震えてた」

「本当に何も見えなかったのか? 足音、声、なんでもいい。襲われた時、何か気が付いたことは?」

「あれは狐の化物だ、そうに決まってる。だから嫌だったんだ、次はオレの番だって思ってた! ヒューも、あいつに殺されたんだ!」


 錯乱する青年にこれ以上の質問はできまいと、リリアンは彼の隣で複雑な表情浮かべる男に目配せして頷くと、二人に背を向けて歩きだした。探している犯人である可能性は高いが、尻尾を掴んだとまでは言えない。歩きながらもどかしさに唇を噛む彼女へ、ベストの男が言葉を発した。


「多分、銀狐(ユンルー)だよ。最近ここらで人を攫ったりしてる。ヒューってのは俺とコイツの友達で、半月前に殺られちまったんだ。体に、狐みたいな模様が彫られたナイフが刺さってて、ひでえ有様だった。滅多刺しにされて――親友だったんだ、ガキの頃からの」

「……情報提供、感謝する」


 リリアンは振り返って短く言うと、その場を後にした。人を攫う狐の化け物、とは。城へ向かいながら、何かを考えるように視線を動かす。そういえば、馬車の乗客はどうなったのか聞いていなかった。あの話しぶりでは、全員が殺されたのだろうか? しかし、最後に聞いた人を攫っているという台詞と合致しない。死体でも構わないのであれば、特に気にする程のことでもないが。それに、ヒューという人物を殺害した犯人が残したという、模様が彫られたナイフ。そんな明確な証拠を、姿を消せる能力者が残すだろうか。疑問は嫌というほど湧いてくるものの、他に有力な手掛かりもない。人を攫うという点では共通しているし、調べる価値はある。そして、仮にその銀狐(ユンルー)とやらが実行犯だったとすれば。


「犯人は、一人ではない……」


 リリアンは牢で捉えた構成員を始末した犯人と、ヒューという人物を殺害した犯人、そして馬車を襲った犯人、それぞれが別人である可能性を疑った。片や見張りの監視を掻い潜り音も漏らさぬ徹底した隠密行動と、一撃で死に至らしめる冷徹さを感じさせる一方、片や執拗に刺突し、凶器を犯行現場に残して去っていく計画性の無さが目立つ。カラ街道の件に至っては黒コートの青年一人に気付かず仕留めそこなっている始末だ。この三つの事案を比べたならば、まず導き出されるであろう妥当な推理ではあった。しかし、青年の話に登場した姿を消す力というものは、ただの人間が持ち得るものではない。この世界に転生者は複数存在するものの、同じ異能を持つ転生者が二人以上いるとは考えられないことだった。仮に分身を使える能力者だったとしても、今度は姿を消す力に説明が付かない。転生者が持つ特異能力は、常に一つのみだ。少なくとも、今までの歴史では。


 ぶつぶつと独り言を呟きながら、リリアンは自分の予想を後押しできる条件を考えていた。例えば、透明化の能力を分け与えることが出来たとしたら? 姿を消せる時間が短くなるだとか、なんらかの制限をかけることで力を一時的に渡せるようになるとすれば、この状況にもいくらか説明がつく。そんな力の使い方をする転生者は、今まで存在していなかったが。仮にそうであれば、ゴロツキが数を集めたところで所詮は烏合の衆だ。統率など取れはしない。便利な力を手に入れれば、一時的な感情に流され雑な犯行に及ぶ輩もいるだろう。となると一つ解せないのは、初めのうちは誰も姿を消してはいなかった、ということだ。リリアンは段々と近づく城を見つめながら、思考を深めるかのように目を細める。何故、今更になって透明化するようになったのか。初めからそうしていれば良かったではないか。捕らえられた者が始末されたのは、口封じであろうことは薄々疑っていたことではあったが、タイミングが不可解だ。連中の考えていることが、読めないでいた。


「まあ、今考えても仕方がないか。聞けばわかることだ」


 先が見えていなかった時に比べればいくらか進展したとも言える状況に、リリアンは少し晴れた表情を見せて言った。そしてまた硬い表情へと戻っていく。いずれにせよ、見つけ出さなければ問いただすことも出来ない。先ずは探し出すこと。つまり、銀狐(ユンルー)についてもっと調べる必要がある。今判っていることは、犯行が夜に行われること、一部例外を除いて、攫われる対象は旅行者であること。馬車で移動している時にも襲われること。広大なロンドの街中で、たまたま犯行現場に居合わせることを祈るよりも、もっと確実な方法は……ある。


「やはり、私が襲われるしかないな」


 やることがわかれば、あとは単純だった。旅行者は方々から徒歩で、あるいは馬車で運ばれてくる。自分がその中に紛れ込んでしまえばいい。但し、面は割れているので工夫は必須だろう。あとは上手いこと襲撃されれば、自らの力で賊を制圧し、捕え、そいつに直接聞けばいいだけだ。彼女は、こと戦いにおいては絶対の自信を持っていた。自分の力を過信しているわけではない。戦場では幾度となく転生者と対峙し、その度に追い詰められ、死に直面した。容易く勝てたことなど一度もなく、未だに決着がついていない相手もいる。しかし、それでも負けるなどと思ったことはなかった。何の因果か、絶望の渦に飲まれて死んだ前世から蘇り、この世界に再び生を受けたのだ。どうしてかはわからない。ただ、貫けなかった正義を拾い上げろ、今度こそ使命を果たせと、神に言われている気がした。妖狐め、逃がしはしないぞ。誰が相手であろうと、リリアン・アークトウィンに敗北の二字はない。その瞳に宿る光は鋭く冷たい輝きを放ち、鋭い意志の氷柱を形作っていく。女王の決意はすでに揺るぎないものとなっていた。

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