六
今日も今日とて俺はスキルの練習をする。なぜならそんくらいしかやることがないから。いや、息抜きに図書館にある物語小説を読んだりはしてるけど、仮にも侵攻の旗印が大っぴらにだらけるのはなぁ。この話を魔王ちゃんにしたら「貴様、そんな殊勝な心掛けを持っていたのか…」って複雑な顔されたけど。俺はなんだと思われてるんだ。
「オイ」
魔王軍は今、俺があげた情報をもとに侵攻の準備を進めてる。向こうにバレないようにやってるからちょっと時間が掛かるんだとさ。マァ、弱点を的確に突こうとしてるから、普通よりは早いっぽいけど。ちなみに情報共有した日に「今から行くんじゃねぇの?」って言ったら何言ってんだコイツって顔された。酷いな、こちとら一般男子高校生だぞ。戦争のやり方とか知らねぇよ。
「オイ、」
なお、配下くんにチラッと聞いたところ、クラスメイトたちはようやく訓練を始めたらしい。スキルを人に向けるどころか、実戦なんてもってのほか。一般スキルもロクに教わってないんだと。これでもこの世界の戦力としては上澄みなんだから、残酷だよねぇ。魔王軍かわいそ。
「オイ、」
にしても魔王軍のスパイってすげぇな。こんな細かいことも分かるなんて、結構な重鎮なんじゃね?
「無視するな貴様!!」
あぁ、いたの、魔王ちゃん。
「魔王ちゃんたら、年頃の男の部屋に無断で入るなんて、危機感が足りてないよ?」
「ノックもしたし声も掛けた!その上で無視したのは貴様だろうが!!」
「そう?聞こえてなかった」
「貴様ァ…!」
魔王ちゃん、ほんと良い反応してくれるな。そういうとこ好きだよ。
「で、何しに来たの?」
「私が手に持つ物を見ても分からないか?食事を届けに来た」
「給仕も魔王の仕事なの?それとも頼りなさすぎてとうとうメイドさんに降格したー?」
「無礼にも程があるぞ貴様ァ!」
ふしゃーっ!と猫のように威嚇する魔王ちゃん。若干空気が冷えたし、重苦しい感覚がするからスキルも使ってんねコレ。大人げなーい。
「はは、うそうそ。冗談だよ、わざわざありがとね。俺考え事してると食べるの忘れちゃうから、助かったよ」
「最初から素直に受け取れば良いものを…」
拗ねちゃった。
「いやぁ、ごめんね?この世界に来てから楽しすぎて、ついついからかっちゃうんだよ」
みんな良い反応してくれるからさぁ。
「…元いた世界では、楽しくなかったのか」
お、これは…俺に興味を持ってくれたってことか?良いね、素直に答えるかちょっと盛るか、どうしようか。
「楽しくなくても良かった、って感じかなぁ」
「どういう意味だ?」
「俺が楽しむための力がなかったし、代替品はあったから、じゃあ楽しめなくても良いかぁ…って。でも、こっちに来て好き放題できる力を手に入れて、逆に代替品を失っちゃったから、はっちゃけちゃった…みたいな」
「えらく抽象的だな」
「具体名出したら魔王ちゃんにとっては何の話だってなるでしょ」
「それもそうだ」
納得した顔の後、浮かない顔になる。悩みがありますって自己紹介してんね。分かりやすいな~、魔王ちゃんは。
「嫌なことでもあった?」
「…嫌なこと、というわけでは」
誘導した俺が言うのもなんだけど、気抜きすぎじゃない??勇者だよ?俺。本来敵だよ?
「なぁ、私は…そんなに頼りないか?」
「んぇ?」
「さっき貴様が言っただろうが!その、頼りなさすぎる、と」
あー、父親を敬愛するあまり要らん重責感じちゃってる系?
「私は…あの偉大な父の跡を継ぐに足るのだろうか」
大正解っぽい。
さてさて、おセンチ魔王ちゃんを励ますとしますか。
「大丈夫だよ」
「…」
「根拠はないけど!」
「ないのか」
「ないよ!たった数日の付き合いで魔王ちゃんを語る方が不自然でしょ。だからこれは、根拠のない自信」
「む…」
ちょっと不満げ。大丈夫、まだ続きがあるよ。
「そもそもさ、俺は魔王ちゃんが気に入ったからここにいるんだよ?勇者の一人を寝返らせたってだけでかなりの功績じゃん。誇って良いよ!」
「自分で言うか貴様…」
呆れ顔、だけど晴れやか。きっかけになった俺に好意を滲ませて…いやほんとにちょろいな、大丈夫か?
「ありがとう。少し、気が楽になった」
マァ、この後のこと考えたら助かるけどね。
代替品はゲームとか漫画とかのことです。彼のスマホやパソコンにはお気に入りの絶望顔フォルダがあります。ドン引き顔フォルダもある