97. 緊急事態発生 前編
木南のプロポーズの翌日。
buddyは次の公演の打ち合わせのため、GEMSTONEに来ていた。
話がまとまり、今日はもう終わりという時に、深尋が、
「あっ、あのっ、元木さん。お話が......あるんです......あと、みんなにも....」
恥ずかしそうにもじもじする深尋に、元木は何かを感づいた。
僚、隼斗、竣亮、誠はその話がなんであるか、大方の予想はついているが、明日香と3人のマネージャーは「なに?なに?」と、少し不安げだ。
「わたしね、光太郎くんにプロポーズされたの。それで、そのっ.....」
「わかった。わかったよ、深尋。OKしたんだね?」
元木は、深尋の話を最後まで聞かずに尋ねる。
「はい.......」
その答えを聞いて、元木は少し頭を抱える。そして、おもむろに隼斗と竣亮を見る。
「お前たち、まさか......」
まあ、こんなに続けば気づかれるだろうと思っていた男4人は、素直に元木に白状する。
「元木さん、俺も芽衣に結婚を申し込もうと思ってるよ」
「僕も葉月さんに.....」
隼斗と竣亮は、もう隠す必要がないと思い、そのまま話す。
明日香と深尋は、隼斗と竣亮がそんなことを考えていたとは思わず、驚き過ぎて開いた口が塞がらない。
元木も、これまで6人に恋愛をするなと言ったことがなかったし、恋人が出来てもそれを容認してきた。
しかし、結婚となると話は変わってくる。それは、公表しなければならない項目の1つだからだ。
それが、誠以外のメンバー全員となると.......
「そうか......お前たち、それを狙っていたのか」
15年以上付き合いのある元木だからわかった。この連続してプロポーズをしている意味が。
「公表するのは、全員いっぺんにしようって思ってるんだな?誰か一人だけに的を当てさせるのではなく、全員でその的になろうと考えて......」
「まあ、ほぼ、そんな感じです。それ以外にも、明日香と深尋を含めた女性たちのためでもあるんです」
僚が、どうしてこうしようと考えたのか、その理由を元木に説明する。
「俺たちは今年で26になります。自分たちの同級生も、結婚して家庭を持つ人が増えています。中には、子供がいる人も。そう考えた時、俺たちは仕事ばかりを優先していいのかと考えました。このまま、だらだらと付き合い続けていいのかと。それと、これは特に長瀬さんと葉月さんにですが、俺たちの都合で彼女たちに待ってもらうのは、違うんじゃないかと思ったんです。彼女らの貴重な時間を潰していいのかと。だから、誠の結婚式の時に、美里さんが明日香にブーケを渡した時、これを次に繋いでほしいと言っていたことを思い出して、こうしようと決めました。俺も、木南も軽い気持ちでプロポーズをしたわけではないですし、隼斗も竣亮も、いまその準備をしています。だから元木さん.......」
僚にそこまで言われて、元木も観念する。
「わかった、わかった。お前たちが真剣だということは、よーくわかったよ」
そう言って、ふぅーーーっと息をつく。
「まったく......そうだな。明日香も深尋も、それに彼女たちも。確かに、こっちの都合で彼女たちの時間を奪うのは違うよな.....それに女性として生まれたからには、自分の子供を産みたいという気持ちはあると思うし、男にはできないことだ。お前たちがそこまで考えていたとは、思わなかったよ.....」
元木は一定の理解を示した上で、隼斗と竣亮に質問する。
「僚の話を聞く限り、お前たち2人とも真剣なんだな?」
「はい。ちゃんと真剣に考えてます」
「もちろんです」
その答えを聞いて、元木も一緒に覚悟を決める。
「とりあえずさ、いつプロポーズするのかは教えてくれ。急に言われると、心臓が持たん」
元木は冗談ぽく言うが、案外本気かもしれない。
こうも立て続けにプロポーズの報告を受けるとは、想像もしていなかったからだ。
「俺は7月25日。東京公演のあとに予定しています」
「僕は8月10日の葉月さんの誕生日です」
「今度は少し空くんだな。その間に、公表をどうするのか、こちらで考えておくよ。はぁ....お前たちにはずっと、手を焼かされっぱなしだな」
元木はこの日、嬉しいような、悲しいような、そんな気持ちで一杯だった。
それからもライブツアーは順調に続き、7月に入っていた。
あとは東京、仙台、札幌を残すのみとなった。
その中でも東京公演は、7月20日、21日の2日間で10万人を動員する規模で開催されるため、これまでの会場とは規模が変わってくる。
それゆえ、リハーサルにも余念がない。buddyの6人も、そしてこれまで帯同してきたスタッフも、全員集中して臨んでいた。
21日には、市木、木南、芽衣、葉月が来ることになっていた。美里も来たがっていたが、妊娠中のため大事を取って今回は見送った。
東京公演3日前。今日から、会場でのリハーサルが始まる。
このリハーサルが始まると、より一層緊張感が増してくる。
「やっぱ、すげーよな。こんなにたくさんの席が埋まるんだぜ?」
隼斗はステージの上から会場をぐるっと見渡し、感嘆の声をあげる。
「ホントだね。デビューした時には、こんなこと想像もつかなかったよ」
藤堂姉弟でそんなことを話していると、後ろのスタッフから、
「みなさん、1時間休憩でーすっ!水分補給も忘れずにお願いしまーす!」
と声が掛けられたので、みんなで楽屋へと戻る。
楽屋は、着替えるとき以外は、基本的に全員同じ部屋で過ごしている。
ご飯を食べながら、舞台の構成や修正点を話すためでもあった。
「なんか、ここに来ると始まったなぁって感じるよ」
「そうだな。東京が一番規模がデカいから、ここを成功させないと、次の仙台に行けなくなるな」
「みんな、その前に大切なことがあるのを、忘れてないか?」
「あ.......」
東京公演が終わった後、隼斗は芽衣にプロポーズをする予定だ。
僚や木南からいろいろ話を聞いたが、あの2人でさえ、口から心臓が飛び出るほど緊張したと言っていた。
それを考えると、隼斗もそわそわしてしまうが、とりあえず今は、目の前のライブに専念しようと頭を振る。でも考える、というのを繰り返していた。
芽衣に結婚の意思があるか聞いたことはないが、交際期間も長いし、意識はしていると思う。何より芽衣は子供好きだ。
それもあって、4月からは循環器内科の病棟から、産婦人科の病棟へ異動していた。ちなみにそこにはいま、市木が研修医としているようだ。
「隼斗、頑張ってね」
明日香が隼斗を応援する。いつも、恋の応援に関しては、隼斗が明日香を応援することが多かった。けれど、今回ばかりは逆になってしまった。
「おう、頑張るよ。俺がOK貰えたら、また一緒に実家行くんだろ?」
「うん、そうしようと思ってるよ。その方が衝撃も1回で済むしね」
「僚もそれでいいのか?」
「ああ、お前たちがそれでいいなら。その後に、俺の実家に行こうと思ってるし」
「明日香のお父さん、大丈夫かなー?」
「............大丈夫だよ、きっと」
5年前に、僚と付き合っている報告をしたときよりは、父親も成長していることを願うばかりだ。
そんなことを話していると、誰かのスマホが鳴っていることに気づく。
「あ、俺だ」
誠はそう言って、スマホを耳に当てながら、みんなと少し距離をあける。
誠が電話をしているので、話す声を小さくしてしゃべっていると、突然、
「えぇっ⁉入院ですか⁉どこに........はい........はい.........」
と聞こえてきた。突然の「入院」という言葉に、誠以外の5人も固まってしまう。それから、電話を切った誠の顔は、明らかに青ざめていた。
「誠っ、どうしたの⁉入院って、誰が⁉」
明日香が誠に尋ねると、大きな体を震わせながら、誠がゆっくり口を開く。
「あ.....美里が.....救急車で.....大学病院に.........あぁっ....どうしよう俺、どうしたらいい.....⁉」
そう言う誠は、明らかにいつもの誠とは違い、動揺している。
そこで明日香が誠に喝を入れる。
「誠っ!しっかりしなさい!とりあえず、元木さんに言って、誠は病院へ向かうの‼いま一番大変なのは美里だよ⁉誠がそんなんでどうするの‼」
その言葉を聞いて、僚が元木を呼びに走る。
「美里ちゃんが救急搬送された病院って、光太郎くんと市木くんの病院だよ.....」
「とりあえず誠、早く着替えろ!荷物は俺と竣亮でまとめるから!」
誠は、早く動きたいのに、それが出来ない。とにかく体中が震えて、着替えすらも手につかない。
通路からバタバタバタッと音がして、僚と元木が飛び込んでくる。
「誠は⁉」
「いま、着替えさせてます」
「救急搬送って、どういうこと⁉」
「電話の内容はわたしたちも聞いてないのでわからないんですが、とにかく誠が動揺しているんです」
「わかった。僕が一緒に病院に向かうから、お前たちは誠抜きで午後のリハーサルをするように」
「はい、わかりました......」
そこまで話すと、顔面蒼白の誠が着替えを終えて出てきた。
「みんな、ごめん......」
「謝らなくていい。とりあえず、早く行って状況を確かめるんだ」
「ああ、わかった......」
それから誠と元木は、急いで病院へと向かった。
残された5人は、気がかりでしょうがなかったが、自分たちにできることは何もない。
ただ、ただ、美里の無事と、お腹の中にいる赤ちゃんの無事を祈るしかできなかった。
一方、病院では。
「市木先生、これから切迫早産で母体搬送があるので、準備してください」
「はい、わかりました」
「電カルの登録は済んでいるので、投薬指示と検査内容の登録お願いします」
指導医にそう言われて渡されたカルテ番号を入力し、その患者の情報をパソコンの画面に出す。
「崎元美里.............はぁ⁉」
市木はその名前を見て驚く。
美里ちゃんが切迫早産で、ここに母体搬送される。
確かいま、あいつら東京公演のリハーサルの真っ最中だったよな.....そんなことを考えていると、指導医の先生に「どうしました?」と声を掛けられる。
市木は迷ったが、どちらにしてもわかることなので、正直に話すことにした。
「ふむ......この患者さんの旦那様と友人で、患者さん本人とも付き合いがあるんですか......」
「はい......僕、担当外れた方がいいですか?」
市木はまだ勉強している身ではあるため、1人でも多くの患者を診たい。しかしそれが身近な人間だと、お互いにやりにくさもあるし、何とも難しい状況だ。
「市木先生は、どうしたいですか?」
「僕は.....勉強中の身なので、選り好みする立場にありません。たとえ身内であっても、そこは割り切って診察・治療したいと考えています」
市木の話を聞いて指導医の先生に、
「わかりました。あとは患者さんと、ご家族さんの意見も聞いて決めましょう。それでいいですか?」
そう言われたので、市木はそれを了承する。
とにかく今は、美里のお腹の子供を守るためにできることをやるだけだ。
そうして準備していると、1台の救急車が到着した。
ストレッチャーに寝かせられた美里は、そのまま産婦人科の検査室へ運ばれた。そこで市木は、美里と顔を合わせる。
「あ.....市木くん.....やっぱり、市木くんがいる病院だったんだね」
「うん、そうだよ。美里ちゃん、お腹の子も頑張っているんだから、美里ちゃんも頑張ろう」
「うん.....ありがとう。がんばる......」
それからは指導医の先生が、診療情報提供書(紹介状)を元に、内診、エコー、血液検査などを行っていく。
市木はその結果を、電子カルテに次々と入力していく。
一通り検査が終わったところで、看護師から「ご主人様が到着されています」と報告があった。
美里は入院のために、病棟の看護師によって病室へストレッチャーに乗ったまま上がってしまった。
仕方ないので指導医の先生とともに、美里の入院する部屋で本人を交えて説明することになった。
誠を呼びに市木が廊下に出ると、向こうもこちらに気が付いた。
「市木......美里は......?」
「誠、これから病室で説明があるから、俺と一緒に行こう。元木さんは申し訳ないですが、救急の待合室で待っててもらえますか?」
市木にそう言われた元木は、素直にそれに応じる。
それから市木と誠はエレベーターに乗り、病棟へと向かう。
美里が入った病室に入ると、看護師が点滴の準備をしていた。
その部屋は個室で、トイレと洗面台、簡単なシャワーが備え付けられている部屋だった。
ベッドの脇には指導医の先生もいて、パチパチとパソコンで入力していた。
「先生、ご主人様を連れてきました」
市木が指導医に声を掛けると「ああ」と言って、顔を上げる。
そして、誠を美里のそばに座らせて、指導医の先生から病状の説明と今後の方針について説明がされた。
美里は現在、妊娠23週目で今日は妊婦健診で母親と一緒にクリニックを訪れた。そこで検査したところ、子宮頸管と呼ばれる、赤ちゃんを支える大事な管が短くなっており、今にも出産しそうな状態だという。しかし、23週では赤ちゃんが十分に育っておらず、最悪助からない場合もあるということだ。
とにかく今は絶対安静で、ベッド上から下りることはできないことと、24時間の点滴治療が必要だということを、指導医の先生がわかりやすく丁寧に、2人に伝える。
「それと、お2人は市木先生とご友人だとお聞きしたのですが?」
「はい......大学....いや、高校の時からの友人です」
「今回、主治医はわたしになるんですが、わたしは市木先生の指導医でもあります。もしお2人が、顔見知りで治療を受けづらいと感じるなら、市木先生を外すことも出来ますが、どうしたいですか?」
指導医の先生は、感情を表に出すことなく、粛々と質問をしていく。
「あの....先生、わたし、市木くんにも診てもらいたいです。実は、わたしの妊娠にすぐ気づいたのも市木くんだったので、信用していますし.....」
「美里ちゃん......」
市木は仕事中にも関わらず、思わずいつも通りに呼んでしまった。
美里の言葉を聞いて、誠もそれに同意する。
「妻が望むのであれば、俺もそれでいいと思ってます。それに、市木....先生は、俺の仕事のこともわかるので、その点でも安心できますから」
誠のその話を聞いて、指導医の先生がまた質問をしてくる。
「お仕事は何をされているのか伺っても?」
「あ......歌手活動をしています。buddyというグループで........」
「そうですか......わかりました。それでは引き続き、わたしと市木先生で担当いたします。それではお大事に」
指導医の先生は、深いことは何も聞かず、そのまま部屋を出ていった。
「市木、美里のことよろしく頼む」
そう言って、誠がぺこりと頭を下げる。
「ああ、医者はやれることをやるだけだ。美里ちゃんも、気をしっかり持って、赤ちゃんのために頑張ろうな」
「うんっ......!」
その時、コンコンコンとノックが聞こえ、ドアを開けて入ってきたのは、芽衣だった。
「美里ちゃんっ!」
「芽衣ちゃん.....」
聞けば芽衣は、美里が搬送されてきたと知って、自分が受け持ちになりたいと病棟師長に直談判したそうだ。
「迷惑かなって思ったけど、でも、こういう時は知っている人がそばにいる方がいいと思って.....」
「ううん、ありがとう。芽衣ちゃんがいてくれたら、心強いよ」
「ありがとうな、長瀬」
そこで芽衣は誠を見て一言言う。
「そうだ、崎元くん。あなた、顔を何も隠していないから、病棟の看護師が騒いでいるのよ。今度来るときは、帽子でも、メガネでも、マスクでもしてきてね。目立ってしょうがないから」
誠は、美里が救急搬送されたことで動揺し、そんなことまで頭が回っていなかった。
「わかった......気を付ける」
「それと、今日からリハーサルでしょ?大丈夫なの?」
「ああ、俺抜きで5人でやってる......」
「ええ⁉5人でって.....」
「誠くん、これからお母さんも荷物を持って来るし、芽衣ちゃんもいるから、早く戻って。みんな待ってるよ」
「でも、美里.......」
「わたし、ステージで頑張っている誠くんが好きなの。赤ちゃんと一緒に応援しているから、絶対成功させて。ほら、早く行って」
誠は、美里からもそんなことを言われるとは思ってもいなかったようで、少しショックを受ける。
「そうそう。美里ちゃんは点滴に繋がれたままで、トイレ以外ベッドから下りられないんだから、崎元くんがいたところで何もできないよ。3日後にはライブでしょ?」
「まこっちゃん、医者の言う事より、看護師の言うことを聞いた方が身のためだぞ」
誠は、美里と芽衣、それに市木にまでそんなことを言われ、後ろ髪を引かれる思いでしぶしぶ病室を出た。
病室の目の前はナースステーションになっており、誠が出てきたのを見て、看護師たちが「わぁっ!」となる。
「こうしてみると、まこっちゃんもやっぱり芸能人なんだな」
一緒に部屋から出てきた市木が誠にそう言うと、
「あいつらがいなければ、気づかれないと思ったんだけどな」
などと言うので、市木は誠に言ってやった。
「お前さ、1人でも十分目立ってるぞ。そろそろ自覚しよ~」
そう言われてもな.....と思いながら、誠は元木が待っている待合室へと向かった。




