96. 男たちの作戦②
僚のプロポーズから一夜明けて、ホテルの朝食会場で、2人からみんなへ報告をした。
このホテルには、buddyの6人をはじめ、マネージャーやその他のスタッフも数多く宿泊しているため、他の一般客と朝食会場を分けていた。
なので、こういう内輪話も出来る環境であった。
「明日香ぁ.....おめでとうー」
報告を聞いた深尋が、一番に喜ぶ。
「ありがとう、深尋」
隼斗、竣亮、誠も祝福してくれた。
あの熱愛報道から約半年。あのときは少し苦しくて、悲しくて、つらかったけど、僚と一緒だから乗り越えられたと、いまはそう思える。
「そうか、僚と明日香も決めたんだな」
報告を聞いて、元木もこの先のことを考えなくてはいけない。
「はい。事後報告で申し訳ないですが、よろしくお願いします」
僚が元木に丁寧に頭を下げる。
「うん、わかった。そうなるだろうとは思っていたしね。ところで、発表とかどうするか考えているの?」
「はい。いずれ発表はするつもりですが、とりあえず明後日にはライブの初日を迎えますし、そのあとも8月まで続くので、いまはライブに集中しようと2人で話したんです。なので、発表はそのあとがいいかなと思っています」
僚がそう言うのを聞いて、元木も納得したという様にうんうんと、首を縦に振る。
「そう言ってくれて安心したよ。そうじゃなかったら、どうしようかと心配だったんだが、やっぱり僚は根っからのリーダーだね」
「だって、でないと来てくれるお客さんに申し訳ないですし、それに、仕事を頑張るのが、明日香を幸せにすることに繋がるから.....」
その言葉を聞いて、明日香以外の全員から生温かい目を向けられた。
そして、5月18日にライブ初日を迎えた6人は、無事に2日間のライブを終えた。2日間で約2万人を動員したライブは大成功で、次の九州へ大きく弾みをつけるものになった。
次のライブまで10日ほど空くため、一旦戻ることになった6人は、久しぶりにそれぞれの自宅へ帰ってきた。
「ただいまー」
夕方の18時過ぎに、深尋が玄関の扉を大きく開けて、キャリーケースを運び込んでいると、リビングから木南が出迎えにきてくれた。
「おかえり、深尋ちゃん。お疲れさま」
そう言うと木南は、ひょいっとキャリーを持ち上げ、寝室へと運ぶ。
そして、すぐに出てきたかと思うと、
「深尋ちゃん.....」
といって、抱き締める。
「はーーーっ、光太郎くんのニオイだぁ.......」
1週間ぶりの再会に、お互いの背中に腕を回してその存在を確かめ合う。
これが、いつもの2人のルーティーンだった。
「お腹空いた?」
「うん、空いた。何かあるの?」
「昨日、カレー作ったんだ。一晩寝かせたから、美味しくなってるよ」
「やった!食べたい!」
「じゃあ、ご飯入れるね。手を洗って、着替えておいで」
木南はちゅっと深尋のおでこに軽く口づけを落とす。
それを受け取ると、深尋は「へへっ」と笑い、洗面所へ向かった。
それからダイニングテーブルに腰掛け、久しぶりに2人でご飯を食べる。
「いつ食べても、光太郎くんのカレーは美味しいね」
「ははっ、ありがとう。葉月教?じゃないけど、僕も深尋ちゃんの胃袋、掴めてるかな?」
「うんっ、それはもうガッチリとっ!」
深尋は握りこぶしをぎゅっと木南に見せ、にへっと笑う。
「深尋ちゃん、明日もお仕事?」
「ううん。明日は1日オフだよ」
「そっか。僕も明日は午後からお休み貰ったんだ。深尋ちゃんが疲れてなかったら、久しぶりにデートする?」
その言葉を聞いて、深尋の目がキラキラっと輝く。
「いいの⁉」
「うん、もちろん。どこか行きたいところある?」
そう聞かれて、んーーーーっとしばらく考える。
「あのね....わたし、スカイツリーに行ってみたいの。まだ1度も行ったことないから......」
「僕はいいけど、深尋ちゃんは大丈夫?」
「うんっ!ちゃんとバレないようにするからっ」
深尋にここまでお願いされては、木南も断れない。まあ、断る気もないが。
「わかった。じゃあ、明日14時に駅で待ち合わせね。あと、ディナーはあのキッシュの美味しいお店、覚えてる?」
「覚えてるよっ。光太郎くんとの初デートの思い出のお店だもん」
2人が付き合うきっかけになった、あの初デートを深尋が忘れるはずがない。あの時の胸の高鳴りは、いま思い出してもドキドキするのだから。
「そのお店を予約しておくから、そこに行こうか」
「うんっ!楽しみー」
そうして2人は、久しぶりに外で待ち合わせをして、デートすることになった。
翌日。自宅のマンションと、病院のほぼ中間にある、スカイツリーへ繋がる駅で、木南は深尋が来るのを待っていた。
今日デートするにあたり、木南は深尋に少し嘘をついた。
まず、深尋が今日一日オフだということを知っていたこと。そして、キッシュのお店は、すでに予約済みだったこと。
木南は、僚から渡されたバトンを持って、今日を迎えた。
お互いの気持ちは知っているのに、どうしても緊張してしまう。自分が失敗してしまえば、次につなげることが出来ない。
次に待っている隼斗のためにも、失敗は許されない。
ふぅーーっ....心を落ち着かせるために深呼吸していると、
「光太郎くんっ!お待たせっ」
そこには、ピンクとグレーのチェック柄の膝上ミニスカートに、白のニット、黒いタイツに、黒のショートブーツの深尋がいた。
そして頭には、丸みのフォルムのキャメル色のキャスケットをかぶり、べっ甲柄の丸い伊達メガネを掛けていた。
木南は、今日の作戦の緊張なのか、それとも別のものかわからないが、深尋を見た瞬間、心臓がバクバクする。
「深尋ちゃん、今日も可愛いね」
なるべくいつも通りにするが、気づかれてないだろうか。そんなことを思いながら深尋の手を握ると「へへっ」と言って、照れ笑いしていたので、大丈夫そうだと安心する。
そこからタクシーでスカイツリーに向かうつもりだったが、深尋が、
「久しぶりに電車に乗りたい。その方がデートっぽいでしょ?」
というので、そのまま駅の改札に入り、電車で向かうことにした。
電車内は平日でも結構人が乗っていて、深尋に気づいた人に騒がれるのはイヤだなと思っていたが、帽子とメガネのおかげか、今のところ気づかれた様子はない。
スカイツリーに到着した2人は、さっそくチケットを買いに行く。
チケットは2種類あるようで、天望デッキのみのものと、天望デッキよりさらに上の天望回廊がセットになったものがあり、せっかくだからと天望回廊がセットになったチケットを購入することにした。
「光太郎くん、お金......」
「深尋ちゃん、今日は深尋ちゃんが頑張ったご褒美のデートだから、気にしなくていいんだよ」
「でも......」
「それに僕もかっこつけたいんだ。ダメ?」
そんな言い方されて、ダメなんて言えるわけがない。
「........ありがとう、光太郎くん。でも、こんなことしなくても、光太郎くんはかっこいいよ.......」
深尋と付き合って5年。今では一緒に暮らしているし、お互いのことは知り尽くしているはずなのに、こうして胸をドキドキさせるのはやっぱり深尋だけだ。今もし、どこかに扉があれば、2人で今すぐに入って閉じ込めてキスしたい。そんな衝動に駆られながらチケットを購入し、天望デッキへ昇るためのエレベーターに向かって行った。
そこからさらに天望回廊へと昇っていく。順路的には、上から下へと見学することになっている。
「たっかーい!建物が豆粒みたいだよ」
「ホントだね。僕らの世界って、こんなに狭いんだね」
ガラス張りになっている回廊を歩きながら、そんなことを話す。
「こんなにたくさん建物があって、人がそこにたくさんいて.....そう思うと、わたしが光太郎くんに出会えたのは、奇跡なんだと思っちゃった」
ニコッと笑いながら木南を見上げる深尋に、木南も笑顔を返す。
「そこは、デビルマンに感謝だね」
「あははっ!そうだねー。あの時わたしが隼斗に電話してなかったら、光太郎くんと出会うことはなかったし、市木くんが呼んでくれたから、出会えたんだもんね」
2人は思い出話をしながら、景色を楽しみつつ、久しぶりのデートを満喫していた。
天望回廊、天望デッキと回った2人は、スカイツリーの下にあるショッピングフロアを見て回り、深尋はコスメショップで明日香へのプレゼントを買った。
「何を買ったの?」
「金木犀の香りがするボディクリームだよ。明日香の婚約のお祝い」
深尋が自分のことのように喜びながらそう言うので、木南はディナーの時間が近づいてきたのを意識せざるを得なかった。
ショップのフロアを出て、予約した店までタクシーで向かおうと、タクシー乗り場に向かって手を繋いで歩いていると、
「あーーっ!木南先生っ!」
と声がする。思わず条件反射で振り返ると、以前同じ病棟にいた看護師2人がこちらに向かって歩いてきていた。
「やっぱり、木南先生だー」
「デートですか?先生」
デートじゃなかったら何に見えるんだと言いたかったが、そこはぐっとこらえて、笑顔を取り繕う。深尋は、かぶっている帽子を深めにかぶり、木南の袖をぎゅっと掴んで、顔を見せないように俯いた。片方の手は繋いだままだ。
「そうだよ、デート中」
早く話を切り上げたくて、短い返事をする。
「木南先生、前にbuddyの新井深尋が彼女だって写真見せてたから、本当はいないんだと思ってたら、やっぱりいたんですねー」
「市木先生も一緒になって、たち悪いですよ」
その2人の話を聞いて、えっ?と深尋は思わず顔を上げる。
その見上げた顔を、看護師2人は見逃さなかった。
「うわっ、木南先生の彼女、可愛いじゃないですか......」
「でも、誰かに似ているような......?」
看護師は観察力が優れているので、これ以上ここにいるとバレるのも時間の問題だった。写真を見せた時はバレてもいいと思ったが、いまは逆にバレたくないと思ってしまう。
「わかってくれたならいいよ。じゃあ、僕たち急いでいるから」
そう言って看護師2人を振り切って、木南と深尋は止まっているタクシーに飛び乗った。
はぁ.....。タクシーが発進すると、木南は長く息を吐く。
「光太郎くん、あの人たちにわたしの写真見せたの.....?」
勝手に写真を見せたことを怒っているのかと思った木南は、若干気まずさを感じながら「うん....ごめんね」と謝る。
それを聞いた深尋はなぜか「ふふっ」と笑っている。
「.......怒ってないの?」
「なんで?怒ってないよ。嬉しかったの」
「嬉しかった.......?」
予想もしていない答えで、木南は少し驚いた。
「うん。だって、光太郎くんが正直に彼女たちに言ってくれて、嬉しかったもん。信じてくれなかったみたいだけどね」
深尋のその言葉を聞いて、安心する。まだ大丈夫だと、自分に言い聞かせた。
予約していた時間の18時ちょうどに店に入ると、半個室になっている席に通された。テーブルにはキャンドルが置いてあり、ムードたっぷりな雰囲気も相変わらずだった。
お店のスタッフがおススメしてくれたサングリアで乾杯し、美味しい料理に舌鼓を打つ。
サクサクのパイ生地と、ホウレン草やベーコンに卵と生クリームのフィリングを纏わせて焼き上げたキッシュは、5年前と変わらず美味しい。
その他にも、シーザーサラダやパスタなども注文し、深尋は大満足だった。
「深尋ちゃん、デザートもあるけど食べる?」
木南にそう聞かれた深尋は、お腹いっぱいだけど、せっかく準備してくれたのなら食べるという選択肢しかなかった。
「食べるっ!食べたいっ」
深尋の返事を聞いて、木南はわかったと言い、お店のスタッフさんを呼ぶ。
「すみません、デザートお願いできますか?」
「かしこまりました」
そのやり取りを見ながら、深尋は何が来るかな?とワクワクしていた。
その10分後、木南は白い皿を持った男性のスタッフさんが席に向かって歩いてくるのを確認すると、深尋におかしなことを言う。
「深尋ちゃん、今日のデザートは特別に作ってもらったものだから、手で目を抑えてて。僕がいいって言うまで開けたらだめだよ?」
「.....うん、わかったー」
深尋は木南の言うことを疑うことなく、自分の目を両手で覆い、いいよと言われるのを待った。
コトッと、自分の前に何かが置かれたのを感じる。音からしてお皿なのは間違いない。一体、どんな盛り付けがされているんだろう?
深尋がドキドキしながら待っていると「目を開けていいよ」と、声が聞こえた。
深尋は自分の手をゆっくり目から外し、その大きな目をパチッと開けて目の前に置かれたお皿を見る。
そこには、真っ白なお皿にたくさんの花が盛りつけられていて、その真ん中には四角い箱に入った指輪が置いてあった。
その指輪の下には英語で、
『Will you marry me?』(結婚してくれませんか)
とチョコペンできれいに書かれていた。
「光太郎くん......これって......」
何が起こったのか理解が追い付いていない深尋は、両手で口元を抑える手がプルプルと震えている。木南は深尋の隣に座り、深尋の両手を握る。
「深尋ちゃん、僕はこの先も深尋ちゃんと一緒にいたいし、君を守るのは僕でありたいんだ。お互いに大変な仕事だけど、深尋ちゃんと一緒なら頑張れるし、僕は深尋ちゃんじゃないとダメなんだ。だから.....僕と結婚してくれませんか?」
木南の言葉を聞いて、深尋の大きな目から涙が溢れだす。
「......うん..っ......は、は....い.....よろしく.....おねが....いします......」
涙の止まらない深尋の左頬に手を添えて、木南は瞼の上にそっとキスをする。
「2人で幸せになろうね......」
木南の作戦も上手くいった。
店を出るとき、指輪を持ってきてくれた男性のスタッフさんに、
「今日はありがとうございました。おかげでいい返事がもらえました」
と伝えると、
「おめでとうございます!」
と祝福してくれた。しかしその後に、
「あの.....不躾な質問なんですが、彼女さんって、buddyの新井深尋さんですか?」
と、コソコソっと聞かれた。深尋は、食事中は帽子も取っていたし、メガネも外していた。だからお店のスタッフが気づくのも無理はないだろうと思った。でも木南はもう迷わない。
「そうなんです。でも、それは発表があるまで、内緒にしていてください。このお店にはまた来たいので」
それを聞いたスタッフさんは、
「もちろんですっ!またぜひ、いらしてください!」
と、笑顔で送り出してくれた。
今度は、葉山と明日香ちゃんを連れてくるのもいいかもしれないな、と木南は思った。
そしてその夜。木南は隼斗にメールを送る。
「作戦成功。隼斗の健闘を祈るよ」
木南は無事、バトンを隼斗に渡すことが出来た。




