95. 男たちの作戦①
4月になると、いよいよライブ初日まで、残すところあと1か月となった。
こうなるとbuddyの6人に休みはない。
ライブの構成や演出の打ち合わせ、衣装合わせ、ライブ会場に合わせての振り付けの変更など、スケジュールはギチギチに詰まっている。
それ以外の空き時間にも、雑誌の取材を受けたり、写真撮影があったり、音楽番組の収録があったりと、6人はハードスケジュールをこなしていた。
今回のライブツアーは5月18日に沖縄から始まり、九州、中国、四国、近畿、東海、北陸、関東、東北と続き、北海道で最終日を迎える。
全国のスタジアムとドーム、ホールを合わせた全10か所でのライブツアーとなっている。
そして来年はデビュー10周年を記念して、5大ドームツアーを計画していた。
そんな中、浮かない顔の男が1人いた。
「はぁ......心配だな。何かあったらどうするんだ?」
「誠、美里さんのお母さんも来てくれてるんだろ?心配ないって」
「そうだよ誠。誠が出来るのは、美里ちゃんと生まれてくる赤ちゃんのために、一生懸命仕事を頑張ることだよ」
妊娠が発覚して以降、つわりで苦しむ美里を家に置いて出ていかなければならない誠は美里の母に、
「男が家にいてもできることはないから、しっかり稼いで来なさいっ!」
と言われて、毎日家を出ていた。
ライブツアーも間近なため帰宅時間も遅く、自宅に帰ったときには美里はすでに眠りに就いている。
そんなすれ違いが続いているせいか、誠にしては珍しく感情を表に出し、ただでさえ低いテンションが、地面を突き破る勢いでただ下がりだ。
家では辛そうな美里の姿をみるだけで、何もできないのが歯痒い気持ちが大きかった。
しかし、だからといって時間が止まってくれるわけもなく、刻一刻と日々は過ぎていく。
気が付けば、初日を迎える沖縄へ出発する日が迫っていた。
5月12日。沖縄へ行く前日。
僚と明日香の家に、市木、木南、深尋が来ていて、5人で食事をしていた。
明日から1週間留守にするのと、ライブ成功を願ってのささやかな食事会だ。
同じマンションに住む5人は、こうして時々集まって食事をすることが増えていた。
市木の葉月教による料理レッスンも、竣亮が律儀に行っているようで、先日、市木特製のオムレツを作ってくれた。形は若干いびつだが、食べられないことはなかった。
ただ、ここ1か月ほどは休みが取れず、料理レッスンも出来ていないので、再開した時にはまた、元に戻っているかもしれない。
「そう言えば葉山、例の作戦は上手くいきそう?」
食事が済み、男性3人が最近ハマり出したワインを飲みながらソファでくつろいでいると、木南がコソコソっと聞いてきた。
すると僚は、キッチンで洗い物をしている明日香と深尋を確認して、2人にしか聞こえないように打ち明ける。
「15日の誕生日に、しようと思ってる......」
「そう.....まあ、思い出の沖縄だしね」
「それは......たまたまそうなっただけだよ......」
何を思い出したのか、僚は少し顔を赤くする。
それを見ていた市木が、おもしろくないという顔で僚を見る。
「葉山、俺の前でよくも、あの沖縄での話が出来るな。鬼か⁉」
「まだ根に持ってるの?市木」
「当たり前だろ⁉あの屈辱を俺は忘れないぞ......」
「いや、屈辱も何も、勝負にもなってなかっただろ」
僚にバッサリと切られ、悔しいとばかりに、くぅ~~っと悶える。
「今に見てろよっ!俺は葉月様の教え通りに料理をマスターして、誰もが羨むべっぴんさんをお嫁さんにするんだ!」
「はいはい、がんばってー」
棒読みで僚がそう言うと、洗い物を終えた明日香と深尋も混ざってきた。
「なーにー?楽しそうに話してー」
「市木がね、葉月さんを信仰している話だよ」
「市木くんと葉月さんの組み合わせって、なんか新鮮だよね」
「竣にしたら、迷惑以外のなにものでもないけどな」
市木以外の4人が好き勝手話しているそばで市木は「次はどんな卵料理がいいかな」と考えていた。
なぜ卵料理かというと、最近やっと、卵を上手に割れるようになったから。
卵を割りたいがために、卵料理に目覚めた市木だった。
それから3日後の5月15日。
ライブのリハーサルが終わり、buddyの6人と元木を含むマネージャー4人で、宿泊しているホテルの近くにある居酒屋で、隼斗と明日香のささやかな誕生日パーティーが行われていた。
2人には「王様」「女王様」というタスキがかけられ、まるで高砂のような席に座らされていた。
「お前たちも、もう26歳かぁ......早いなぁ......」
元木はオリオンビール片手に、しみじみという。
「元木さん、そんなこと言うと、お父さんみたいですよ」
「もうほぼ、お父さんじゃないっすか?」
中川と林の男性マネージャーが、元木に対して軽口をたたく。
この2人に女性マネージャーの清水を加えた3人のマネージャーも、buddyを担当して長い。
デビューの少し前からなので、もう10年の付き合いになる。
途中で入れ替えの話もあったのだが、6人からの信用が厚かったのと、なによりもこの3人が熱狂的なbuddyファンだった。
隼斗も、明日香も、信頼できる仲間たちに誕生日をお祝いしてもらえて、とても喜んでいた。
「じゃあ、誕生日なんだからせっかくだし、26歳の目標を聞かせてくれ」
元木にそう言われて、隼斗も、明日香も考える。
26歳の目標......あまり考えたことないな、と明日香が思っていると、意外にも隼斗が「じゃあ俺から.....」と言い出した。
「まずは、体力作り。最近トレーニングが出来てないから、ウェイトトレーニングを中心にしていこうと思う」
「うん、いいんじゃない?まだ若いとはいえ、体力は大事だよ。明日香は?」
元木に話を振られた明日香は、少し考えて口を開く。
「わたしは.....英語を生かせる仕事をしたいかな。最近しゃべってないから、発音も自信がないし......」
「例えば、どういうことがしたい?」
「例えば......英語で歌詞を書いたりとか、いまの仕事と結び付けられるものがしたい」
「うーん......そっかあ.....それじゃあ、僕らが頑張らないといけないね」
元木は困ったような顔をするが、内心嬉しかった。
新しい道が出来るかもしれないぞ、という期待があったから。
「2人とも、プライベートの目標はないの?」
酔った勢いなのか、元木はさらに2人に切り込んでいく。
「プライベートって......?」
明日香が聞き返すと、元木は少しぎこちなく笑い、
「その.....ほら、結婚....とかさ、そういうことを意識しないのかって」
突然そんなことを言われて、明日香も隼斗もギクシャクする。
「そ、そ、そんなっ、元木さん、急に言われてもっ.......!」
「そうだよ元木さんっ!変なこと言うなよ」
「何が変なんだよ?明日香も隼斗も、相手がいるだろ?明日香に至っては、すぐそばにいるし.......」
と言って僚を見ると、僚は「我関せず」という雰囲気で、すました顔でウーロン茶を飲んでいた。
そこでめずらしく竣亮と誠が、元木を制する。
「もうっ、元木さん飲み過ぎですっ!」
「元木さんも40過ぎて若くないんだから、それくらいにしといたら?」
「そうそう、あっ!ほら、もうこんな時間だし、今日はもう帰ろうぜ。明日も朝からリハだしさ。みんな!今日はありがとうな!」
そう言って、今日のお誕生日会はお開きになった。
(なんか、急に終わらせた?気のせいかな?)
明日香は変な終わり方に違和感を感じつつも、気のせいと思うようにした。
そして、いまbuddyの面々が滞在しているのは、沖縄本島中部の北谷町だ。
5年前にも訪れたことのある思い出の地に、1週間滞在することになっていた。
宿泊しているホテルは違うが、アメリカンビレッジもすぐそばにある。
店を出た後、僚が明日香に声を掛ける。
「明日香、ここに来るの久しぶりだし、ちょっと散歩しない?」
「わたしはいいけど、僚は疲れてない?」
「うん、大丈夫だよ。もう一度アメリカンビレッジに行きたいって言ってただろ?」
「うん、そう!あの年中クリスマスの商品を売っている雑貨屋さんに、もう一度行きたくって.....!」
僚にアメリカンビレッジに行こうと言われて、明日香が断るわけない。
それから2人は、アメリカンビレッジに行くことをみんなに伝え、ホテルとは逆方向に歩いていった。
「行ったか....?」
「行ったね」
「あとはどうなるか.......」
「大丈夫だろ。その次は......」
「なにコソコソしゃべってるの?」
隼斗、竣亮、誠が話していると、後ろから深尋が声を掛けてきた。
「お前っ!脅かすなよっ」
「なによ。男3人でコソコソして。イヤらしい」
「深尋、男にも男の事情があるんだ」
「ふーん......美里ちゃんにも言えない事情なの?」
深尋が誠を問い詰めている、世にも珍しい光景だ。
「美里はっ.....話せばわかるから.....」
「あっ、そう。別にあんたたちが何してもいいけど、光太郎くんは巻き込まないでね」
ふんっと言って、深尋はホテルの中へ入っていった。
「ははっ、木南も参加してるって知ったら、あいつどうするかな?」
「喜ぶでしょ。大丈夫だよ」
「俺、人生で初めて深尋が怖いと思った......」
誠は、先ほどの深尋が思いのほか怖かったらしく、しばらくトラウマになった。
一方、アメリカンビレッジに着いた僚と明日香は、雑貨屋さんに寄った後、ビレッジ内を散策し、そこから少し離れたジョギングコースにもなっている防波堤へたどり着いた。
「少し、休憩しようか」
そう言って、海に背を向けて防波堤に腰掛ける。防波堤と言ってもそれほど高くなく、ベンチほどの高さの塀がずーっと続いている場所だった。
背中には暗い海が広がり、波の音だけが聞こえている。右側にはアメリカンビレッジの明かりが見えて、街灯がなくても十分に明るかった。
「明日香、改めて、誕生日おめでとう」
2人で並んで座ると、右側から僚からお祝いの言葉を貰った。
「うん、ありがとう.....」
「それでさ、プレゼントがあるんだけど、受け取ってくれる?」
「......え?」
誕生日には毎年プレゼントを貰っていたけど、なんで今日はそんな言い方をするんだろう?と、明日香は疑問に思った。
すると突然、僚が明日香の前で片膝をついて、明日香の両手を握る。
「明日香、俺、これから先もずっと明日香と一緒にいたい。人生を共にするのは明日香しかいないって決めてるんだ。だから.......」
『俺と結婚してください』
そう言って僚は、着ていたジャケットのポケットから、小さな箱を取り出し、それを開けて明日香に向ける。
その中には、花に見立ててデザインされたダイヤモンドが輝きを放ち、ダイヤに沿うようにカーブしている美しいプラチナリングがあった。
明日香はそれを、おそるおそるゆっくり受け取って、間近で見つめる。
「あ.....あの.....明日香......?」
明日香が何も話さないので、僚は不安になって聞いてみる。
すると、その目には涙が溜まっており、瞬きをした瞬間、ポロっと一筋零れ落ちた。
「僚.......わたしでいいの?」
「うん。明日香がいい。明日香以外、考えられない」
その言葉を聞いて、明日香も決心する。
「わたしでよければ......僚のお嫁さんにしてください」
僚にそう言ってほほ笑むと、それを見た僚は立ち上がりながら、明日香の手を引っ張り自分の腕の中に明日香を閉じ込める。
「はぁ......ドキドキした......断られたらどうしようって」
「ふふっ、びっくりしたけど、断らないよ。断るわけない」
「ああ、どうしよう......幸せ過ぎる......」
「僚はこれで満足するの?わたしはもっと幸せになるし、僚のことも幸せにしたいのに......」
明日香にそんなことを言われて、僚は覚悟した。
明日香には一生かなわないなと。でも、それも悪くないとも思った。
アメリカンビレッジの夜景をバックに、2人の唇が重なる。
付き合ってから何度もキスしてきたのに、今日のキスがいままでで一番甘く感じる。そんなキスだった。
その後、ホテルに戻った2人は部屋の前で別れる。
いまや人気グループになったbuddyには、1人1部屋用意されていて、同棲している僚と明日香も1部屋ずつ貰っていた。
こんな時くらい一緒にいたいと思ったが、いまはツアー直前であり、大事な時だ。ここで公私混同は出来ないので、素直に自分の部屋に入った。
その分、家に帰ったら......と考えながら、僚はスマホにメッセージを入れ送信する。
相手は木南だ。
「成功したぞ。次、頑張れよ」
男たちの作戦は木南へとバトンが渡された。




