表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】buddy ~絆の物語~  作者: AYANO
大人編
94/111

93. 地固まる?

僚と木南はエレベーターに乗り、25階のボタンを押す。

「葉山.....僕、深尋ちゃんを泣かせてしまった......」

木南は、先ほど牧に対して冷たく言い放っていた時とは違い、今度は顔が青白くなっていた。

「大丈夫だよ。俺も一緒に説明するから」

「.......ああ。ありがとう......」

僚がそう言ってくれて嬉しいが、深尋の顔を見るまでは安心できない。

いつもよりエレベーターに乗っている時間が長く感じられた。


僚と木南で部屋に入ると、ダイニングテーブルにうつぶせて泣いている深尋がいた。そばでは明日香が深尋の背中をさすっている。

「深尋、木南くん来たよ」

明日香のその声で、深尋はガバッと顔を上げる。その顔は涙でぐちゃぐちゃで、目も、鼻も真っ赤になっていた。

木南はすぐに深尋のそばに行き、深尋の前で両膝をついて、両手を握る。

「深尋ちゃん、ごめんね......傷つけてごめん......」

「こ....こうた.....ろう...くん.......っ、あ.....あのひと......と、つ....きあ....って....るの......?」

「違う。付き合ってない。それは過去の話。深尋ちゃんと知り合う1年前に、とっくに別れてる。僕がいま付き合ってるのは、深尋ちゃんだけだよ。僕のこと信じて」

木南は持っていたハンカチで深尋の涙を拭う。でもその涙は、拭っても、拭っても、とめどなくあふれてくる。

「ほ....ほん...とうに....?」

「うん、本当。僕は深尋ちゃんと出会った時から、深尋ちゃんしか見てないよ。勉強を頑張るのも、仕事を頑張るのも、全部深尋ちゃんのため。これから一緒にいたいのも深尋ちゃんだけだよ」

木南の言葉を聞いて、深尋は木南の首に抱きつく。それを木南も優しく受け止め、深尋をしっかり抱き締める。


「不安にさせてごめんね。こんなに泣かせてごめんね」

優しい木南の声が、深尋を包む。

2人はしばらく、そうして抱き合っていた。


僚と明日香は、深尋と木南をダイニングに2人だけにして、寝室へ移動していた。明日香にも説明が必要だったからだ。

「明日香、イヤな思いをさせてごめんな.....」

「なんで僚が謝るの?僚は悪くないでしょう?」

あんなことがあったのに、意外と冷静な明日香に対して、僚はかえって不安に感じた。

「説明しようと思うんだけど、どっから説明したらいいか......」

隠し事をするわけではないが、牧の独白を聞く限り、事の発端は自分にもあることから、中学時代にまで遡って説明しないといけないことになりそうだと考えていた。

「僚、大丈夫。わたしは僚のこと信じてるから。何を言っても受け止めるよ」

明日香にそう言われた瞬間、僚は涙が出そうになる。


木南が言ってた「無償の愛」とは、こういうことをいうんだろうと思った。

明日香は自分に見返りを求めたことはない。自分に対してだけではなく、隼斗や深尋、竣亮、誠、市木.....増えた大切な友人たちにも、何かを求めたり、押し付けることはなかった。

大人になった今だからわかる。そんな明日香だから、好きになったんだと。


「明日香......愛してる......」

僚はそう言って明日香を抱きしめると、明日香もそれに応える。

「うん......わたしも、愛してるよ......」

そうして2人で抱き合っていたら、寝室のドアをコンコンとノックされる。


僚が立ちあがってドアを開けると、そこには木南と木南に肩を抱かれて立っていた深尋がいた。

「ごめん、葉山。今日はもう遅いし、少し頭の整理もしたいから、明日また出直してもいいかな.....?」

申し訳なさそうに言う木南に対し、僚も同意する。

「ああ、そうだな。俺もその方がいいと思う。深尋もその様子じゃ、話なんて聞けそうにないし、正直俺も、明日香にどう説明しようか悩んでいたんだ」

「うん.....それでさ、市木にも今日の話をしておきたいんだ。病院での対応も考えないといけないし、場合によっては指導医の先生とか、上の先生に言わないといけないかもしれない。だから.....」


休みが明けた月曜日から、木南はまた牧と一緒に仕事をしなければならない。

しかし、教えていないはずの木南の住所を知っていたことから、何かしらの手段で木南の情報を知り得た可能性がある以上、そのまま放置するわけにはいかなかった。

それは、医者として最もやってはいけない、重大なルール違反だからだ。


「うん、それがいいと思う。市木も呼んで、明日また話そう」

僚も、木南の立場を考えると、その方がいいと思った。

「ありがとう、葉山。市木には僕から連絡するよ。明日香ちゃんも、今日はごめんね」

木南に謝罪されて、明日香は両手をブンブンと振る。

「僚にも言ったけど、木南くんは何も悪くないよ。だから謝らないで。木南くんだって嫌な思いをしたんだから、そんなこと言う必要ないよ」

そう言って、明日香は今度は深尋の顔を見る。

「深尋も、木南くんのこと信じているでしょう?」

明日香にそう問いかけられて、深尋は首を縦に振って返事をする。

「ありがとう.....」

明日香にそう言ってもらえて、木南は嬉しかった。

そんな明日香を見て、葉山と市木が惚れるのもわかるなと思った。


それから木南と深尋は2つ上の階の自宅に帰っていった。

明日香が「明日話すなら、今日はもう寝よ?」というので、風呂に入ってその日は寝ることにした。


翌日の昼過ぎ。自宅のインターフォンが鳴り、画面を見ると、市木が立っていた。明日香は、エントランスの自動ドアを開け、市木が来るのを待つ。

その間に木南に連絡し、うちに来るよう伝えた。


そして、僚と明日香の家に5人が揃った。

リビングのソファに座っているが、みんな疲れた顔をしている。

深尋は泣き過ぎて顔がパンパンだ。

「なんか.....大変だったな.....」

市木が声を掛けるも、みんな顔で返事するだけで、言葉を発しない。

でも、とりあえずこうなったいきさつを話さないと始まらないので、僚が中学時代の牧との関係から話し始める。


友達だった牧にずっと言い寄られていたこと。牧が自分のことを忘れるために、1回だけデートしたこと。それでも諦めてくれなかったこと。

そして、高校1年のバレンタイン以降繋がりを絶ったこと。

包み隠さず、正直に話をする。

すると、そこまで話を聞いていた明日香が、口を開く。


「わたし、あの人のこと覚えてたよ」

明日香に言われて僚は、え?となる。

「だってあの頃、僚とその牧さんが付き合ってるって、市木くんが言ってたから......だからわたしは僚のこと諦めようと思ったの。昨夜、名前を聞いてすぐに分かった。あの人だって」

明日香の話を聞いて、僚は市木をギロッと睨み、市木はヤバいという顔をし、木南はお前サイテーだなという顔をする。


そして僚と疎遠になった後のことを、木南が話す。

牧から告白されて付き合ったこと。同じ医学部を目指して一緒に勉強したこと。大学入学後から束縛が激しくなってきたこと。昨夜のように実家の前で待ち伏せされたことが何度もあること。それに疲れて自分から別れを切り出したこと。

そして、いま病院でしつこく付き纏われていること。


「別れたのは大学1年の時で、まあ、別れるまで大変だったけど、何とか離れられたんだ。それから卒業まで、向こうから何も言われなかったから、別れたことも納得したと思っていた。深尋ちゃんに出会ったのは別れてから1年後で、牧とは完全に終わっていたよ。でも研修医になってしばらくして、付き纏いが始まったんだ。その理由がずっとわからなかったんだけど、昨夜、牧の話を聞いてわかった。あいつは僕に振り向いてほしくて、他の男と関係を持ったって。それも何人も。バカだよな、そんなことしても僕には深尋ちゃんがいたし、振り向くわけないのに」


木南のその話を聞いて、市木がしゃべりにくそうに口を開く。

「その、牧がいろんな男と関係を持っているのは、結構有名な話だったよ。言いたくなかったけど、俺も誘われたことあるし......」

「お前っ!まさか.....!」

「してないっ!してないよっ!速攻で断ったよ。あの時は俺も、明日香ちゃんしか眼中になかったし.....」

「最後の一言は余計だ」

僚がピシャッと言い放つ。


そこで、ずっと黙って話を聞いていた深尋が、静かに話し出す。

「でも光太郎くん、あの人なんで、光太郎くんと別れてないって言うの?」

「それは.......」

深尋が昨日あれだけ号泣した理由はこれだ。牧のあの一言が、深尋の心に不安という名の渦が巻いていた。

木南が答えに迷っていると、市木が深尋に話しかける。

「深尋ちゃんそれはね、牧の性格からして、ただ単に深尋ちゃんを傷つけるために言ったんだと思う。木南に大事にされている深尋ちゃんが、羨ましかったんだよ。ただそれだけの理由で君を傷つけたんだ。俺が言っても説得力ないと思うけど、木南は深尋ちゃんと付き合い始めてから、本当に深尋ちゃんだけだよ。それは葉山も知ってるし、なんなら、隼斗も竣亮も誠も知ってる。だから、そこは疑わなくていいよ」


深尋は、市木のことを頭のいい軽い男だと思っていたが、いまの話は信じようと思った。だって、僚も市木のその話に納得していたから。

「うん.....わかった。ありがとう市木くん。わたし、光太郎くんのこと信じるよ」

そう言うと、ほんの少しの笑顔を見せる。

それが見れただけで、みんな安心できた。


「ねえ、市木くん、木南くん。芽衣は大丈夫かな?昨夜あの人、芽衣のことも言ってなかった?」

明日香は芽衣のことを思い出し、2人に尋ねる。

「一応、隼斗を通して気を付けるように言っているよ。いま僕と芽衣ちゃんがいる病棟が一緒なんだけど、仕事以外の話はしないようにしている。それを見られて、牧を刺激したくないから。それは芽衣ちゃんも了承済みだよ」

「そっか.....よかった」

それを聞いて、明日香はホッとする。深尋のこともそうだが、芽衣のことも気になっていたからだ。


「でも、一番の問題は、なんでこのマンションに木南が住んでいることがわかったかだよ。なにか心当たりある?」

僚が木南に聞くと、木南は言いにくそうにしながら話し出す。

「僕もそれを考えていたんだ。僕は基本、車通勤で向こうは電車だ。だから帰りに尾行されたっていうのは考えにくい。あと考えられるのは.......」

「職員名簿の閲覧だな」

市木も木南と同じようなことを考えていたらしく、2人で目を合わせる。

「うん、そう.....僕もそう思う。というか、それしか考えられない」

その話を聞いて、僚が2人に質問する。

「それってさ、だれでも閲覧できるものなの?」


「まあ要するに、緊急連絡先っていう括りで、管理されている。電話番号もそうだけど、大規模災害が起こったときのために、自宅の住所も記載されているんだ。それに、アクセスするとその足跡もつく。一番問題なのは.......」

市木は、すうっと息を吸ってゆっくり吐く。そして、言葉を続けた。


「病院全体としてもそうだし、医者個人としてもそうだけど、患者さんの個人情報だろうが、医者同士の個人情報だろうが、それを外部に漏らすことは重大インシデントに値する。住所、氏名、年齢、電話番号、診察内容、投薬内容その他にもたくさん、守らなければいけない情報があるんだ。それを個人的な理由で利用したってことがわかれば、牧だけじゃなく、病院全体の問題になる」


市木からその話を聞いて、僚、明日香、深尋は衝撃を受ける。

牧がこのマンションに来たことは、それほど重大な問題だったんだと。

木南が市木に相談したがったのも、十分理解できた。

そんな3人の様子を見て、市木がフォローする。

「だからといって、木南はあくまでも被害を受けた方だし、それは俺も、なんなら芽衣ちゃんも証言することが出来る。だから、木南がどうこうなることはないよ。それにこいつ、なんだかんだ優秀でさ、救急センターは手放したくなかったみたいだし」

市木にそう言われて、木南はイヤな顔をする。


「わかった。その辺のことは、2人に任せるしかないな。俺たちにできることがあればいいけど、それはそれで、深尋との関係を話さないといけないしな.....」

僚がそんなことを言うと、

「僕は別に話してもいいと思ってるよ」

と、あっけらかんと木南が言う。

「だってもう大人だし、自分で働いて生活しているんだから、その説明くらいはできるよ。それに、深尋ちゃんと付き合ってからその覚悟はしていたし、嘘はつきたくないから、葉山たちみたいに正直に話すよ」

「光太郎くん......」

その言葉を聞いて、深尋の心の中に渦巻いていた不安は、いつの間にか消えてなくなっていた。


でもここで、また市木がとんでもない爆弾を落としていく。

「よかったね深尋ちゃん。木南ってさ、看護師からも女性患者からもモテモテだから、深尋ちゃんの存在が明らかになると、虫よけになるよ。これでもう安心だねっ!」

市木はニコニコ笑っているが、それ以外の4人は全然笑っていない。

木南に至っては、無表情で市木をじっと見ている。

「おい、木南。ヤるんなら手貸すぞ」

「葉山助かるよ。僕、医者だけど、こんなに人に殺意が湧いたのは、初めてだよ」

「ちょっと!市木くんっ!深尋が涙目になってるでしょっ!責任とってよっ」

「市木くんなんか........大っ嫌い!!!」


それからしばらく市木は、深尋のご機嫌を取るため、あの手この手を使ったようだ。そして、深尋からは「デビルマン」というあだ名も貰った。

市木がモテるのに、彼女が出来ない理由は、こういうところが原因なのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ