89. 結婚式 後編
一番上の3段目にある、新郎新婦が登場する扉が開かれると、スモークが焚かれ、照明が2人を照らす。
美里は白のウェディングドレスから、カラードレスにお色直しをしていた。
そのドレスは、パープルがかったピンク色で、上品な色合いだった。透け感のあるオーガンジーの生地全体に淡い花模様が描かれており、柄物だが全くくどくない清楚なAラインのドレスだ。裾は波を打つように加工されていて、上品さの中に可愛らしさも兼ね備えていて、美里らしいドレスに仕上がっていた。
誠もオフホワイトのタキシードから、グレーのタキシードにお色直しをしていた。スタイルがいいから、何を着ても似合う男だ。
2人は招待客の前に登場すると一礼し、ゆっくり階段を降りて正面にある高砂へ歩いていく。階段を降りるときは、誠が美里をきちんとエスコートし、支えている。ちなみに入場曲は、buddyの桜シリーズの『さくら舞う夜』だ。
2人の男女が運命的に出会う曲で、今日の美里のドレスとも色合いが同じなためか、とてもロマンチックな雰囲気に包まれた。
「美里ちゃん、きれいだねー」
「うん、ほんと。素敵.....」
明日香と深尋は、目の前の美里から目が離せなかった。
2人が席に着くと、披露宴が進められていった。
主賓挨拶と乾杯の挨拶のために、元木が呼ばれ前に出ていく。
「まず初めに、本来であれば我が社の代表取締役社長である元木雄一郎が行うべき挨拶でしたが、本人の都合によりこの場に来れなかったことをお詫び申し上げます。代わりにGEMSTONE副社長で、buddyのチーフマネージャーの元木浩輔が、皆様にご挨拶を申し上げます。どうぞ皆様、グラスを手にご起立ください」
元木が招待客にそう促すと、みんなグラスを手に椅子から立ち上がる。
それを確認すると、元木が挨拶を続ける。
「わたしが誠と出会ったのは、彼が小学5年生の時でした。それから気が付けばもう15年。その15年の間にbuddyとしてデビューし、学生生活を並行させておりました。その中で美里さんと出会い、一途に彼女を愛し続け守る誠は、男の私から見ても、とても強くて立派な男だと思います。それと同時に、美里さんも誠を陰で応援し、支え続けてくれました。誠がbuddyとして頑張ってこれたのも、その支えがあったからだと思っております。皆様どうか、これからも誠と美里さんのことを、温かく見守っていただければと思います。最後に、誠、美里さん、結婚おめでとう!乾杯‼」
元木がグラスを掲げると、招待客全員で「乾杯!」といって、本格的に披露宴が始まった。
「この肉、美味いな」
「誠が、肉にはこだわったって言ってたよ」
「肉食の誠らしいこだわりだな」
隼斗、竣亮、僚がそんなことを言いながら、運ばれてきた料理を食べていると、高砂にいる誠と目が合った。
まるで「美味いだろ?」とでも言ってるような目だ。
だから3人も目線だけで返事をする。「美味いよ」と。
「ところで深尋、彼氏も一緒に来ているんでしょ?紹介してくれないの?」
深尋は隣に座るEvanに突然そんなことを言われて、吹きそうになる。
「ぐっ......ゴホッ......Evan先生、突然何をっ.....!」
深尋がむせているので、明日香が「大丈夫?」と背中をさすっている。
「だってさ、このあいだ僚と明日香のことがあったでしょ?だから、元木くんに聞いたんだよ。他のメンバーはどうなのって。誠は結婚発表してたからいいけど、深尋と隼斗と竣亮は?って聞いたら、全部教えてくれたよ」
だったら聞くなよ!と言いたかったが、さすがにそれは言えない。たぶんEvanは、最初からここにいることもわかっていて、紹介しろと言っているんだと思った。それを聞いていた隼斗と竣亮も、気まずそうな顔をしている。
「Evan先生、隣の席にいるので後で紹介します。それでいいですか?」
深尋が観念したように言うと、Evanはニッコリ笑って「もちろん」と答えた。
しばらくすると、新郎新婦が生まれてから出会い、結婚するまでを写真や動画でまとめた映像が流れ始めた。
ちなみに映像を編集したのは、buddyのマネージャーの3人だ。
誠が生まれたばかりの写真。母親に抱かれ、すやすやと眠っている。それから歩き出したばかりの時の写真や、幼稚園の年長さんの時の写真などが続く。
「なんか、だんだん今の誠に近づいてきているね」
「もうすでに貫禄があるな」
僚と明日香は、2人でくすくす笑いながら映像を見ている。
そして、小学校の入学式の写真へと変わり、1年生の時の運動会の写真や、学芸会の写真などが並び、次に映ったのは、あの風見川の河川敷でシャーベットを食べながら6人で並んでいる姿だった。
その写真が映されると、6人だけではなく会場全体がどっと盛り上がった。
「ぎゃーっ!何この写真っ!」
「恥ずかしいからやめてほしい......!」
深尋と明日香の思いもむなしく、それ以降も、6人で遊んでいる写真が次々に映されていく。
中学時代に入り、部活で汗を流す誠の写真や、大会に出ている写真などのあとに、GEMSTONEでレッスンをしている6人の写真がまた出てきた。
その他にも動画があり、いまよりも下手なダンスを一生懸命踊っている6人の姿があった。
「もうやめてくれ.....!」
「これ絶対、提供者は元木さんだろっ!」
「誠の結婚式なのに、なんで僕らがこんな目に.....」
僚も隼斗も竣亮も、さすがに顔が真っ赤になる。極めつけは、中学3年の夏に、みんなで行った海水浴の写真を出された。
帰る前に6人で集合写真を撮ったもので、明日香と深尋に色気の全くない水着を着せた、あの日の写真だ。
それから次は、美里の生まれてから高校入学直前までの映像に切り替わる。
美里はやはり女の子らしい可愛い写真が多く、警察官の父親の制帽をかぶり、大きすぎてぶかぶかなのに可愛く敬礼をしている写真は、会場中から「かわいいー」と声が上がっていた。
そして、高校時代に入ると、2人のツーショット写真が増えてくる。
学生服での写真もあれば、体育祭なのか、ジャージ姿の写真もあった。そして隼斗や、途中から転校してきた竣亮が一緒に写っている写真も見えたりしていた。
大学になると、buddyのメンバーの中に市木も入りだすようになった。特に、あのグランピングでの写真が多く出されていた。
「市木、これってみんなで行ったグランピング?」
「ああ。懐かしいな~」
市木は懐かしむが、その時まだ深尋に出会ってもいない木南は、全く面白くない。絶対、いつか自分も行ってやろうと思った。
そして、度々みんなで集まって飲んでいた時の写真などが公開されたあと、次に出されたのは、buddyのお披露目ライブ後に楽屋でみんなで撮った集合写真と、誠と美里のツーショット写真だった。
この辺りになると、みんな恥ずかしさはないらしく、やっと落ち着いて映像を見ることが出来る。
最後には、誠と美里が前撮りで撮った写真が出され、幸せそうな顔でほほ笑んでいる2人の姿で映像が終わった。
映像が終わると、会場からは大きな拍手が沸き起こる。
誠以外の5人は、ただ、ただ恥ずかしい思いをしただけだが、みんなが喜んでくれたならまあいいかと、思うようにした。
それから深尋の友人による余興や、誠の高校時代の友人たちによる余興があり、披露宴は後半へと進んでいく。
すると司会者が、
「みなさま、ここで新郎がお色直しのため、一旦下がります。再入場までご歓談ください」
というアナウンスがあった。そう言われて、誠が1人退場していく。美里は高砂に座ったままだった。
「え?お色直しなのに、新郎だけ?」
「どういうこと?」
招待客は、世にも珍しい段取りに戸惑いが隠せない。しかし、今日の披露宴は、buddyというグループのメンバーの1人である誠が新郎だ。何が起こっても不思議ではないと悟った。現に、他の5人のメンバーもいつの間にか会場からいなくなっている。
「見てっ!buddyが全員いなくなってるっ!」
「ほんとだ!え?まさか......?」
この異様な雰囲気を察知した招待客たちは、一斉にそわそわし始めた。
誠が出て行って20分が過ぎた頃、再び会場の照明が落とされる。
「新郎のお色直しが整いました。みなさま、大きな拍手でお迎えください!」
司会者のその言葉の後、曲が流れる。
曲はもちろんbuddyの曲で『Party Party』という、その名の通りパーティーを楽しもうという明るいPOPなダンスナンバーだ。
そして扉が開かれ、照明が当たって入ってきたのは、先ほどとは打って変わって、ワインレッドのスリーピースのスーツに身を包んだ誠を先頭に、buddyの5人も入ってきた。しかも全員の手にはマイクが握られている。
誠以外の5人が衣装を黒で揃えたのは、誠を際立たせるためだったのだ。
そしてbuddyによる、余興という名のミニライブが始まった。
6人は正面の扉から入ると、正面の階段には誠と隼斗、左側には僚と明日香が移動し、右側には竣亮と深尋が移動していく。
buddyの生歌が聞けるとあって、招待客も大盛り上がりだ。しかも、自分たちのテーブルのすぐそばで歌っている。ファンであっても、なくても、興奮してしまうのも無理はない。
歌いながら手拍子を求めると、招待客もそれに応える。しかも、招待客のみならず、そこで働いているスタッフも、思わず手が止まり6人に見入ってしまうほどだった。あとで怒られなければいいが......
その盛り上がりのまま、2曲目へと続く。
2曲目は、それぞれの方向から下りてきた6人が、会場の一番下の中心部分に集まる。
曲は爽やかな恋愛の歌『I ♡ YOU』だった。これも踊れるダンスナンバーで、6人の息の合ったダンスが会場を盛り上げる。
招待客はスマホを片手に撮影する人が多く、6人はあちらこちらから撮影されていた。
「芽衣ちゃんっ、結婚式ってこんなに素晴らしいものなのねっ」
「うん、うん、みんながハッピーっていいよねっ」
葉月と芽衣は、とある準備のため、2人で高砂のすぐそばでスタンバイしていた。そのため、6人のパフォーマンスを間近で見ていたのだ。
誠のお色直しの間、その準備のために美里の元へ行き、打ち合わせをしていた。初めて聞かされた美里は驚いたが、快く了承した。
そしてラストの曲が始まる。3曲目もやはり恋愛の曲だ。まっすぐな恋心を歌った曲で『Summer Story』という曲だった。曲調も結婚式に合わせた明るい曲で、サビの部分でハートを作る振り付けが可愛く、ファンの間でも人気の曲だった。その振りに合わせて、招待客も踊って盛り上がる。
2番のサビが終わり、最後の大サビの前に誠のソロがある。
そのあいだに、葉月と芽衣が美里を高砂から連れ出し、6人の元へとエスコートする。その時、美里はなぜかブーケを手にしていた。
美里が下りてきたことを確認した6人は、その大サビで、美里も交えて一緒に踊る。
美里は人前で踊ったことなどないのでとても恥ずかしかったが、6人が一緒に踊ってくれたのでずっと笑顔だった。
buddyの真横の席にいるダン先生は、ノリノリで一緒に踊っていた。
最後の曲が終わると、僚がふぅーーっと息を吐き、挨拶を始めた。
「誠、美里さん、結婚おめでとう。2人がこうして結ばれて、本当に嬉しいです。誠は、無口で物静かな男だけど、根はとても優しくて、美里さんが大好きな一途な男です。俺たちがデビューをするかしないかで悩んでいた時は、自分は俺たちのついでにスカウトされたと言ってたけど、もしあの時、誠がデビューしないと言ってたら、たぶんみんなしなかったと思う。それくらい誠は必要な存在だし、大切な仲間です。そんな誠を支えられるのは、美里さんだけなので、これからも2人で手を取り合って、温かい家庭を築いていくことを願っています。もちろん俺たちも、2人のことをずっと応援します。末永くお幸せにな!友人代表、葉山僚でした。ありがとうございました」
挨拶が終わり僚がお辞儀をすると、誠と美里以外の4人も招待客に向かってお辞儀をする。
これで終わりだったのだが、美里が誠からマイクを借りて「ちょっといいですか」と話し始めた。
「あの、葉山くん、今日はどうもありがとう。みんなも、今日はわたしたちのために歌ってくれてありがとう」
そう言って、美里は5人の顔を見る。
「わたしは誠くんと出会って、交際を始めてすぐの頃に、buddyのみんなと出会いました。あっ、藤堂くんと竣亮くんは、クラスメイトだったけどね。それから、葉山くんや明日香、深尋ちゃんとも仲良くなって、大学生になると、女子会なんかもやったりして、ずっといい関係が続いています。そして、先日....明日香と葉山くんのことが報道されて、ネットにはいろんなことが書かれていました......」
そこまで言うと、会場はシーンと静まり返っていた。
「明日香も葉山くんもなにも言わないけれど、きっとあることないこと言われて傷ついていると思います。2人のことをずっと見守ってきたわたしでさえ、傷ついたから。だから今日のこの幸せを、少しでも分けてあげたいと思います。明日香.....」
美里はそう言って、明日香の前へと近づいていく。明日香もそれに合わせて、美里の方へ行く。
そして美里は、自分が持っているマイクに向かって、招待客にも聞こえるよう明日香にはっきりと告げる。
「明日香、わたしのブーケ受け取って。明日香は葉山くんと幸せにならなきゃダメだよ。だから、今日のブーケは明日香にあげる」
美里は、白バラをベースにピンクのマリアンヌをアクセントにした、ティアドロップブーケを明日香に差し出す。
「......いいの?わたしが貰っても.....」
「うん。明日香に貰ってほしい。そして、明日香がまた次に繋げたらいいと思うの。そのためにも、幸せになって明日香」
明日香はそのブーケを受け取りながら、号泣して美里に抱きつく。
正直、報道後のここ数日はとっても辛かった。
肯定的な人はともかく、否定的な人のネットでの攻撃は、とても見れたものではなかった。
だからこんな風に面と向かって、幸せになってほしいと言われたことが嬉しかったし、何よりも今日の主役である美里からだったから、なおのこと気持ちが込み上げてきた。
抱きあう2人を見て、深尋も、そして少し離れたところで、葉月も芽衣も涙を流す。それから自然と会場からは、拍手が沸き起こった。
その拍手を聞いて、美里から離れた明日香は、僚と一緒に頭を下げる。
美里は、葉月と芽衣から6人と一緒にダンスを踊る話を聞いて、そこでブーケを明日香に渡そうと決めたらしい。
そうして幸せの数珠つなぎが出来ればいいな、と考えたと後日語っていた。




