88. 結婚式 前編
11月22日。秋晴れの気持ちのいい天気に恵まれたこの日、誠と美里の結婚式が執り行われる。
挙式を行うチャペルには、両家の親族をはじめ、buddyの面々や市木たちが集まってきていた。
「よお、葉山、明日香ちゃん、大変だったな」
そう声を掛けてきたのは、ビシッとスーツに身を包んだ市木だった。
市木には、もともとの記事のことは話していない。余計な心配を掛けたくなかったからだ。
「ああ、でも、これでコソコソする必要もないからな。結構スッキリしているよ」
「そうか、それならいいんだけどさ.....」
そう言って、市木はチラッと明日香の方を見る。
明日香の今日の装いは、シアーレースのケープカラーが付いたミモレ丈の黒のドレスを着ていて、髪もアップにしてきれいにまとめている。
buddyの男性3人は、全員黒のスリーピーススーツで揃えていた。
「明日香ちゃん、いつにも増してきれいだね」
「ふふっ、ありがとう」
市木はいつもの通り明日香を褒めるが、いまは僚も何も言わない。それが何となく寂しくも感じていた。
「明日香ー」
ブンブンと手を振って、深尋が近づいてくる。こういうところは、何年経っても変わらない。
深尋のドレスは総レースドレスの下にインナーキャミソールを合わせたツーピースドレスで、こちらも黒にしていた。首の後ろで結んだリボンがかわいらしいが、よく見ると大人っぽい雰囲気もあり、深尋によく似合っていた。
「深尋、ドレス可愛いね」
「えへへ。光太郎くんにも言われた」
こちらも相変わらず仲が良いようだ。
「その木南くんは?」
「向こうでみんなと話してるよ」
深尋が指を差すと、そこにはいつもの男性メンバーが揃って話していた。
そのあと、明日香と深尋の元に芽衣と葉月も合流する。
「明日香、大丈夫?」
芽衣が、あの報道を心配して声を掛ける。
「うん、大丈夫だよ。みんないるし、ごめんね心配かけて」
「ううん、そんなことないよ....ただ、明日は我が身だなって思ってさ....」
深尋も芽衣も葉月も、いつまた明日香のように報道されるかわからない状況で、不安な気持ちは捨てきれないでいた。
そして今回、明日香たち女性陣は、美里の家族の後ろに座ることになった。
まあ、美里の友人でもあるから、そこはバランスを取って臨機応変にすることになった。
すると、前にいる美里の母親がこちらを見るので、一応挨拶しようと思い、明日香は声を掛ける。
「あの、美里さんのご家族ですか?」
「は、はい!」
美里の母は、なぜか声がひっくり返っている。そばにいるお兄さんらしき人物は、こちらに気づくと目を真ん丸にしていた。
「初めまして。美里さんの友人の藤堂明日香です。本日は、おめでとうございます」
「同じく友人の、新井深尋です」
深尋に続き、芽衣と葉月も挨拶をする。
4人が挨拶を終えると、美里の母も挨拶をする。
「ありがとうございます。美里の母で、こちらは美里の兄の京平です」
母から美里の兄と紹介された京平は、明日香と深尋を前に、心臓がバクバクしていた。特に京平は深尋のファンで、目の前にいる深尋に目尻も口元もすべてが下がりっぱなしだった。
「あ、あのっ、俺、深尋...さんの大ファンで...よかったら、そのっ...あ、握手...してくださいっ!」
まるで結婚してください見たいな格好で、深尋にビシッと右手を出す京平に、両親や明日香たちだけでなく、新郎側にいる男性陣も注目していた。
当然、その中には木南もいる。
しかし、相手は美里のお兄さんなので無下にできるはずもなく、深尋は素直に
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
と、軽く握手する。それを反対側からじーーっと見られているとも知らず、京平は舞い上がったまま、なかなか戻ってこなかった。
午後14時。パイプオルガンの音楽とともに、先に誠が入場する。
オフホワイトのタキシードを着た誠は、身長もあるためそれを見事に着こなしていた。
誠らしい、堂々とした立ち姿でバージンロードをゆっくり歩いてくる。
そして、牧師さんの準備が整ったところで、新婦が入場する。
ドアが開いた瞬間、明日香は鳥肌が立つほど感動した。
美里のウェディングドレス姿があまりにもきれいで、自然と目が潤んでしまう。
なめらかなサテンの生地で、デコルテが強調されるオフショルダーとプリンセスラインが優雅で上品なドレスだ。
「うぅ....美里ちゃーん....」
その声をたどると、芽衣が号泣していた。やっぱりみんな、感動するところは一緒だよねと明日香は思った。
そして入場が終わり、讃美歌を歌い、誓いの言葉、指輪の交換など、式は恙なく進行し、最後の誓いのキスで、女性陣は全員大号泣していた。
新郎新婦が退場し、式が終わったところで、自分たちも披露宴会場へ移動するため式場が準備したバスに乗ろうと移動する。
「うわっ、みんな泣いてるの?」
女性陣の泣き顔を見て市木が驚くと、僚、隼斗、竣亮、木南が全員こちらを見る。
「おいおい、いまからこんなに泣いてどうすんだ?」
「なによ隼斗。あんたは感動しなかったの?」
「いや、したけど.....泣くほどは.....なあ?僚」
「俺もちょっと泣きそうだったよ。誠すごいなーって....」
「僕も感動した」
みんなにそう言われて、隼斗はなぜか、自分が薄情な人間に仕立て上げられたような気がして、居心地の悪さを感じた。
そこに誠の両親と、姉と妹がやってきた。
「あんたたち、今日はありがとうね」
いつもの誠の母らしいしゃべり方で、buddyのメンバーに話しかけてくる。
「誠、かっこよかったですね」
明日香が誠の母の由加子にそう言うと、
「なぁーに言ってんのよっ!僚や隼斗や竣亮に比べたら、あんなの普通でしょー」
と、今でも誠はついで扱いらしい。
「でも、誠も人気あるんですよ?」
僚が一生懸命フォローするも、「ないない」といって信じてくれない。
崎元家の一人息子の評価は、なかなか上がりそうもなかった。
それからバスに乗り込み、披露宴会場へ移動する。
その会場は円形になっていて、中心になればなるほど低くなっている、いわばコロッセオのような形で、階段状に3段になっていた。その2段目と3段目に、会場をぐるっと囲むように楕円のテーブルが並べられていて、どこに座っても高砂を見ることが出来るように配置されていた。会場には十字状に通路があり、行き来には困らなさそうだ。
その中心部分はなぜかぽっかりと空いていて、そこで余興などを行うようになっていた。
高砂の後ろには大きなモニターも設置されている、ちょっと変わった披露宴会場だった。
披露宴は16時から開始で、挙式に参列していた面々が到着する頃には、すでに受付が始まっていた。
「おっ、みんな。挙式はどうだった?」
披露宴会場の受付に行くと、元木とマネージャーの清水がいた。清水は受付を手伝っているらしい。
「元木さーん、めっちゃ感動したよー」
「ほんと、すっごくよかったっ!」
深尋と明日香が興奮気味に話しているそばで、次々に受付に人がやってくる。
それを、みんなチラチラ見ていくが、いまの2人はそんなこと気にしていない。
「そう、その調子だと披露宴も楽しみだね。誠がさ、みんなの控室も用意したって言ってたから、案内するよ。市木くんたちも一緒に来るといいよ」
そう言われて、buddy含めた9人は元木の誘導で控室に行く。
その控室に行く通路に、新郎側か新婦側かわからないが、同年代の男女が群がっており、そこを横切っていかなければならない。
すると、buddyに気づいた女性たちが「きゃあっ!」と悲鳴を上げる。
その声に気づいた竣亮がニコッと笑うと、より一層声が大きくなったので、僚がその女性たちに、しーーっと人差し指を口に当てたところでなんとか静かになる。最近はこういう対応にも慣れてきていた。
すると今度は、別の方向から「藤堂!」と呼んだ声に、隼斗と明日香が反応する。見ると、中学校の時のバスケ部仲間だったらしく、隼斗がその声の男性に近づいていく。
「おおっ、久しぶりだな」
「お前こそなんだよ、崎元と2人すっかり有名人になりやがって」
「ははっ、おかげさんで」
「なぁ、あそこにいるの藤堂明日香だろ?」
「そうだけど......無理だからやめとけよ?」
「わかってるよっ!お前に散々妨害されたからな」
「いや、それもだけど.....まあいいや。またあとでな」
「おう、じゃあな」
そう言うと、隼斗は足早にみんなを追いかける。
そして、案内された控室に着いて、やっと一息つく。
「なんか、お前らと歩いていると、俺も有名人になった気分だな」
「僕は、ちょっと恥ずかしかったな。なんか、すいませんって.....」
「そんなことないよ光太郎くん!」
深尋が全力で否定すると、木南も気分が良くなったのか、
「ありがとう、深尋ちゃん」
と、2人で見つめ合ってる。
「おい、木南。俺の前でイチャイチャしないでくれる⁉」
数か月前に彼女と別れた市木が、ジト目で訴える。
そして市木を慰めるのは、当然隼斗の役目だった。
「まあまあ、市木。元気出せって。今日の二次会で、いい出会いがあるかもしれないだろ?」
「けど番犬くん、二次会には参加しないって言ってただろ」
「俺は.....まあ、顔だけ出して.....すぐ帰るかな.....?」
隼斗は芽衣のことを気にしながら、しどろもどろ答える。
「葉山も木南も竣くんも、二次会は行かないんでしょ⁉俺、1人じゃん‼」
そう言われて、3人とも渋い顔をする。
隼斗は誠とは、なんだかんだ小学校から大学まで一緒だったこともあって、参加するらしいが、僚をはじめとする男性陣や、女性陣は遠慮しようと考えていた。
本音は、誠の結婚式だし相手は美里なので、行きたいのはやまやまだが、仕事の立場上、二次会は遠慮すると伝えていた。ただし後日、いつものメンバーで小さなパーティーでもしようと計画していた。
結婚のお祝いの品も、そこで渡す予定だ。
木南や芽衣、葉月は翌日も朝から仕事のため、行かないことにしていた。
でもよく考えたら、自分たちがいなければ、市木だって知り合いがいなくなってしまう。ごねるのも無理はないか......そう思った僚が、仕方ないとばかりに市木に話しかける。
「わかったよ市木。様子見て、出来るだけ参加するよ。それでいいか?」
僚にそう言われて、市木も急に元気を取り戻す。
「さすが、葉山‼持つべきものは親友だな‼」
出会いにどん欲な男。それが市木颯太25歳である。
しばらくして、披露宴開始10分前となったので、みんなで会場に向かう。
先ほどの群がっていた人たちも、みんな会場に入ったようで、通路にはまばらに人がいるだけだった。
扉を開け中に入った瞬間、一斉に注目を浴びてしまう。buddyの5人はもう慣れたものだが、市木、木南、芽衣、葉月はその視線に、気後れしてしまう。
しかも、誠が自分たちに用意した席は、一番前の席だった。
通常は、会社の上司や目上の方が座るのだろうが、自分たちにはそれは関係ない。だから、この席なんだろう。
その席に向かう間にも、知り合いや顔見知りがいる度に声を掛けられ、足が止まってしまう。まあ、主に隼斗だが。
中には、buddy6人の出身校である紡木小学校で、同じ5年2組だった同級生も2人ほどいて、
「お前ら、なんでずっと隠してたんだ」とか、
「仲が良いとは思っていたけど、ここまでとは思わなかった」
などと言われたりもした。
「ごめんな。あの時はそうするしかなかったんだ」
と僚が謝ると、
「もし同窓会とかがあれば、お前ら全員来いよっ。それで許してやる」
そう言って、半ば強引に約束させられた。
そんなことがありながらも、やっと自分たちの席にたどり着く。その席は2席に分かれており、2段目のテーブルにはbuddyの5人と元木とEvan、その丁度並びにある3段目のテーブルに、市木たち4人と中川、林、清水のマネージャー3人が座ることになった。
「Evan先生、お疲れさまです」
「やっほー。僚、明日香、聞いたよ。大変だったね」
Evanに挨拶すると、早速、先日の報道のことを言われる。
「あの、ご迷惑をお掛けしました.....」
僚と明日香は、Evanには絶対何か言われるだろうと、覚悟していた。
「迷惑?別に、迷惑を掛けられただなんて思ってないよ。むしろ、歌の表現力が広がるんだから、もっともっと恋愛するといいよ」
「え.......」
意外にもEvanは肯定的に受け止めてくれた。でも、ホッとしたのも束の間で、次にとんでもないことを言ってきた。
「でもさ、長い付き合いになると刺激が足りないから、どっちかが浮気するとか、略奪とか、泥沼の三角関係とか、そういうのも経験してみよ?」
「しないです‼俺は、明日香がいればそれで十分なんです‼」
「...........」
真面目な僚はEvanの言葉に必死に抵抗し、明日香は絶句して何も言えなくなっていた。
「あはははっ、Evanさん、そのくらいにしてあげてください。この2人は特に真面目だから、全部真に受けてしまいますよ」
元木がEvanを窘めたことで、その場は何とか治まった。
16時になり、会場の照明が落とされ、披露宴が始まる。
騒がしかった招待客も、新郎新婦が登場する扉に注目していた。




