83. 12月1日 前編
とうとうこの日がやってきた。
明日香が留学から帰ってきて、buddyの活動を再開して半年。この日のためにどれだけ時間を費やしたかわからないくらい、準備に時間をかけてきた。
このライブを成功させることが、次につながる第一歩となる。
6人は当日の朝10時に会場入りしてから、今までにないくらい集中していた。
「いよいよだね.....」
「うわぁ、あと10分切っちゃったよ」
みんなでいま見ているのは、元木が持ってきたノートパソコンの画面だ。
今日の正午に、ファンクラブサイトと公式の動画配信サービスで、ライブよりも一足早く6人の姿が公開される。
その公開をみんなで、いまか、いまかと待っていたのだ。
「あと3分だよー」
「深尋、時間を言うな。余計緊張するっ」
「だってぇ.....」
隼斗と深尋の小競り合いを誰も制しないくらい、いまはみんな緊張していた。
ファンクラブサイトで表示されていたカウントダウンが、いよいよ60秒を切った。
48....47....46....45....
「これで誰も見てなかったら、びっくりだな」
「ちょっと誠!変なこと言わないでっ!」
23....22....21....20....
「こんなに緊張するの、久しぶりだな」
「僕、大学の合格発表より緊張する.....」
「あっ、くるよ!」
5....4....3....2....1....
ゼロになった瞬間、画面が変わり、青い空が映し出される。
それがゆっくりと下がってくると、波打ち際に立つ6人の後ろ姿がある。
それは、9月1日に公表されたバックショットだった。
しかし、今回は静止画ではなく、動画だ。後ろを向いていた6人が、ゆっくりとこちらを振り返る。
全員が正面を向くと、6人を遠目で全体的に撮っていたのが、左から誠、深尋、竣亮、僚、明日香、隼斗とアップで映される。
buddyはデビュー5周年の今日、その姿を全国に公開した。
情報公開後、5分もしないうちにSNSでは早くもトレンド入りするなど、その姿は瞬く間に広がっていった。
そして、ファンクラブサイトや動画配信サービスだけでなく、デビュー日と同じように、全国各地の大型ビジョンで同じ動画を流していた。
これに、街を歩いている人も足を止め、食い入るように映像を見ていた。
また、その日に公開されたのはそのプロモーション映像だけでなく、本日発売される新曲のMVも公開された。本人出演で、6人で踊っているMVだ。
「公開されたね.....」
「もう、後戻りはできないな」
そんなことを呟きながらパソコンの画面を見ていると、林マネージャーが慌てて楽屋に飛び込んできた。
「元木さんっ!じ、事務所の電話が鳴りやまないって、連絡がっ......!」
それを聞いて元木はフッと笑い、
「いまはそれどころじゃない。3時間後にはライブ本番だ。全部検討しますで切っておくように伝えて」
そう冷静に言うと、林も困惑するが、「わ、わかりました....」と言ってまた出て行った。
「電話が鳴りやまないって、どうしてだろうね?」
「さあ?林さん、めっちゃ慌ててたね」
深尋と明日香が呑気に話していると、元木がその理由を説明する。
「それはね、君たちへのオファーの電話だよ。どんなオファーかは見ないと分からないけど、電話が鳴りやまないってことは、相当な数が来ているはずだ。でも前にも言った通り、僕は君たちを安売りするつもりはない。だから心配しないで大丈夫だよ。君たちは、今日のライブを成功させること。いまはそれだけに集中して。いいね?」
元木は6人の気持ちを引き締めるように言うと、最後のリハーサルと声出しのため、全員をステージへ向かわせた。
午後13時半。会場の最寄り駅で、市木、木南、美里、芽衣、葉月の5人は待ち合わせをしていた。
もちろん5人は今日のライブに招待されており、せめてものお礼ということで、5人でお金を出し合って『友人一同』というお花も贈っていた。
そして今日は一緒にライブに行くため、こうして待ち合わせをしていた。
「なあ木南、動画見た?」
「あ、うん。見たよ。みんなきれいに撮れていたね」
「ああいうのを見ると、あいつらってやっぱり芸能人なんだなーって思うよ。なんか寂しい.....」
「ははっ、市木って本当に、あの6人のことが好きなんだね」
木南にそう言われて、市木は考える。
最初に会ったときは、幼馴染の女の子を一生懸命守って、紳士ぶりやがってと思っていたが、だんだん付き合いが長くなると、ただ守る、守られる存在ではないとわかってきた。
あの6人には、6人にしかわからない信頼関係と絆があったし、それを全員が大切にしていた。
それは自分が否定することではないし、してはいけないと気づいた。
それほどに、あの関係性が羨ましかったんだろうと思った。
市木は、自分の家族関係があまり上手くいってないので、余計にあの6人といることが自分にとって居心地がよく、唯一安らげる存在なんだと思い知らされた。だから、明日香に振られても、僚や隼斗にしつこいと言われようとも、離れたくなかったのだ。
「そうだな....自分が思っている以上に、俺はあいつらのことが好きみたいだ」
空を見上げながら、市木は呟く。
「でも、深尋ちゃんはダメだよ。僕のだから」
木南は木南で、釘を刺すことを忘れない。
「わかってるよ~。友達と好きな子の取り合いはもう勘弁だね~」
「それは、相手が悪すぎたな」
「次は勝てる相手を選ぶよ」
市木は自分もそろそろ前を向くべき時が来たんだと、覚悟をする。
そんな話をしていると、美里、芽衣、葉月の3人もやってきたので、会場まで駅から歩いて向かうことにした。
この5人で行動することなんてなかったので、少し照れ臭かったが、今日公開された動画のことや、これからのライブのことを話していると、そんなこと気にならなくなっていた。
会場に着くと、すでにたくさんのお客さんが集まっていた。
開場まであと15分ほどあったので、入り口の近くで待つことにした。
「ファンクラブは座席の半分くらいって聞いてたけど、それでも多いね」
「しかも、圧倒的に女子が多い.....」
芽衣と美里はお客さんの様子を窺いながら、少し不安になる。
「なになに~2人とも。人気が出ると心配?」
「うぅっ.....そりゃあ、心配は心配だけど.....」
芽衣は口をもごもごしながら答える。
「あいつらなら大丈夫っしょ~。ほら、葉月さんを見てごらんよ。で~んと構えているでしょ~.......」
そう言われて4人で葉月を見ると、
「市木くん、これは構えているっていうより......」
「うん、固まってるね」
「あ、あれ......?」
葉月は、自分の想像をはるかに超えた人の多さと、そこに自分が招待されたということがいまだに信じられず、現実逃避していた。
「あらあ、芽衣ちゃん!」
人込みの中からそう呼ばれて芽衣が振り向くと、そこには藤堂姉弟の母親の希和が立っていた。
「あっ、希和さん。こんにちは」
芽衣は、あれから何度か藤堂家に遊びに行っており、その時に希和から名前で呼ぶようにしつこく言われていた。今ではすっかり、それが定着したようだ。
そして、希和の隣には僚の母親の笙子と、深尋の母親の瑛里も一緒にいた。
「希和さん、こちらのお嬢さんは?」
笙子に聞かれて、希和は明るい声で紹介する。
「ああ、隼斗の彼女の芽衣ちゃんよー。明日香と深尋ちゃんとも仲良くしているのよ」
「そうなのね。初めまして、わたしは葉山僚の母の笙子です」
「新井深尋の母の瑛里です」
5人は突然の母親たちとの対面で、いささか緊張気味だ。木南は特に、深尋の母を紹介されて、体が硬くなった。
「ところで、芽衣ちゃんと一緒にいるっていうことは、この子たちもご招待されたのよね?」
やはり希和は、他の4人が気になるらしく、暗に紹介しろと芽衣に迫っているようだった。
「えっと、あの、こちらが崎元くんの彼女の立花美里さんで、こちらが国分くんの彼女の河野葉月さんです.....」
芽衣が美里と葉月を紹介すると、3人の母親はあらっと目をパチパチする。
「そういえば、由加子さんと詩乃さんはまだかしら?」
「さっき、お手洗いに行くって......ああ、来たわ」
笙子が手を振って合図すると、2人の女性が近寄ってきた。
そして、由加子と目が合った美里は、あわてて挨拶をする。
「あ、あのお久しぶりです.....」
「ああ、誠の.....久しぶりね」
美里は一応、誠の母親とは面識はあるが、そこまで付き合いがあるわけではない。どちらかというと、誠が美里の実家に行くことが多かった。
そして、竣亮の母親の詩乃に紹介された葉月は、先ほど以上に固まってしまい、話が全然弾まなかった。
「芽衣ちゃん、この男の子たちは?」
希和の探求心は止まることを知らない。女の子の紹介が落ち着くと、次は市木と木南だ。
するとそこで、木南が一歩前に出て、
「初めまして。深尋さんとお付き合いしている、木南光太郎と言います。葉山くんとは高校からの同級生で、学部は違いますが、同じ大学に通っています」
そういって軽く会釈をする。それは主に深尋の母親に対してだ。
「え....あ....みーちゃんの....?そうなの....あの子、ずっと元木さんのことしか言ってなかったから、他にお付き合いしている方がいるとは思わなくて.....」
深尋は両親に木南のことを話していなかったらしく、瑛里は戸惑いを隠せなかった。そして、瑛里からそう聞かされた木南は、軽いショックを受ける。
両親に自分のことを話していなかったこともそうだが、深尋が以前言っていたずっと片思いしていた相手が、沖縄で紹介された、モデルのような顔立ちのマネージャーの元木だったと知って、頭が真っ白になる。
同じく、沖縄で元木のことを紹介されていた勘の鋭い市木も、木南の様子を見て、空気を変えようと自分を明るく自己紹介する。
「あ、あのっ、僕は市木颯太と言いますっ!葉山くんとは中学からの同級生で、僕も学部は違いますが、同じ大学に通っていますっ!」
「.....ん?市木.....?」
市木の名前を聞いて、希和が市木の顔をじぃーーーっと見る。
「......?あ、あの......?」
「もしかして、明日香と夏祭りに行った、市木くん?」
市木の記憶力もすごいが、希和の記憶力もすごかった。
明日香と夏祭りと聞いて、市木は思い出したくないことを思い出す。でも、無視するわけにもいかないので、
「はい.....高校1年の時、行きました.....」
と、素直に答える。それを聞いて、希和はなぜかパァァァと目が輝く。
「やーだー、やっと市木くんに会えたわぁ。笙子さん、彼よっ!僚くんと明日香の取り合いしていた子!」
希和は興奮して、よりにもよって僚の母親にそんなことを言う。
さすがの市木も、この状況に困惑してしまう。
「あら、お兄ちゃんと?希和さん、明日香ちゃんモテるのね」
「そうみたいーうふふっ.....自慢の娘だわぁ」
「明日香ちゃんは1人なのにね.....」
希和と笙子がそんなことを言っていると、後ろから、
「お母さんたちなにしてるの?」
と声を掛けられる。そこには僚の弟の悠と修が立っていた。
「ああ、このお2人ね、お兄ちゃんのお友達なんですって」
木南と市木は笙子にそう言われて、弟2人を見る。
「あの、葉山僚の弟の悠と、こっちは修です」
悠が自分と修のことを紹介すると、木南と市木も軽く自己紹介する。
そこで、市木の名前を聞いた修が、先ほどの希和と同じように市木の顔を見る。
「市木さんて、前に隼斗が言ってたあの市木さん.....?」
「.....?何て言ってたのかな.....?」
悪い予感しかしないが、市木は聞かずにはいられなかった。
「明日香のことをずっと追いかけまわしている、諦めの悪い男だって」
カチンッ。市木は笑顔をひくひくさせながら(あの番犬野郎、許さんっ!)と怒りに燃えていた。
それを聞いた木南と芽衣と美里は、ブッと吹き出してしまう。
付き合いの浅い葉月だけ、何のことかわかっていなかった。
「そんなこと言って、修。お前もずっと、あす姉ばっかり追いかけているだろ。それでこの間、兄ちゃんに怒られてたクセに」
「しょうがないだろっ!久しぶりに会えたのに、兄ちゃんが独り占めするからっ.....!」
「独り占めって、当たり前だろ?付き合ってるんだから」
「そんなこと関係ないっ!悠兄ちゃんは黙ってて」
突然の兄弟ゲンカにどうしていいかわからなくなっていると、笙子が
「いい加減にしなさいっ!」
と、喝を入れる。さすが、だてに男3人を育ててきただけのことはある。
「みなさん、ごめんなさいね。修は小さい頃から、明日香ちゃんにべったりで、お兄ちゃんにとられて寂しいのよ.....」
笙子はそう言うが、他の人にはそれ以上の感情があるような気がしてならない。
「葉山も大変だな。ライバルが多くて」
「そうかもしれんけど、明日香ちゃんは葉山しか見てないからね....勝負する前から決まってるだろ。そんな無謀なことする奴、俺以外にもいたんだって、そっちの方に驚いてるよ」
木南と市木が話していると、開場の時間になった。
多くの人は、大きな扉から入っていくが、市木たちや、buddyの家族たちは関係者専用受付から入るように言われているため、そちらへ向かう。
チケットを提示すると、名前を聞かれ、それを名簿と照らし合わせて1人ずつチェックされた。
そしてそれが終わると、破れにくい紙でできた赤いリストバンドをそのスタッフさんから渡された。
「このリストバンドは、公演終了後に楽屋へ入るために必要なものです。みなさん無くさないように気を付けてくださいね」
と、説明された。
5人とも、公演終了後にbuddyの6人に会えるとは思わなかったので、もう一つ楽しみが出来た。
受付を済ませロビーに入ると、関係各所から贈られた花がズラッと並べられていた。
レコード会社の名前はもちろん、事務所の先輩の桜木純平やRain、そしてCMで曲を採用してくれたスポンサーなど、誰もが目にしたことのある名前の中、5人が贈った花もきちんと飾られていた。
そのすぐそばではグッズが販売されており、多くのお客さんが列を作って並んでいた。その中には、今日から発売された最新曲のCDと、写真集もあり、みんなたくさん買い込んでいるようだ。
でも5人は今回そこには並ばなかった。なぜなら、グッズもbuddyの6人から渡されていたからだ。
「なんかわたしたち、とっても贅沢よね」
「そうだね。お金を出して買っている皆さんに、悪いことしているような気持になるっていうか......」
芽衣と美里がそう話していると、葉月もそれに便乗する。
「そうでしょうっ!わかってくれました⁉わたしの気持ちっ‼」
これまで雰囲気に飲まれておとなしくしていた葉月が、突然目覚める。
「竣亮くんにも言ったんですっ!ファンとして、グッズくらいは自分で買うとっ!でも彼はニコニコニコニコ笑って、わたしの話など一切受け入れず、とうとうグッズ一式をわたしの家に置いていったんですっ!わたしはbuddyファンの風上にも置けない、卑怯で薄情な女になってしまいました.....」
葉月は本気で悲しんでいるようだが、他の4人からすればなんてことはない。
ただ、ただ、竣亮は葉月が大好きで、惚気ているようにしか聞こえなかったからだ。竣亮の本気が伝わるのは、まだまだ時間が掛かりそうだった。
それからも、ロビーのあちらこちらに貼られている、buddyのポスターなどを見ていると、あっという間に開演15分前まで迫っていた。
いよいよ5人は、ホールの中へと移動する。




