84. 12月1日 後編
そろそろ席に着こうかとホールの中へ移動し席を探すと、市木たちの席は、客席の真ん中を通路で挟んだセンターブロックの一番前の席だった。
椅子の背もたれには「ご招待」の文字があり、なお一層特別感が増す。
この通路を挟んで市木たちが座っているのが後方席になるが、通路より前のブロックは全てファンクラブ会員の席になっているようだった。
一番ステージに近いため、お客さんにとっては嬉しいことだろう。
そのステージにはセットが組まれており、大きなスクリーンも設置されていた。スクリーンの下には5段ほどのひな壇があり、ステージを囲むように鉄骨が組まれていた。その鉄骨には、数多くのライトも設置されており、ライブ感が増していた。
見た目はシンプルだが、近未来的な雰囲気のステージだった。
市木たちが席に着くころには、buddyの家族たちはすでに席に座っていた。市木たちのすぐ後ろに家族が固められていて、そこに背の高いモデルのような顔をした男が、その家族に挨拶しているのが見えた。
buddyのチーフマネージャーの元木だった。
元木は、市木や木南の姿を確認すると、家族への挨拶が終わった後、5人の元へやってきた。
「やあ木南くん、市木くん、久しぶり。今日はありがとう」
元木が爽やかに笑顔を振りまくと、それに2人もつられてしまう。
「お久しぶりです、マネージャーさん」
「こちらこそ、ありがとうございます」
木南も市木も、無難な挨拶を返す。木南は先ほど深尋の母親から話を聞いて、少し思うところがあったが、そこはぐっと我慢した。
「こちらの女性たちは.....?」
元木が2人に聞くと、美里、芽衣、葉月もそれぞれ自己紹介する。
それを聞いて元木も、
「そうかぁ、だからあいつら張り切っていたんだな。みなさん、あいつらの張り切っている姿を応援してやってください。あと、公演終了後に楽屋へ案内するので、そのまま席で待っていてくださいね。それじゃあ、ごゆっくり」
それだけ言うと、元木は行ってしまった。
木南はその後ろ姿を、複雑な心境で見ていた。
開演10分前。
6人はステージのすぐそばまでやってきていた。そこへ、関係各所へ挨拶しに行っていた元木が戻ってきた。
「みんな、緊張してる?」
元木はリラックスさせようと声を掛けるが、逆効果だったようで、全員、あの誠ですら緊張していた。
「そんなこと聞かないでもわかるだろ?」
「追い打ちかけるようなこと言わないでよ」
普段は冷静な僚と明日香も、今日ばっかりはダメらしい。
「じゃあさ、ちょっとみんなで円陣でも組んで落ち着いてごらん」
元木にそう言われ、6人は円になる。そして誰からともなく全員で手をつなぎ、1つの丸になった。
「俺たち、頑張ってきたよな」
「うん、頑張った」
「それに、ここがゴールじゃないよ。これからがスタートだよ」
「そうだよー。いっぱい練習してきたもん」
「そうだな。普段通りにやればできるよな」
「自分たちらしく、自然体で楽しもうっ!」
その僚の掛け声に、おうっと答えると、スタッフさんから「開演5分前でーすっ」と言われ、全員マイクを持ち、舞台袖へと移動し自分たちの立ち位置へと向かう。
15:00。ホールの照明が落とされると、会場中から歓声が響き渡る。
ステージの巨大スクリーンには、今日発表されたばかりのプロモーションビデオが映された。
照明の演出が観客のボルテージを上げていく。
そして、ピアノの静かな曲調で音楽が始まると、それに合わせて歓声も大きくなる。最初の曲は『forward together』という曲で、みんなで突き進むという意味が込められている曲だ。
そして、その静かな歌いだしは、僚から始まった。
ステージの左(下手)から出てきた僚に、スポットライトが当たる。
次はその反対側で誠が歌う。次に隼斗。僚よりもステージ中央に近いところに立つ。そして、竣亮。こちらも誠より中央に近いところに立つ。
それから一気に曲調が変わると、明日香と深尋がひな壇の一番上に登場し、2人で激しく歌う。
全員が出てきたことで、客席からはこの日一番の歓声が飛ぶ。
ステージはプロジェクションマッピングで、西洋の建物を思わせる演出がされていた。その演出があるからこそ、シンプルなセットだったのだ。
それから2番のAメロ、Bメロを歌いながら全員がステージの中央に集まると、サビに入った瞬間、激しいダンスが始まる。
それを客席で見ていた市木たちは、ぶわっと鳥肌が立つ。
いつも見ていたあの6人ではない、buddyというグループとしての6人があまりにもかっこよすぎて、美里、芽衣、葉月は言葉が出てこない。
市木も木南も、あの6人から目が離せない。
そしてここで、6人がステージから降りてくると、前方席の客席通路を二手に分かれて通ってきた6人が、市木たちの座る席のすぐ目の前の、中通路までやってきた。
たぶん6人は、あらかじめここに市木らが座ることを知っていたのだろう。
市木は僚と思いっきり目が合った。それは他の4人も同じだったらしく、客席で見ている5人はその場で固まってしまった。
目の前で激しいダンスをしながら歌う6人は、その場で1曲目が終わると、立て続けに2曲目へと入った。
2曲目もアップテンポなダンスミュージックで、6人が手拍子をするような動作をすると、会場中で手拍子が鳴る。
そうして歌いながらステージへ戻った6人は、すぐ3曲目へと入る。
3曲目はファンからの人気が高い『Sapphire』だ。そのイントロが始まると、また歓声が上がる。
市木はイントロを聞いて、すぐ(グランピングに行った時に見せてもらったやつだ)とわかった。
全員が口を揃えて難しいと言っていた曲なので、よく覚えていた。
あの時見せてもらった映像もかっこいいと思ったが、今回はこのステージに、衣装までそろえている。かっこよくないはずがないと思った。
ちなみに6人が着ている衣装は、男子4人は西洋の軍服風の黒いロングコートで襟から裾にかけて赤いラインが入っており、白のシャツに黒のベスト、黒のネクタイ、黒のパンツそしてロングブーツを履いていた。
女子の2人はその女性版というもので、軍服風ではあるが、男子よりは赤いラインが多く、白のシャツに黒のベスト、黒のネクタイ、ロングブーツは一緒だが、明日香のスカートはバックよりもフロントの丈が短いフィッシュテールになっており、深尋は裾に向かって広がっているアンブレラスカートを着ていた。
とにかく、そんな衣装も相まって6人とも輝いて見えた。それしか言葉が出てこなかった。
3曲目が終わると、そこで6人はステージ上で並び立ち、初めてファンに向けて声を出す。
「みなさん、こんにちはー!」
「はじめましてーー!」
歌声以外の肉声を初めて聞いたファンは、みんな大喜びだ。
キャーキャー以外の声が全く聞こえない。
やっと落ち着いたところで、リーダーの僚が話し出す。
「えっと、まずは自己紹介をしたいと思います。まず、僕はbuddyのリーダーの葉山僚です。よろしくお願いします」
それからサブリーダーの明日香へと続き、隼斗、竣亮、深尋、誠とつながっていった。
名前もどうするか考えたのだが、全員そのままの本名でいくことにした。まあ、ただ単に考えるのがめんどくさかったのだろう.....
それから全員幼馴染で同級生であることや、明日香と隼斗が双子であることなどを話し、ファンからすれば知らなかった情報がたくさん聞けて、みんな喜んでいた。
それからバラードの曲を2曲ほど挟んで、また激しいダンスの曲を踊ったりと、息つく暇がない。
歌っている6人と、途中でトークをしている6人が、それぞれ違う魅力を発揮していて、早くも個人個人に固定のファンが出来上がりつつあった。
その中で一番人気は、やっぱり僚だった。
僚が話をするたび黄色い声援が止まず、ちょっと客席を向いただけで、女の子たちは卒倒する勢いだった。
それを見ていた市木は、
「なあ、葉山って殺し屋にでもなったのか?」
「ふふっ、そうだね。それも女の子限定の」
そんな冗談を木南と言いながら、明日香ちゃんも大変だなぁと、いらぬ心配をしていた。
そして気づけば、最後の曲となっていた。
最後は、デビュー曲の『さよならいつか』だった。
葉月はこの曲が一番好きだが、buddyの6人も、実はこの曲が一番好きだったりする。だから、ラストの曲に選んだのだった。
葉月は竣亮と付き合った日に、6人にカラオケボックスで歌ってもらったが、今回はライブということで、音響などが全然違う。
それを優しいダンスと共に歌っているので、ますます好きになった。
葉月は何十回、何百回とこの曲を聞いてきたので、全ての歌詞を覚えている。ステージで歌う6人と一緒に口ずさんでいると、自然と涙が零れてきた。
最初にこの曲を聞いたときは、イジメに負けずに戦うという気持ちだった。
それがいつしか、竣亮と出会い、恋心に気づいて、付き合うようになって、奇跡を信じて良かったと思えるようになったのもこの曲だった。
葉月の人生の分岐点には、必ずこの曲があった。
だから、これからもこの曲を大事にして、生きていこうと誓ったのだ。
それからアンコールでは、再び6人が出てきて、また客席に降りてきて楽しそうに歌って踊っていた。
市木たちの目の前に来た時には、明日香と深尋がハイタッチをしてきたりと、十分に楽しませてもらえた。
最後に銀テープがパンっと飛び出した時に、今日一番の盛り上がりを見せた。
そしてステージ上で6人で並び、手を取り合ってお辞儀をする。
こうしてお披露目ライブは大成功で幕を下ろした。
公演終了後、前方のお客さんたちがある程度捌けてきたところで、マネージャーの中川と清水が、市木たち5人と、それぞれの家族を案内するために座席までやってきた。
そして、バックステージに来ると、大勢のスタッフが行き交っているところに連れてこられた。楽屋の前まで来たものの、いまテレビクルーの取材が入っているらしく、しばらく廊下で待たされた。
「なんか、スゴイたくさんの人が動いているんだね」
「ホントだね.....なんか、違う世界に来た気分.....」
「わたしまでお邪魔していいのかしら.....?」
ステージの華やかさから打って変わって、大勢の人間が動き回っているところに連れてこられて、面食らってしまったようだ。
しばらくして大きなカメラを担いだ人達が出てくると、「どうぞー」と案内されて楽屋に入る。
そこはとても大きな部屋で、壁沿いにはメイクが出来るように鏡とテーブル、椅子が並べられており、真ん中にはテーブルと椅子が並べられていた。
「みんな、ご友人とご家族を連れてきたよ」
清水の声で6人が入り口を見ると、先に市木と木南が入ってきた。続いて、美里、芽衣、葉月と入ってくる。
「よお、お疲れさん」
「みんなお疲れさま」
市木と木南が先に声を掛けると、深尋が、
「うわぁーん、光太郎くーん」
と、なぜかメソメソしながら木南に近づいていく。
木南は嬉しかったが、こんなに大勢の人がいるところで変なことはできないと、またまたぐっとこらえる。
「お疲れさま、深尋ちゃん。とっても良かったよ」
「だって.....光太郎くんが来てくれるから、頑張ったし.....」
その一言で木南は、先ほどまでモヤモヤしていた気持ちが、少しだけ晴れた。
「ほら、深尋。お父さんも、お母さんも来てるんだから.....」
明日香にそう言われてハッと振り返ると、深尋の両親が気まずそうに立っていた。両親を見て、深尋は木南の手を引いて近づいていく。
「あの.....パパ、ママ、いまお付き合いしている、木南光太郎くん.....です」
深尋が両親に木南を紹介すると、母の瑛里がニコッと笑い、
「みーちゃん、ママはライブが始まる前に木南くんとご挨拶したの。パパはその時いなかったから、初めてだけどね」
母にそう言われて、深尋が父の顔を見ると、何とも言えない顔をしていた。
それから深尋は木南を改めて紹介し、無事交際のお許しも頂けた。
「竣ちゃんっ!サイコーだったわー!」
そう言って竣亮の元に来たのは、姉の美乃梨だった。
「お姉ちゃん、ありがとう」
美乃梨が来た途端、僚、明日香、隼斗、誠、そしてなぜか市木も離れようとする。でも、美乃梨はそれを許さない。
「ちょっと、明日香。あなた見ないうちに、ずいぶんきれいになったわね」
「あ、ありがとうございます.....」
「もしかして、男でもできたの?」
美乃梨はコソコソしているつもりだが、周りの人間にははっきり聞こえていた。
「いや、その.....なんというか.....」
「わかったっ!カナダでいい男でも捕まえてきたんでしょう⁉」
ここは、否定しても肯定しても、次の質問でさらに自分の首を絞められることがわかっている。なので、誰かに助けようと目を動かすと、自分の母親がやってきた。
「美乃梨さん、実はね......」
明日香の母が、美乃梨の耳にコソコソ話している。それを聞きながら、美乃梨の口角がだんだんニヤァと上がってきた。そして、その目を僚に向ける。
「ふうん.....そうなのね.....」
僚と明日香は嫌な予感しかせず、とにかくこの場では黙っていて欲しかった。なにせ、大勢のスタッフがいるので、あまり大っぴらに出来ないのだ。先ほどの深尋の木南に対する態度も、はっきり言ってアウトだ。
「お姉ちゃん、お願いだから騒がないで」
竣亮が美乃梨にピシャッというと、美乃梨はそれ以上何も言わなかった。
「あ、それとみんな。お花もありがとうな」
僚が、今日来てくれた市木たち5人に、お花のお礼を伝える。
「いやあ、あれくらいしか出来なかったし、こちらこそ招待してくれてありがとうな。みんな、めっちゃカッコ良かったよ」
「本当だよ。葉月さんなんか、ライブ中ずっと泣きっぱなしだったんだよ」
芽衣の一言でみんなが葉月に注目する。
「いや、だって.....大好きなbuddyを生で見られて、本当に幸せな時間だったから......」
「葉月さん、ありがとう。そして、みんなも本当にありがとう」
僚が改めてお礼を言うと、それに合わせて他の5人も友人や家族に頭を下げる。buddyの6人も、それを見届けた友人も家族も、今日はとても幸せな時間を過ごすことが出来た。
そして、誰からともなく6人に向けて大きな拍手が贈られる。
6人は葉月に、「幸せな時間だった」と言われたことが本当にうれしかった。
これからも、もっともっとそういう人が増えていけばいいなと願いながら、歌手活動をしようと決めた。
そして今日、その姿を公表したことにより、6人の人生も大きく変わる。
でもその絆だけは、変わることなく6人を結び付けていた。




