75. 沖縄へGO!③
翌日。8人は予約していたジャンボタクシーで、空港近くのレンタカー店に来ていた。今日はここから4人ずつに別れての行動になる予定だ。
「うっうっ・・・明日香ちゃぁ~ん・・・行かないでぇ~」
僚と木南がレンタカーの手続きをしている間、市木はここぞとばかりに明日香に縋りついていた。
誰がどう考えても、今日をもって僚と明日香の仲が進展するのは目に見えている。だからこそ、最後の悪あがきぐらいさせてくれと市木は必死になっていた。
「あの・・・市木くん、明日は一緒に帰るから、今日一日ガマンして?」
明日香は、まるで子供をあやすように市木に言い聞かせる。
するとそこに、先に手続きを終わらせた隼斗、誠、竣亮が戻ってきた。
「おいお前、昨日あれほど邪魔すんなって言っただろ? 免許証も出さんと、明日香の邪魔ばっかしやがって」
隼斗が呆れながらブツブツ文句を言うと、市木は明日香の後ろにサッと隠れる。こういう時の市木の身のこなしは素早い。
「番犬くんヒドイっ! 傷心の俺を慰めてくれるって言ったのにっ!」
目をウルウルさせ反論するも、誰も市木に同調する人間はいない。
元シスコンの隼斗だって、自分の姉と親友の関係が進展するのを喜んでいいのか、悲しむべきなのか複雑な心境なのだが、市木の行動によってだんだんとその感情も薄れていった。
なので、それについては市木に感謝するべきなのだろうが、とりあえず今はこの駄々こね男をどうにかするのが先決だ。
するとこのタイミングで、店のスタッフに「では、ご案内しますねー」と声を掛けられたため、隼斗たちはこれ幸いと市木の訴えを無視し、首根っこを掴まえ、そのスタッフについて出ていくことにした。
「じゃあな、明日香」
「うん、また明日。空港でね」
「みんな気を付けてねー」
明日香と深尋は4人に手を振って送り出す。市木はいつまでも明日香に手を伸ばして抵抗していたが、隼斗と誠の大男に1人で太刀打ち出来るはずもなく、そのまま車に乗せられて行った。
隼斗たちが出て行ったのと同時に、僚と木南も手続きを終えて、明日香と深尋の元へ帰ってきた。
「あいつずっとうるさかったな」
「ははっ、そうだね」
「葉山、4対4に別れること市木に言ってなかったの?」
「言ってない。じゃないと、あいつは何をしでかすかわからんだろ?」
「・・・市木って、よっぽど信用ないんだ。よく友達続けていられるね」
木南からすれば、僚と市木の関係がいまいちよくわからない。
1人の女性を巡って争っているくせに、お互い会うことには抵抗がないなんて、普通に考えても珍しいことだと思う。
それだけ、僚と市木の友情が深い証拠ではあるのだろうが。
「まぁ、明日香が絡まなければ普通にいい奴だし、ああみえて頭はいいしな。ただ明日香が絡むと、わがままというか、面倒くさいというか・・・」
「なんか、ごめん・・・」
明日香はなぜか申し訳なくなり、肩を竦めてつい謝ってしまった。
その姿に僚が珍しく取り乱す。
「いや、明日香が悪いんじゃなくて、明日香に執着している市木が悪いんであって・・・」
「・・・・・・うん。わかってるよ」
必死に弁解する僚が面白くて、明日香はクスクス笑う。
それからようやく、こちらのグループも出発することになった。
僚たち4人は、明日香と深尋の強い希望で、美ら海水族館へ向かうことにした。
那覇市内から車で約2時間半。本島北部の海洋博記念公園の駐車場から坂道を下っていくと、おなじみのジンベエザメのモニュメントが見えてきた。
「明日香見てっ! ジンベエザメ!」
「待って、深尋っ! 走ったら転ぶよ」
はしゃぐ2人を、僚と木南は後ろから笑ってみていた。
「ねーーー! 写真撮ろーーー!」
深尋は大きな声でブンブン手を振り、僚と木南を呼び寄せる。それから僚が、モニュメントの前で他の観光客に撮影をお願いし、4人で初めて記念写真を撮る。それが沖縄に来て初めて、観光らしい観光の始まりだった。
水族館の中に入るとタッチプールがあり、ヒトデやナマコを直に触れるように展示されている。初めて触れるヒトデはゴツゴツした石のように固く、これが生物として生きているなんて不思議だねと言い合いながら、その感触を楽しんでいた。
そのあともどんどん水槽が続いていき、ゆらゆらと泳ぐ魚たちを見ているだけで心が癒され、撮影の疲れを忘れさせていく。
「深尋ちゃん、はぐれるよ」
木南が深尋の手を握ると、深尋もそれに答えるようにギュッと握り返す。
ただ、明日香も僚もいるのに恥ずかしいなと思って2人を見ると、2人は腕を組んで歩いていた。
それを見た深尋は、自分も負けじと木南の腕に縋り付き、木南が着ているシャツの袖を掴む。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
「そう?」
木南はなんでもないと言う深尋の目線の先にいた僚と明日香を見て、深尋の行動の意味に気づくも、それを知らないフリして受け流す。
単純に、深尋が積極的になってくれたことが嬉しかったし、その仕草が可愛くて仕方なかったからだ。
「光太郎くんは、ここ来たことあるの?」
「うん。中学の修学旅行で1度だけ。でも、あまり覚えてないんだよね」
木南は僚と市木とは高校からの同級生で、中学校は別だった。
「そっかー。私は沖縄自体が初めてだから、ずっと楽しくてドキドキワクワクしてて、明日帰るのが寂しいなーって、思ってるんだー」
口では寂しいと言いながらも、いまこの場を楽しんでいる深尋を見ているだけで、木南の頬は緩みっぱなしだ。
一方、僚と明日香は、2人してチンアナゴの水槽に張り付いていた。
「ねぇ、この人たち、めっちゃケンカしてるね」
「隣人が気に入らないんだろ」
「なんかさ、見てたら僚と市木くんの関係に見えてきた」
自分で言ってププッと吹き出す明日香を見て、僚は面白くないという顔を浮かべる。
「こんな時まで市木の話はしないで」
頬を膨らませながら、ついつい子供っぽいことを言ってしまった。そんな僚に対して明日香は、ちょっとだけ意地悪な気持ちがムクムクと膨れ上がる。
「僚、ヤキモチ焼いてるの?」
「・・・・・・教えない」
「ねぇ、焼いてるんでしょ?」
明日香は肩でトントンと僚を小突く。僚は子供っぽい態度を取ったことが恥ずかしくて顔を背けるが、それでもしつこく言ってくる明日香の腰に腕を回して耳元で囁いた。
「そうだよ。俺はずっと、ヤキモチ焼いてるの。だからダメ」
「・・・・・・・・・・・・っ!」
自分にしか聞こえない声で、熱い吐息に混じって色っぽく囁かれた明日香はあえなく降参する。やっぱり最終的に翻弄されるのは明日香の方だった。
それから4人は合流し、メインの大水槽の前で呆然と水槽を見上げ、立ち尽くす。
「うわぁ・・・・・・・・・・・・」
言葉を失うとはこういうことを言うんだろう。圧倒的なスケールに4人はその水槽に釘付けになっていた。もはや水槽の外側ではなく、自分たちが水槽の中に入り込んでしまったかのようだ。
大水槽のそばにはカフェがあり、追加料金を払えば大水槽のそばの席に座れるようになっている。
早速4人が行ってみると、ちょうど1席空いたところで、待ち時間なく入ることが出来た。
コーヒーやオレンジジュースを注文し席に着くと、目の前はすぐ水槽で、ジンベエザメはもちろん、マンタやサメなど、様々な種類の魚が気持ちよさそうに悠然と泳いでいる。
「なんか、この空間もの凄く癒されるね」
「そうだな。こんな間近で見ることが出来て、サイコーだな」
「ここだけ別世界みたい・・・」
「そうだね。まるで僕たちが水の中にいるみたいだ」
4人はしばらく口を閉ざし、大水槽の魚たちを目に焼き付けるように見入っていた。
「そういえば、写真集の撮影は上手くいったの?」
唐突に質問してきたのは木南だ。それに対して深尋がすかさず返事をする。
「うん。初めてだったけど、上手くいったと思うよ。ね?」
「そうだね。あんなに沢山の人たちに囲まれたのは緊張したけど、でも楽しかったね」
「今後はこういう場面も増えるだろうからな。今からでも慣れていかないと」
「上手くいったんならよかった。僕も早くその写真集見たいな」
深尋の意見に明日香と僚も賛同する。なんていったってbuddyのリーダーとサブリーダーが言うのだから、間違いない。
そう確信した木南が正直に言うと、深尋はがばっと木南を見た。
「光太郎くん、本当に見たいの?」
「え・・・うん、当たり前だよ。深尋ちゃんがどんな風に撮ってもらったか見たいし。どうして? 見せられないものでもあるの?」
木南は深尋の顔を覗き込みながら尋ねる。
「見せられないというか・・・なんか恥ずかしい・・・だけ」
「大丈夫。どんな深尋ちゃんも可愛いよ」
木南がフッと笑いながら顔を近づけると、そのあまりの近さに深尋は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
それを目の前で見せられた僚と明日香は、いたたまれない気持ちになる。
それから30分ほどカフェでゆっくりした後、水族館のショップでお土産を買い、この日の最大目的地を十分堪能した4人は、ホテルに向けて車を走らせた。
ホテルまでは高速道路を使わず、国道58号線を南下していく。
目的地は沖縄本島中部にある北谷町。この町は米軍基地の返還後に街づくりが開始され、町の周囲にはまだ多くの米軍基地がある影響か、異国情緒漂う街だ。
その中でもアメリカンビレッジは、以前から明日香も興味があった場所で、沖縄に行った時には絶対に行きたいと思っていた場所の1つだった。
そして、僚と木南はアメリカンビレッジにほど近いタワー型のホテルを予約してくれたのだ。
ホテルに着くと時刻はすでに午後5時を回っており、先にチェックインを済ませた4人は、今夜泊まる部屋にそれぞれ荷物を置いてくることにした。
部屋はもちろん、僚と明日香、深尋と木南で別れることになっている。
しかし、明日香も深尋もそこは考えないようにした。でないと、意識してしまっては身が持たないからだ。
良かったことと言えば、部屋が隣同士ではなく、別々の階の角部屋にアサインされたことだろう。
荷物を持った僚と明日香は21階の部屋に入る。するとその部屋はバルコニーが2面になっており、海とアメリカンビレッジを眺めることが出来た。
「うわぁ、すごい僚っ見て! 一面海だよ!」
部屋のバルコニーに出るなり、明日香は興奮する。この数日、幾度となく海を見てきたのに、上から眺める海はまた格別だ。
明日香の横に並んだ僚も「きれいだな」といい、しばらく2人で眺めていた。
海風が優しく心地よい風が吹き抜ける。それを好きな人と分かち合えるだけでとても幸せだった。
午後6時になり、4人は夕食のためアメリカンビレッジに行くことにする。
そこへ向かって4人で歩いていると、突然深尋が明日香の腕を引っ張り、僚と木南から距離を取る。2人にはあまり聞かれたくないようだ。
「明日香、ちょっと来て」
「どうしたの?」
明日香が尋ねると、深尋はなぜか顔が青くなっていた。
「明日香、どうしよう・・・部屋のベッドがひとつしかなかったの。私、光太郎くんと寝れるかなあ・・・・・・」
実は明日香も部屋に入ってバルコニーの次に目に入ったのが、大きなダブルベッドだった。しかし、明日香もそんな経験がないため、こればっかりは深尋になにも言ってあげられない。
「ごめん、深尋。私もどうしたらいいかわかんないし、頑張れとしか言えない・・・・・・」
2人で話していると、後ろから木南が声を掛けてきた。
「ねぇ、彼女たち。なにをコソコソしてるの?」
「ううん、な、なんでもないよ。それより何食べる?」
深尋が慌てて取り繕うように返事をする。
明日香も深尋もそれ以上その話をすることが出来ず、なるようになれと腹を括るしかなかった。
アメリカンビレッジ内は飲食店も数多くあり、4人はどこに入ろうか悩む。沖縄最後の夜だし、どうせなら美味しいものを食べたいと思うと、店選びも慎重にもなる。
すると、海に面してテラス席のあるレストランを見つけ、4人はその店に入ることにした。
あいにく4人掛けのテーブルは全て埋まっていたが、海に向かって2人掛けのカウンター席が並んでおり、そちらに座ることにする。
「見て見て光太郎くん。夕日がきれいだねー」
4人が席に座ると、夕日が水平線の向こう側に近づいていた。
空の色と夕日の色が混ざることなく、きれいなグラデーションになっていて、4人はしばらくその景色を眺めていた。
「はい、深尋ちゃん。カンパイ」
木南はビールを、深尋はシークヮーサーサワー片手に乾杯する。
「あの、光太郎くん。本当にわざわざ来てくれて、ありがとうね」
「どうしたの、急に。あらたまって」
「うん・・・だってよく考えたらさ、沖縄に呼んだのは完全に私の都合で、ただ時間があるから来てって誘っただけなのに、ホントに来てくれる人なんていないよなぁって思うと・・・ね」
それを聞いて木南は笑みを零す。
「それで深尋ちゃんは、僕が来てどう思った?」
「嬉しかった・・・・・・」
深尋は木南に顔を見せないように答えた。
「深尋ちゃんが嬉しいなら僕も嬉しいよ。言ったでしょう? 全部、受け止めるって」
木南は深尋の右頬を親指でスッと撫でる。その行為につられた深尋は、顔を上げて木南と目を合わせた。
「それにね、僕も市木もそうだけど、来年は大事な試験があるんだ。それに合格した後には病院での実習とかも始まって、今みたいに時間が取れなくなってくると思う。だから、時間がとれるうちは深尋ちゃんのやりたいこと、やってみたいことを叶えてあげたいと思ったんだ」
医学部に在籍する木南は、大学4年からは今よりもっと多忙になるため、同じく芸能活動を続ける深尋と、時間が合わなくなってくる可能性もある。
だから木南は多少無理してでも、今回沖縄にやって来た。全ては深尋のために。
「光太郎くん、私、会う時間が減っても、ずっと光太郎くんのこと応援してるから。お医者さんになれるように応援してるっ」
深尋は自分の頬にある木南の手をぎゅっと握って伝える。
「ありがとう。僕も深尋ちゃんのこと応援してるよ。だけど、ホントはあまり見せたくないな」
「誰に? 何を?」
「これから深尋ちゃんを見る全国の人に。こんなにかわいい深尋ちゃんを見せたくないよ。なんなら僕、葉山たちにすら見せたくないと思ってるから」
木南にそう言われて、深尋は心臓をギューッと掴まれたような感覚になる。
今日も深尋は、木南に翻弄されっぱなしだった。
一方、僚と明日香は、カウンター席に座ったことで、思い出話をしていた。
「昨日、元木さんに言われて思い出したけど、イチゴのかき氷を食べた時もこんなカウンター席だったね」
「ああ、そうだったな。あのかき氷が今まで食べた中で一番おいしかったよ」
「しかも、めちゃ大きかったし! 僚の顔がほとんど隠れてたよ?」
明日香はその日のことを思い出して、クスクス笑う。
「実はあの時、スプーンを2つ持たせてくれたのは、店員さんだったんだ」
僚が少し恥ずかしそうに、あの時のことを明日香に話し始めた。
「どういうこと? 僚が貰って来てくれたのかと思ってた」
僚の話によると、実は売店でこういうやり取りがあったらしい。
☆☆☆
「すいません。このイチゴのかき氷ください」
僚は30代半ばの女性店員に、イチゴのかき氷を注文する。
「はーい。おひとつでよろしいですか?」
「あ、はい」
「少々お待ちくださーい」
そう言って店員が奥の方へ行くと、奥から氷を削るような音が聞こえてきた。そのあいだ僚は、明日香がどこに座ったか後ろを振り返って探すと、すぐ近くのカウンター席に座っているのが見えた。
「はーい、お待たせしましたー。スプーンはいくついりますかー?」
「あ、1つで」
僚がそう言うと、店員は少し困ったような顔をする。
「お兄さん、これ1人で食べるんですか?」
「あ、いや、僕じゃなくて、友達が・・・」
僚は無意識に明日香の方を振り返る。すると明日香を見た店員が、親切に提案してきた。
「あー・・・たぶん、女の子1人では食べきれないと思うから、スプーン2つつけておきますね。それとも、1つで2人で食べます?」
当時中学生だった僚に対して、少しからかうように話す店員。
その意味を理解した僚は、すぐさま「2つでおねがいしますっ」と言って、顔を赤くしながらスプーンを2つ貰って来た。
☆☆☆
「へぇ、そんなことがあったんだ」
「うん。思えばたぶん、あの時に初めて明日香を意識したのかもしれない」
思ってもみなかったことを言われて、明日香は目を丸くする。
「あの時は、そんなこと何もなかったと思うんだけど・・・」
「明日香はね。だけど俺は、明日香との思い出を思い出そうとすると、必ずあのイチゴのかき氷を、おいしそうに食べている明日香が思い浮かぶんだ。だからたぶん自分が知らないうちに、あの時から明日香を意識していたんだろうなって思ったんだ」
始まりは思っていたよりもずっと前から始まっていたんだと思うと、そのあと苦しんだのは一体何だったのかと考えなくもない。でも、あの時間にも意味があったと思いたい。明日香はそう思った。
そうして語り合っているうちに、夕日はとっくに水平線の向こう側へ消えてしまい、辺りはすっかり暗くなっていた。
食事を終えた4人は、腹ごなしにアメリカンビレッジ内の雑貨屋さんなどを巡り、ホテルへ戻る。
2組のカップルの夜は、まだ始まったばかりだ。




