68. プレッシャー
藤堂父をなんとか会社に行かせた後、隼斗と明日香は母親が運転する車でマンションまで送ってもらった。
キャリーケースを3つも持っている明日香は、隼斗に手伝って貰いながらせっせと車から下ろす。
すると、マンションのエントランスから僚が姿を見せた。
「明日香、おかえり」
「た、ただいま・・・・・・」
昨日の今日で顔を合わせるのが恥ずかしくて、明日香はみるみるうちに顔が赤くなっていく。
「あらっ僚くん、わざわざ降りて来てくれたのー?」
「荷物が多そうだったので、荷物持ちで来ました」
「さすが、気の利く男は違うわねー」
ほほほ・・・と、わざとらしく高笑いする母。もう勘弁してほしい。
「おい、僚。なぜか母さんにバレてるぞ。ついでに父さんは瀕死の状態だ」
「え・・・なんで・・・?」
「知らん。母さん曰く、昨日お前が明日香を迎えに行った時にそう思ったらしい」
「・・・わかった。教えてくれてありがとう」
小声で耳打ちする隼斗に礼を言うと、明日香のキャリーケースに手を伸ばす。
そこで母親が僚に、明日香に言ったことと同じことを言い出した。
「僚くん、今度家に遊びにいらっしゃい。お父さんも待ってるし。あと隼斗。あんたもいい加減、彼女を紹介しなさい。まったくコソコソして、お母さんが知らないとでも思ったの!?」
「あ、いや・・・別にコソコソなんて・・・・・・」
急に自分に矛先が向いたことで、今度は隼斗が慌てる。
僚は子供のころからお世話になっている藤堂家のおじさんと、おばさんには、きちんと挨拶をしておきたいと思っていたので、断る気など全くない。
「今度、時間を見つけてお邪魔したいと思います。おじさんにも、よろしくお伝えください」
「そう、楽しみにしてるわね。それじゃあ、体に気を付けて頑張るのよー」
母は僚の返事を聞いて満足したのか、言いたいことだけ言ってさっさと帰って行った。
「僚、ごめんね・・・」
「なにが?」
「なんか、いろいろと」
「おじさんと、おばさんにはちゃんと言うつもりだったし、気にしてないよ。俺より、隼斗の方がダメージが大きいみたいだけどな」
2人で隼斗の方を見ると、なぜ母親にバレたのか考え込み、頭を抱えている。
そうして明日香は、1年ぶりにマンションの部屋に帰っていった。
明日香が留学から帰ってきて初めての週末。
今日は久しぶりに6人でGEMSTONEに来ていた。再始動の話し合いをするためだ。
いつものように5階の会議室に入ると、元木さんと3人のマネージャーの他に、Evan先生とアースミュージックレコードの方々、それ以外にも知らない大人が複数人座っており、会議室に入った瞬間、一斉に注目を浴びる。
多くの視線に晒された6人は、いつもと違う雰囲気にすっかり萎縮してしまった。
「あぁ、来た来た。みんな、ここに座って」
元木に促されて、口の字型に並べられたテーブルの前方から順に横並びに座る。
自分たちを初めてみる大人は、まるで品定めでもしているかのような目線で6人を1人ずつ見ていた。
「さてそれでは、buddyの公表に向けての会議を始めたいと思います」
元木が号令をかけると、より一層緊張感が増す。
「まずは、初めてお会いする方が多いと思いますので、buddyの6人をご紹介します。みんな、立ってもらえる?」
元木に言われて、6人は静かに立ち上がる。
「それじゃあ、1人ずつ自己紹介してもらえるかな」
元木に言われるまま6人は大人たちに名前を告げる。その間もずっと見られており、居心地が悪かった。
全員の紹介が終わると、今日の話し合いの本題に入る。
「まずは皆さまご承知の通り、昨年の夏に行われたファンクラブイベントで、buddyのシルエットとメンバー構成を公表して以降、これまで何も情報を出してきませんでした。そこで、情報公開の第2弾として、今年の12月1日にbuddyのメンバーの名前、顔、を全て公開するとともに、メディア出演を行っていくことを発表したいと考えています」
元木がbuddyのチーフマネージャーとして計画している情報公開第3弾として、12月1日の情報公開と同時に最新曲のリリースと本人たち出演のMVの公開、グループ初の写真集を発売することを発表。
そして、年明けにはライブツアーの開催が決定、というものだった。
元木の口から次々と具体的な内容が出る度に、6人の間には緊張が走る。
まさかここまで話が進んでいるなんて、誰も予想していなかったからだ。
一通りの説明が終わると、1人の男性が「質問よろしいですか」と手を上げる。
「元木さん、先ほどからおっしゃられている計画内容、特にライブツアーについて本当に勝算があるのですか?」
質問をしてきたのは、アースミュージックレコードから新たに招集された社員だった。
「ええ、もちろんあります。彼らは顔を出していないだけで、これまでの実績は十分ですし、昨年のファンクラブイベントも成功しています。ライブツアーともなると、観客動員数はその何倍にもなるでしょう」
元木は自信たっぷりに答える。
それを見ていたEvanはクックックッと笑っていた。
「森ちゃんも心配性だねぇ。誰が曲を提供していると思ってるの。僕だよ? それに彼らのデビュー以降、外れた曲は1つもないよ。わかってる?」
「そ、それは・・・存じ上げていますが・・・」
森と言われた社員は、Evanが放つ圧倒的な気迫に気圧されていた。
「もし、まだ心配なら、あとで実際に彼らが歌って踊っているのを見たらいいよ。彼らがビジュアルだけじゃないことがわかるから」
Evanの自信たっぷりな言葉に、森以外の他の社員もゴクッと喉を鳴らす。
今回レコード会社から新たに森を含めて5人と、GEMSTONEから5人の合わせて10人が、buddyのプロモーションスタッフとして招集された。
今後はこの人たちを中心に、buddyのプロモーション活動を展開していくことになる。
それから詳細な内容と日程調整を終え、会議は終了した。
会議終了後、6人が会議室を出ようとすると、元木が声を掛けてきた。
「みんな、お疲れさま」
「お疲れさまです・・・」
全員、会議の内容が壮大過ぎてついていけなかった、そんな顔をしている。
「お疲れのところ悪いけどさ、あの人たちを黙らせるために今日、もうちょっと頑張ってくれないか?」
元木が言うあの人たちとは、今回新たに招集された人たちのことだ。
「だけど元木さん、私1年まともにやってなかったんです・・・」
明日香が申し訳なさそうな顔で元木を見るが、元木は何も問題ないと首を横に振る。
「明日香は向こうで、みんなの動画を見ながら練習していたんだろう?」
「していましたけど・・・」
明日香は留学中、元木から定期的に送られてくる動画を見て、向こうの寮で自主練をしていた。
ただやはり1人でする練習には常に不安があり、帰国後にみんなについていけるかどうかが一番の心配事だった。
「だったら大丈夫。自信を持って」
「・・・・・・はい」
「それじゃあ、みんな着替えてレッスン室に集合。明日香、ダン先生も会いたがっていたから、早く顔を見せに行っといで」
不安げな明日香を宥める元木に促され、全員更衣室へと足早に向かうことにした。
明日香と深尋が更衣室で着替えてレッスン室に行くと、保護者用の見学席の所に、先ほど新たに招集された大人達や、Evan、マネージャーの3人が揃っている。
buddyがレッスンする日は他の練習生がいない日のため、こうしてスーツを着た大人たちが集まっても問題はない。
その時すでに男子4人は、着替えを終えてダン先生と話をしていた。
「明日香っ! おかえりっ!」
明日香に気づいたダン先生が、ガラスドアを開けて出迎える。
「ダン先生! ただいまっ」
明日香は周りの大人たちが気にはなったが、ダン先生と会えたことが嬉しくて笑顔で駆け寄っていく。大人たちは明日香だけでなく、6人全員の一挙手一投足をくまなく観察するように見ていた。
そして明日香にとっては久しぶりのレッスンが始まる。
レッスンといっても新曲の振り付けなどではなく、いままで出した曲の振り付けの再確認と、明日香のための復習のようなものだった。
はじめはミディアムバラードの、割とゆったりとしたリズムの曲から始めていく。その様子をガラス越しに、それも10名以上の大人たちにじっと見られていると思うと緊張するが、ダン先生だけは至って余裕な顔だ。
「これだけの人数で緊張なんて言ってたら、ライブなんて出来ないよ? 見られることに慣れないとね」
ライブともなると少なくても数千人、会場の規模によっては数万人の観客から見られる立場になる。
これから素顔を公開していく6人は、大人数からの視線に慣れてもらわないと困るため、それを意識させる意味も込めてわざとそんなことを言った。
これは、ダン先生なりの視線に慣れるレッスン方法でもあり、優しさでもある。
そんな大人たちの反応も気になるが、6人はそれどころではなかった。
ダン先生は口調こそ優しいが、レッスンに対してはもの凄く厳しい。出来ないことを怒ることはないが、わからないところをそのまま流れでやったり、手を抜いたことがわかると、途中で曲を止め、もの凄い形相で叱責する。
6人はそこまで怒られることはなかったが、練習生時代にオーディション組が更衣室で泣いていたり、愚痴を言ってたりしていたのをよく見聞きしていた。
そして、途中で曲を止められないということは、続けてもいいというサインでもあるため、6人はダン先生に曲を止められないようにするのに必死だ。
「明日香、1年のブランクがあるようには思えないよ。ちゃんと練習していたんだね」
ダン先生にそう言ってもらえて、明日香は少し安心する。
そのあとも何曲か踊り、ダン先生から所々指導を受けながら、最後に6人が一番難しいと言っている『Sapphire』で終わることにした。
一方、見学席から6人をずっと見ていた大人たちは、すっかり6人に圧倒されてしまっていた。
「どう? 森ちゃん。ちょっとは信じる気になった?」
Evanが森に尋ねると、森は6人から目を逸らさずにEvanの質問に答える。
「はい、先生。先生の言うとおり、彼らはビジュアルだけのアーティストではありません。それは十分に理解しました」
「そう、よかった。これから頼むよ? 成功するも、しないも、僕たちに掛かっているんだからさ」
公表まであと半年。6人の運命の歯車が大きく動き始める――――
いつもよりも長い、長い、レッスンを終え、6人は1階に降りるエレベーターに乗り、やっと一息ついた。
「なんか、どっと疲れたな・・・・・・」
エレベーターに乗るなり隼斗が言うと、他の5人も同意する。
「人に見られるのに慣れろって言われてもさ、あんな視線は嫌だよ」
「見世物にでもなった気分だったね」
「まぁ実際、見世物ではあるかもしれないけど、ファンの人の視線はもう少し温かいと思うよ」
ファンクラブイベントに行ったことのある竣亮は、ファンたちが何を求めて、何を期待しているのか肌で感じたことがある。
そして、竣亮の隣には葉月がいたため、6人の中で誰よりも多くそれを実感していた。
葉月と会わなくなって3か月。最初の頃は電話もメールもしたが、全てに返事はない。
大学も葉月は大学院受験に専念しているため、来ているのかどうかさえもわからなかった。
竣亮は沈んだ気持ちを抱え、みんなと一緒にGEMSTONEの正面玄関から出ていく。すると、3か月前のあの時と同じように「竣亮くん!!」と、名前を呼ぶ声が聞こえる。
その声がした方に竣亮だけではなく全員が目を向けるとそこには、今しがた思っていた葉月が立っていた。




