64. 男の事情②
大学の春休みも終盤に差し掛かった3月下旬。
いつもの個室の創作ビストロに、僚、隼斗、竣亮、誠、市木となぜか木南の男ばっかり6人で集まった。
失恋で落ち込む竣亮を慰めるための男子会だ。
先月から深尋と付き合い始めた木南は、その後buddyについての話を聞かされた。最初は驚いたが、深尋が頑張っていることを応援したいと伝えると、安心したのかとても喜んだ。
木南が竣亮と誠に会うのはその日以来。そのため市木に誘われてきたものの、自分がいていいものかわからなかった。
その竣亮は、葉月に失恋してから3週間が経過しても、ずっとふさぎ込んだまま。
レッスンに行くものの集中できず、竣亮にしてはめずらしく、透子先生から叱責されるほどだった。
そんな竣亮に少しでも元気になってもらおうと、こうして男だけで集まったのだ。
「竣く~ん、元気出して~」
「うん。市木くんありがとう」
竣亮は笑顔を見せるが、その笑顔に力はない。
「そうだっ! 竣くんさ、やっぱり俺と一緒に合コン行く!?」
「行かない・・・」
「あ、そう・・・」
「竣は遊び人のお前とは違って、すぐ割り切れないんだよ」
僚が市木をギロッと睨む。
「失礼なっ! 俺は明日香ちゃん一筋だし、遊んでもいないっ」
その言葉を聞いても、隼斗も僚も何も言わなくなった。言うだけ無駄だからだ。すると竣亮が市木の顔をじっと見ながら話す。
「市木くんはスゴイね。明日香にフラれてもずっと好きって言ってるし、諦めようと思わなかったの?」
竣亮が市木に痛いところをズバッと切り込む。
「うぅっ、まぁ~正直、フラれた時はこの世の終わりだと思ったよ? でもさ、そのあとも誰かがぐずぐずしていたおかげで、明日香ちゃんはずっと1人だったわけだし、そうなるとまだチャンスは残ってると思ったんだよね~」
市木はニヤッと僚の顔を見ながらそう話す。
そんな市木を横目で見ながら、木南はずっと気になっていた疑問を僚にぶつける。
「なあ、市木はフラれたって言ってるけど、葉山は? その彼女に自分の気持ちは伝えたの?」
今度は僚が痛いところを突かれ、一瞬ひるんでしまう。
「・・・・・・まだ、言ってない・・・・・・」
「葉山? どうしたの?」
「・・・いや、うん・・・まぁ・・・」
「僚は明日香がもうすぐ帰ってくるし、落ち着かないんだよ」
隼斗がそう言うと、木南も納得したようだ。
「へえ、久しぶりに彼女に会えるからってそんなにソワソワして・・・本当にその彼女のこと好きなんだね、葉山」
「・・・・・・・・・・・・っ」
僚は本当のところ、自分が明日香に告白したところで、受け入れてもらえるか自信がなかった。
留学前は自分のことを好きでいてくれたようだが、この1年で気持ちが変わっていることも大いに考えられる。
それを思うと、余計にナーバスになってしまっていた。
「なんだよ葉山。俺にはフラれないって自信満々だったのにさ~」
「う・・・うるっさいなっ!」
さすがの僚も、自分から女性に告白するのは初めてなので、もうすでに緊張していた。いつも市木には対等に言い返せるのに、今日はそれが出来ない。
改めて隼斗が竣亮に尋ねる。
「竣亮はさ、その先輩とどうなりたい?」
「どうなりたいって・・・・・・?」
「諦めるのか、諦めないのかってこと」
竣亮はいまでも葉月のことが好きだ。簡単に諦めることはできない。
「諦めたくない・・・・・・だけど、僕とは住む世界が違うって、言われたんだ。僕は・・・僕たちは、みんなを幸せにしないといけないって。自分がそれを独り占めしちゃいけないって」
それは、葉月が本当にbuddyを愛しているからこその言葉であることは、竣亮もわかっている。
しかし、どうしても受け入れることが出来なかった。
「じゃあさ、諦めなければいいんじゃない? その先輩はbuddyが好きすぎてそんなことを言ったと思うし、竣亮から告白されるなんて思ってもいなかったんじゃないか? 少し時間をおいて、またアタックしろよ。そこで同じ結果だったとしても、また慰めてやるからさ」
隼斗が満面の笑みで竣亮に話す。
「そうだよ竣。市木みたいにしつこ過ぎるのはアレだけど、1度ダメだったからってすぐに諦めなくてもいいんじゃないか」
「葉山、さりげなく俺をディスるのやめてくんない?」
「本当のことだろ」
この2人も相変わらずだ。
「竣亮、骨は拾ってやる。当たって砕けてこい」
誠も言葉は少なくても、竣亮を応援する。
「みんな、ありがとう」
竣亮は隼斗の言葉で救われた。無理に諦めることはないんだと言われ、やれるだけやってみようと少し前向きになる。
猪突猛進で突っ走ってしまう葉月だけど、buddyのことを心から応援し、楽しそうに語るあの笑顔に惹かれたのは間違いない。
この竣亮の気持ちは、たとえ葉月であっても否定することなどできないし、決着をつけるのは竣亮自身だ。
また機会を見て葉月に気持ちを伝えよう、竣亮は心の中で静かに決心した。
「さすが番犬くん、彼女が出来ると言葉の重みが違うね~」
ニヤニヤと笑いながら、また市木が隼斗をからかう。
「それを言うなら誠だろ。見ろよこの貫禄」
今年で美里との交際5年になる誠は、端っこの席でひとり黙々と食べている。
「ん? どうした?」
「いやあ、まこっちゃんって、すでに子供がいてもおかしくないくらい、どっしりしてるねって話」
「ん? ちゃんと避妊してるから、その辺は大丈夫だぞ」
「「「!!!!!」」」
その発言で初心な竣亮は顔を赤くする。
僚は食べようとしていたビザの具を半分以上皿の上に落としてしまった。
「お前なっ! あけすけに物言い過ぎだぞっ」
「そうかもしれんけど、大事なことだろ? お前はしてないのか?」
誠はなぜか隼斗に話を振る。
「いやっ、俺のことはいいだろっ」
「番犬くん、してないの?」
「隼斗、さすがにそれはどうかと思うぞ」
「傷つくのは女の子だよ?」
「隼斗くん・・・・・・」
隼斗は誠の話をしていたはずなのに、なんでこうなった!? と混乱する。策士の誠はしてやったり顔で1人、アツアツのピザを食べ始めていた。
「木南はさ、深尋とはどうなの?」
誠から横取りしたピザを食べながら、隼斗が聞いてきた。
「ああ、おかげさまで仲良くしているよ」
「ええっ! それって最後まで・・・・・・?」
下世話なことを言う市木を木南が睨みつける。
「そんなわけないでしょ。手をつないだだけだよ」
木南が正直に言うと、他の5人は明らかに困惑した顔を浮かべた。
「なんか・・・・・・ごめん、木南」
「俺たち、やっぱり深尋への対処を間違ったかもしれん」
「なんで誰も深尋に教えなかったんだ?」
「やっぱりあの時教えるべきだったのか・・・?」
「でもさ、あの時は誰もちゃんと答えられなかったよ」
木南は隼斗と竣亮が言う「あの時」が気になったが、自分よりも明らかに落ち込んでいる5人を見て、思わず笑ってしまう。
「はははっ、葉山たちおもしろいね」
「おもしろい? なにが?」
自分たちは落ち込んでいるのに、木南は楽しそうに笑ってるのが、僚たちには不思議でしょうがない。
するとここで、木南の重い愛情が爆発する。
「深尋ちゃんさ、もうすぐ付き合って2か月なのに、いまだに手をつないだだけでガチガチに固まってしまうんだ。それが可愛くてしょうがなくてさ。僕は葉山たちに感謝しているんだよ。あんなに可愛い子をずっと守ってくれてありがとうってね。おかげで深尋ちゃんの初めてを全部僕が貰えるんだ。だから、焦らずゆっくり進めているんだよ」
そういう木南に対し、今度は恐怖を感じた。
(ヤバイ・・・・・・こいつは重すぎるぞ)と。
竣亮はこの日久しぶりに思いっきり笑えた。
いい友達に出会えて、いい仲間に囲まれて、自分は本当に幸せ者だと実感する。
この感覚を葉月にもわかってもらいたいと思った。竣亮のおせっかいかもしれないが、心に深い傷を持っている葉月だからこそ知ってほしい、そう思った。
その頃葉月は、大学院受験のため机に向かって勉強するが、全く集中できない。
それもこれも全て竣亮が原因だった。
あれから竣亮とは連絡を取っていない。
葉月自身、竣亮に対してどう接したらいいかわからなくなっていた。
まず竣亮自身がbuddyのメンバーであること。
そして、自分のことを好きだと言ってくれたこと。
急にそんなことを言われても、頭が追い付かない。そのせいで竣亮にひどいことを言ってしまった。言いたくないこともたくさん言ってしまった。
あの時の竣亮の傷ついた顔を思い浮かべると、自分の胸も抉られたように痛くなる。
「あんなこと、言わなければよかった・・・・・・」
葉月は部屋の窓から空を見上げて、ひとりごちる。
『1人の男として幸せにしたいのは、河野葉月ただ1人です!』
そう言って葉月を見つめる竣亮の顔が、脳裏に焼き付いて離れない。
私はどうしたいんだろう。本当はどうしたかったんだろう。
いま葉月が考えているのは、buddyのメンバーの竣亮ではなく、友人であった竣亮のことを思っていた。
この問題に答えが出せるのか・・・・・・そんなことを考えながら、葉月はずっと空を見上げていた。




