5. 焼きそばとシャーベット
翌日、明日香と隼斗の双子は、朝食後から夏休みの宿題をしていた。
宿題を早く終わらせることができれば、それだけ早く遊べるし、どうせみんなと集まるのは午後だからさっさとやってしまおうということだ。
当然、出される宿題は同じなので、2人で協力して片付けるためにリビングで宿題を広げていた。やはりなんだかんだ言いながらも仲がいい。
そして午前11時を過ぎたころ、
<ピンポーーン>
玄関のチャイムが鳴り、母親が「はーい」とインターフォンに出る。
するとインターフォンのマイクから、
「隼斗くんと明日香さんいますか」
そんな声が聞こえてきた。2人は誰だろう? と顔を見合わせる。
「ちょっと待ってねー」
母親が玄関へ向かい、何やら話す声とバタバタと足音が聞こえ、ガチャっとドアを開けリビングに入ってきたのは、僚と竣亮と誠だった。
「どうしたの? 約束は午後じゃなかった?」
明日香が不思議に思って聞いたことに対して、僚が謝罪する。
「ごめん、急に来て。しかも宿題中に」
「なんかあった?」
隼斗も宿題の手を止めて聞く。そして3人に座るように促した。
それからリビングのガラステーブルを囲むように5人で向かい合う。
「あのさ、昨日言ってた見学の話なんだけど・・・」
そう言って僚が話を切り出す。
「昨日、あの人からもらった社長さんの電話番号を父さんに渡したら、すぐに電話を掛けたみたいで、話の流れで明日見学に来ないかって・・・」
「僚くん真面目だから、僕たちに早く知らせないとって言ってさ、僕の家に来て、誠の家に行って、そして今ここ」
「俺は寝ているところを起こされた」
誠は不服そうだ。それに対し申し訳ないと思いつつ僚は話を続けた。
「隼斗と明日香は、おばさんのこともあるから、早めに言わないとって思ったんだ」
その時、リビングのドアがガチャっと開き、藤堂姉弟の母親が入ってきた。
「みんな、麦茶しかないけどいい?」
母親はグラスに入った麦茶を5つ、ガラステーブルの上に置いていく。
「あ、お母さん。昨日話してた事務所の見学、明日でもいい?」
「えー? ずいぶん急ねー。どうしたの?」
「ごめんなさいおばさん。実は僕の父が昨日、事務所の社長に電話をしたんです」
「あぁー聞いているわよ。社長さんと僚くんのお父さんがお知り合いなんですってね」
「そうなんです。それで、社長さんの都合で、明日なら会えるといわれたのと・・・」
そこまで言ったあと、僚は急に口をもごもごさせる。
「と?」
「おばさんが好きな・・・桜木翔太が、明日事務所に来るそうなんです」
なぜか僚が恥ずかしそうに言う。
すると母親は両手を口に当てて「ほんとに!?」と目をキラキラさせて僚に詰め寄った。
「はい、一応僕の父も来るんですが、おばさんも一緒に・・・」
「行くわ!! 当り前じゃない!! きゃーっ! 何着ていこうかしらー」
僚に最後まで言わせることなく、母親は行く気満々で鼻歌まで歌っている。
隼斗と明日香は、わが親ながら恥ずかしいと顔を俯けた。
「もう母さん、うるさいからあっち行って」
「んもう隼斗、そんなこと言ってもお母さんは隼斗のこと大好きよー」
隼斗は両手を広げて抱きつこうとしてくる母親に、
「キモイ! やめろ!」
と全身で拒否する。
そんなところも可愛いと思ったが、これ以上やって本当に嫌われてもイヤなので、「ハイハイごゆっくりね」と言って出て行った。
「藤堂姉弟のお母さんパワフルだな」
誠が変なところで感心する。
「竣亮と誠の親は? 明日来るの?」
「俺のところは都合が合わなくて来れない。そもそもついでだと思われてるし」
「僕はお母さんが来るって」
「え? 竣亮のお母さん来るんだ」
ちょっと予想外だった。竣亮の両親は、こういうことに反対すると思っていたからだ。
「僕、スイミングも空手も体力がなくて続けられなくて、お母さん体力のつけられる習い事を探していたみたい。だから一緒に行ってくれるって」
「・・・・・・」
ちょっと違うと思う、とは誰も言えなかった。
そんな話をしているうちに、気づけば時刻はお昼になろうとしている。
「深尋にも言わないとだけど、もうここに呼んじゃおうか」
「いやもうお昼だし、一度家に帰ってから河川敷で集合しよう」
僚がそう言いかけた時、再びリビングのドアがガチャっと開き、
「ねぇみんな、お昼ご飯焼きそばでいい?」
と母親が聞いてきた。
「おばさん、昨日もごちそうになったので今日は帰ります」
「あら、子供が遠慮なんかしちゃダメよ。それにあなたたちのおかげで桜木翔太に会えるんだから、これくらいお安い御用よー」
そう言って上機嫌にニコッと笑う。
結局3人はお昼をご馳走になることにした。
「それじゃあご馳走になります。いつもすみません」
「ありがとうございます」
「あざっす」
3人が言うと満足そうにして出て行った。そのあとを明日香が追いかける。
「お母さん、深尋の分もある?」
「もちろん、たくさんあるわよー」
その返事を聞いた明日香は、家の電話をとり深尋の家に電話を掛けた。
<ピンポーン>
深尋に電話をかけて約30分後、再び玄関のチャイムが鳴る。
「深尋が来た」
明日香はインターフォンに出ることもなくすぐに玄関を開け、外に立っていた深尋を中に入れた。リビングに入るなり、ガラステーブルを囲んでいる4人の男の子に対し、
「ずるーい! 先にみんなで集まってー」
ブーブーと深尋は文句を言う。
「仕方ないだろ。家の順番的にこうなったんだ」
「深尋がいると話が進まないしな」
隼斗が意地悪く言うが深尋は気にしない。それ以前に、気にもなっていない。
そして、これまでの経緯を僚が簡潔に説明する。
「そういうことで深尋、事務所の見学明日行くことになったけど大丈夫?」
「明日? すぐだねー。大丈夫だよー」
深尋は両親に確認するでもなく、簡単に返事をする。
「一応俺の父さんと、竣亮のお母さんと、藤堂姉弟のお母さんが一緒に来てくれるけど、深尋の親はどう?」
「うちのパパもママもねー、明日仕事だから無理だと思うー」
「そうか、なら明日のことちゃんと言っておくようにな」
僚が深尋にそう言うのを聞いていた明日香は、同級生なのにお兄ちゃんみたいな言い方をする僚を見て、長男らしいなと思い「ふふっ」とつい笑ってしまった。
僚は男3人兄弟の長男なためか、6人で遊ぶ時も常に前に立っている。それはガキ大将というよりも、みんなをまとめて引っ張っていくリーダー的存在で、そんな僚のことをみんなも信頼し頼りにしていた。
それからみんなでお昼ご飯の焼きそばを食べた後、いつもの河川敷へと向かう。 河川敷についたものの、太陽はカンカン照りで直射日光が肌に刺さるように痛い。家を出るとき母親に「持っていきなさい」と言われ持たされた、大きな水筒に入った麦茶も、みんなで飲めばすぐになくなってしまいそうなほどだ。
仕方なく6人は昨日と同じ橋の下へ行き、そこで遊ぶことにした。
明日香と深尋は四葉のクローバー探しに夢中になり、僚と竣亮と隼斗はボールを壁に当てて遊び、僚のせいで朝早く(早くはないが)起こされた誠は、また芝生の上でゴロンと寝そべっていた。
そうして思い思いに過ごしていた時、白いビニール袋を持って歩いてくる長身の男が姿を現す。
「ああ、君たち。やっぱりここにいた」
昨日も会った元木浩輔だった。その姿を見て散りじりになっていた6人は僚の元へと集まった。元木を見て開口一番、
「げっ、兄ちゃんまた来たの?」
と隼斗が嫌そうに言う。
「そんな嫌がらないでよ。言ったでしょ、君たちに信用されたいって」
「深尋はお兄さんのこと信用してるよー」
「ありがとう深尋ちゃん。いい子にははい、あげる」
元木がコンビニの袋から取り出したのは、シャーベットのアイスだった。
「ありがとうー」
それを素直に受け取ろうとする深尋に、僚と明日香が「深尋っ」と止めようとする。
そんな2人に、深尋は不思議そうな顔を向けた。
「なんでー? 僚のお父さんと社長さんは知り合いだし、お兄さんが怪しくないっていうのはわかったんでしょー? それに明日見学にも行くんだよー?」
深尋は抜けているようでたまに確信をついてくる。わかってて言っているのかいないのか。僚と明日香もさすがにそう言われると、次の言葉が出てこなかった。
その様子を見ていた元木がふぅと息を吐く。
「こんな暑いのに、日陰とはいえ熱中症になると大変だからね。君たちに万が一のことがあると僕も困るし、このシャーベットはさっきそこのコンビニで買ってきたものだから、変なものは入ってないよ。だからみんなで食べて」
元木は袋ごと僚に差し出す。中には元木の言う通り、人数分のシャーベットが入っていた。僚は疑ってしまった若干の気まずさを感じながらも、
「・・・ありがとうございます」
と受け取った。その気まずさを感じた元木はそれを吹き飛ばすように言う。
「いいよ、いいよ。君たちのご両親が、とても大切にしっかりと君たちを育てているのがわかったからね。そんな君たちを僕も大切にしたいと思っている。このシャーベットはお近づきのしるしだよ」
そう言うとニコッと笑った。そして明日香が、
「ありがとうございます。元木さん」
と言うのに続いて、
「ありがとー」
「ありがとうございまーす」
「ありがとう」
「あざっす」
みんなでお礼を言い、川沿いに6人で並んで腰かけ冷たいシャーベットを食べ始めた。その様子を後ろから眺めていた元木は、
(不思議な魅力を感じさせるこの子たちを、本当に大切にしよう)
そう強く心に誓った。
そして食べ終わったシャーベットの容器を袋にまとめ、帰ろうとした元木に僚が話しかけてきた。
「あの、僕たち歌とかダンスとか興味がないし、全くわからないのに、明日見学に行って迷惑にならないですか?」
僚は、昨日から考えていた不安を元木に尋ねる。
その質問に、元木も真摯に答えた。
「今はそうかもしれないね。歌とかダンスはテレビで見るものだって」
「・・・はい」
「でも、実際にレッスンしているところや歌っているところを見ると、世界が変わるかもしれないよ。楽しいことを知ったらワクワクしない?」
「それでも俺たちが嫌だって言ったら、兄ちゃんは諦めてくれるの?」
隼斗が誰も言えずにいたことをを言ってくれた。
「うーーん。非常に難しいなぁーー。僕は正直言って君たちを諦めたくない」
「しつこい男は嫌われるよ」
「深尋はお兄さんのこと嫌いじゃないよー」
そういう深尋に隼斗が「黙れ」と目で言う。
「あいにく女性に嫌われたことはないから、心配しなくても大丈夫。僕は君たちに好かれたいからさ、あの手この手を使おうかなって思っているよ」
さらっと怖いことを言ってのけた。
「女の人よりも僕たちに好かれたいって、お兄さん変態だね。かっこいいのにもったいないよ・・・」
「ありがとう」
元木の返事を聞いて、6人は同じことを思う。
「「ぜんぜん褒めてない!!」」
その日以降、6人の子供達と元木の心の距離は、少しずつ縮まっていた。