56. 行く年来る年 前編
その知らせは突然舞い込んできた。
「深尋を付け回していた不審者の身元が分かった。フリーのカメラマンで、週刊誌に写真を売りつけるために、ずっと深尋をターゲットにしていたらしい」
レッスン終わりに元木からそう報告された。
「深尋をターゲットにしたのも、公表したシルエット写真の体つきが似ていたからだそうだ。完全に確信があって、付け回していたのではなかったそうだ」
そのあまりにも杜撰なやり方に、全員ポカンとしてしまった。
今回はたまたま深尋で大正解ではあるものの、同じような体つきの女性なんて練習生の中にもたくさんいる。ある意味、勘の鋭いカメラマンではあるのだろうが、全てこうだと撮られる側はたまったものではない。
「え・・・そんなことで、私はあんなに怖い思いをしたの?」
「ああ、そうだ。いいかみんな、この世界は火がなくても煙は立つし、写真や記事なんかいくらでも捏造できる。お前たちが行こうとしている世界は、そういう世界だと思っていた方がいい」
その言葉を聞いて全員、そこまでの覚悟がなかったなと痛感した。
「これからも、1年かけてbuddyに関する情報を公開していく。その間に全員、そのつもりで覚悟しておくようにな」
元木の言う覚悟とは、世間に顔を出して売っていくということは、自分たちの私生活までも脅かされる可能性があることと、常に人に見られている覚悟をすることだと理解した。
「元木さん、そのカメラマンはどうなりましたか?」
「それは・・・・・・お前たちが知らなくていいことだよ」
僚の質問に不適な笑みを見せると、「頑張れよ」と言葉を残してレッスン室を出て行く。
元木の笑顔の下に鬼が潜んでいるのを感じた5人は、誰もそれ以上聞くことはなかった。
大学も冬休みに入った12月下旬。
今日は明日香を除くグランピングメンバー7人で、クリスマスパーティー&忘年会のため、全席個室の創作ビストロレストランに来ていた。
「かんぱーい!」
全員でグラスを手に持って乾杯する。全員お酒が飲めるようになり、みんなそれぞれ好きなものを飲んでいた。
「番犬くんと、竣くんてさ、いま彼女とかっていないよね?」
開始早々、市木が絡んでくる。
「いないよ」
「俺も。なんだよいきなりそんなこと聞いて」
2人の返事を聞いた市木は、隣にいる隼斗と向かい側にいる竣亮に耳を貸せと手招きをする。それに素直に従い、隼斗と竣亮は市木に身を寄せた。
「年明けにさ、俺の大学の看護科の皆さんと合コンするんだけど、どう?」
「えぇ・・・・・・」
「おおっ!」
2人の耳元で囁かれた瞬間、竣亮は戸惑い、隼斗は明らかに喜ぶ。
市木の向かい側、竣亮の隣にいる僚は、聞こえていても話に参加しなかった。
「あとからバレてもイヤだから言うけどさ、ホントは看護科の皆さんは葉山をご要望だったわけよ。でもほら、この人、明日香ちゃん一筋だからさ、付き合いでも絶対に行かないって言われちゃってさ~」
参ったよ~と言わんばかりの市木。
「だからって、なんで俺と竣亮なんだよ」
隼斗は嬉しさを押し殺しているが、喜んでいるのが見え見えだ。
「番犬くん、よくぞ聞いてくれました! あのさ、うちの看護科のみなさんははっきり言って肉食だ。そんじょそこらの男で満足するわけないだろう? 君らくらい整った顔立ちじゃないと、ご満足いただけないのだよ。しかもその年齢で結構稼いでいらっしゃる! これ高ポイントね」
「そんなどや顔で言われても・・・・・・」
そこで、困惑する竣亮に手助けと、浮かれそうな隼斗に釘を刺すように僚が口を挟む。
「竣も隼斗も参加する、しないは自由だけど、来年から俺たちは特に気を付けないといけないのはわかっているよな?」
5月末には明日香が留学から帰ってくる。そのあとは、いまは開店休業状態のbuddyも、全公表に向けて再始動する。
余計なゴシップやスキャンダルは、命取りになる恐れもあるのだ。
先日の深尋の件もあったおかげで、少し敏感になっているのは確かだった。
「市木くん、僕は遠慮しとくよ。もともと人見知りだし、仲良くなれないと思うから」
「え~竣くんつれないなぁ・・・せめて番犬くんだけでも行こうよ~」
市木の誘いは正直嬉しい。行きたいのは山々だが、僚が言うこともわかるので、隼斗は返事を躊躇する。
「まあ、考えておくよ」
これがいま出せる精いっぱいの答えだった。
「ねぇ、ねぇ隼斗。明日香から写真送られてきた?」
隼斗の隣に座っている深尋がちょんちょんとつつく。
「あ? 写真? 見てない。なんだよお前のとこに写真なんて送ってきたのか?」
「ふふーん、見たい?」
「もったいぶらずに早く見せろ」
隼斗が深尋をせかすと、深尋はしょうがないなーと、スマホを隼斗に渡す。
そこには元気そうにしている明日香の姿が写っていた。
「おおー! 元気そうじゃんっ」
明日香が留学している、カナダのバンクーバーの街中で撮られた写真をみて隼斗は興奮する。すると、隣にいた市木が覗いてきた。
「はあ~明日香ちゃんだぁ~・・・相変わらず可愛い」
市木は僚に聞こえるようにわざと大きな声を出す。
「葉山、見たい?」
「・・・別に。俺にも送ってきたし」
「「ええっ⁉」」
隼斗と市木が2人そろって大声を上げる。
「いつ⁉ 俺には何も送ってきてないのに‼」
「葉山っ! お前はやっぱりむっつり野郎だなっ!」
「誰がむっつりだっ!」
「だってそうだろう? 明日香ちゃんから写真を送ってもらって、どうせ1人で黙ってニヤニヤニヤニヤ見ていたんだろう⁉」
「僚、お前そんなことしてたのか・・・?」
「してねーよっ! それにこれは、俺がみんなの写真を送ったら、明日香も送ってきただけだっ」
僚にしてはめずらしく、声を荒げている。よっぽどむっつりと言われたことが気に食わなかったようだ。
「明日香、帰ってきたら大変だよねー。3人も相手しなくちゃならないし」
「深尋ちゃん、これは三角関係? 四角関係?」
「これはまさに・・・三角関係に小姑が絡んだ、ドロドロサスペンスだねっ」
「気の毒だな」
「明日香かわいそう・・・・・・」
完全に外野と化した4人も好き勝手言ってる。
そこへ、市木が深尋のスマホを勝手に操作して次の写真が出てくると、市木が再び叫び、慌てて隼斗に見せる。
「はああああっ! ば、番犬くんっコレ・・・・・・っ!」
「うわあああああっ‼」
2人が突然大きい声を出すので、何事かと全員驚く。
「おい、お前ら、いくら個室でもうるさいぞ」
僚が注意すると、市木がその写真を僚の目の前にズイッと差し出してきた。
「葉山っ! お前はこれを見ても冷静でいられるのか⁉」
「青い目・・・の・・・お兄ちゃん・・・・・・いやだ・・・・・・」
その写真はベタな例えで言うと、「青い目の王子様」そのものの雰囲気を纏う男性と明日香のツーショット写真だった。髪の毛はサラサラの金髪で、物腰が柔らかそうな人という印象だ。しかも明日香の肩を抱いているだけでなく、頬を寄せ合っていて、その親密さが窺える。
しかし、その写真を見せられてもなお、僚は冷静だった。
「それがどうした。向こうの友人との写真だろ」
そのあまりにも冷静な僚に対し、隼斗と市木はなぜか尊敬の念を抱く。
「やっぱり、長年自分の気持ちに気づかずに拗らせたやつは、言うことが違うな」
「そうそう。しかもその顔で誰とも付き合ったことがないなんて、ほんと仏さまだよ。そのうち悟りでも開きそうだ」
「もしこれで想いが報われなくても、僚も本望だろ」
「そうそう。葉山なんかフラれてしまえ」
その言葉を聞いて、僚の頭がブチッと切れる。
「おいっ! 人が黙っていれば好き勝手言いやがってっ! 俺は仏になるつもりはないし、フラれる気もないっ! 市木、毎度毎度同じこと言ってるけど、フラれたのはお前だっ!」
僚はそう言い切って2人を睨みつける。すると深尋が、
「すっごーい! ドロドロしてるー」
と、手を叩いて楽しそうに笑う。そこで3人とも一気に脱力した。
食事も落ち着き、みんなで飲みながらだらだら話していると、美里のスマホから着信を知らせるメロディーが流れる。
「あ、ごめん。お母さんから電話だ」
そう言うと、美里は個室の外へ出て行く。
その10分後、なぜか美里は困った顔をして帰ってきた。
「美里、どうした?」
いつもと違う様子に気づいた誠がすぐに声を掛ける。
「あ、あのね、誠くん・・・・・・お母さんが誠くんに、お正月によければうちにいらっしゃいって・・・」
何を言われるか内心ドキドキしていたが、それを聞いて誠は安心した。
「なんだそんなこと・・・お邪魔しますって伝えてくれたら・・・」
「でもね、その日はお父さんもいるみたいで・・・」
美里の父と聞いて、誠はカチーンっと固まる。
誠は美里と交際するようになってから、美里の家に遊びに行ったことは何度もある。テスト前の勉強や受験勉強も、よく一緒にやっていた。
ただ美里の父は警察官、しかも現役の刑事で、留守にしていることが多く、交際開始から5年近く経つが、顔を合わせたのは1、2回と数えるほどしかない。しかも会話らしい会話もなく、ただ挨拶をするくらいのものだった。
その美里の父がいる正月の美里の家に行く。
普段、飄々としている誠でも、さすがに緊張を隠せない。
「誠が固まってる」
「誠、大丈夫? おーい」
深尋と竣亮が声を掛けるも、誠は考え事をしているのか、返事がない。
美里は美里で、不安げな顔で誠を見つめる。
「そんな、娘さんをくださいって言いに行くわけじゃないから、リラックスしよー」
深尋が誠の緊張をほぐそうと思って言った一言が、余計に緊張を煽る。
「お、俺、殴られんのか・・・?」
「まさか! うちのお父さん警察官だよ⁉ 殴ったりなんかしないよっ」
「そうだよ誠。昭和のドラマじゃないんだから、今時そんなことないって」
「さすがの誠にも、怖いものがあったんだね」
誠は年明け早々の試練にどう立ち向かうか、10日間も悩むことになってしまった。
「竣くんさぁ、本当に合コン行かない?」
ほろ酔いの市木がまだ誘っていた。
「なんでそんなに僕を誘うの?」
自分は僚や隼斗ほど市木と親しくないのに、なんでこんなに構ってくるのだろうと不思議でしょうがなかった。
「なんか竣くんって、母性本能をくすぐるというか、守ってあげたくなるタイプだから、看護師を目指している彼女たちと合うんじゃないかな~? と思ってさ~」
確かに竣亮は、いまでこそ体つきも男らしくなり、身長もそこそこある男だが、話す口調は優しく、性格もおっとりしているので、そう思われても仕方ないだろう。しかし竣亮は、市木にはっきりと宣言する。
「でもね市木くん。僕は女性に守ってもらうより、守ってあげたいと思っているんだ。だから、期待に添えられないと思うよ」
竣亮にそう言われて市木はへぇ・・・と感心する。
「市木、竣を誘うのは無理だな」
「は~あ、番犬くんだけかぁ・・・」
「おい、俺はまだ行くとは言ってないぞ」
「番犬くんは決定だよ~。でも、竣くんは諦めるよ」
市木のその言葉を聞いて、竣亮はホッとしたのも束の間、
「竣くんはさ、いま守ってあげたい人がいるんだね?」
と唐突に言われる。その時すぐ頭に浮かんだのは、葉月だった。
イジメで傷ついた彼女の心をbuddyの曲で癒してあげたい、少しでも早く忘れさせてあげたいと思った。
普段は猪突猛進で、自分が夢中になると周りがわからなくなってしまう葉月だが、ある意味素直で可愛いとさえ思っていた。
だから竣亮はどんなに葉月に振り回されても、イヤだと思わなかったし、逆にそれを楽しんでいる自分がいた。
「うん・・・・・・とっても大切な人がいるんだ。僕が守ってあげたいのは、その人1人だけだよ」
竣亮のその言葉を聞いて、みんな驚くと同時に嬉しかった。
竣亮が前を向いて一歩ずつ歩んでいるのが見えたからだ。
「竣亮、上手くいったら紹介しろよ」
「うん。でも葉月先輩、生粋のbuddyファンだから、みんな紹介したら倒れちゃうかも」
「その時は竣亮が介抱してあげたらいいじゃーん」
イヒヒっと、深尋らしくからかってくる。
「うん、そうだね。そうする」
竣亮の心に、小さくて強い恋心が芽生えた瞬間だった。
こうして二十歳を迎えた1年が終わり、いよいよ全てを公表する年になる。
6人にとって、忘れられない1年が始まろうとしていた。




