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【完結】buddy ~絆の物語~  作者: AYANO
大学生編
56/111

55. 未練

 不審者騒動から2日経った月曜日。

 大学の講義終了後、深尋は誠と美里と3人で帰ることになっていた。


「美里ちゃーん、ごめんねぇ、お邪魔して」

「そんなっ、深尋ちゃん気にしないで。それより誠くんから話聞いて心配したよ。大丈夫? 無理してない?」


 美里が深尋に気遣って聞いてくる。


「夜、1人で歩くのはまだ無理。あの日に限って、誰も部屋にいなかったから、余計に焦っちゃって・・・」

「僚もたまたまコンビニに行ってたらしいしな」


 深尋がbuddyを嗅ぎまわっているカメラマンらしき男に遭遇した時、帰宅した深尋以外誰もあのマンションにいなかった。

 それが余計に、深尋に恐怖心を植え付けたのであろう。


「明日香の代わりにはなれないけど、私も協力するから、困ったことがあったら言ってね」

「そんな! 明日香の代わりだなんて思わないよ。美里ちゃんがいてくれるだけで助かるよ。本当にありがとう」


 そんな風に話す2人を、誠は後ろからそっと見守っていた。


 そして週末の金曜日。

 深尋はこの日、隼斗と大学内で待ち合わせをして帰ることにしていた。


 待ち合わせしている1号館前のベンチで、深尋は隼斗が来るのを待つ。

 季節はもう12月。夕方になるほど風が冷たく、深尋は両手を重ね合わせてはーっと息を吐く。


「ごめん深尋っ、遅くなったっ」


 隼斗が急ぎ足で深尋の元へ駆けつける。


「うーーっ、寒いよーー」

「わりぃ、わりぃ、ははっ」


 寒さで鼻の頭が真っ赤になっている深尋の顔を見て、隼斗は思わず笑ってしまう。


「なによ? 来て早々人の顔見て笑ってっ」


 深尋はほっぺたを膨らませ、ふくれっ面になる。


「いや、鼻が真っ赤でおもしれーなーって」

「ひどい! 女の子の顔見て笑うなんてっ」


 深尋は両手をグーにしてポカポカと隼斗を叩こうとするも届かない。例え届いたとしても全然痛くないので、隼斗も避けようとせず受け流していた。

 そうやっていつも通り小競り合いをしながら、2人で大学の正門を通る。


「藤堂くん!」


 突然声を掛けられ、その方に顔を向けると、2人の正面に隼斗の元カノ、長瀬芽衣が立っていた。


「長瀬・・・・・・」


 もう会うこともないと思っていた人物が再び現れ、それと同時に隼斗は苦い思い出が甦る。


「隼斗、知り合い?」

「いや・・・うん・・・まぁ・・・」


 事情を知らない深尋が小声で隼斗に耳打ちする。

 しかし、親しげにしている2人を見た芽衣は、一方的に話を進めようと切り出した。


「あの、この間の同窓会で、藤堂くんがこの大学だって聞いたの。私、もう一度話がしたくて・・・」


 芽衣の言う話はこの間終わったはずなのに・・・と、隼斗は心底イヤそうな顔を隠そうともしなかった。


「あのさ、長瀬。それはもう終わったことだし、俺は話すことはないよ」


 隼斗は芽衣との話を早く終わらせたくて、冷たく突き放す。深尋は自分が聞いていいものかどうかわからず、隼斗の隣でおろおろしていた。


「藤堂くん、やっぱり彼女いたんだ・・・」


 芽衣がそう言うのを聞いた瞬間、深尋は「違う!」と否定しようとしたが、隼斗が深尋の右手を引っ張り、後ろに下がらせる。


「そうだよ。だから、もう終わったことって言っただろ。じゃ、俺たち急いでいるから」


 隼斗はそう言い捨てると、深尋の右手を握ったまま芽衣のそばを通り抜けた。


「ちょっと、隼斗っ!」

「あ・・・ごめん深尋・・・」


 隼斗は芽衣から一刻も早く離れたくて、深尋の手を強引に引っ張っていたことに気づき、パッと手を離す。

 深尋はやっと離してもらった手をさすりながら、隼斗に強い眼差しを向けた。


「彼女の話、聞かなくていいの?」

「・・・・・・いいんだよ」

「あの子、隼斗の元カノ?」

「・・・・・・ああ。高校の時だけどな」


 深尋は隼斗から武勇伝なるものを聞かされてきたが、実際の人物を見るのは初めてだったので「本当だったんだ」と、変に納得する。


「でもあの子、隼斗に未練があるみたいだったけど?」

「だとしても、俺にはないからな」


 深尋には2人の間に何があったのかわからない。だからこれ以上、自分が首を突っ込むことではないと思い、それ以上芽衣のことについて話をしなかった。

 でも、1つだけクレームを入れる。


「どうでもいいけどっ、私をフェイクの彼女にしないでよねっ」

「何のことだ?」


 隼斗にそう言われて、カチンとくる。


「さっき、あの子が私を見て隼斗の彼女って言ったでしょ⁉ なのに否定もせずにそうだよって」

「ああ、そんなこと言ったっけ?」

「言った‼ ていうかさこれ、中3の時の僚の事件にそっくりなんですけど?」


 中3の時・・・・・・なんだっけ? と隼斗が考える。


「ああ! 思い出した。僚にしつこく言い寄っていた女が、明日香のことを僚の彼女だと思っていろいろあったやつな!」

「そうそれ! ほぼ同じ状況でしょこれ。っていうことは、隼斗は私に何か奢らないといけないことになるねー」


 中3の時は、僚が明日香に迷惑料としてイチゴのかき氷を奢ったと聞いていたので、深尋も隼斗に同じようにおねだりする。


「しゃーないな。このまま飯でも食いに行くか?」

「やったー! 隼斗の奢りで焼肉だー!」

「決まってんのかよ・・・まあ、いいけど」


 イチゴのかき氷からだいぶ値上げされたが、いまではそこそこ稼いでいるので、たまにはいいかと2人で食事に行くことにした。


 食事が終わったその帰り道。マンションまでの道のりを2人で歩く。

 空気が冷たく、吐く息もほのかに白くなっている。


「あのさ、隼斗」

「うん?」


 深尋は先日、思わず元木に告白したことを誰かに聞いてほしかった。

 いつもは明日香に聞いてもらうのに、いまはいない。

 先ほどの隼斗と元カノの場面に遭遇した深尋は、隼斗ならどう思うか聞いてみたくて話をしてみようと思った。


「この間、元木さんにね、思わず大好きって言っちゃったの・・・」

「この間って、あの時か?」

「うん。なんか、不安でしょうがなくて、元木さんと離れたくなくて、そしたら体が勝手に元木さんに抱きついてしまって、それで・・・」

「マジかお前。とうとう手を出したか・・・」


 隼斗の言葉を聞いて急に恥ずかしくなり、キッと隼斗を睨む。


「もうっ! 真面目に聞いてっ!」

「はいはい、聞いてるよ。それで?」


 深尋は恥ずかしさよりも、聞いてほしい気持ちが勝っているので、とりあえず話を続ける。


「でもね、元木さんは何にも言ってくれなかったの。YESともNOとも言わなかった。それがまた悲しくて・・・」


 隼斗は、その行動をした元木の気持ちがなんとなくわかる。

 なので、元木の代わりに伝えようと思った。


「それが、元木さんなりのお前に対する精一杯の愛情だろ。あの人は俺たちを育ててくれた親みたいなもんだろ? いや、兄貴か? どっちにしろ、恋愛の相手としては無理だけど、buddyの一員としてたくさんの愛情を注いでくれていると思うよ」

「うん・・・・・・」


 思い出してみれば、過去の竣亮の過呼吸問題のことや、明日香の留学のことなど、元木は全員に同じだけの愛情を注いでいる。

 今回の深尋のことも、いま現在必死に対応をしてる。

 それは隼斗に言われるまでもなく、深尋も十分理解していた。


「だからさ、お前もいつまでも元木さんにしがみついていないで、別の相手でも探したらどうだ? どうせお前のことだから、いままで元木さん以外の男には見向きもしてなかったんだろ?」


 言われてみれば確かにそうだ。高校でも、大学でも、話しかけてくれる男の子はいたけど、その人たちのことを全然見てなかった。顔も思い出せないほどに。


「あっ、そうだ。市木に頼んでさ、医者の卵と合コンでもセッティングしてもらうか?」

「はぁ? 市木くんに?」

「おう。あいつこういうの好きそうだし」


 普段の市木を見ていると、遊び人ばかりを連れてきそうで怖い。

 そう考えると、女性に対して潔癖な僚とよく友達でいられるな、と不思議に思ったりする。


「市木くんの紹介なんて信用ないしイヤ。ていうか隼斗、天敵なんじゃないの? なんでそんなに仲良くなってんの?」

「うーん、なんていうかさ、あいつ天性の人タラシなんだろうな。どんなに暴言吐いてもきれいに受け流すというか・・・裸の付き合いもしたしな」


 見事に絆されてんじゃんと、深尋はあきれてしまった。


「うん。でも、合コンは無理だけど、これからは他の男の人にも目を向けてみるよ。ありがとう隼斗」


 今回ばかりは素直に礼を言う。


「ま、気楽にいけよ」


 話をしているうちに、2人はマンションの部屋がある5階に着いていた。

 隼斗は深尋の頭をポンポンとすると、じゃあなと言って自分の部屋へ帰っていく。


 深尋は隼斗に話を聞いてもらったおかげで、幾分心が楽になった。

 今までどんなに醜くても、元木にしがみついて執着していた。そんな自分があまり好きではなかったし、変えたいとも思っていた。


 これまで何度も忘れるきっかけになる出来事はたくさんあったのに、半分意地になっていたと、今では冷静になって考えられる。

 けれど、これからはそんな未練を断ち切って、前を向いて進もうと思った。明日香みたいに留学まではできなくても、少しずつ元木から目を逸らそうと決心する。


 いまの深尋には悲しい気持ちは一切なく、あるのは、元木に恋をし尽くした、という充実感だけだった。

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