53. 同窓会
ファンクラブイベントで発表されたbuddyのシルエット姿は、朝や夕方のニュースですぐさま取り上げられ、若者やSNSなどを中心に大いに盛り上がった。
その話題もおさまり、夏休みが明けた9月。
隼斗、竣亮、誠、美里の4人はいつも行くファミレスで夕飯を食べていた。
「なあ、同窓会行く?」
熱い鉄板の上でハンバーグを割りながら、隼斗が3人に聞く。
以前、高1のクラス会をやるという話が進んでいたのだが、その話が徐々に大きくなり、結局学年の同窓会をすることになってしまったのだ。
「11月の終わりの方だっけ?」
「うん、そう。レストランを貸し切りにした立食形式だって幹事の子が言ってたよ」
「ただのクラス会が、いつの間にか同窓会になってた時にはびっくりしたけどな」
「理由つけて騒ぎたいだけだろ」
「まぁ、会いたい人とかもいるかもしれないしね」
美里のこの言葉に隼斗はドキッとする。
(会いたい人・・・・・・会いたくない人はいるけどな)
隼斗はそのことを考えると少し憂鬱になるが、その人物が来るとは限らないし、これから世間に顔出しをするとなると、そうそう参加することも出来ないだろうと思い、同窓会に出席することにした。
11月最後の土曜日。
紅葉に色づいた葉も散り、季節は本格的な冬を迎えようとしていた。
今年の初めから計画されていたクラス会が同窓会へと変わり、今日やっとその日を迎えた。
同じ高校の隼斗、誠、竣亮は、マンションで美里と合流し、会場のレストランまでタクシーで向かう。
「おおー! 藤堂! ひさしぶりーっ」
店内に入ると、すでに50人ほど集まっていた。それぞれお皿を持って料理を取ったり、久しぶりの再会に喜んだりして楽しんでいる。
「久しぶりだな」
「竣くんも、相変わらず仲いいのな」
「うん、まあね」
誠とは結局、3年間1度も同じクラスになったことがないので、高校での共通の友人は少ない。なので、誠は誠で友人たちと話をしていた。
美里も、仲の良かった女友達との再会を喜んでいる。
「竣亮、なんか食おーぜ」
「うん。ピザとかグラタンがおいしそうだよ」
そう言って2人で食事をとりに行こうとすると、隼斗のスマホの呼び出し音が鳴る。画面を見ると、それは明日香からだった。
「わりぃ竣亮っ、明日香から電話っ」
「あ、あ、うん!」
隼斗は電話を取るため、急いで店の外へ飛び出す。
「もしもし!」
『も、もしもし、隼斗? ごめん、いま大丈夫?』
「ああ、大丈夫! どうした?」
『なんか、走ってた?』
「あ、いま、同窓会でレストランに来てて、店の外に慌てて出てきたから」
『え、ごめん。掛け直すよ』
「いーって、大丈夫! それよりなんかあったのか? そっち、夜中じゃないのか?」
『・・・うん。いま、午前2時。眠れなくて・・・・・・』
「なんだ? ホームシックか?」
『・・・・・・・・・・・・うん』
隼斗は、あまりにも元気のない明日香の返事に心配になった。
『ここにきてもうすぐ半年経つのに、ずっと寂しくて。みんなにも、お父さんにも、お母さんにも会いたくて・・・・・・』
「また、1人で泣いてるのか?」
『・・・・・・今は泣いてないよ』
「泣いてるじゃねーか。泣くなとは言わないけどさ、泣きたくなったら時差とか関係なく、いつでも電話してこい。俺に電話して泣けばいいよ」
『・・・うん、ありがとう隼斗。ごめんね、私のわがままで留学させてもらっているのに、こんなこと言って・・・』
「そんなことない。わがままだなんて思ってないよ。だからそんなふうに考えるな」
『・・・うん・・・ぐすっ・・・』
「あとさ、みんなお前の帰りを待ってるんだからな。忘れるなよ」
『うん。わかってる』
「ほら、もう寝ろ。寝不足で肌が荒れるぞ。あと、目。ちゃんと冷やしとけよ?」
『・・・うん、わかった。おやすみ』
「おう、おやすみ。じゃーな」
隼斗は明日香が電話を切るのを待って、スマホをポケットにしまう。すると、隼斗のそばに女性2人組がやってきた。
「ねーねー藤堂くん。今の電話、彼女?」
「は? 違うよ」
「え、でも、彼女でもないのに、あんな優しい口調で話す?」
「別に、俺が誰とどうしゃべろうがいいだろっ」
隼斗はそれ以上話したくなくて、店に戻ろうとドアを開ける。それと同時に別の女性が店から出てきた。
「あっ・・・・・・」
「長瀬っ・・・さん・・・」
2人はいま確実に目が合った。しかし、その目を逸らすのも同時だった。
視線を逸らしたまま、隼斗は店に戻る。
その後ろ姿を見られていることに気づかぬまま・・・
「ごめん竣亮」
「あ、隼斗くん。明日香大丈夫だった?」
隼斗が慌てて出て行ったので、竣亮も心配していた。
「うん。まあ、ホームシックになってるみたいでさ、眠れないって」
「そっかー・・・あと半年あるし、頑張ってほしいね。僕からもメッセージ入れておくよ」
「おう、そうしてやってくれ。絶対喜ぶからさ」
竣亮と話していると、高校1年の時に同じクラスだった男子2人がやってきた。
「藤堂、竣くん、久しぶりだなぁ。卒業以来か」
「おっ、ひさしぶりっ」
「なんか、お前らガタイがよくなった?」
隼斗は友人に胸をトントンと叩かれる。服を着ていても、そのたくましさは出ているようだ。
「あーまぁ、最近鍛えてるんだよ」
「なに、女か?」
「ちげーよ。まぁ趣味みたいなもんだな」
言い訳としては苦しいが、しょうがない。本当のことを言うわけにもいかないから。
「竣くんもなんか、男らしくなったな。高校の頃は、もう少し可愛らしさがあったと思ったんだけど」
「えー? そうかな」
「話し方は変わらないけどな」
隼斗と竣亮は、かつてのクラスメイト達と近況報告をし合ったり、思い出話に花を咲かせたりと、楽しく過ごしていた。
会場となっているレストランは貸し切りになっているため、BGMも幹事たちが自分たちでCDなどを持ち込んで好きな音楽を流していた。
すると、曲が変わって流れてきたのは、buddyのオリジナルアルバムの曲だった。
「あ、この曲。最近よく流れているよなー」
「そ、そうだな・・・」
隼斗は動揺しているのがバレバレだ。それに比べて竣亮は、葉月のおかげでこういう状況に慣れていた。
なにしろ、ファンクラブイベントにまで行った男だ。曲が流れたくらい、どうってことはない。
「いま歌っている人たちのこと知ってるの?」
「知ってるよー。有名じゃん」
「そういえば、ちょっと前にシルエットだけ公開されて、話題になってたよな。一体どんな顔してんだろ」
友人たちからそんなことを言われて、ドキドキしっぱなしの隼斗。最早、挙動不審だ。
「ち、ちょっと、トイレ行ってくるっ」
隼斗は友人たちの会話から逃げたくて、トイレへ駆け込んだ。
(はぁぁぁ・・・焦ったーっ)
あの状況で冷静に話せる竣亮がスゴイと改めて思った。
(竣亮のやつ、相当あの先輩に鍛えられてるんだろうな・・・)
そんなことを思いながら手を洗ってトイレから出てくると、1人の女性が立っていた。
「あ・・・あの、藤堂くん。ちょっと話があるんだけど・・・」
「長瀬・・・・・・」
隼斗に声を掛けてきたのは、先ほどレストランの入り口で目が合った長瀬芽衣だった。
2人はレストランを出て、すぐそばの路地へ入る。
「話ってなに?」
「あ、あの・・・・・・私、藤堂くんにずっと謝りたくて・・・・・・」
そういう割にはそのあとの会話が続かない。芽衣はずっと俯いたままで、何を言いたいのかわからない。
いつまでもこうしている訳にもいかないので、仕方なく隼斗が話を切り出す。
「あのさ、俺は別に長瀬に謝ってもらうことは何もないから」
「ううんっ、違うのっ!」
「何が・・・?」
自分は謝罪される覚えがないのに、違うと否定される。この状況が隼斗には理解できなかった。そこでずっと俯いたままの芽衣の顔が隼斗を見上げる。
「私っ、その、藤堂くんとその・・・・・・あのあと・・・・・・」
薄暗い路地でもわかるくらい、芽衣の顔は赤くなっていた。そして、隼斗も芽衣の言葉を聞いて思い出し、恥ずかしくなる。
「あのあと恥ずかしすぎて、藤堂くんの顔が・・・見れなくて・・・。それで無視したようになっちゃって・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・は?」
芽衣から予想もしない言葉が出てきて、隼斗は思わず間抜けな声が出る。
「あ、あの・・・だから、藤堂くんは何も、悪くないの・・・・・・私が藤堂くんを傷つけてしまって・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」
隼斗は突然の告白に驚いた。
芽衣は高校3年の時に隼斗が半年ほど付き合った彼女で、「初体験」の相手でもある。しかしその直後から、学校の廊下で会っても話も出来ず、目も合わせず、電話もメールもすべて拒否された。
その理由として、あのことしか思い浮かばず、隼斗はずいぶん落ち込んでいた。先日市木に「下手」と言われたのも、自分では認めたくないことを直球で言われて悔しかったし、今後女性と付き合った時にどうすればいいかわからなくなっていた。
そこまで悩んで、落ち込んでいたのに、その理由が「恥ずかしかったから」と聞いて、隼斗は自分の気持ちが一気に冷めていくのが分かった。
「はぁ・・・・・・長瀬の気持ちはわかったよ。それじゃ・・・・・・」
「待ってっ!」
隼斗がレストランに戻ろうとするのと、芽衣が隼斗を止めるのと同時に、隼斗のスマホが再び鳴る。
「長瀬、ごめん」
そう言って隼斗がスマホの画面を見ると、今度は深尋からだった。
「もしも・・・」
『隼斗‼ どこにいるの⁉』
「え、どこって、今日同窓会なんだけど・・・・・・」
『誠も竣亮も僚もいなくて・・・なんでみんないないの⁉』
深尋はなにか取り乱しているようで、電話口の声は焦っているような怒っているような口調だった。
「おい、深尋。どうした? 何かあったのか?」
『いま帰ってきたら、マンションの入り口の前に男の人が立っていて、GEMSTONEの人ですかって言われて・・・・・・』
深尋は今にも泣きそうな声で、震えながら隼斗にその時の状況を伝える。
「何かされたのか⁉」
『腕、掴まれた・・・・・・』
「それ以外は⁉」
『それ以外は何もない・・・・・・振り切ってマンションの中に逃げたから・・・・・・』
「わかった、深尋絶対に外に出るなよ。いま帰るから」
『・・・・・・うん』
隼斗はスマホをポケットに入れながら、竣亮と誠に伝えに行こうとレストランへ戻ろうとする。
「待ってっ! 藤堂くん!」
芽衣に呼び止められ、そういえばいたなと思い出す。
「長瀬の気持ちは分かった。でも、もう終わったことだから。じゃあな」
そう言い残して隼斗はレストランの中へと戻っていく。
「竣亮!」
「あ、隼斗くん。遅かった・・・・・・」
竣亮が言い終わるのも待たずに、隼斗が小声で竣亮に言う。
「深尋がマンション前で変な男に声掛けられたって。俺、すぐ帰るから」
「え⁉ 僕も一緒に行くよ‼」
「悪い。助かる」
2人は幹事に先に帰ることを伝え、誠を探す。
「誠!」
そして誠にも同じことを説明すると、誠が美里を呼ぶ。
「私のことは気にしないで、行ってあげて」
「うん、ごめんな美里。また連絡する」
そう言って3人で急いでタクシーに乗って帰る。
帰る途中、僚と元木さんにも連絡を入れたら、すぐにマンションに向かうと言ってくれた。
その頃、レストランのそばの路地で、隼斗に「終わったこと」と言われた芽衣は、1人で涙を流していた。




