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【完結】buddy ~絆の物語~  作者: AYANO
大学生編
53/111

52. ファンクラブイベント

 竣亮には8歳年上の姉がいる。

 その姉は一言でいえば、明朗活発で歯に衣着せぬ物言いをし、そこらの男連中にも負けない意地とプライドを持ったキャリアウーマンだ。

 某大手化粧品会社に就職後は、どんどん実績を積み重ね着実に出世の階段を上っている、それが国分美乃梨であった。


 ただ1つ弱点があるとすれば「弟に弱い」ことだ。

 年の離れた弟はかわいいもので、何でも言うことを聞いてあげたくなる。

 弟の勉強を見てあげるのはもちろん、弟が仲良くしている友人たちにも、積極的に気に入られようと努めたりもした。


 一番驚いたのは、弟が歌手デビューしたいと言った時だ。

 両親が反対するだろうから手伝ってほしいと頼まれ、一緒に話し合いに応じたものの、意外にも両親はあっさりとそれを許可した。自分の出番はほとんどなかったが「お姉ちゃん、ありがとう」と言ってくれたので、それだけで満足した。


 そんな優しい弟なのに、今日は朝から自分の目の前で怒っている。


「お姉ちゃんっ。昨夜は会社の人に迷惑かけて、僚くんにも隼斗くんにも市木くんにも迷惑かけたんだよっ⁉ なんで、あんなになるまでお酒を飲むの⁉」

「うぅ・・・・・・竣ちゃん・・・頭痛いから、少し声・・・小さく・・・・・・」


 ボイストレーニングで鍛え上げた竣亮の声は、二日酔いの美乃梨には凶器のようだった。

 実家のリビングのソファでパジャマ姿のまま横になり、頭の上から竣亮に怒られている。


 昨夜は姉と共にタクシーで実家に帰り、竣亮もそのまま泊っていった。

 そして今日は、帰る前にひとこと言ってやろうとこうして説教する。


「それにね、僕たちに遊んでるなんて言ってたけど、僕たちだって今はそれなりに稼いでいるんだよっ! 市木くんなんて、お医者さんになるために頑張っているんだから、そんな失礼なこと言わないでよねっ」


 竣亮は美乃梨に言うだけ言って、母親に「帰るね」と言い残し帰っていく。

 かつては「鋼の女」と呼ばれた美乃梨も、竣亮にはかなわなかった。


 8月の第二土曜日。

 今日は葉月と約束していたbuddyのファンクラブイベントへ参加するため、風見市から電車で1時間ほどの、大型ホールまでやってきた。


 竣亮は予想よりはるかに大きい会場に、お客さんがいるか心配になったが、現地に着くと、入場するための長い行列が出来ておりそれにまず驚かされた。


「葉月先輩、開演までまだまだ時間があるのに、もうこんなに並んでますよ」

「そりゃそうよ。みんな、限定グッズが欲しいから並んでいるのよ」

「そうなんですね・・・・・・」


 自分たちのことなのに、まるで他人事のように思ってしまう。それくらい現実離れしたことが目の前に広がっていた。


「竣亮くん、私たちもさっさと並ぶわよ」


 葉月に引っ張られ、竣亮たちも行列の最後尾に並ぶ。最後尾といっても、その列はどんどん伸びていて、その状況にさらに驚いた。


 真夏の炎天下、ようやく開場時間になり客の入場が始まった。

 入り口でスマホの電子チケットを提示し入場すると、今度はグッズ売り場に長蛇の列が出来ている。


「さあ、戦いに行くわよっ」


 葉月はどこにも目もくれず、まっすぐにその列へと並ぶ。


 正直、竣亮はこのグッズに興味がない。なぜなら、すでに事務所から一通り貰っていたからだ。それは他の5人も同じだった。


(持ってるなんて言えないし、困ったな・・・・・・)


 ウキウキしている葉月のそばで悩んでいると、


「え・・・・・・竣亮くん?」


 と、どこからか声を掛けられる。

 ん? と思いそちらを向くと、マネージャーの中川がグッズの入っている段ボールを運んでいるところだった。


(まずい‼)


 竣亮はとっさに人差し指を口に当て、しーーっとジェスチャーをする。


 考えてみれば、事務所の関係者がいてもおかしくない。中川はグッズ売り場のヘルプでもしていたのだろう。

 幸いなことに、葉月は何を買おうかずっと悩んでいたため、それに気づいていない。その間に竣亮は、急いで中川に自分がいる理由をメールで送る。


(やっぱり来るんじゃなかったな)


 葉月に押されてしまって来たものの、中川以外にも他の事務所関係者に見つかるのはよくないと思った竣亮は、後悔するばかりだった。

 葉月が購入する番になると、竣亮は葉月に気づかれないようにそっと後ろを抜けて、グッズ売り場のバックヤードに近いところまで行く。

 中川がそこにいたからだ。


「中川さん!」


 竣亮が小声で呼ぶと、すぐに気づいてきてくれた。


「竣亮くん、お友達は?」

「いま、グッズを買っています。それよりすみません」

「あ・・・まあ、バレないようにだけ気を付けていただければいいんですが・・・。ただ今日は元木さんも来ているので、それだけはお伝えしておきます」


 中川は少し困り顔で竣亮にそう伝えると、では、と言って行ってしまった。


(元木さんいるのか・・・)


 元木は竣亮たちから見ても仕事の鬼だ。だから自分の不注意で正体が知られるようなことがあれば、絶対に取り返しのつかないことになる。

 竣亮は改めて、葉月には正体を気づかれないようにしなければと肝に銘じた。


「竣亮くんっ、なんで何も買ってないの⁉」


 葉月と合流するなり、グッズをひとつも買っていない竣亮は葉月に責められていた。


「ご、ごめんなさい先輩・・・どうしてもトイレが我慢できなくてっ・・・!」


 苦しい言い訳だが、いまはそう言うしかなかった。


「すでに完売しているものもあるのに、あなた、buddyファンの風上にも置けないわっ」


 それからもブツブツと葉月には文句を言われたが、イベントが始まるとそんなことはすっかり忘れてしまう。

 指定された席は前から5列目という優良席で、なおかつセンターブロックのため非常に見やすい席だった。


 ステージ上にはbuddyの文字を大きくかたどった電飾の飾り付けがされており、真ん中には大きなスクリーンが置いてあった。


 もちろん、本人たちが登場するわけではないので、ステージ上では男性司会者と女性アシスタントの2名でイベントの進行を務める。


 特にクイズ大会は非常に盛り上がった。あらかじめ客席には『A』『B』の札が配られており、最終的に正解して残った1名に豪華賞品プレゼントというものであった。


 竣亮は正解しようと思えばできたが、自分がそれをするわけにはいかず、適当なところで間違えて、あとは葉月を応援する。

 この曲のMVの撮影地はどこか? とか、この曲にタイアップされたものはどれかなど、葉月に言わせればファンであれば楽勝な問題だそうだ。


「私、負ける気がしないわ」

「先輩すごいですね。残っているのはあと10人もいないですよ」


 周りを見れば、ほんとにあと少ししかおらず、竣亮と葉月の周りにいる人も葉月を応援し始めた。


「次はイントロクイズです! 曲の冒頭部分だけで当ててください!」


 司会者が言うと、しーんと静まり返った会場にほんの少しメロディが流れる。


「A、『さくら舞う夜』B、『さくら吹く風』どちらでしょうか⁉」


 ここにきて難問が出され、これまで正解し続けてきた人たちは一斉に悩む。


 というのも、buddyはこれまで毎年4月に桜ソングを出しており、この2曲は曲調のテイストがほぼそっくりに作られていた。なので、歌っている本人たちでさえ間違えてしまうような、そんな曲だった。


「竣亮くんはどっちだと思う?」


 さすがの葉月も、これは慎重に選びたいようで、竣亮に意見を求めてきた。


「僕は・・・・・・」

(わかっちゃったけど、それを正直に言うべきか・・・・・・)


 竣亮が悩んでいると、それを待ちきれなくなった葉月が決心した。


「私、自分の直感を信じるわ」

「では一斉にお出しください!」


 司会者の言葉で葉月が挙げたのは『B』だった。


「おーっと、Aを挙げている人が多い中、お1人だけが『B』ですね! では正解を発表いたします! 正解は・・・・・・・・・・・・」


 ステージのスクリーンに大きく映し出されたのは、『B』の文字だった。


「やったわ竣亮くんっ! 当たったわ!」

「よかったですね、葉月先輩」


 それから司会者からステージ上に上がるよう言われ、葉月はそのままステージに行ってしまった。そこで豪華賞品を受け取り、ほくほく顔で帰ってくる。

 そのあともイベントは続き、そろそろ終わりというところで、司会者からのアナウンスが入ってきた。


「さぁ、最後に皆様にお知らせがございます。スクリーンにご注目ください」


 司会者がそう言うとスクリーンに「重大発表」と大きく出された。その瞬間、会場が一斉にざわめく。


「もしかして顔出すの⁉」

「新曲発表じゃね?」


 など、みんな口々に憶測を立てている。

 竣亮も、こればっかりは何を言い出すのだろうと、気が気でならない。

 葉月も緊張しているようで、ゴクッと息をのむ。


 スクリーンではかっこよく編集された映像が流されており、最後にバンッと出されたのは黒いシルエットの6人の姿だった。

 その姿が映された瞬間、会場中がこの日一番の歓声に包まれた。


(そういえばコレ、明日香が留学に行く前にこういうの撮ったな)


 竣亮はその時の様子を思い出した。


 元木に連れられてスタジオに行き、そこで6人を横1列に並ばせて写真を撮ったなと。いま目の前にあるのは、その時の1枚をシルエットに加工したものだった。


「これまでベールに包まれていたbuddyの姿を、ここにいるファンの皆様に少しだけ公開いたします!」


 司会者が言葉を発する度に、会場は盛り上がる。


「御覧の通りbuddyは、男性4人、女性2人の6人で活動しております! 今後もbuddyの活躍にご期待ください!」


 そうして初めてのファンクラブイベントは、大成功で終わった。このイベントはこの後も全国各地で行われる予定で、竣亮は改めて自分たちの立場を考えてしまう。


「はぁ―――・・・・・・すごかったわ・・・・・・」


 葉月はすっかり満足したようだ。


「楽しかったですね」

「ええ、限定グッズも買えて、豪華賞品ももらえて、最後にはあんな重大発表まで・・・!」


(うん、それは自分もびっくりした。)


 それには竣亮も1人でうんうん、と頷く。


「今日はbuddyのシルエットが拝見できただけでも、来た価値があったわ。早くその全てのお姿を目にしたいわ。さぞかしみなさん、おきれいなんでしょうね・・・・・・」

「はははは・・・・・・」


 竣亮は乾いた返事しかできなかった。


 来年の冬には、すべて公表すると言っていた。それまでに情報を小出しにして、ファンの心を掴んでおこうというGEMSTONEの狙いなのだろうが、葉月に知られてしまった後のことを考え、憂鬱になった竣亮は「はぁぁ・・・」と思わず大きな溜息を漏らした。

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