43. 女子会
2月も終わりに差し掛かった頃。
各大学は春休みを迎え、6人は新曲のレコーディングや振り付け、レッスンと、忙しい毎日を過ごしていた。
世間にはまだ姿を見せていないbuddyだが、いずれはお披露目をする予定なので、リリースした全曲に振り付けがされている。
それを忘れないためにも、レッスンで定期的に踊り、確認をしていた。
久しぶりに丸1日休みとなっている日曜日の夕方から、深尋と誠の彼女の美里が、明日香の家に来ることになっている。
そのため明日香は朝から掃除、洗濯と、家事に追われていた。
「まぁ、こんなもんかな」
リビングダイニングの床をウェットシートで拭き上げ、ソファーでひと段落する。ガラステーブルの下にふと目線が行くと、大学で配られた「海外留学」のパンフレットを見つけ、明日香はそれを書類が置いている棚に片付けた。
夕方5時前。玄関のチャイムが鳴り、インターフォンのモニターに、深尋と美里が立っていた。
「お邪魔しまーす」
「明日香さん、今日は誘って頂いてありがとうございます」
2人は夕飯の材料を買い出しに行ってくれてたようで、スーパーの袋からガサガサと音を出している。
「もう、明日香さんじゃなくて、呼び捨てでいいよ。美里とも長い付き合いなんだし」
「そうだよー美里ちゃん。この調子だと、もっと長い付き合いになるかもだしー」
イヒヒ・・・と、深尋がからかうように言うと、美里はポッと赤くなる。
「ほら深尋。美里がかわいいからってイジメると、誠から仕返しされるよ」
「いいなぁ美里ちゃんは。守ってくれる人がいてさー」
パスタを茹でるために袋をバリッと開けながら、深尋がボヤく。
「え、でも、深尋ちゃんも明日香も、彼氏は・・・」
「2人ともいないよー」
「そんな・・・ほんとに?」
「こんな情けない嘘つかないよ」
明日香はポテトサラダのジャガイモの皮をむきながら、苦笑いをする。
「2人ともこんなに可愛くて、美人なのになんで・・・」
「ねー? 見る目のない男ばっかりだよねーっ」
深尋は誰かに向かって言ってやった。
今日のメニューは、トマトクリームパスタと、ポテトサラダ、コンソメスープに、デザートがたくさんというメニューだ。
「美里、誠とケンカとかしないの?」
「した記憶がないかな。誠くん優しいし、大体のことは受け入れてくれるから、ケンカにならないというか・・・・・・」
「あの誠が、美里ちゃんの前だとそうなんだねー」
「なんか、美里の前で彼氏をしている誠があまり想像できないな」
「明日香と深尋ちゃんは、誠くんのこと小学生の頃から知ってるんだよね? 誠くんって、どんな子だったの?」
美里にそう言われて、2人とも小学生の頃の誠を思い出す。
「色黒で、スポーツマンだったよー」
「そうそう! 河川敷で日光浴とか言って、日に焼けてたね。中学になると、だんだん薄くなっていったけど」
「そして、私たちの中で一番ダンスが上手い!」
「え、あ、誠くんが一番上手なの?」
美里はbuddyの曲はよく聞いているが、振り付けを一緒にしているのは見たことがない。なので2人の話に俄然興味が湧いてきた。
「そだよー。誠から見せてもらったことない?」
「あの、デビューする前は何回か見せてもらったんだけど、デビューしてからは見たことがなくて・・・」
「えー? そうなのー? なんでだろ・・・」
「美里が見たいって言ったら、見せてくれるんじゃないかな? 私たち振り付けの確認のために、みんなで動画を共有しているから、誠も持っているはずだよ」
ジャガイモの茹で具合を確認しながら、明日香が言う。
「じゃあ、今度言ってみる」
「うん。言ってみて」
「美里ちゃん、ますます惚れ直しちゃうかもよー?」
イヒヒとまた深尋が揶揄うように笑った。
パスタとポテトサラダ、スープが出来上がり、女子3人でソファのガラステーブルを囲む。
「いただきまーす」
簡単な料理ではあるが、なかなか上手くできた。
「明日香、このポテトサラダおいしいー」
「ほんと、おいしい。あとでレシピを教えてほしい」
「2人ともありがと。私もお母さんから習ったんだ」
料理上手な明日香は、そのほとんどを母親から習っていた。母親が作る料理はどれも好きだが、中でもポテトサラダが好きで、よくこうして作っている。
「隼斗もそのポテトサラダが好きだから、残った分は隼斗にあげようかな」
明日のメニューを考えながら、何気なく言う。すると、
「ふふふっ」
と、美里が口を押えて小さく笑った。
「なに? なんか、変なこと言った?」
「ううん。みんな、隼斗くんのことをシスコンっていうけど、明日香も隼斗くんのこと大好きだよね」
美里に図星を指された明日香は、一瞬で顔が赤くなる。
「美里ちゃーん。それいっちゃうー?」
「ごめんっ。ダメだった?」
「ダメじゃないよー。ただ、明日香に自覚がないだけだからー」
「深尋っ、美里も・・・」
恥ずかしそうにしている明日香をみて、深尋はますます面白くなっていた。
「だって、そうじゃん。何かあれば一番頼りにするのは隼斗でしょ?」
「う・・・だって、一番何でも言いやすいから・・・」
「でも、双子ならではの以心伝心なんかも関係してるんじゃ?」
「以心伝心・・・・・・」
そう言われて明日香は思い出す。
小さい頃、どちらかが熱を出すと、決まってもう一方も熱を出したり、食べたいと思ったものが一緒だったり、逆に嫌いなものも全く一緒だったり。
夏祭りで自分が迷子になったとき、大人よりも、誰よりも先に見つけてくれたのは隼斗だった。
「うん、そうかも。私、自分が思っているより、隼斗のことが好きだし、大切なのかも」
なぜか急に素直に自分の気持ちが降りてきた。
「ひええええ・・・・・・」
「き、禁断の・・・・・・」
「違うっ! あくまでも姉弟として、弟としてだよっ」
そこだけははっきりと主張する。
「でも、いまの明日香の言葉を隼斗くんが聞いたら、泣いて喜びそう」
「ダメダメ! そんなこと言ったら、ますます束縛がきつくなって、明日香がお嫁に行けなくなっちゃうよー」
「ははは、そんな大げさな」
明日香はそんなことないと思っているが、深尋と美里は割と本気で明日香の嫁入りを心配していた。
食事も済み、デザートのプリンやシュークリームを食べていると、深尋がため息を吐きながら言い出す。
「はーあ。旅行にでも行きたいなー」
「行きたいね。春休みに入った途端、いろいろスケジュールを入れられたから、少しは遊びたいよね」
「みんなで旅行って行ったことないの?」
「あるとしたら、小学校の修学旅行くらいかな」
「そだねー。中学からはバラバラだったし、プライベートではないよね」
そして、3人は沈黙する。たぶん全員同じことを考えているのだろう。
「明日香、3月の予定って、どうなってたっけ?」
明日香はスマホを取り出し、3月のスケジュールを確認する。
「14日、15日が休みだね・・・」
「ということは・・・・・・?」
「行っちゃう? 旅行」
「美里も入れて3人で」
美里はえ? 自分も? とポカンとした顔で2人を見る。
「待って、深尋。その日はホワイトデーだよ。美里を連れて行ったら、誠に怒られる」
「うーん・・・」
明日香と深尋が頭を悩ませている中、美里はどうしたらいいかわからず、オロオロしていた。
「美里ちゃん。誠って、車の免許持ってたよね?」
「あ、うん。持ってるけど・・・・・・」
誠だけでなく深尋以外の全員が、高校卒業と同時に教習所に通い、運転免許証を取得していた。しかし明日香は、免許取得以降ほとんど運転していない、いわゆるペーパードライバーだ。
男子4人はマイカーは持っていないものの、カーシェアリングで出掛けたりしていたので、普通に運転はできる。
「誠に運転してもらって、4人でっていうのは?」
「ないないっ! 深尋、それじゃあ完全に私たちはお邪魔虫でしょっ!」
「ダメかー・・・・・・」
深尋がしょぼんとすると、美里から意外な提案がされた。
「あ、あの・・・みんなで行くっていうのはどうかな?」
「みんなって・・・・・・」
「ここの女子3人と、男子4人で。だって、プライベートで旅行したことないって言ってたし、もし、世間に顔を出すようになったら、ますます行けなくなると思うから。思い出作りにいいかなって・・・」
明日香と深尋は、美里からの提案に一気に胸が踊る。
「美里、いいの? 誠と2人っきりじゃなくても」
「うん、いいよ。ホワイトデーは来年もあるし、今年はみんなで過ごしたら楽しいと思う。逆に私がいて申し訳ないけど・・・」
「そんなことないっ。美里ちゃんがいた方が、もっと楽しいよ!」
そうして美里も旅行に参加することに決まった。
「でも、私たちはいいとしても、男の子たちはどうなんだろう?」
「まず、誠は大丈夫。美里をこっちに引き込んだから。問題は隼斗と僚と竣亮か・・・・・・」
「もし、彼女さんとかがいれば、無理なんじゃ・・・?」
美里が心配するのもわかる。実際、いてもおかしくないからだ。それを考えると明日香の胸は痛むが、気持ちを伝えないと決めた時にはそういう覚悟をしていたので、そこは気丈に振舞った。
「そんなこと聞かなきゃわからないから、直接聞いてみよう」
そうと決まったら話は早い。明日香は早速、隼斗に電話を掛けた。




