3. それぞれの家族
藤堂姉弟の家でお昼ご飯を食べた僚、隼斗、明日香、深尋は竣亮と誠と合流するため、いつもの河川敷へと向かっていた。
「おーーい!」
竣亮が土手の遊歩道を歩いている4人を見つけて、ぶんぶんと両手を振っている。それに気づいた4人は竣亮と誠のもとに小走りで向かった。
「ごめーん。遅くなってー」
深尋が両手を顔の前で合わせる。
「そんなに待ってないよ」
それを見た竣亮はいつも通りニコニコとしており、誠はこの暑いのに芝生の上でゴロンと寝そべっていた。
「誠、暑くないの?」
明日香は少し心配になり、寝ている誠の上から覗き込みながら尋ねる。
すると首だけを起こしてこちらを見た誠は、
「ん? べつに、ちょっとした日光浴だから大丈夫」
それだけ言うと、またコテッと頭を戻して目を閉じる。その様子を見た明日香は、誠が色黒なのは仕方ないことなんだろうな、と思った。
「あのさ、遊ぶ前に昨日のことで話したいことがあるんだ」
突然、真剣な顔をして僚が話し始める。
「その前に、ここは暑すぎるから、橋の下に移動しようか」
僚のひとことで日光浴中の誠を起き上がらせると、6人は川の上流に向かって歩き出す。
風見川に架かる大鳥橋の下に着くと、日の光が遮られ、幾分涼しさが感じられる。6人は各自が適当にきれいな場所を見つけ座ると、僚が話し始めた。
「昨日の芸能事務所の人の名刺さ、俺も母さんに見せて話したんだ。そしたら、父さんにも見せてきなさいって言われて見せたんだよ」
ふんふんと、5人は僚の話を真剣に聞く。
「そしたら、その事務所の社長が父さんが大学時代にお世話になっていた先輩だったみたいで、連絡先もわからなくなっていたから、スカウトとは関係なしに社長に会いたいって言いだしてさ・・・・・・」
そこまで聞いて5人は「えぇ・・・・・・」となる。
「で、僚くんはなんて言ったの?」
竣亮が疑問に思ったことを聞いてみた。
「昨日スカウトしてきた人はたぶん社長の息子で、その人が今日も河川敷に来るって言ったら、父さんが会いたいって言っているのを伝えてくれって言われて・・・・・・」
「・・・・・・」
「俺はてっきり、スカウトなんて親が断ってくれると思ったんだ。なのに、逆に会いたいなんて言うと思わなくて・・・・・・みんなの親の反応はどうだった?」
僚は自分の親が予想外の反応をして困惑していた。
僚の話を聞いた深尋が早速、自分の家族の反応を報告する。
「うちはねーよかったねーって言われたよ。だけど、勝手にどこかについて行っちゃだめよとも言われたー」
深尋の親の反応は、僚の想定内であった。
楽観的な深尋の親だけに他のみんなも驚いた様子はない。
「僕はそんなことより勉強しなさいって言われた」
そう言うのは竣亮だ。竣亮は僚と同じくらい成績も良く、本人にその気はないが医者になるらしいと囁かれていた。
そんな竣亮の両親はPTAの役員をするなど、教育熱心な親として子供たちの間では有名だった。
それ故、竣亮の両親の反応も予想した通りの結果だ。
「俺の母さんは、俺に名刺をくれたのはついでだろって言ってた。実際俺もそう思ってる。僚や隼斗みたいにかっこよくないし、竣亮みたいにきれいな顔もしてないしな」
あっけらかんと誠は言い切った。
しかし、今の話に女子2人が含まれていないことに明日香が気づく。
「ちょっと、私も深尋もいるんだけど?」
「そうだそうだー」
2人でクレームを入れると、誠が呆れたような顔をして見返してきた。
「あ? お前ら知らねーの? 男子の間では明日香も深尋も結構人気だよ。俺はそんな風に思ったことないけど、他の人はそうじゃないみたいだな」
さらっと言ってのける誠。それを聞いた僚、隼斗、竣亮は少し気まずくなってしまった。
思ってたことと違う答えが返ってきた明日香は、
「に、人気? 知らないそんなこと、考えたこともない」
と、逆に頭の中で混乱する羽目に合う。
そこで隼斗がさらに追い打ちをかけてきた。
「俺がたまに家に連れてくる友達の中には、お前目当てにしている奴もいるぞ。お前鈍感だから全然気づいてないけどな」
隼斗に言われた明日香は、自分の顔をこれまでにないくらい赤くする。
「とにかく、明日香も深尋も可愛いから、スカウトされてもおかしくないと思った。これでいいか?」
やれやれ、とでも言いたげに誠が言うと、明日香はフォローになっていないと不服そうにしたが、僚が話を元に戻した。
「藤堂姉弟の親は・・・・・・」
「さっきの見ただろ、俺たちの親の反応」
「え? どうだったの? 隼斗くんたちの家族」
藤堂家に行っていない竣亮と誠は、藤堂姉弟の親の反応を見ていない。
「・・・・・・こんでた」
「え?」
隼斗が小さな声で言うもんだから、全然聞こえず竣亮が聞き返す。
「喜んでた!! それも馬鹿みたいに!!」
「!!!」
賢い僚の予想外の出来事その2は、藤堂姉弟の親の反応である。
そこで明日香がその時の状況を説明し始めた。
「昨日、夕飯を食べているときに隼斗と2人でお父さんとお母さんに言ったの。そしたらお母さんがもの凄くはしゃぎまくって大変だった」
「父さんにはちょっと落ち着きなさいって言われてたな」
その時の状況を思い出したのか、はははと苦笑いをする隼斗。
「それで、お父さんが名刺に書いている会社を調べてくれたの。そしたらお母さんが大好きな歌手の桜木翔太が所属しているみたいで」
「僚くんも深尋ちゃんも、見学くらいは行くでしょって言われたんだよねー」
お昼ご飯を藤堂家でごちそうになった僚と深尋は、見学に行くときは藤堂姉弟の母が付き添うということを強く、とても強く言われた。
僚は自分の父親のこともあり、見学に行くのは避けられそうにもない。
こうして6人それぞれの家族の反応を共有することができた。
「でもさー、僚。なんで内緒にするのー?」
今朝、教室で僚に言われたことを思い出し、深尋が聞いてくる。
「父さんに言われたんだ。芸能事務所のスカウトなんてめったにないことを同じクラスの、しかも6人もされたって他のクラスメイト達が知ったらどうなるかって」
そこまで言われて初めて気づいた。
「うん、たちまち学校中の注目の的になるね」
明日香は考えただけでゾッとした。人気者のこの4人の男子と一緒に遊んでいるだけでも大変なのに、芸能事務所に一緒にスカウトされたと聞いた時の女子の顔を・・・。
小学生といえどもう高学年で、異性を意識する年頃であり、自分の好きな子に対して嫉妬も執着もする。
今はまだ恋愛に関心のない明日香も、他人の邪魔はしたくないし、嫉妬の標的には絶対になりたくなかった。
「そうだね、絶対に知られたくないね」
他のみんなもだいたい考えていることは同じのようだ。
みんなで顔を見合わせながら、秘密を誓い合った。
話が終わるのと同時に、カサカサと足音がしたので6人で一斉に振り向く。
「やぁ、君たち。こんなところにいたんだね」
長身の若い男がニコニコと笑顔を振りまきながら、いつの間にか近くにいる。
それは、昨日6人に名刺を渡した元木浩輔だった。