34. 膨らむ思い
期末テストも終わり、夏休みを目前に控えた週末金曜日の放課後。
今日はめずらしく6人で、おなじみのショッピングモールのフードコートで待ち合わせをしていた。
以前から誠にお願いされていた、彼女を紹介してもらうためだ。あれから1か月近く経って、ようやくお披露目となった。
この1か月の間に、竣亮の転校があったり、テストがあったりしたため、ここまで延びていた。
あれから誠はみんなに了承をもらった後、美里にGEMSTONEの練習生になったいきさつから、この冬デビューすることなどを順を追って説明した。
突拍子もない話を聞かされた美里は、放心状態で聞いていたらしい。
隼斗、竣亮、誠、美里の4人は、先にフードコートに着いており、他のメンバーが来るのを待っていた。
先月、隼斗と誠の学校に転校してきた竣亮は、隼斗と同じクラスになった。なので、必然的に美里とも同じクラスということになる。
時期外れの、しかも転校生にクラスメイトだけでなく、学年中が竣亮に興味津々だった。隼斗と誠の幼馴染というのも興味の対象であったが、そのかわいらしい顔が、一部の女子の間で早くも人気となっていた。
竣亮も転校したおかげで、過呼吸の症状もなくなり、フラッシュバックすることもなくなった。だからといって、完全に心の傷が癒えたわけではないが、それも徐々に塞がっていくだろう。
美里も、誠がこの冬に歌手デビューすることを聞き、最初は何を言っているのかわからなかったが、レッスン風景の動画を誠から見せてもらい、ようやく理解に追いついた。
しかし、それと同時に、なぜ自分が誠に好きになってもらえたのか、そこは今でもわからないままだ。
誠に見せてもらった動画の中には藤堂姉弟の姿や、ついこの間転校してきた竣亮のほかに、まだ自分の知らない人がいて、今日はその2人を合わせた全員と対面するとあって、朝から緊張していた。
美里は見目麗しい男子3人に囲まれ、慣れない状況にいたたまれない気持ちになっていた。
「美里、緊張してるのか?」
「う、うん・・・なんだか申し訳なくて・・・」
「そんなかしこまらないでよ、立花さん」
「明日香とは会ったことあるんだよね?」
「うん。でも少しだけ・・・・・・」
美里の緊張をほぐそうとして話しかけるが、それはかえって逆効果だった。
しばらくすると、
「みんなーおまたせー」
と手を振りながら登場したのは深尋だった。
「あれ? お前の方が早いのな」
「えー? あ、ほんとだー」
美里は、深尋を見た瞬間目が離せなくなる。
(うわー! 何この子、かわいい・・・お目目くりくりで、顔が小さくて・・・ほんとに同じ人間⁉)
「美里、紹介する。こいつは新井深尋」
誠が誠らしく簡潔に美里に深尋を紹介するが、美里はすでに固まってしまっている。
「初めましてー」
「・・・・・・・・・・・・」
「おーい、立花さん?」
隼斗が美里の顔の前で手を振る。そこで美里は、はっと気づき、
「は、は、初めまして! 立花美里です!」
と、なぜかガチガチに吃りながら挨拶をした。
「あははは! 美里ちゃん、かわいいー」
「当たり前だろ」
「うわー・・・誠、恥ずかしくないの?」
「別に。恥ずかしくないけど」
ここ数週間で、隼斗と竣亮は誠のデレ発言に慣れたが、深尋にはまだ違和感があるようだ。
その頃明日香は、ショッピングモールに着いたところだった。
(課題の提出に時間が掛かっちゃった。もうみんな来てるかな・・・)
ショッピングモールのバス停を横切り、入り口に向かう。
「明日香!」
後ろから声を掛けられ振り向くと、僚がバスから降りて明日香の方に駆け寄ってきた。
「あ、僚・・・・・・」
「よかった、俺が一番最後かと思ってたから」
「あ、あはは、課題の提出に時間が掛かっちゃって、こんな時間になっちゃった・・・」
「そっか。ところで明日香はさ、誠の彼女に会ったことあるんだろ?」
「う、うん。ちょっとだけね」
僚は普段通りだが、明日香は少しぎこちない。こんなんじゃだめだとは思うが、どうしても以前のように振舞えない。
(はぁーーダメだな私・・・・・・)
僚への気持ちを消化していきたいのに、頻繁に会うからなかなか消化できない。それどころか、思いがどんどん膨らんでるのが自分でもわかる。
明日香は僚の顔も見れず、そのまま俯いてしまった。
一方僚は、この間から明日香の様子がおかしいことに気が付いていた。あまり目を合わせてくれないし、話をしてもすぐに終わらせようとする。怒っているのかと思ったけど、そうではないらしい。理由がわからないので、普段通りにすることにした。
そして2人でフードコートに到着すると、ひと際にぎやかな集団がいたので、すぐに見つけられた。
「ごめん、遅くなった」
僚と明日香が2人で並び立つと、隼斗と深尋はぎょっとする。明日香の顔が明らかに暗く、青ざめていた。
そんなことはわからない誠と竣亮は、いつも通り2人を迎える。
そして美里は、僚と明日香が2人で並んでいるのを見て、目を輝かせていた。
(うわぁーー何この2人・・・美男美女でお似合いなんですけど・・・)
美里の目には、並び立つ僚と明日香は眩しく輝くお似合いのカップルに見えていたようだ。それを明日香に言ってしまったら、またきっと人知れず涙を流すであろう。
そして誠が誠らしく美里を紹介し、やっと全員席について落ち着く。
それでも美里はまだ、緊張が抜けきれないでいた。
「美里、まだ緊張してんのか?」
誠が隣に座る美里に聞く。
「う、うん。なんか、みんなのオーラがすごすぎて・・・」
「えぇー? オーラなんてあるかぁ?」
なぜか隼斗が照れながら頭をポリポリ掻いていると、美里が自分の思いの丈を力説し始めた。
「あるよ! みんな、なんかキラキラしてるし、さ、さっきなんか、明日香さんと葉山くんが2人で並んでるのを見たら、すごくお似合いで・・・・・・とにかくスゴイって思ったの」
美里は、素直に自分の気持ちを一生懸命言っただけ。しかし、その言葉に動揺するのは明日香と隼斗と深尋だった。
「た、立花さん、この間は明日香と俺がお似合いだって言ってたじゃーん」
あははーと、隼斗はその場を何とかしようと誤魔化す。
「いや、お似合いとは言ってないぞ。明日香と一緒だったから、彼女かと思ったって言っただけだぞ」
「ぐっ」
何も知らない誠に正論を言われた隼斗は、何も言えずに黙り込んだ。
それに対し、すかさず僚がフォローする。
「ありがとう立花さん。明日香みたいにきれいな子とお似合いって言われると、素直にうれしいよ。明日香は昔から男子に人気があったしね」
油断していたら、僚がいつもの調子で衝撃の一打をお見舞いしてきた。
僚はいつも通り、何の下心もなく言っただけだ。深い意味なんてない。本人にとっては何でもないような言葉でも、明日香にとっては重たい一打で、もちろん1発KOで負けた。
(うぅ・・・・・・帰りたい。泣きたい・・・・・・)
明日香の失恋消化期間はまだまだ延びそうだ。隼斗と深尋は、今度は顔を真っ赤にしている明日香を見て、ハラハラしていた。
顔合わせも済み、帰宅するためみんなでショッピングモールをあとにする。誠は美里を送るため一緒に帰ってしまった。深尋は、ショッピングモールのバス停からバスに乗るため、みんなでバスが来るのを待つことにする。
「明日香、大丈夫・・・?」
深尋の乗るバスを待つ間、2人は僚と少し距離を取っていた。
「うん・・・大丈夫」
「無理しないでね。何かあったら、すぐ電話して」
「ありがとう、深尋」
深尋は元気がない明日香が心配だった。
親友の失恋は自分にとっても悲しいもので、出来るだけ側にいてあげたかった。
そして、そんな深尋の気持ちは、明日香にもちゃんと伝わっており、だからこそ落ち込んだ顔を見せられないと気丈に振る舞う。
深尋を見送ったあと、僚、明日香、隼斗、竣亮は、電車に乗るため駅に向かって歩き出す。
生憎、夕方の帰宅ラッシュに当たり、駅構内もホームも混んでいた。電車がホームに入ってくると、乗降に合わせて人の波ができ、それに気を取られていると、電車に乗って気付いた時には僚と明日香、隼斗と竣亮は2組に分かれてしまった。
電車内も混雑がひどく、明日香は必然的に僚と密着してしまう。電車の揺れに合わせて左右に揺られる体。その度にくっついてしまうので、明日香は無理に離れようとする。それに気づいた僚が明日香の耳元で、
「明日香、俺が支えているから、もたれていいよ」
と言って、明日香の肩を掴んで体を引き寄せた。
(!!!!)
明日香は僚の胸元で抱きしめられる形になり、気持ちがキャパオーバーですでに涙目になる。
(なんで、なんで、なんで・・・! 忘れたいのに、叶わないとわかっているから、自分で消化しようと思っているのに・・・・・・。なんで、前より好きになるの・・・・・・)
僚と距離を取りたいのに出来ない。早く諦めたいのに思いは募る一方。
満員電車の人込みの苦しさよりも、自分の胸の苦しさに負けてしまいそうだ。
やっとの思いで電車を降りると、明日香は隼斗の姿を探す。しかし人が多すぎて、改札まで出てきてしまった。
「はーーっ、人多かったなーー」
「僕、こんな人込み久しぶりだよ」
「隼斗っ」
人込みから解放されて竣亮と一息ついていたところに、明日香が呼んだと思った瞬間、その顔を見てビクっとする。その目はすでに赤く、今にも涙があふれそうになっていた。
「明日香、走ったら危ないだろ」
僚が明日香に言いながら後ろから追いかけてくる。隼斗は明日香の顔をなるべく僚に見せないように、さり気なく自分の背の後ろに隠す。
「そ、そういえば、俺ら母さんにお使い頼まれていたんだ。だから、行くな! また日曜にな!」
少しわざとらしかったかなと思いながら、隼斗は明日香の腕を引いて行ってしまった。するとそれを見ていた竣亮がボソッと呟く。
「明日香、泣いてた・・・?」
「え? 泣いてた?」
「うん。目が真っ赤だったし、声も震えてた・・・。大丈夫かな」
僚は竣亮の話を聞いて、最近明日香の様子がおかしいことと関係があるのかと考える。
なにより、電車に乗るまでは至って普通だった明日香のことが気になって仕方がなかった。
駅でめちゃくちゃな理由をつけて僚と竣亮と別れた隼斗は、明日香の腕を引っ張り、自宅近くの公園のベンチに腰かける。そして、近くにある自動販売機で水を1本買い、明日香に渡す。
「ありがと・・・・・・」
明日香は受け取った水を飲まずに、そのままペットボトルを目に当てた。
「何があった?」
「・・・・・・隼斗、どうしたら僚と友達に戻れるのかな・・・・・・」
涙声の明日香に聞かれ、隼斗は考える。
「別に、いまも友達だろ」
「違うよ。私は僚のこと友達以上に思ってる。だから友達以上でも友達以下でもなく、ただの友達に戻りたい・・・・・・」
目に当てたペットボトルの間から、静かに涙が頬を伝う。
「だったら、時間をかけてゆっくり忘れるしかないだろ。本当は玉砕覚悟で僚に告白した方が、すっきりするんだろうけどな」
「・・・・・・それはできない」
「だろ? それなら、ゆっくり忘れるんだ。それしかないよ」
「はぁ・・・つらい・・・みんな、なんでこんな思いをしてまで恋するの?」
「つらいことばかりじゃないし、楽しいことだってあるからだろ」
「そっか。じゃあ、自分の気持ちに気づいた瞬間失恋した私は、恋愛は無理だな・・・・・・楽しいことなんてなにもないよ」
いくらシスコンの隼斗でも、明日香には将来好きな人と結ばれて幸せになってもらいたい思いはある。
今は恋に対して臆病になっているかも知れないけれど、いつかそれを乗り越えて良い人と結ばれてほしいと願っていた。
「僚はお前のこと大事にしてるよ。それだけはわかってやれよ」
「わかってる。友達として大事にされてることくらい・・・」
「それと、お前の態度がおかしいことにも、ちゃんと気づいてるぞ」
「そうだよね・・・・・・。ごめんね」
「なんで謝るんだよ。それにさ、竣亮に泣き顔見られたかもしれないし」
「うん。適当にごまかしてて」
「ったく、世話の焼けるねぇちゃんだな」
「こんな時に姉ちゃんって言わないでよ」
「ほら帰るぞ。目、ちゃんと冷やさないと」
「うん。・・・・・・隼斗、ありがと」
「おう」
つらいときには気持ちを吐き出して、少しずつ、少しずつ消化して忘れる。
いま、明日香にできることはそれだけだった。




