30. 気持ちの行方
翌日の日曜日。明日香はこの5年で初めて、レッスンをサボった。
理由はもちろん、泣き腫らした顔を僚に見られたくなかったからだ。
隼斗は、家を出る時間になっても部屋から出てこない明日香を心配し声を掛ける。
「おーい、明日香ー?」
部屋の扉を開けて呼ぶと、明日香はベッドで頭まですっぽりと布団をかぶっており、顔を見せないまま声だけで返事をする。
「・・・・・・隼斗、ごめん。今日休むって先生たちに言っといて」
「え・・・? 大丈夫か? 具合悪いのか?」
隼斗は心配で近寄ろうとするが、明日香はそれを拒絶するように隼斗に言った。
「大丈夫。寝たら治るよ・・・・・・」
そう言いながらも顔は見せてくれない。
「・・・・・・わかった。ちゃんと言っとくから休んでろ」
明日香のことは心配だったが、隼斗はそれ以上何も言わずにレッスンに行ってしまった。
隼斗が出ていくと、明日香は布団から顔を出す。
(はぁぁ・・・初めて人を好きになって、自覚した瞬間失恋って、本当何やってるんだろ・・・こんな気持ち、気づかなくても良かったのに・・・・・・)
明日香は天井を見ながら、昨日のことを反芻する。そして、気づけば目から涙があふれてくる。昨日からたくさん泣いて、泣きつくしたのに、涙は枯れることなくあふれ出てきた。
「はぁ・・・・・・会いたくないな・・・・・・」
明日香は初めて僚に『会いたくない』と思ってしまう。そんな考えを持つ自分もイヤで、また涙を零す。
その日の夕方、明日香のスマートフォンに深尋から着信が入った。
「もしもし・・・・・・」
『あー明日香ー。大丈夫ー?』
「深尋・・・」
『やっぱ元気ないねー。具合そんなに悪い?』
深尋の声を聴いて、明日香は途端に涙声になる。
「・・・・・・み、みひ・・・ろ・・・」
『・・・え⁉ あ、明日香、泣いてるの⁉』
明日香はそれ以上しゃべることが出来なくなり、涙と鼻水でぐずぐずになった。深尋は受話器の向こうでずっと心配して、話しかけてくれてた。
『明日香ぁー、何があったか話聞くよー?』
深尋がそう言ってくれたので、明日の放課後、ショッピングモールで待ち合わせをすることにした。
翌日の放課後。明日香は深尋との約束のため、ショッピングモールに来た。深尋の学校からここに来るには時間がかかるので、明日香はいつものフードコートで1人でぼんやりと座っていた。
昨日も散々泣いたので、今日のことを考えて目を冷やしたが、さすがに一晩で腫れが治まるわけがなく、今日学校で顔を合わせた花と秋菜にも大いに心配されたのは言うまでもない。
しばらくして深尋が明日香の元へやってきた。
「明日香ー、おまた・・・・・・えぇ⁉ どうしたの⁉ その顔‼」
「はははは・・・・・・」
明日香は乾いた笑い声しか出てこない。
「明日香ぁ、昨日から何があったの? 話聞くから・・・・・・」
「・・・うん。ありがと・・・」
そうして、明日香が深尋に話をしようとした時、
「おーーい! 明日香ー、深尋ー」
よく聞く声がしてその方向を見ると、ジャージ姿の隼斗が2人の元へ向かっていた。
隼斗と誠の学校では球技大会のため、今日はジャージでの登校だったようだ。この日の朝は最終の練習をするため、明日香よりも早く登校していた。
そして、クラスの打ち上げと称して、なぜかショッピングモールのゲームセンターに行くことになり、そこへ向かう途中のフードコートで明日香と深尋を発見する。
「あぁ!」
「うおいっ、藤堂、急に大きな声出すなよ」
「悪いっ先行ってて!」
隼斗はクラスメイトにそれだけ言うと、足早に明日香と深尋の元へ急ぐ。
「ねぇ、藤堂くんはー?」
クラスの女子が、隼斗が行ってしまうのを見て聞いてきた。
「なんか、先行ってろってさー」
しかし、その行動はかなり目立ったのであろう。隼斗のクラスほぼ全員が、隼斗の行先に注目していた。その中には美里の姿もあった。
「ちょっと、ねぇ! 藤堂くんとしゃべってる女子、ヤバくない? え、もしかして彼女?」
「でも、2人いるよ? どっち?」
「なんか、どっちもかわいいんですけど・・・・・・」
隼斗は、知らないうちにみんなの注目を集めていた。
明日香の姿を見た美里は、無意識のうちに小声で呟く。
「あ、明日香さん・・・・・・」
その美里の声を周りの女子は聞き逃さなかった。
「立花さん、知ってるの⁉」
「えっと・・・あの、髪の長い人は、藤堂くんの双子のお姉さんだよ。もうひとりはわかんないけど・・・・・・」
「え⁉ 双子⁉ 藤堂くんが⁉」
クラスメイト達は隼斗の新情報に一同どよめく。
うっかり隼斗のことを話してしまった美里は、
(あぁ、藤堂くんごめんなさい・・・でも、藤堂くんがシスコンってことはしゃべっていないから・・・!)
と、心の中で懺悔していた。
隼斗は、得意の双子センサーで見つけた明日香と深尋に声を掛ける。
「おーすっ! なにしてって・・・・・・明日香⁉ どうした⁉」
「隼斗、顔が近い・・・・・・」
「もー隼斗、今から女同士で話すんだから、あっち行ってて!」
「ばかか! 深尋! 明日香がこんな顔してんのに、黙ってられんだろ!」
そう言うと隼斗は「ちょっと待ってろ」と言い、どこかへ行ってしまった。
隼斗はクラスメイト達の元に戻ってくるなり、
「ごめん! 緊急事態だから、抜ける!」
それだけ言い捨てて、再び明日香と深尋の元へ行ってしまった。
それを聞いて、クラスの女子の半分が帰ってしまったことは、知る由もない。
騒がしい隼斗が戻ってきたところで、明日香は土曜日にあったことを2人に話す。正直、隼斗にまで自分の気持ちを話すのは気が引けたけど、いずれはバレるだろうと思い打ち明けた。
「はは、今さらバカみたいだよね・・・・・・」
明日香の気持ちを聞いた深尋は、明日香と同じくらい悲しい顔になる。
「明日香、気づいてあげられなくてごめんね・・・・・・」
「なんで深尋が謝るの? 誰も悪くないよ。ただ、結果がそうなっただけ」
2日間泣いたおかげか、昨日よりは落ち着いて話ができる。そうやって、少しずつ、少しずつ心の中を整理していけばいいと、明日香は思っていた。
「明日香、僚のことなんかさっさと忘れて、次に行くっていうのもありだよ? その市木くんとかさ」
そう深尋が提案すると、それを聞いた隼斗は心底イヤそうな顔をした。
「うーーん・・・・・・私、しばらく恋愛とかいいかな・・・。なんか、あまり向いてないし。こんなにつらいなら誰にも恋しなくてもいいと思ってる」
「明日香・・・・・・」
明日香は本当にそう思っていた。人に恋することがこんなにつらく悲しいならしない方がマシだと。報われる恋もあるのだろうが、明日香にはそういう未来が描けないでいた。
「ふたりとも、このことは絶対に誰にも言わないでね。僚にも誠にも竣亮にも、あと元木さんにも」
明日香は2人に念を押す。
「僚に気持ちは伝えないんだね」
「うん、言わない。迷惑かけたくないし、困らせるだけだから。ちゃんと私の中で消化していく。時間は・・・かかるかもしれないけど・・・・・・」
明日香はそう決心した。
すると、ずっと黙って聞いてた隼斗が重い口を開いた。
「本当にそれでいいのか? 俺たち、これからもずっと一緒なんだぞ。明日もレッスンがあるし、冬には・・・その先もずーっと・・・」
隼斗の言いたいことはわかる。だけど、こればっかりはどうしようもない。人の気持ちは、人には変えられないから。
「・・・・・・うん。友達でいられなくなるのはイヤだから」
「わかった。明日香がそう言うなら、もう俺は何も言わない」
「私も、明日香の気持ちを大事にするよ・・・」
2人のその言葉を聞いて、明日香は、
「うん。ありがとう」
と、やっと少し笑顔を見せた。




