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【完結】buddy ~絆の物語~  作者: AYANO
高校生編
30/111

29. 初恋と失恋は同時に

 ファミレスを出た後、気まずい雰囲気を払拭するかの如く、明るい声で市木が僚と明日香に提案してきた。


「気分を変えるためにカラオケにいこう!」

「カラオケ・・・?」

「そう! 明日香ちゃんと親睦を深めるためにさっ!」

「カラオケで親睦が深まるのか?」

「あったりまえだろ〜。親睦を深めるのはカラオケが定番だよ〜レッツゴ〜!」


 結局、僚と明日香は、市木の押しに負け、駅前のカラオケボックスにやってきた。


 3人が通された部屋は小さめの部屋で、L字型にソファが配置されている。そのため、必然的に3人横並びで座ることになり、奥から市木、明日香、僚の並びで座った。そして、トップバッターはここでも市木だ。


 市木はいま流行っている、アップテンポな曲を選曲し楽しそうに歌っている。それがなかなか上手かった。


「市木くん、歌上手だね」

「へへっ、ありがと~。あとで明日香ちゃんと一緒に歌いたいなぁ〜」

「・・・私がわかる曲だったら。いいよ」


 明日香と歌う約束を取り付けた市木は、よほど嬉しかったのか、明日香の横顔を眺めてニコニコ笑っている。その市木の顔を、僚は面白くなさそうに見ていた。


 明日香が選んだ曲は、ボイトレで散々歌わされた事務所の先輩、女3人組・Rainの失恋バラードソングだ。


 バラードなので、しっとりと切なげに歌う。それはボイトレで透子先生にずーっと指導されてきた。

 初めて明日香の歌声を聞いた市木は、明日香から目が離せなくなっていた。


 明日香の小さな鼻と、形のきれいな唇。横顔だけでここまで整っているのだから、正面から見て惚れないわけない。それに、こんなにきれいな女の子を見たのは初めてだった。


 僚からは幼馴染がいることは聞いていたが、明日香のような美人を隠していたなんて・・・と、僚に対して強い嫉妬心を抱いたのを覚えている。


 そして、想像以上に上手く、きれいな歌声に、市木はこれまで以上に明日香に対する想いが募っていった。


 僚がいるから迂闊に手は出せないものの、今日、本当に2人だけだったら確実に手を出していただろうな・・・と、市木は内心笑っていた。


(今日は、葉山と番犬くんの作戦勝ちか・・・)


 市木は明日香のことを諦めるつもりなどサラサラない。


 それどころか、今日のことが引き金となって、市木の執着心に火をつけた事に気づいた時には、もうすでに遅い。

 この先数年に渡り、市木と明日香を巡る攻防が繰り広げられるとは、僚も隼斗も、明日香自身も想像していなかった。


 曲が終わると、市木は大きな拍手をする。


「明日香ちゃん! ブラボ~~‼ すっごい上手い‼ 感動した‼」


 これでもかというくらい市木は明日香を褒めちぎる。

 それはそうだろう。5年も基礎を叩きこまれ、レッスンしているのだから、上手いのは当然だ。でも、そんなこと市木は知らない。


 僚はいつもそばで明日香の歌声を聞いているので、市木のように感激することはなかった。


「おいっ葉山! 明日香ちゃんがこんなに歌が上手いの知ってた⁉」

「あ? あぁ、うん。知ってるよ」

「う~~っ、葉山が知らない明日香ちゃんはいないのか・・・・・・」

「ふっ、付き合いの長さが違うだろ。お前が知ってて、俺が知らない明日香なんていないよ」


 またすごいことをさらっと言う。僚は下心なく普通に言ったのだろうが、言われた明日香は恥ずかしすぎて顔を赤くしてしまった。部屋の中が薄暗くてよかった。


 次は僚の番になった。僚が選んだ曲は、切ない恋心をテーマにしたミディアムバラードだった。これもレッスンの時に歌ったことのある曲だ。僚の歌声もきれいで伸びがあり、それが歌詞とマッチしてて心に突き刺さる。


(あぁ・・・僚の声、やっぱり好きだな・・・・・・)


 明日香は無意識にそう思っていた。そして、僚の歌を聞きながら市木がちらっと明日香をのぞくと、明日香はぼーっと僚の顔を見ていて、それがとても悔しかった。だからなのか、市木はまた余計なことを言ってしまう。

 

「葉山ぁ、お前その歌声で(マキ)のこと落としたんだろ?」


 市木はイヤらしい顔で、明日香にも聞こえるよう僚に言う。


「はぁ? そんなわけ・・・・・・」

「隠さなくても知ってるし~。お前と牧が付き合ってること」


 市木がそう言った瞬間、明日香は後頭部を殴られたような衝撃を受けた。薄暗い部屋が完全に真っ暗になり、そのあとの2人の会話は全く耳に入ってこない。


 そうだ。なんで忘れてたんだろう。僚は昔からモテていた。自分はその様子をずっとそばで傍観して、自分には関係ないことだと思い込んだ。そうすることで自分を守っていた。そんな僚に彼女がいてもおかしくないのに、なぜかその可能性があることを考えていなかった。


(そっか、私・・・・・・)


 自分の気持ちに気づきそうになった瞬間、明日香は、


「ち、ちょっと、お手洗い行ってくるね」


 と言って、逃げるように部屋を出た。


 明日香が部屋を出て行った後、僚がいつもより低い声で市木に詰め寄る。


「お前、どういうつもりだよ」

「どういうつもりって?」

「なんで、あんなでたらめなことを言ったんだ!」


 僚は市木に対し、怒りをにじませた。それでも市木は平然としている。


「牧がお前のこと好きなのはみんな知ってるし、実際2人でデートしただろ?」

「それは、1回だけでいいからって頼まれて・・・そのあとちゃんと付き合えないって断ったよ」

「でもさ、お前去年、松井なんとかって子はこっぴどく振ったのに、牧に対しては違ったじゃん」


 僚は市木に指摘され黙り込んでしまう。そして、何とか答えを絞り出した。


「松井さんは付き纏いがひどかったし、ああ言うしかなかったんだ。牧の場合はもともと友達で、恋愛感情はなかった。その違いだよ」


 僚が言い終わると、その場はシーンと静まり返る。

 しばらくして、市木が口を開く。


「じゃあさ、明日香ちゃんのことはどう思ってんの?」

「明日香のこと?」

「そう。だって俺、本気で明日香ちゃんのこと狙ってるんだ。美人で笑顔がかわいくて、友達思いでさ。弟はちょっとウザいけどな」


 隼斗の顔を思い出して、市木はハハっと苦笑いをする。


「なんで俺にそんなこと聞くの?」

「なんでって、友達と好きな子の取り合いなんてしたくないからだよ。それに葉山は一応、明日香ちゃんの番犬2号だろ?」

「番犬じゃないよ・・・・・・」

「番犬だろ? そうじゃなかったら、俺とのデートの邪魔なんかしないだろ」

「それは、お前が・・・・・・!」


 その瞬間、市木が僚にグイっと近づく。


「言っただろ、俺は本気だって。これまでの女の子とはワケが違う。大事にしたいのは俺も一緒だよ」


 それだけ言うとパッと離れた。


「それで? 明日香ちゃんのことはどう思ってるの?」


 僚は改めてそう聞かれ、しばらく考えたあと口を開いた。


「明日香のことは、大事な友達で、幼馴染で、仲間だ。それ以上の気持ちはないよ」

「本当に?」

「ああ」

「そう。それじゃあ、遠慮しないでおくわ」


 明日香がカラオケボックスの部屋のドアを開けようとすると、中から僚と市木の会話が聞こえてきた。


「それで? 明日香ちゃんのことはどう思ってるの?」


(え、いやだ。聞きたくない・・・・・・!)


 そう思い明日香はその場を離れようとする。それでも僚の答えは、容赦なく明日香の耳に入ってきた。


「明日香のことは、大事な友達で、幼馴染で、仲間だ。それ以上の気持ちはないよ」


 この時明日香はやっと、自分の気持ちのすべてを理解した。


(ああ、そっか・・・・・・。私、いつの間にか僚のこと好きになってたんだ。今日それを身をもって実感したのに、僚には彼女がいて、私は恋愛対象にすらなっていないんだ・・・・・・)


 明日香の目から一筋の涙が零れ落ちる。


「好きって気づいた瞬間に、失恋か・・・・・・ははっ」


 悲しさと、切なさと、情けなさが入り混じり、笑いたくないのに笑ってしまう。


 明日香にとって初めての恋は、自覚した瞬間に失恋が確定した。

 告白すらさせてもらえない恋は、恋愛初心者の明日香にとってツラすぎる恋となる。


(馬鹿だなぁ、私。ホント、馬鹿だ・・・)


 どうにか涙を堪えて部屋に戻ったものの、上手く笑えたかどうかわからない。部屋が薄暗くて、本当に良かった。


 このあと夕方には解散し帰宅する。

 僚が明日香を自宅まで送ってくれたが、明日香はどんな顔をして、どんな話をしたか覚えていない。


 ただわかるのは、生きてきた中で一番胸が痛いことだけだった。

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