28. 恋の自覚
1週間後の土曜日。
「おはよう明日香ちゃん、久しぶりだね」
「市木くん、おはよう。久しぶり」
「ねぇ、ひとつ聞いていいかな?」
「なに?」
「なんで葉山がいるのかな?」
「・・・市木、俺には挨拶なしか?」
「明日香ちゃんは一体番犬を何匹飼ってるの?」
「えーーと、それは・・・・・・」
「市木、今日は俺と明日香とお前の3人でデートだ」
「なぁ葉山、空気を読んでくれよ~」
「諦めろ」
市木の願いもむなしく、今日はこのまま3人デートとなった。
3人はいま、GEMSTONEの最寄り駅にいる。といっても、いつもとは逆の出入り口から出たため、なんだか知らない街に来た気分だ。
駅から歩いて10分ほどの所にボウリング場がある。明日香は今日、生まれて初めてボウリングをすることになった。
「明日香ちゃん、ボウリング初めて?」
「うん。テレビでちょっと見たことはあるけど、やるのは初めて」
「そっか~明日香ちゃんの初めてを一緒にできてうれしいな~」
「おいっ市木」
僚はしれっと下品なことを口走る市木の肩をグイっと掴んで、こちらを向かせる。すると市木は僚を見てベーっと舌を出す。
(コイツ・・・! ガキかっ!)
始まる前からこれではこの先どうなることかと、僚は盛大なため息が出た。
受付を済ませ、各自でシューズをレンタルしたあと、明日香が指定されたレーンに行くと、ちょうど僚が自分の靴からレンタルのボウリングシューズに履き替えているところだった。
僚の靴を見た明日香は何気なく聞いてみる。
「僚って、足何センチ?」
「俺? 27cm。明日香は?」
「私は22.5cm。僚、いつの間にこんなに大きくなったの?」
明日香は自分の足と大きさを比べるため、僚の右足のそばに自分の左足を置く。その時、自然と僚のふくらはぎと自分のふくらはぎが触れてしまい、明日香はドキッとする。
「ははっ、こうして比べると明日香の足小さいな。俺、中学1年の3学期から急に身長が伸びてさ、成長痛もあって大変だったな・・・・・・」
僚が話しているのに、明日香はそれどころではなかった。
(体が触れたぐらいでなに⁉ こんなこと今まで何度もあったのに・・・・・・)
そんなことを考えて1人動揺していると、シューズを持って市木が飛んできた。
「ちょっと、ちょっと、そこ~! な~にくっついてんの! 離れて、離れて~!」
市木は2人の間に無理矢理割り込んでくる。
「いてーよ市木」
「葉山は今日は空気なのっ。俺と明日香ちゃんの邪魔しないで」
「邪魔はしないよ」
「じゃあ、なんで来たんだよ」
「いいだろ、別に・・・」
「あ、あのっ、私、ボール取ってくるね」
明日香はその場にいたたまれずに、逃げるようにボールを取りに行った。
ボウリング場のハウスボールが置かれている棚を見ると、ボールの穴の数が3つだったり、5つだったりするし、ボールに数字が書いてあったり、初心者の明日香は何を選んだらいいのかわからない。
「明日香」
後ろから声を掛けられ振り向くと、僚が立っていた。
「ボール決まった?」
「ううん、何を選んだらいいかわからなくて・・・」
「あぁ、そっか初めてだったな。一緒に選んでやるよ」
そう言って僚がボールを見ていく。
「女の子だと7から9ポンドくらいがいいと思うけど、試しにこれ持ってみて」
僚が選んだのは、8ポンドの3つ穴のボールだった。
「僚、詳しいね。女の子と来たことあるの?」
明日香は先ほどの発言が気になり、僚に聞いてみた。
「あーまぁ・・・クラス会とかで2、3回あるかな」
「そうなんだ。クラス会でボウリングってめずらしいね」
「そうかな? わかんないや」
明日香は僚の言い方が、なんとなくはぐらかされたように感じて、少し心の中がモヤッとする。
後ろめたいことでもあるのか・・・なぜか気になって仕方なかった。
僚はそんなことはお構いなしに、明日香にボールの穴を見せながら、一生懸命ボールを選んでいる。
「利き手の中指と薬指をここに入れて、親指をここに入れて。うんそう、持った感じどう?」
僚は明日香の指に触れながら、ボールの持ち方をレクチャーする。
しかしさっきの会話ではモヤっとし、指に触れられた時から、明日香はずーっと緊張しっぱなしだった。
しかも僚の顔が近くにあることで、明日香の顔はみるみる赤くなる。
(え? なんだろ? 私の心臓壊れた?)
最近、僚に対してモヤモヤしたり、ドキドキしたり、自分の心臓が目まぐるしく動く。明日香はこの感情の動きに終始振り回されていた。
明日香は結局、最初に選んだボールをそのまま使うことにする。これ以上僚との触れ合いは危険だったからだ。
レーンに戻ったところでゲームスタート。
市木が第1投目を投げる。カコーンッと気持ちいい音がすると同時にピンがパーンと弾け、全部倒れたように見えたが、右端に1本だけポツンと残ってしまった。
「うわー! おしいっ」
「市木くんスゴイ!」
「明日香ちゃん、明日香ちゃんのためにスペア取るからね!」
市木は明日香にカッコいいところを見せようと、慎重に2投目の投球フォームに入る。しかし肝心の明日香は、
「ねぇ、僚。スペアって何?」
と僚に聞いていた。
「2投目に全部倒したらスペアになるんだよ」
「ふーん。ストライクじゃないんだ」
「ストライクは1投目に全部倒さないとならないよ」
「そうなんだ・・・ボウリングのルールって難しいね」
「ははっ、初めての明日香にはちょっと難しかったな」
「明日香ちゃんっ! 見た⁉」
狙い通りにスペアを決めた市木が、ウキウキしながらベンチに帰ってきた。
「あ、ごめん市木くん・・・」
「すまん市木、明日香にスペアの説明してたら見逃した」
「がーーーーーーんっ」
市木の頑張りは見事に空振りし、地味に凹んだ。
次は僚の番だ。きれいなフォームでボールを投げると、カコーンッとこれもまた気持ちのいい音が鳴り、見事にストライクを取った。
「よっしゃーっ!」
僚は満面の笑みで明日香と市木にハイタッチする。
明日香はその笑顔に、今日一番のドキドキを食らってしまった。
(な、な、な、なに⁉ 言われなくてもわかるっ。今絶対顔が赤いっ)
明日香は僚にも市木にも顔を見られたくないと、両手で顔を隠す。しかし、その様子を市木はずっと見ていた。
「次、明日香の番だよ」
「明日香ちゃん、がんばれ~」
明日香は2人に送り出され、初めてレーンに上がる。
フォームも何もわからないので、見よう見まねでボールを持ってぽてぽてぽてと歩き、腕を振ってボールを手から離す。すると、僚や市木のようにゴーっと転がらず、ゴロゴロゴロゴロ・・・とゆっくり転がっていき、ピンにコンッと当たると、コンコンコンコンと1本ずつゆっくりとピンが倒れていき、最終的には8本も倒れた。
まさかピンに当たって、8本も倒れるとは思っていなかった明日香は、ぴょんぴょん飛んで喜ぶ。
「やった! 初めてで、8本も倒れた!」
「明日香ちゃん可愛いい~」
どさくさに紛れて市木が明日香の頭をなでようとすると、それを僚が直前でガシッと受け止めた。
「明日香、2投目もあるよ」
僚に言われた明日香は、自分の頭上で2人の男の腕がなにやら攻防しているのをみて、首を縦に2、3回振ると、何も言わずにそのままレーンに戻る。
明日香は市木に「可愛い」と言われても、何も心が動かなかった。そんな言葉より、さっきの僚の笑顔の方が何倍も、何十倍も心が動かされた。
この違いが何なのか。恋愛偏差値の低い明日香には未だに理解できないでいる。
結局明日香はスペアをとることが出来ずに、8本で終わってしまったが、初めてにしては上出来だったため、満面の笑みでベンチに帰ってきた。
「明日香、初めてにしては上手だったよ」
「・・・・・・ありがとう」
僚に言われただけで、またドキドキしてしまう。ここ最近こんなことばっかりな明日香は、いよいよ自分の心臓が心配になってきた。
初めてのボウリングを終えた3人は、昼食のために近くのファミレスに入る。土曜日の昼時で、店内はそこそこ込んでいたが、なんとか窓際の席を確保出来た。
一番奥に明日香が座り、その隣に市木、明日香の向かい側に僚が座り、注文をし終わって一息つく。
「明日香ちゃんと葉山ってさ、いつからの付き合い?」
「えっと、小学校5年生の時からだから、かれこれ5年くらいかな」
「ふ~ん。毎日一緒にいるの?」
「学校が違うから毎日ではないけど・・・」
「でもさ、相当仲良しだよね」
「う、うん。まぁ、それなりには・・・」
「市木、何が言いたいんだ?」
僚がじろっと市木を見る。
「いやさ、お揃いの腕時計をするくらい親密なのに、恋愛に発展しないのかな~と思って」
市木は僚と明日香の腕時計まで、目敏くチェックしていた。
「これは・・・・・・」
明日香はとっさに上手い言い訳が思い浮かばず、口をモゴモゴする。
その様子を見ていた僚が、市木をまっすぐ見据え、明日香の代わりに答えた。
「これは、高校入学と進学祝いにみんなでお揃いで買ったものだよ。隼斗も、この間会った誠も、竣亮も、深尋も持っている。それだけだよ」
「ふ~ん。そうなんだ~・・・」
市木が納得したかどうかはわからないが、この話はこれで終わった。
昼食を食べ終わり、食後にコーヒーを飲みながらおしゃべりをしていると、また市木が突然妙なことを言い出した。
「ねぇ、ねぇ、明日香ちゃんってさ、今までの彼氏ってどんな人だったの?」
「え・・・っと私、誰とも付き合ったことない・・・」
「・・・え? マジ?」
「うん。・・・変?」
「いやっ! 全然変じゃないよっ! むしろありがたいというか・・・・・・」
「おいっ市木! それ以上は・・・・・・」
僚が話をやめるように言っても、市木はそれを無視する。
「こんな美人をほっとくなんて、明日香ちゃんの周りの男はみんなヘタレだったんだね」
僚を挑発するように見ながら市木が言い放つ。
「あ、それとも番犬たちが怖くて近寄れなかったのかな?」
「おい、市木・・・」
「そうやって、みんなで明日香ちゃんを守ってきたんだろうけど、明日香ちゃんの恋愛の機会を奪ってきたのは葉山たちじゃない?」
「それは・・・っ」
「・・・・・・そんなことないよ市木くん」
明日香が小さな声で反論する。それでも市木はやめない。やめられない。
「そう? 実際、今日ここに葉山がいるのがそうだと思うけど? 大方、番犬くんにでも言われてお目付け役として来たんだろ? 俺が明日香ちゃんになにかするかもしれないって」
それを言われると、2人は黙るしかなかった。
しかし、場の空気が悪くなったことを察知した市木は、コロッと明るい口調で僚と明日香に笑顔を向ける。
「あ~・・・ごめんごめん! ただ、明日香ちゃん美人なのにもったいないなって話。さ、そろそろ行こうか」
勝手に話を終わらせた市木は、伝票を手にさっさとレジに行ってしまった。
市木は今日のデートを本当に楽しみにしていた。
それなのに明日香は僚と一緒にやってきた。
だからなのか、どうしても意地の悪いことを言ってしまう。
こんなことを言えば言うほど嫌われてしまうかもしれないのに、楽しみにしていたデートに水を差されたことにどうしても納得できなかった。
先にレジへと向かう市木の背中を見ながら、僚が明日香に優しく声を掛ける。
「明日香、気にするな」
「・・・うん」
明日香はその気遣いがとても苦しかった。




