27. ナイショのデートプラン
時は遡り、1週間前の土曜日。
公園でバスケの練習をしていた誠と別れた隼斗と明日香は、僚との待ち合わせのためいつものショッピングモールへやってきた。
しかし、今日は込み入った話をする予定なので、フードコートではなく、モール内にあるコーヒーショップで待ち合わせをしている。
隼斗と明日香が店に着くと、一番奥のソファー席で僚がコーヒーを飲みながら本を読んでいるのが見えた。
「明日香、先に座ってていいぞ」
隼斗が注文したコーヒーを受け取ってくれるらしいので、明日香はそのまま僚がいる席へ向かう。
「僚ごめん、待った?」
明日香は僚の向かい側に座りながら声を掛ける。
「ん? そんなに待ってないよ。本読んでたし」
明日香に気づいた僚は、パタンと本を閉じてコーヒーを一口飲む。
明日香は僚が嚥下する際の喉仏が目につき、なぜか目を離せなかった。
小学生の頃から知っている僚は、いつの間にか男の子から男性へと成長していて、喉仏だけではなく、身長も肩幅も手も足の長さも、何もかもが大きくなっていた。
それは誠も竣亮も同じなのに、なぜ急に僚に対してだけそんなことを思ったのか、なぜ急に意識したのか、明日香にはその理由がまだわからなかった。
「ほら、明日香」
後ろから隼斗がコーヒーを持ってきて明日香に渡すと、僚の隣に腰かける。
「それで、どうするの?」
早速、明日香が僚に聞く。
今日のこの呼び出しは、昨晩の僚からの電話がきっかけだった――
明日香のスマートフォンに僚の名前が表示され、呼び出し音が鳴る。
(僚から? なんだろう・・・)
不思議に思いながらスマホの通話ボタンを押す。
「もしもし?」
『ごめん明日香。夜遅い時間に』
「ううん、大丈夫だよ。どうしたの?」
『うん・・・あのさ、今日学校で市木に俺のスマホを見られちゃってさ・・・』
「うん」
『その時、明日香の名前も見られてさ・・・』
「・・・・・・うん、それで?」
『それで、番号を教えろってうるさくて・・・・・・』
「えっ、僚・・・教えたの⁉」
『教えてない! 教えてないよ。それは大丈夫。さすがにそれは無理だって、市木に怒ったんだ』
「・・・・・・」
『そしたら、来週の土曜に明日香と遊びに行く約束を取り付けろって言われて・・・』
「・・・え?」
『しかもあいつ、それが出来なかったら、明日香の学校に行くとか言い出して・・・ごめん明日香。何度かはぐらかしたんだけど・・・』
「ううん。僚が謝らなくてもいいよ。もともと私が簡単に約束したのが悪いんだし。問題は隼斗なんだけど・・・」
『そうだよな・・・あいつ明日香のことになると勘が鋭いんだよな』
「ははは・・・」
『とりあえずさ今日はもう遅いし、もし明日予定がなかったら、モールのコーヒーショップで待ち合わせして、そこでゆっくり話そうか?』
「うん、わかった。ね、隼斗も連れてきていい?」
『そうだな。黙ってる方がうるさくなりそうだし、その方がいいかも』
「じゃ、そういうことで。おやすみなさい」
『おやすみ』
こうして昨日の電話があり、今日3人で待ち合わせをすることになった。
「そもそもさ、その市木ってヤツ。明日香のことどこまで本気なんだ?」
「それは俺にもわからん。でもひとつ言えるのは、あいつは来るもの拒まず去るもの追わずで、1人の女の子に執着しているのを見たことがないんだよな」
僚は、中学時代から今までの市木を思い出す。
市木は顔も頭もよく、何でも器用にこなす人間だ。
市木と僚が一緒にいるようになると、目の保養とばかりに大勢の女子が寄ってきた。
僚はそれがイヤで市木と距離を置きたかったのだが、なぜか気に入られてしまい、付きまとわれて、結局今では一番の友だちになっていた。
人タラシの市木は、女子にはもちろん、男子にも人気があり、歴代の彼女なんて両手に収まりきらないような男だが、市木のことが嫌いな人間は僚の周りにはいなかった。
しいていうなら、今横に座っている隼斗が、市木に対して牙を向いている状態だ。
その隼斗がため息を吐きながらボヤく。
「はぁ・・・・・・なんであんなちゃらんぽらん男が、あんな偏差値の高い学校に入れたんだろ?」
「あー・・・。市木は一応、実家が総合病院のボンボンなんだよ。あいつあれでも医者志望だし。成績も俺より全然上だよ」
それを聞いた隼斗は絶望した顔をする。
「神様って不公平だよなー」
そう言ってコーヒーをごくんと一口飲む。
「ごめんね僚。迷惑かけて・・・・・・」
「迷惑じゃないよ。ただ、あいつが明日香の学校まで行くって言いだしたから、あれ以上はぐらかすのが無理になっただけで・・・」
僚は、市木が明日香と初めて会った翌週から、何かと明日香のことをしつこく聞いていたらしく、それを僚は軽く受け流していた。
しかし、そんなことでめげるはずがない市木が、とうとう強硬手段に出ることを訴えてきたために、こうして三人で集まることになったのだ。
「だからと言って、明日香を市木と2人だけにするのは危なすぎるしな・・・」
「僚、それだけは絶対にダメだ!」
僚も隼斗も、男同士であるがゆえに、市木の危険性は十分にわかっている。
しかし、それを全く理解していない明日香は、甘く考えているようだ。
「でも、そんなに心配しなくても、暗くならないうちに帰れば大丈夫じゃない?」
明日香のその考えを聞いた隼斗は、とんでもない! と力説する。
「いいか、明日香。俺が言うのもなんだが、俺らくらいの年の男は、一日中、いや一年中、朝から晩までいやらしいことを考えているんだ! だから、明るいとか、暗いとか関係ない!」
「えっ・・・と、それは、隼斗も僚も・・・?」
「そうだ! 俺も、僚も、なんなら誠も竣亮だって、みーんなそうだ!」
「えぇ・・・・・・」
明日香は目の前にいる2人を見て引いてしまった。
市木だけでなく、自分がよく知っている幼馴染や弟までもがそんな事を考えているなんて、想像もしていなかったからだ。
そこで僚が、コホンと1つ咳ばらいをする。
「まぁとにかく、男と2人だけということは、とっても危ないということ。明日香は俺らとの付き合いが長いから、他の男がどうかわからないだろうけど、隼斗が言ったことは大げさでもなんでもないよ」
僚らしく優しく言って聞かせてきた。
「でも、だからってこのままってわけにはいかないし・・・・・・」
うーーん、と再び3人で頭を悩ませていると、隼斗がそうだ! と言い出した。
「あのちゃらんぽらん男さ、俺は(=番犬)くるなって言ってたよな?」
「そうだね・・・」
「ということは、俺以外の誰かが一緒に行けばいいんだよ」
何を思いついたのか隼斗は、ニヤリと悪い笑顔を浮かべる。
僚と明日香はどういうこと? と2人で顔を見合わせた。
「だから、明日香とあいつのデートに、僚が一緒に行けばいいんだよ!」
「・・・・・・はぁ⁉ 俺⁉」
僚は突然の指名に驚く。
「まず、俺が心から信用できるのは僚、誠、竣亮の3人だけだ。そして、この中から選ぶとすると、まず竣亮は優しすぎてダメだ。簡単にあいつに撒かれてしまう。そして誠は、うーん・・・なんか今日、立花さんといい感じだったし、とりあえず無理っぽい。だから、僚。お前を明日香の護衛に任命する!」
「護衛って・・・・・・」
「もう隼斗、無理言わないでよ。僚だって困ってるし・・・大丈夫だよ私1人で行くか・・・・・・」
明日香が言い終わらないうちに、僚が言葉を被せてきた。
「わかった。明日香、俺が一緒に行くよ。市木には悪いけど、こっちだって嘘はついてないし、元はと言えば俺が市木に明日香を紹介したのが原因だし」
そうして結局、それ以上の良い案が浮かばなかったため、僚が市木には内緒で行くことで話がまとまった。
後日このデートで明日香は、恋を自覚することになる。




