26. 誠の恋 後編
美里と別れ自宅に帰りながら、誠は自分がなんでこんなに美里にかまってしまうのか考えていた。
隼斗が美里と一緒に日直業務をしていた日、力もないくせに重たいノートを持とうと四苦八苦しているのを見た時から、何となく目が離せなかった。
一緒に職員室へ行くときも、自分の歩調に合わせて一生懸命ついてこようとする姿に内心ドキッとしたことを今でも覚えている。
いつも一緒にいる明日香や深尋だと、こういう時はすぐに「誠早い!」と言ってくれるから、美里みたいに何も言わずに頑張ってついてこようとする姿がとても新鮮だった。
その日以降、隣のクラスに行って隼斗と話をしながらも、美里の姿をちらちらと見ていた。
美里は小柄な身体を相変わらず一生懸命動かして、クラスメイトと何かをしていることが多かった。動物に例えるなら、リスのような存在だ。
誠はそんな美里のことを、無意識のうちに目で追うようになり、遠くからでも美里がいることがわかるようになっていた。
だから、体育館で自分のクラスメイトが美里たちに気づいたとき、自分の心がモヤモヤとスッキリしない感情が芽生えたことに、自分でも不思議に思う。
今日もそうだ。どんなにボールを投げてもリングに届かず、はぁはぁと息が上がっている美里を見て「かわいい」と素直に思った。
そして、自分のことを名前で呼んでほしくて「誠くん」と言われた時は、胸の奥がぎゅうっと締め付けられた。
極めつけは美里が顔にじんわり汗をかき、拭うために眼鏡をはずした時、美里の眼鏡の下に隠されていた素顔に一瞬で心を奪われたことだった。
そこまできてやっと、誠は自分のこの感情に気づく。
「あ・・・そっか。俺、美里のこと・・・」
好きなんだ。
急に自覚してしまったこの気持ちは、どんどんどんどん膨らんでいく。
不愛想な誠が、初めて本気で人を好きになった。
それから約束通り、日曜、火曜、木曜以外の放課後、誠と美里はあの公園でシュート練習をしていた。
自分の恋心を自覚した誠は、それを隠してここ数日間、美里とのシュート練習に打ち込む。
一緒にいればいるほど、誠はどんどん美里の魅力にハマっていった。
そして2人で練習をするようになって、ちょうど1週間の土曜日。この日も誠と美里は2人で練習をしていた。
美里は、ボールをリングに入れることはできていないが、リングにボールが届くようになり、上達した姿を誠に見せている。
「あともう少しなんだけどな・・・」
この日、何回目かに放ったボールがリングに弾かれて、美里がため息交じりに言う。すると誠は美里の後ろに立ち、アドバイスをする。
「肘はこれくらいの角度で、腕だけで投げようとしないで膝を使って投げてみて」
誠は美里の腕を掴んで角度を修正する。その時美里は、心臓の鼓動が早くなるのがわかった。
誠の大きな手にすっぽりと包まれた自分の腕。筋肉質な誠の腕に着けている腕時計ですらかっこよく見えてしまう。でも美里はすぐに現実に戻る。
(こんなにかっこいい人が、こんな地味で眼鏡の私なんて相手にするはずない。明日香さんみたいにきれいな人が、誠くんのそばにはいるんだから・・・)
そんなことを考えていると、誠に急に話しかけられた。
「それじゃあ美里、この状態で投げてみて」
誠に言われた美里は(いけない! 集中!)と、自分の気持ちを引き戻し、ポーンとボールを投げる。すると、パスッと初めてボールがリングの網の中に吸い込まれ、ポンポンポンと落ちてきた。
「・・・・・・入った」
「入ったな」
美里はあまりのあっけなさにしばらく言葉が出なかったが、やっと実感がわいてきたのか、後ろに立っている誠の方を振り向いて、大きな笑顔を見せる。
「やった・・・! やった! 誠くんっ入ったよ!」
美里は嬉しさのあまり、大はしゃぎでハイタッチしてきた。
誠もその勢いに押されて、美里に向けて両手を出し、自分よりも小さい美里の掌が自分の掌にペチペチと当たる感触を確かめる。
そして次の瞬間、誠は、美里の両手をぎゅっと握り、美里の体を引き寄せると自分の腕の中に抱いてしまっていた。
それは衝動的な行動だった。つい先日、自分の気持ちを自覚したばかりだというのに、美里を抱きしめたいという欲望のまま行動してしまった。
「あ・・・あの、ま、ま、誠くん・・・?」
美里は驚き固まっている。それもそうだろう。誠本人も驚いているのだから。でも、ここまでしておいて逃げるわけにはいかなかった。
誠はふぅーーっと長めに息を吐き、抱きしめたまま美里の耳元で囁いた。
「美里、俺と付き合ってほしい・・・・・・美里が好きなんだ」
美里は一瞬何を言われたのかわからなかった。
(え⁉ す、す、す、好き⁉ 誠くんが⁉ 私を⁉)
美里は混乱しすぎて、息をするのも忘れる。
「美里? おい、大丈夫か?」
自分の言葉にウンともスンとも言わない美里の顔を見ようと、誠が屈んで美里の顔を覗いて見ると、その顔は茹でだこみたいに真っ赤になっていて、若干涙目になっていた。その顔が誠的にはドツボだったらしく、またぎゅっと抱きしめる。
そして美里の耳元で甘く囁く。
「・・・・・・かわいいな、美里」
もうすでにキャパオーバーの美里は、今にも倒れそうになっていた。
それから腕の中からは解放してもらったものの、両手は誠につながれたまま、美里が誠に尋ねる。
「あ、あの・・・私と・・・つ、つ、付き合って・・・ていうのは・・・」
「本気だよ。この間は友達って言ったけど、美里と友達は無理。美里には友達じゃなくて彼女になってほしい」
誠は美里の顔を見てはっきりとそう告げる。
「で、で、でも、私、かわいくもないし・・・・・・」
「・・・・・・? 美里はかわいいよ。さっきも可愛かった」
「ど、ど、どこが・・・!」
「なんか、一生懸命なところ。あと、頑張り屋なところも。全部かわいい」
普段不愛想な誠がデレると、その破壊力は抜群だった。これが長身のイケメンだからなおさらだ。しかし当の美里はパンク寸前で、頭も心もぐちゃぐちゃにかき回されていた。
「美里、返事は・・・・・・」
「ほ、本当に・・・私で・・・いいの?」
誠は返事を急ぐつもりはなかったが、その声に被せるように真っ赤な顔の美里が確認をするように聞いてきた。
その顔を見た誠は、今の自分の本音をはっきりと口にする。
「俺は美里がいい。美里じゃないと嫌だ。絶対、大事にするから・・・」
誠に懇願するように言われた美里は、 誠が自分をからかうために告白したのではないと確信する。それと同時に、自分の誠に対する気持は芽生えたばかりで、どう答えるのが最善なのかわからない。
それでも美里は、真剣に自分に告白してくれた誠に向き合って、勇気を振り絞って答えを出す。
「こ、こんな・・・私でよければ・・・お、お、お願い・・・します」
美里の返事を聞いた誠は、嬉しすぎてまた美里を抱きしめた。
「ありがとう、美里。めっちゃ、嬉しい・・・! 今度、俺の大事な友達を紹介する。あと、話さないといけないこともあるから、時間を空けてほしい」
自分の耳元で誠にそんなことを言われた美里は、少し不安になる。
「・・・・・・え?」
「大丈夫。俺とその友達に関することで、知っておいてほしいことだから」
誠が何を打ち明けるのか今はまだわからないが、それよりも自分に初めて彼氏ができた驚きと喜びの方が今は上回っていた。
こうして誠は、6人の中で一番最初に恋人という大切な存在を得ることが出来たのだった。




