19. 高校1年生④
ある日の放課後。僚は自分が愛読している推理小説の待望の新刊が発売されるため、中学からの友人の市木颯太と一緒にショッピングモールの本屋に来ていた。
この本屋は売り場面積がかなり広く品揃えも豊富なので、学校からバスに乗る必要はあるものの、時間を見つけてはたびたび利用していた。
市木は真面目な僚とは全く違う、いわゆる明るくて軽いお調子者だが、なぜかウマが合って学校では一緒にいることが多い。
身長も僚と同じ178cmあり、僚とは違うタイプのモテる男だ。僚が硬派な男なら、市木は完全に軟派な男だった。
本屋に着き、店の入り口のど真ん中に平積みにされている目当ての小説を1冊とると、他に面白そうなものはないかと店内を歩く。
「葉山、俺、雑誌コーナーに行ってるな」
市木は片手を軽く挙げ、1人で歩いて行ってしまった。
僚は文庫本のコーナーを見て回り、面白そうな本を1冊手にして市木がいる雑誌コーナーへと向かう。
すると、市木が立っている場所より手前の、女性向けのファッション雑誌のコーナーに、見覚えのある女子高校生が立っていた。僚はすぐに気が付き、声を掛ける。
「明日香」
「!!」
声を掛けられた明日香は驚いた顔でこちらを振り向く。
「あ、僚・・・・・・」
「1人か?」
「ううん、友達も一緒。いま別のとこに行ってる。僚は1人?」
「いや、俺も友達と一緒。今日はこれを買いに」
僚は先ほど平積みから取った小説を明日香に見せる。そして、明日香を見てひとこと。
「高校の制服姿、初めて見た。似合ってるね」
「ありがと。お世辞でも嬉しいよ」
ありがとうと言ってる割には、明日香の顔は若干引きつっていた。
僚は、こんなことをさらっと自然に、嫌味なく言う男だ。僚は見た目もそうだが、この性格だからモテるんだと、明日香はよくわかっていた。
すると明日香の後ろから、
「葉山、彼女か~?」
と、市木が声を掛けてきた。
「彼女じゃないよ。幼馴染の藤堂明日香。明日香、こいつは市木って言うんだけど、軽い奴だからあまり近づくなよ。なんかあったら、俺が隼斗に怒られる」
僚は市木にわざと聞こえるように明日香に言う。
「おいっ聞こえてるぞ。今悪口言ったろ」
「悪口じゃなくて、注意喚起だよ」
2人はいつものように軽口を言い合う。すると市木が明日香の顔をじーーっと見つめてきた。
「明日香ちゃん、美人だね。今彼氏とかっているの?」
「いませんけど・・・・・・」
「おい、市木! やめろっ」
「なんだよ葉山、彼女じゃないんだったら別にいいだろ~」
「明日香はダメだ。お前に傷つけられるのが目に見えてるっ」
「うわっ失礼だな。俺は二股とか浮気とかしたことないぞ」
「どうだかな。しょっちゅう女の子をとっかえひっかえしてるじゃないか」
「それは俺がモテるのが悪いんです~」
「訳のわからん開き直りをするな」
「・・・・・・・・・・・・」
明日香はほとんど言葉を発しておらず、この2人がずっと言い合っている。それよりも、僚って学校の友達にはこんなしゃべり方をするんだと、そっちの方が驚いた。
そこで明日香は思い出した。自分も花と秋菜が一緒だったと。明日香はめんどくさいことになる前に、この2人の前からさっさと退場しようと思った。が、一歩遅かった。
「あすかぁ・・・そちらのイケメン様方はどちらさまぁー?」
花の羨ましそうな声が後ろから聞こえる。
先日の隼斗と誠に続き、僚までもこの2人に見つかってしまった。
結局、このまま店の中で騒ぐのも迷惑になるので、僚が会計を済ませた後、5人はフードコートへと移動することにした。
フードコートの中にあるファーストフードで、ドリンクなどを注文した5人はソファーの方に秋菜・花・市木が座り、テーブルを挟んだ向かい側の椅子に僚と明日香が座る。その中で僚が先に口を開いた。
「えっと、初めまして。明日香の幼馴染の葉山僚と言います」
「俺は葉山の友達の市木颯太です。明日香ちゃんとは今日が初対面だね~」
初対面と言う割には、もうすでに明日香ちゃん呼び。僚の言う通り、気を付けた方がいいかも、と明日香は思った。
「明日香の友達の佐々木明菜です」
「同じく友達の中井花です。あの、僚くんは明日香の幼馴染ってことは、隼斗くんと誠くんのことも知っているんですか?」
「え⁉ あ、うん。もちろん。何で中井さんが隼斗と誠のこと知ってるの?」
僚は明日香の方を見て聞いてくる。
「この間、あの2人ともここで会ったの。このモール、私たちの学校と隼斗たちの学校と近いから、みんな結構遊びに来るの」
「あぁ・・・・・・」
僚は周りを見渡して、その2校の制服を着ている生徒の多さに納得した。
「ねぇねぇ、明日香ちゃんさ、今度の日曜日って空いてる? 映画でも見に行かない?」
突然市木が明日香をデートに誘ってきたきた。誘われた明日香はぎょっとする。
「日曜日は空いてません」
「じゃあ、その次の日曜は? その次の次でもいいよ」
「次も、次の次も、日曜日は習い事をしているので無理なんです。ごめんなさい」
「おい、市木。明日香を困らせるな」
明日香がどんなに断っても全くめげない市木は、意地でも明日香とのデートをもぎ取ろうと畳み掛けるように聞いてくる。
見かねた僚がフォローに入ってくれるが、市木にはあまり意味がない。
そこで、花が口を開く。
「あの、颯太くん。明日香には隼斗くんっていう番犬みたいな双子の弟さんがいるから、簡単じゃないと思うよ」
「「番犬・・・・・・」」
僚と明日香は犬の耳と尻尾が生えた隼斗を想像し、2人で同時に吹き出してしまった。
「え・・・ナニソレ、こわっ。俺、噛みつかれちゃうの?」
市木は自分で自分を抱きしめるようにして言う。
「ははっ、市木。明日香とデートしたいなら、その大型番犬を倒さないと絶対無理だぞ」
「えぇ・・・なんかいい方法ないかな? 明日香ちゃん」
「まぁ、仲良くなってみたらどうですか?」
明日香は無理だとわかっていて、適当なことを言う。とにかくこの不毛な会話を終わらせて、とっとと帰りたかった。すると秋菜が、
「ねぇ、あれって・・・・・・」
と指を差す。その方向を全員で見ると、そこには隼斗と誠、そしてなぜか竣亮までもがいた。
(Oh my god!!!)
さすが英語特進クラス。心の叫びも英語だ。
「・・・明日香どうする?」
「どうするって言ったって・・・・・・」
僚と明日香がコソコソ話していると、それを見た市木が、
「おーい明日香ちゃん! 葉山とイチャイチャしてないで、俺とお話ししようよ~~!」
市木が大きな声で言ったのが聞こえたのか、隼斗がこちらに気づいた。
そして、隼斗が誠と竣亮に声を掛けると、こちらに向かって歩いてくる。
「なんだよ2人とも。合コンでもしてんのか?」
隼斗が僚と明日香の後ろに立ち、話しかけてきた。
「違うよ。たまたま本屋で会って、ここでしゃべってただけ」
「隼斗・・・なんでまたいるの?」
「いや、竣亮に服買いたいから付き合ってほしいっていわれてさ」
隼斗がそう言っているそばで、竣亮がニコニコしている。いろいろあった竣亮だが、以前に比べてだいぶ元気になっていた。
すると、明日香を見て竣亮がさりげなくひとこと。
「明日香、高校の制服姿、かわいいね」
「・・・ありがと」
明日香は素直にお礼を言った。竣亮もこういうことを言えるのだ。僚も竣亮も一体どういう育てられ方をしたんだろう? と疑問に思う。
それを見た市木が、すかさず竣亮の言動に対してツッコんだ。
「おいおいおい、葉山っ。俺がダメで、あいつが明日香ちゃんにあんなことを言うのはいいのか⁉」
「竣とお前とじゃ大違いだよ。隼斗、こいつ俺の友達で市木っていうんだけど、さっきから明日香のこと口説いているぞ」
「なに⁉ こんなどこの馬の骨かもわからん奴め‼ 明日香、だまされるなよ!」
「隼斗うるさいっ」
「隼斗シスコン」
「誠、しれっとシスコンっていうな!」
「あ! わかった! お前が噂の番犬だな! 俺は絶対に明日香ちゃんとデートするからな! 覚悟しとけ!」
「誰が番犬だ! 俺は明日香の双子の弟で番犬でもシスコンでもねぇ‼ あと、馴れ馴れしく明日香ちゃんって言うな‼」
その様子を見て藤堂姉弟以外の全員が思った。
(((お前は立派な番犬でシスコンだよ‼)))




